まにまにころころ[165]ふんわり中国の古典(論語・その28)謙虚さと過度に節制しない心が大事/川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

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コロこと川合です。ラグビーワールドカップ始まりましたね〜。そして! 日本! グループリーグでなんと優勝候補とも言われるアイルランドを撃破! すごい!

ロシア戦に続く二連勝で、これで日本の属する予選プールAで暫定トップ!

さて、すごいことは分かるものの詳しくないので、深い話題は避けます(笑)。

それにしてもラグビーって、プレイヤーも観客も紳士ですねえ。ノーサイドの精神は聞いたことがありましたが、それ以上のものを感じます。今回少し見た範囲での感想ですけど、たまたまって話じゃなさそうで。

……サッカーファンとしては羨ましい。

ラグビーが日本の歴史的快挙に沸く裏で、Jリーグの試合会場ではまたもめ事が起きていたようですし。Jリーグだけでなく、世界中でもめ事がよく起きている。ラグビーを見習えるところは見習って欲しいものです。

個人的な不祥事はラグビーでも起きてますけどね。

でも日本では、まだまだサッカーのほうが世間は盛り上がるんですよね。今回の快挙でラグビーもまた、大きく人気を高めるとは思いますが。いくつか理由はあるんでしょうけど、

1.子供が気軽に遊べない
ボールさえあればなんとでもなるサッカーに比べて、ラグビーはちょっと。

2.学校の授業であまり取り上げられない
一切怪我しないでプレーすることがほぼ不可能だからかな、と。

3.『キャプテン翼』や『スラムダンク』がない
ラグビー漫画自体はありますが、世界的にヒットを飛ばすような化け物級が、まだラグビーにはないんですよね。そこまでいかなくても、誰もが知るような作品が思い当たらない。

このへんが結構大きいんじゃないかなと思っています。特に最後の。漫画でなくドラマまで広げても、「スクール☆ウォーズ」くらいじゃないですか。あれは、ラグビー人気に繋がりはしましたが、ラグビーは手段で、目的は不良の更生といった感じのドラマですよね。

不良が更生して活躍してばんざーい、って話は個人的に大嫌いです。(笑)





漫画の話に戻って、ラグビー漫画で珍しく10巻以上続いていて今も連載中で、アニメ化までされた希有な作品をひとつ紹介しておきましょうか。

・『ALL OUT!!』雨瀬しおり(講談社・モーニングKC・既刊16巻)

『月刊モーニングtwo』という雑誌で、連載中の作品です。今たしかスマホアプリの「コミックDAYS」で、最初の数巻を無料で読めるキャンペーンやってるんで、興味あれば読んでみてください。さらに人気出れば、ラグビーブームもあるかも?

ま、アニメ化もされたし、けっこう人気があったアメフト漫画『アイシールド21』があっても、アメフトブームにはならなかったので、漫画だけの問題じゃないとは思いますけどね。全37巻でアニメも3年やってたのに。

ラグビー話が長くなりましたが、最後に、日経新聞が今回のワールドカップに合わせて、なかなか分かりやすいラグビー解説サイトを作ってくれているのでそちらを紹介します。

・絵でわかるラグビー基本編
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/rugby-rules/

・絵でわかるラグビー反則編
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/rugby-fouls/

・データでみるラグビー WORLD CUP JAPAN 2019
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/rugby-analysis-wc19/

・ラグビーワールドカップ 2019
https://r.nikkei.com/rugby-world-cup-2019

ということで、何の脈絡もなくいつもの論語に移ります。


◎──巻第四「泰伯第八」八

・読み下し文
子曰わく、詩に興こり、礼に立ち、楽に成る。

・だいたいの意味
詩に始まって、礼によって自立し、音楽で完成される。

──巻第四「泰伯第八」八について

「詩に興こり」は、単に学問の順序としての始めとも読めますが、詩によって学問を志す心が興る、奮い立つ、とも。

詩を学ぶことで感銘を受けて心動かされ学問に励み、礼を学んで一人前となり、音楽を知って人格の完成に至る、と。

文芸や映像作品に感銘を受け進む道を定め、社会のルールを知り一人前となり、広く芸術的教養を身につけて完成に至る、とすれば、現代も意外とそうかも?

