わが逃走[246]「無」の巻
── 齋藤 浩 ──

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こんにちは。10月だってのに30度とか、ふざけんな! と思います。

私は暑いのが苦手でして、毎年夏が来るのが嫌で嫌でしかたがないのです。はやく重いかけぶとんをかけて熟睡したいと思いつつ、来年の夏はなるべく遅くやってきてほしいと願う毎日です。

暑いとどうしても悪夢を見ます。暑くなくても悪夢はわりと見がちなのですが、最近は『アレ草四郎』と名付けたスマートスピーカーが、突然沢田研二の声で笑い出すという、おそろしい夢にうなされました。

小学生の頃を回想すると、9月に入ると徐々に暑さも和らぎ、毎年5日前後に開催される『水泳大会』で急に気温が下がり、プールサイドで唇を紫色にして、バスタオルを羽織りつつガクガク震えるのがならわしでした。

最近の小学校はどーなんだろ。このままいけば、10月にプールで泳いでもいいんじゃないか。





10月といったら、翌々月は12月です。12月といえば年末です。師走ですよ!さすがにジャケットもコートも着てるはずです。ちなみに前々月は8月でした。

8月なんて、ついこの前です。いつもTシャツと短パンで過ごしていました。が、いまだTシャツと短パンです。それなのに、あと同じだけ先に進むと12月だというのです。おかしいですよ、どう考えても。

前置きが長くなりましたが、年末にリクルートのギャラリーで開催されるフロシキ展に出品することになりました。

作品はすでに完成し、今は京都の職人さんが一生懸命染めてくれている頃だと思います。試作品を見たところ、ものすごく良かったというか、自分の作品じゃないみたいにスバラシイ。自画自賛。なので、ここらで制作過程を記録しておこうと思ったのでした。

まず、例によって文字を立体化した「リッタイポ」シリーズの新作とすることを決め、そして風呂敷とはなんぞやと考えました。

風呂敷とは包むための布です。でも、こいつで包むだけでモノが持ち運びやすくなったり、普通のモノがあらたまったモノになったりします。

取っ手や袋のような目に見えて実用的な面と、概念的な目に見えない面が一枚の布に同居してるんだ。すごいなあ。

平面がものを包むことで立体になるというのも、よく考えたら面白い。こういうのって、ひとことでなんと言ったらいいのかしら。「美は対比にあり」か。

この対比の面白さを、ひとつのビジュアルで表現できたらよいのではなかろうか。今回使用できる色は1色だけなので、地となる白と、もう1色との「対比」でもあるし。

というわけで、「対比といえば(     )。」の、カッコに入る言葉を考えてみました。

黒と白。
無と有。
男と女。
凹と凸。
海と空。
暑いと寒い。
マルとシカク。
舗装と高下駄。
熱燗と中華。
アアとパホエホエ。
ぐりとぐら。

などなど、ことあるごとにメモしてみたところ、とくに「無と有」が気になってきました。なんつうの、こう、「無」ってなんかカッコいいじゃん。

こう書いていると、まるで私がバカみたいに思えてきますが、いや、実際そうなのかもしれませんが、たとえば「有」をマイナスの空間で、「無」をプラスの物体で表現してみてはどうだろう。

つまり、「有」の形に抜かれたのトンネルに、「無」の形をした電車が突入するような。などと考え始めたのでした。

で、スケッチを描いてみたが、どうも理屈っぽいのです。だいたい「無」って無のくせにそれを意味する文字や言葉が「有」るってのが、ひねくれててイイ。だったら「無」だけでよいのでは?

うん。その方がシンプルにまとまるかも。てなことに落ち着きました。

まず「無」をどんな形にするか。一般的なゴシック体と明朝体を、スケッチブックに描いてみました。

こうして見ると、「無」という字は片流れの屋根をもつ、住宅建築のように見
えてきます。縦横に走るラインは、柱と梁ってことで。

住宅とは家であり、家とは入れ物です。入れ物は満たされれば「有」になり、からっぽになれば「無」。って当たり前ですが。

満たされた姿をイメージできる空っぽな立体。

というわけで、フレーム構造で「無」を作り、それを建築のパースをイメージするような角度で見せることとします。

ここから先は、文房具屋さんで買ってきた角材を、木工用接着剤でフレーム状に組んでいくように、3Dソフトを使って一気に作りました。

出来上がったミニチュアを、これもコントラスト強めのライティングで撮影するようにレンダリング。それを風呂敷サイズでプリントし、トレーシングペーパーをあてて影部分と光の当たっている面とを分けるようにIllustratorでトレース。細かいディテールはCGくさくなりすぎるので、極力つぶして簡略化しました。

で、これを「版下」とし
https://bn.dgcr.com/archives/2019/10/03/images/001

職人さんが染めてくださるわけですよ。
https://bn.dgcr.com/archives/2019/10/03/images/002

というわけで、「Creation Project 2019 170人のクリエイターと京都の職人がつくる「手捺染の風呂敷(仮)」は、銀座のクリエイションギャラリーG8/ ガーディアン・ガーデンにて、11月26日(火)から開催されます。
http://rcc.recruit.co.jp/creationproject/2019


風呂敷1枚の販売価格は1,600円とお手頃です。収益金は未来の担い手である子どもたちのために役立てるべく、「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」に寄付されるとのこと。

あと2か月で果たしてホントに12月が来るのか甚だ疑問ですが、そのときはぜひ足をお運びいただきますよう、何卒よろしくお願いします。


【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。