[4872] YMO「BGM」と僕らのカルチャー◇エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)

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《僕はこういう音の重なりが大好物なんだな》

■グラフィック薄氷大魔王[627]
 YMO/「BGM」と僕らのカルチャー
 吉井 宏

■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[40]
 機種変の話
 スマホの精
 海音寺ジョー




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■グラフィック薄氷大魔王[627]
YMO/「BGM」と僕らのカルチャー

吉井 宏
http://bn.dgcr.com/archives/20191002110200.html
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僕個人がYMOにどう影響を受けたか? を一度ちゃんと書いておきたかった。実は、結成40周年だった昨年に書き始めたのに、僕の中でYMO観はいつも微妙に変化してることもあって、まとめられなかった。なので、断片の雑記です。全4回、その2。

●アルバム「BGM」で覚醒!

・3枚目のフルアルバム「BGM」。聴いたのはデザイン学校に入ってすぐの1981年5月くらいか。開放感もあったし、いろんな新しいものを吸収し始めていた時期。

貸しレコード屋が学校の近くにあり、YMOだけでなくいろんなLPを借りて、せっせとカセットテープに録音。前年に自分のステレオをバイトして買ったばかりだったし。レコードを借りるくらいには気になってたんだろうな。

・「バレエ」から始まるA面、ホントにこれあのYMO?って感じの暗さ。ところが、B面一曲目の「CUE/キュー」でドッカーン! と来た。

これは良い! 大好き! バグパイプみたいな音色で、明るい広がりがカッコイイ! 暗い曲が多い中だからイイってのもあるし、暗い曲もめちゃくちゃイイ! ってなってきた(「CUE/キュー」はULTRAVOXの「Passionate Reply」という曲が元ネタだと後年知って驚いたけど)。

・「CUE/キュー」でYMOの聴き方が突然わかった。そのまま続けてB面が終了。「すごかったなあ……」って余韻に浸っていたというか、あまりの感動に椅子の上で半ば気絶していたところ、どこからか怖ろしい「ギュイイイイイ〜〜〜ンンン」という音が段々大きくなってきた。

「何だ? 何が起きたんだ??」って、バタバタあちこち見回すパニック状態に。ターンテーブルを見たらB面はまだ終わってなく、「LOOM/来たるべきもの」という無限上昇音の曲がかかっていたのだった。

・「BGM」が僕にとってのビッグバンになった。それまで馴染みのなかった、いろんなものに興味持ち始めたり。YMOは初期アルバムやライブ盤も含めて5枚のLPを聴き込み、めちゃくちゃ好きになった。メンバーのソロや関連アルバムや曲にも熱狂。

それまでも好きな音楽はいろいろあったけど、現在進行形の音楽ムーブメントをリアルタイムに楽しむのは初めてだった。

・「テクノデリック」が1981年11月。一曲目の「ピュア・ジャム」にはぶっ飛んだ。他の曲も全部斬新。どこをどう聴いてもこんな音楽聴いたことない!

考えたらデザイン学校1年の春に「BGM」、秋に「テクノデリック」で連発だったんだ。他にもクラフトワークにも夢中になってライブに行ったりなど、濃い年だったなあ。

・ただ、この2枚のアルバムで受けた衝撃はずっと後を引き、YMO的なヘンテコな斬新さのない、普通の音楽を受け付けにくくなってしまったw

・ところで、ブルーグラス音楽にもハマってたのだが、バンジョーの魅力の一つは「曲の中で絶え間なく鳴り続ける明るいテケテケ音」。

それが、初期YMOの「ピコピコ音=鳴り続けるシーケンサーのパターン」と重なった。ああ、僕はこういう音の重なりが大好物なんだな、って認識したのだった。

●僕らのカルチャー

・そもそも、「リアルタイムで何かを追いかける」ってこと自体、「スター・ウォーズ」を除けばほとんど初体験。「刷り込み」を受けたようなものだろう。

大きかったのが1981年2月のスネークマンショー「急いで口で吸え」。夢中になったのは「BGM」とほぼ同時期。なんかよくわからんけど、YMO周辺にとんでもなく面白い世界があるらしいって、興味をそそられた。

