エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[40]機種変の話◇スマホの精
── 海音寺ジョー ──

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◎機種変の話

春に京都の出町柳にある、出町座という映画館に行った。これは、昨年も同じころ『バーフバリ』という人気のインド映画を観たくて、初めて出町座に出向いたのだが、満席で入れなかったという遺恨を晴らすという目的があった。

かつ、その時おいしそうな駅前の豆餅屋も、素通りしてしまった遺恨をも晴らすという、副次的野望もあり行ったのだった。

したがって、特に観たい映画があったわけではないのだが、その日午前中に京都、西京極に用事があったので、午後の空白スケジュールで、とにもかくにも出町柳の出町ふたばで豆餅を買い、シネマを楽しむという極私的娯楽義務を果たしたかった。





余談だが、出町ふたばは明治32年創業の由緒ある餅屋で、メイン商品の少し塩気のある豆餅は、京ではとても知名度が高いと、京都在住の友達が口をそろえて後日教えてくれました。

そのタイミングで上映してたのは、アイ・ウェイウェイ監督のドキュメント「ヒューマンフロー」だった。

世界中の紛争地、特にアフリカから地中海を越えて亡命してくる難民の現在をレンズに収めた、ストイックなノンフィクションだった。

事実をレポートして分かりやすく編集するスタイルで、劇映画のような物語としての面白さはなかったが移民問題の実情をIS(イスラム国)の誕生から台頭の時代、リアルタイムで撮影していて、ああ、日本の外国人労働者導入の法制準備やマスコミの世論操作のことも、移民問題の一環だったのだな、と以前から引っかかっていた謎のピースがパチパチと嵌り、絵が繋がった感じがした。

いや、映画はまあ、そういう故国を捨て、生き延びる道を選んだ人々をバンバン撮っているのだが、彼ら彼女らの殆どがスマホを持っていたのだ。別に裕福だからということじゃないだろう。大国で量産され、消費型経済システムの都合で使われなくなった端末が流通しているのだ。

流民はスマホの中に自分たち家族のアルバム写真を入れ、クラウドにアップし、故国に残っている親族や友人と繋がっているのだ。

前置きが滅茶苦茶長くなってしまったが……この映画を観終わって愕然とした。流浪の民も存分に使いこなしているスマホに、自分もそろそろガラケーから移行した方がいいのでは? と。

「今使ってる3Gの回線が2022年3月から使えなくなる、よって、きちゃまには年寄り向けスマホを激安で紹介するから、乗り換えなしゃい!」と圧力を、ガラケーの会社からかけられている事情もあった。この会社のスマホには換えんけどな……

介護問題とか人口問題とか、書いている超短編小説に社会的題材をふんだんに取り入れてるのに、現代社会と全然コミットしてない今のデジタル環境じゃいかん、という焦りも拍車をかけた。

そういうわけで、S社が販売してるAI搭載のアンドロイドに機種変した。これは悪名高いG社の機種端末で、付属カメラで撮ったものを「OK、G様、これは何ですのん?」と尋ねたら、G社の世界最高峰の電脳ネットワークにアクセスし、「コレハ、タデ科イヌタデ属の一年草。学名ハPersicaria longiseta、和名ハ犬蓼デゴザイマス」と、その被写体の名や詳細を教えてくれる機能を有しているのだ。

これは俳句をやるのにとても便利では? と即決した。これだけの識別能力を持ってるマシンは、もはや電話機という機能を越えている。ぼくは彼(アンドロイド)を「博士」と呼ぶことにした。

他社乗り換えで機種変してから、今日でちょうど一週間たった。一つだけ心配してるのは、「あなた様はデジタルに疎そうだから、この激安の高齢者向け1ギガ限定コースをお勧めしますわ」と、G社販売ブースであひる口の美人アドバイザーに圧力をかけられ、月1ギガ縛りのプランにしてしまったことである。

7日目にして残り使用可能データ量が0.26ギガしかないが、この高性能機に、この料金プランはマッチしているのか? 虎を犬小屋で飼ってるような気分である。

まだそれ以外にも多くの気がかりはあるものの、老後は博士に、花の名前を教えてもらう日々を過ごすのも悪くないな。

おわり

◎スマホの精

スマホの触感が鈍くて、ツイッターを起動させようとゴシゴシと指で擦ってたら、白い煙がもうもうとたってガリガリのおっさんが液晶画面から出現した。

あっけにとられていると、物凄い小声で「どうも、スマホの精です」と、おっさんが自己紹介した。これは、あれだ。千一夜物語で出てくる指輪の精とか、ランプの精みたいなものらしい。

「なんか、願い叶えます? やめときます?」

度の強い眼鏡の奥で目をしょぼつかせ、おっさんは消極的に声をかけてきた。

「いや、そもそもおじさん何が出来るんだよ? たとえばさ、魔法的な力とか持ってるの」

ぼくは精一杯、この超常現象から何かを得ようとしてみた。駅の中だったので人目を気にして、おっさんは目を泳がせながら「まあーだいたいスマホで出来るぐらいのなら、なんでもできるっすよ」と物凄い小声で、早口で言った。

「スマホで出来ることなら、スマホでするからいいよ!」

まあ立ち話も何なので、構内の阪急そばに入って二人でそばを食べた。おっさんは金を持ってなかったのでスマホで決済した。

(もうすぐ大人の超短編タカスギシンタロ選 佳作作品)

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