現代的感覚で言うと、詩も音楽も同じく芸術ジャンルだと思うんですが、当時、音楽は一段上だったんですかね。言葉でないぶん、難しさは上かな、今でも。

あと孔子先生、音楽好きですしね。孔子先生が音楽に感動して、肉の味も分からなくなったって話、ありましたよね。

◎──巻第四「泰伯第八」九

・読み下し文
子曰わく、民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず。

・だいたいの意味
人民にはただ政治に身を任せるようにするべきで、政治について理解させようとするべきではない。

──巻第四「泰伯第八」九について

今の時代だと大問題になりそうな言葉で、孔子先生がこんなことを言われるかと騒ぎになりそうですが、統治者と被統治者がはっきり分かれている国の話。そういう時代の話です。そこで統治者側に立つ人間に向けての言葉です。

人民が安心して身を委ねられるような、信頼される政治を行いなさい、と。

「鼓腹撃壌」って故事がありますよね。聖帝の堯が街へ出て、人々の暮らしを視察したところ、老人が腹鼓を打ち地面を叩いて歌い踊ってたと。その歌は、

「日が出たら働き、沈めば休む。井戸を掘って水を飲み、田を耕して飯を食う。帝の威光なんて私には関係ないね。」

といったもので、それを聞いて堯は、天下泰平を感じて満足したって話。

宋の時代の教科書『十八史略』に出てくる話とのことなので、孔子先生よりもずっと時代が下った本にあるエピソードですが、孔子先生がここで語っている理想は、まさに鼓腹撃壌の世界でしょう。

孔子先生が敬愛する堯の話ですし、仮にエピソード自体は創作だとしても、堯の治める世がそういうものであったことは、孔子先生の時代含めずっと語られていたことなのかもしれませんね。

民主主義が大原則の今の時代にはそぐわないかもしれませんが、個人的には、鼓腹撃壌の世こそ理想的だと思っています。ただそれが成立するには、政治に携わる人間が聖帝と呼ばれるレベルで立派な人格者であってこそ。

しかも、一時的に聖帝レベルの人が現れてもだめで、ずっと永続的にそれほど優れた人間が上に居続けないと意味がない。

結局のところ、そんなことは現時点で考え得る限りはありえない話なので、妥協の産物として、民主主義を採らざるを得ないということで。

何千年と試行錯誤してきてるんだし、そろそろ何かいい解決法が出てきたっていいと思うんですけどね。

◎──巻第四「泰伯第八」十

・だいたいの意味
勇を好んで貧しさを憎む人物は、乱に走る。不仁な者をはなはだしく憎むと、乱に走る。

──巻第四「泰伯第八」十について

勇敢さを好む人物が不遇を憎むと、義憤に駆られて暴発する。

仁の心を持たない者であっても、周囲があまりに嫌って遠ざけようとすると、その者は自暴自棄になり暴発する。

そんな話。わかる、めっちゃわかる。昔も今も、そんな事件だらけだから。

もちろん現代は社会システムでなんとかそれらを回避しようとはしていますが、それでも起こってますよね。最近は増えてるんじゃないかと思うほど。

どうしたらいいんでしょう。

みんなで論語を学べばあるいは……多少は………

◎──巻第四「泰伯第八」十一

・だいたいの意味
もし周公旦ほどの才能の輝きを持つ者が現れても、傲慢かつ吝嗇であるなら、他のことは見るに値しない。

──巻第四「泰伯第八」十一について

天下一の才能があっても、人としてダメならダメ、という当たり前の話。

人としてダメ、というか、驕り高ぶることと、ケチであること、この二点で、他は見るに値しないと言われているので、孔子先生はその二点を重要視されているんですね。謙虚さと、過度に節制しない心は大事、と。

片方だけならいいのかな、なんて屁理屈は、周公旦ほどの才能を示してからでいいでしょう。

でも、周公旦ほどではなくとも才能あって、謙虚な吝嗇家、傲慢な浪費家は、世の中に結構いる気がするなあ……それはひとまず他も見て総合判断かな。

なお孔子先生は、ケチはダメとされていますが、つつましく暮らすこと、倹約して暮らすことは褒められていますので、その違いには注意です。

◎──巻第四「泰伯第八」十二

・読み下し文
子曰わく、三年学びて穀に至らざるは、得やすからざるのみ。

・だいたいの意味
三年学んで俸禄を求めない者は、なかなか得られない。

──巻第四「泰伯第八」十二について

幾通りもの解釈があるところです。

まず「穀」を、「俸禄(仕官して得る給料)」とする解釈と、「善」とする解釈があります。俸禄でいいんじゃないかなと思いますが、まあどっちでも。

そして「至らざる」を、「求めない」とするか「その域に達しない」とするか。

後半の「得やすからざるのみ」あるいは「得やすからざるなり」は「得がたい」とする解釈、「なかなかいない」とする解釈があります。これはどちらも似ていますが、「立派な人物で得がたい」か「そんな奴いねーよ」かってこと。