・80年代前半、YMOやその周辺やビックリハウス、デザイン学生的にはグラフィック展などを「僕らの時代のカルチャー」と感じた。

他の音楽というか、僕的にはYMOつながりでないアーティストはほとんど興味なく、ストライクゾーンは極端に狭かった。まあ、まったく興味を持たないよりはマシだろうけど。

●売り出し戦略を面白がること

・興味が持続したのは、メンバーというより舞台裏への興味があった。YMOの場合、「コンセプトを固めて結成」や「ファッションやヘアスタイルなどキャラクター付け」、それに「世界ツアーで逆輸入を演出」など、売り出しの戦略がわかりやすく見えていておもしろかった。

今だったら「見え見えの演出」かもしれないけど、当時は新鮮だったなあ。

・ビジュアルや広告。不気味なマスクの写真、赤い人民服、「増殖」の増殖w、以降の「浮気な僕ら」の爽やかおじさん。散開ツアー「プロパガンダ」のナチ風の演出など、コンセプトによって見せ方を変える手法がわかりやすかった。広告も面白かった。


【吉井 宏/イラストレーター】
HP  http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/

「BGM」とほぼ同時期にハマりだしたのが「オレたちひょうきん族」や、たけしその他オールナイトニッポン。あと、「欽ドン!良い子悪い子普通の子」も。勉強してるフリせず、遠慮なくテレビを観れるようになったから。

そこで、ボーカル以外ほぼYMOの「ハイスクールララバイ」が出てきたときは熱狂したなあ。

◯Studio City Macauのデコレーション展示中
https://bit.ly/30olPNF

○吉井宏デザインのスワロフスキー、7月半ばに出た新製品4つ。

・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV

・HOOT HAPPY HALLOWEEN 2019年度限定生産品
https://bit.ly/2JZVVcm

・SCS ペンギンの赤ちゃん PICCO
https://bit.ly/2JStbC4

・SCS ペンギンのおばあちゃん
https://bit.ly/2YbmnJ7


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■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[40]
機種変の話
スマホの精

海音寺ジョー
http://bn.dgcr.com/archives/20191002110100.html
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◎機種変の話

春に京都の出町柳にある、出町座という映画館に行った。これは、昨年も同じころ『バーフバリ』という人気のインド映画を観たくて、初めて出町座に出向いたのだが、満席で入れなかったという遺恨を晴らすという目的があった。

かつ、その時おいしそうな駅前の豆餅屋も、素通りしてしまった遺恨をも晴らすという、副次的野望もあり行ったのだった。

したがって、特に観たい映画があったわけではないのだが、その日午前中に京都、西京極に用事があったので、午後の空白スケジュールで、とにもかくにも出町柳の出町ふたばで豆餅を買い、シネマを楽しむという極私的娯楽義務を果たしたかった。

余談だが、出町ふたばは明治32年創業の由緒ある餅屋で、メイン商品の少し塩気のある豆餅は、京ではとても知名度が高いと、京都在住の友達が口をそろえて後日教えてくれました。

そのタイミングで上映してたのは、アイ・ウェイウェイ監督のドキュメント「ヒューマンフロー」だった。

世界中の紛争地、特にアフリカから地中海を越えて亡命してくる難民の現在をレンズに収めた、ストイックなノンフィクションだった。

事実をレポートして分かりやすく編集するスタイルで、劇映画のような物語としての面白さはなかったが移民問題の実情をIS(イスラム国)の誕生から台頭の時代、リアルタイムで撮影していて、ああ、日本の外国人労働者導入の法制準備やマスコミの世論操作のことも、移民問題の一環だったのだな、と以前から引っかかっていた謎のピースがパチパチと嵌り、絵が繋がった感じがした。

いや、映画はまあ、そういう故国を捨て、生き延びる道を選んだ人々をバンバン撮っているのだが、彼ら彼女らの殆どがスマホを持っていたのだ。別に裕福だからということじゃないだろう。大国で量産され、消費型経済システムの都合で使われなくなった端末が流通しているのだ。

流民はスマホの中に自分たち家族のアルバム写真を入れ、クラウドにアップし、故国に残っている親族や友人と繋がっているのだ。

前置きが滅茶苦茶長くなってしまったが……この映画を観終わって愕然とした。流浪の民も存分に使いこなしているスマホに、自分もそろそろガラケーから移行した方がいいのでは? と。

「今使ってる3Gの回線が2022年3月から使えなくなる、よって、きちゃまには年寄り向けスマホを激安で紹介するから、乗り換えなしゃい!」と圧力を、ガラケーの会社からかけられている事情もあった。この会社のスマホには換えんけどな……

介護問題とか人口問題とか、書いている超短編小説に社会的題材をふんだんに取り入れてるのに、現代社会と全然コミットしてない今のデジタル環境じゃいかん、という焦りも拍車をかけた。

そういうわけで、S社が販売してるAI搭載のアンドロイドに機種変した。これは悪名高いG社の機種端末で、付属カメラで撮ったものを「OK、G様、これは何ですのん?」と尋ねたら、G社の世界最高峰の電脳ネットワークにアクセスし、「コレハ、タデ科イヌタデ属の一年草。学名ハPersicaria longiseta、和名ハ犬蓼デゴザイマス」と、その被写体の名や詳細を教えてくれる機能を有しているのだ。

これは俳句をやるのにとても便利では? と即決した。これだけの識別能力を持ってるマシンは、もはや電話機という機能を越えている。ぼくは彼(アンドロイド)を「博士」と呼ぶことにした。

他社乗り換えで機種変してから、今日でちょうど一週間たった。一つだけ心配してるのは、「あなた様はデジタルに疎そうだから、この激安の高齢者向け1ギガ限定コースをお勧めしますわ」と、G社販売ブースであひる口の美人アドバイザーに圧力をかけられ、月1ギガ縛りのプランにしてしまったことである。

7日目にして残り使用可能データ量が0.26ギガしかないが、この高性能機に、この料金プランはマッチしているのか? 虎を犬小屋で飼ってるような気分である。

まだそれ以外にも多くの気がかりはあるものの、老後は博士に、花の名前を教えてもらう日々を過ごすのも悪くないな。

おわり

◎スマホの精

スマホの触感が鈍くて、ツイッターを起動させようとゴシゴシと指で擦ってたら、白い煙がもうもうとたってガリガリのおっさんが液晶画面から出現した。

あっけにとられていると、物凄い小声で「どうも、スマホの精です」と、おっさんが自己紹介した。これは、あれだ。千一夜物語で出てくる指輪の精とか、ランプの精みたいなものらしい。

「なんか、願い叶えます? やめときます?」

度の強い眼鏡の奥で目をしょぼつかせ、おっさんは消極的に声をかけてきた。

「いや、そもそもおじさん何が出来るんだよ? たとえばさ、魔法的な力とか持ってるの」

ぼくは精一杯、この超常現象から何かを得ようとしてみた。駅の中だったので人目を気にして、おっさんは目を泳がせながら「まあーだいたいスマホで出来るぐらいのなら、なんでもできるっすよ」と物凄い小声で、早口で言った。

「スマホで出来ることなら、スマホでするからいいよ!」

まあ立ち話も何なので、構内の阪急そばに入って二人でそばを食べた。おっさんは金を持ってなかったのでスマホで決済した。

(もうすぐ大人の超短編タカスギシンタロ選 佳作作品)

【海音寺ジョー】
kareido111@gmail.com

ツイッターアカウント
https://twitter.com/kaionjijoe
https://twitter.com/kareido1111


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編集後記(10/02)

●偏屈BOOK案内:石平 安田峰俊「天安門三十年─中国はどうなる?」

石平は1962年生まれ。安田峰俊(ルポライター)はちょうど20歳下、1982年生まれ。これは対談だが、安田はカウンセリングを行っているみたいだと、何度かそんな思いにとらわれたという。話題が天安門事件の1989年6月4日の武力鎮圧のくだりになるたび、石平は重苦しく沈黙し、ときに嗚咽を漏らしたからだ。天安門事件当時、石平は日本に留学しており、2007年に日本に帰化した。