「三年」は、「長年」とする解釈もありますが、これもどっちでもいいかと。

まあ、それらの組み合わせって感じで説が色々あります。

「三年も学んで学問を身につけ、仕官を望まない奇特な人物は得がたい」「三年も学んでおいて仕官に至らない人物は、なかなかいない」などなど、といった具合に。

「三年学んで仕官できないようではもうダメだよ」とする説も。

ただ孔子先生は「為政第二」十八で、ちゃんと学び言動に気をつければ俸禄は自然とついてくるよ、と仰ってます。

また孔子先生は、学問を教えて仕官させるのが本業だと言えるんでしょうけど、なにより純粋に学問が好きです。仕官など関係なく学問をする姿勢を好みます。

であればやっぱり解釈としては、三年も学問をして、それなりに習得しているにも関わらず、仕官して俸禄を得ることを求めるのではなく、まだ学問に打ちこもうとするような人物は、なかなかに得がたい人材だよ、とするのがここはいいんじゃないかなと。

そんなこと言って、生活はどうするんだよと思いますが、そこはそれ、そんな人物は仕官を望まなくとも放っておかれないわけで。請われて仕方なしに仕官することになるんじゃないですか。

◎──巻第四「泰伯第八」十三

・だいたいの意味
篤く信じて学問を好み、命のかぎり道を善くしようとする。
危ない国には立ち入らず、乱れた国には留まらず。
天下に道があれば表に出て、道がなければ隠遁する。
国に道があるのに貧しく低い地位であることは恥である。
国に道がないのに富んで高い地位であることも恥である。

──巻第四「泰伯第八」十三について

こうありたい、という理想的な生き方について、といったところでしょうか。なんとなく宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を思い出しました。

サウイフモノニ ワタシハナリタイ

なお、今さらですが、「道」というのは、人としての道、進むべき道、道義、という意味での「道」です。道路の話じゃないです。

◎──巻第四「泰伯第八」十四

・読み下し文
子曰わく、其の位に在らざれば、其の政を謀らず。

・だいたいの意味
その地位に就いていないのなら、その政務に口出しするな。

──巻第四「泰伯第八」十四について

越権行為は慎め、自分の職務に専念せよ、ということですね。

ただ「謀らず」が、口出し禁止なのか、思いを巡らすことも禁止なのか。

字義的には後者のような気がしますが、「自分がもしその立場なら、どうするだろうか」と考えることが学びになることって、結構ありますよね。おそらく、それは今も昔も変わらないと思うので、前者ですかね。

あるいは、考えれば口出ししたくなるということを踏まえて、考えるな、か。

また、求められてもいないのに口出しするのはよくないとして、アドバイスを求められた時はどうするのがいいんでしょうか。

などなど、考えることは色々ありますが、これだ! という答えが見つからないならば、素直に口出しも考えることもしないでおきましょう、ってことで。

なお、これ、まったく同じ文が、巻第七「憲問第十四」二十七にでてきます。なぜ出てくるのかはまたその時に。

◎──巻第四「泰伯第八」十五

・読み下し文
子曰わく、師摯の始め、関雎のおわりは、洋洋乎として耳にみてるかな。

・だいたいの意味
名楽師である摯の歌から始まって、それが詩経『関雎』の終わりへと至ると、ひろびろとした音色が耳に満ちるねえ。

──巻第四「泰伯第八」十五について

どの本見ても違うことが書いてあるくらいに、前半部分に諸説あるんですが、どう考えてもどうでもいい話だと思うので、流しましょう。(笑)

諸説は、「始め」と「おわり」がそれぞれ何を指すのかってところです。曲の始めなのか、摯が楽師となった始めなのか、とか。

なんでもいいです。孔子先生が音楽だか詩だかを味わってる様子を思い浮かべ、幸せそうだなーって思っておけば十分でしょう。

「詩に興こり、礼に立ち、楽に成る」とのことなので、孔子先生のような境地に辿り着くこと自体は大事だとしても、ここで孔子先生が何を言ってるのかは、正確に分からなくても支障ないはずです。

◎──今回はここまで。

月曜は休日が多くて、他の曜日に比べて出番少なめですが、これくらいの頻度でゆっくり読んでいくくらいがちょうどいいですね。

その分なかなか終わらないですけど、気長にお付き合いください。

次回で巻第四「泰伯第八」が終わり、全十巻のうち四巻が終了する予定です。


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