広義でいう天安門事件とは,1989年の4月半ばから6月4日まで北京の天安門広場を中心に、中国全土に拡大した民主化運動の広がりと、それに鎮圧されるプロセス全体のことをいう。その後、30年間ずっと、石平の認識では天安門の運動は「民主化運動」だった。多くの教科書や書籍もそう記述している。しかし、30年後の今、あの運動が一番訴求していたのは、果たして民主化だったのかどうか、吟味する必要があるということで、中国通の安田との対談になった。

石平「天安門の学生運動が持ち上げられすぎた面、神聖化された面はあるんです。運動をしていた人たちは、最初から壮大なる民主主義の理念に基づいて、三権分立、民主主義社会の建設などの高邁な理念を掲げて始めていたわけではない。恥ずかしながら30年経ってそのことを初めて確認できた」。学生運動の七大綱領を見ると、「体制内で大事にして欲しい」という要素が大きかった。

学生達のいうことは、専制体制の撤廃とか政府の打倒ではない。むしろ体制・政府の存在を認めた上で、自分たちを正当に評価してくれというものだった。命をかけて求める内容が「自分たちを政府に認めてもらうこと」なのだ。「学生運動が『偉大な民主愛国運動』であることを認めよ」なんて要求しているのだ。要するに、最後は自分たちの正当化のための運動になってしまった。

この国のためにどういう社会システムを再構築するか、社会の理想をどう実現するかということよりも、自分たちの運動がいい運動であることを認めて欲しいというのだ。学生たちが一番恐れていたのは、「認めてもらえない」ことだった。政府が愛国運動と認めてくれれば、この運動が終わったあとでも、自分たちは生きていけるが、そうでないと行き場がない。相当情けない主張だな。

安田「中国には「秋後算帳(秋になってから計算する)」という諺があります。たとえば何らかの混乱状態が発生したとする。当事者たちは発生中の段階ではのびのびやれるのですが、コトが終わった後に、権力の側からツケを支払わされるように罪を問われる。それを中国人は恐れます」って、あなたは中国人か。釈迦に説法だろうが。それにしても、日本人が想像する中国人学生像とはえらく違う。

「当事者としての自分自身から距離を置いて、当時の石平ではなく、ある程度は研究者の目で、客観的な視点で天安門事件を見つめてみたい」という石平だったが、武力鎮圧の具体的な話に入る前に「これは安田さんが話して下さい。私は口にしたくない」と言う。しかし、話が進むと「すいません。やはり具体的な話は、俺はまだ駄目みたいだ。やめよう」となった。話を先に飛ばした。

天安門事件において、実は「広場内」での流血はなかった。学生達は午後5時半までに広場から退去した。広場の学生を無血排除するという作戦目的のために、その遂行過程、例えば市内での進撃において生ずる障害に対して、武力行使は正当化されていた。天安門事件は、実際は「北京市内事件」だった。そして中国の経済発展は、天安門事件から始まった、といえるだろう。(柴田)

石平 安田峰俊「天安門三十年─中国はどうなる?」2019 扶桑社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594082297/dgcrcom-22/


●「スマホの精」好き。

/勉強会続き。株式会社ティウェブさんは、女性が社長で、社員さんたちも女性だけ。恐縮しつつの参加であったが、気遣いが細やかで、居心地良くしていただき、勉強に集中できた。ありがとうございます。

カリキュラムの初回は「JavaScriptの基本」だった。これならついて行けそうだと思ったのだが、先生は、生徒らのレベルを見て、臨機応変に内容を変えられる優秀な方であった……。

私は従来のJavaScript(ECMAScript3)を使っていたので、現在の主流であるECMAScript5(ES5)〜ECMAScript2015(ES2015・ES6)との違いを教わり、浦島太郎となった。「使っていたので」とは書いたものの、あまり使う機会はなく、忘れていることだらけだった。

教わりながら、「今のJavaScriptで、体系的に学び直しをしよう。参考書買ってこよう」と心に誓ったのであった。(hammer.mule)

Nuxt.jsについて社内研修会を行いました。
https://www.t-web.co.jp/blog/nuxtstudy/