[4878] ショート・ストーリー「紙詰まりとは、つまり」◇ある陶芸家のこと

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,700文字)


《ガガー!! ゴー! ガッ!!!ガー、ガー、ガーーー!!!》

■ショート・ストーリーのKUNI[252]
 紙詰まりとは、つまり
 ヤマシタクニコ

■海浜通信[005]
 ある陶芸家のこと
 池田芳弘



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■ショート・ストーリーのKUNI[252]
紙詰まりとは、つまり

ヤマシタクニコ
http://bn.dgcr.com/archives/20191010110200.html
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年中だらだらずるずる、まじめに仕事をしてるんだかしてないんだか実に疑わしい独居・自称デザイナーのシモヤマさんはその夜、やっと7割方できた冊子ものをプリントアウトする作業にとりかかった。

相手によってはもちろん、メールでデータを送って済む場合もあるが、やはりプリントしたものをきっちりそろえて提出しないといけないことも多い。

シモヤマさんは、そこでおもむろにプリンタのスイッチを入れ、用紙をセットし、モニタ画面の「プリント」ボタンをクリックした。

グガー! ゴー! キー!(はじめの音)
バキバキバキッ!(紙が送られていく音)

安物だからか何なのかしらないが、そのプリンタはやたらと音がやかましい。え、いきなり故障なの! と、いつもどきどきする。どきどきするけど、まあたいていの場合はちゃんと印刷できている。心配するほどのことではない。単に音がやかましいだけだ。人間だって声の大きな人もいれば小さい人もいる。きれいな声の人もいればだみ声の人もいる。どうってことない、どうってことない・・・ほら、今は規則的な音に変わり、快調に印刷してるようじゃないか。

ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・なんとなく、その音はそう聞こえる。ギョウテイとは何なんだ。行程はコウテイと読むんだぜ。間違ってるじゃないか。と思ったら「ギョウテイ」とも読むらしい。知らなかった! プリンタに教えられるとは。

ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・(ちなみに印刷クオリティ高めの設定)
ガーーー!
刷り上がった紙が一枚吐き出される。大げさだ。
バキバキバキ!
新しい紙が送り込まれる。いちいちうるさい。
ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・ガーーー!
刷り上がった紙が一枚吐き出される。
バキバキバキ!
新しい紙が送り込まれる。ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・もういいか。

まあこの調子ならほっといてもだいじょうぶかと思い始めたころ、ふと見ると色がおかしい。人物の顔が魚肉ソーセージみたいな色になっている。いや、バックの木立も魚肉ソーセージ色だ。そういえばインク切れのサインがついてたっけ。

色はどんどんおかしくなる。文字まで魚肉ソーセージ色になってきた。一部はたくあん色に、いや、全体がもうおかしい。ものすごいことになってきた。こういう色合い、なんていったっけ、えっと、えっと・・・サイケ! 古っ・・・。とりあえずもう無理っぽい。あきらめよう。

作業を一旦中止、買い置きのインクを取り付ける。インク、まじ高いよなあ。プリンタは7800円だった。「底底電気」というあまり聞かない名前のメーカーだったけど、レビューがそこそこよかったのと、商品ラインナップを見ると全体的に安い印象だったので買った。

その中のどれにしようか迷ったが、見栄を張って二番目に安いのにした。でも、インクがカラー・モノクロとあわせて大容量だと5000円を超える。メーカーはインクでもうけてるって、ほんと、そうなんだよね。

再開。
グガー! ゴー! キー!(はじめの音)
バキバキバキッ!(紙が送られていく音)
あ、あ、やばいかも。用紙がちょっと斜めになってるかも・・・
と思ったが遅かった。
ガガー!! ゴー! ガッ!!! ガーーー!!! 
心臓が凍るようなおそろしい音が深夜の室内に響き渡る。紙詰まり。

あわてて紙を引っ張る。あかん。本格的に詰まったみたい。引っ張る。
ガー!!! そうっと引っ張る。ゲー!グワー!!!何なの、このプリンタ! 
ちょ、ちょっと黙って! いま何時だと思ってんの、夜中の2時だよ、2時! 
ガー! ゲー! ゴー!!!! 

あのね、こ、ここは真下の家の大将のいびきが聞こえる安アパートなんだよ!
「もー、お父ちゃん、うるさい」と奥さんが言う声も聞こえるくらいなんだよ! 
静かに、静かに! パトカーが来たらどうする! 来ないと思うけど。

シモヤマさんは思い切りあわてふためき、はずみでゴミ箱を蹴飛ばしてかえって騒音を立てるという二次災害を引き起こしながら、どうにかこうにかスイッチを切る。やおら深呼吸をした後、紙をそーっと引っ張る。いや、そーっとではらちが明きそうにない。何だかもんのすごい力で、かんでるのだ。う-、うー、・・・ああっ、無理・・・汗が出る。

落ち着くんだ、シモヤマ。相手はたかがプリンタだ。イージー、イージー・・・。
マニュアルを引っ張り出して該当個所を探す。
「つまった用紙を両手でしっかりとつかみ破れないようにゆっくりと引き抜く」
「つまった用紙をすべて取り除いたことを確認し、紙片があったら取り除く」
あたりまえのことしか書いてない。途方に暮れる。泣きそう。

──たぶん、こんなときでも、機械のことがわかってる人はそれなりに対処するんだろうなあ。ああ、そういえば、前の職場にいたあの人、Sさん。パソコンやプリンタで何かトラブルがあったときも少しもあわてず、ふんふん、これはこうですねとつぶやきつつあっという間に直してたっけ。あ、その前にバイトしてたところのGさんも、みんなから頼りにされてたっけ。いるんだよそんな人。まるで猛獣使いみたいに、暴れる機械をたちまち手なづけてしまう人。機械もその人の前ではすんなり従う、みたいな。機械語がわかるんじゃないか、そもそも元機械だろうみたいな・・・。

とか思ってたら、プリンタの前にだれかいるではないか。シモヤマさんは飛び上がった。
「だだだ、誰なんですか! そこで、そそ、そそそこで、何を!」
「底底電気からやってまいりました。少々お待ち下さい」

サラリーマン風スーツ姿の男は静かにそう言うと、軽く腰をかがめた姿勢でプリンタをのぞき込みながら、穏やかな声で言った。それから優美な手つきでプリンタに触れるか触れないかというほどに軽く、さらさらとなでるような動きをみせた。次の瞬間、ああら不思議、男の手にはプリンタから取り出されたくしゃくしゃの用紙が。

「これが詰まってました。もうすべて取り除いたので安心です」微笑む。

シモヤマさんはあっけにとられ、くしゃくしゃの用紙とプリンタとに交互に視線を走らせ、それから男に視線をあわせて、思った。
──え、けっこうまともな男。
男はイケメンというほどではないが、清潔感のある好青年タイプだった。そもそもシモヤマさんの住む地域は高齢化が進み、在宅で仕事してると50代以下の成人男子を間近に見る機会があまりない。ほ~。ほ~。これはこれは。

「では私の作業は終わりましたので、ここにサインを。料金は1000円です」
「え、1000円」
「はい。本来は5000円なんですが、ご購入時に4000円クーポンをおつけしております。それをお使いいただけますので」
「あー、そうなんだ。知らなかった。へー、クーポンがねえ、4000円もあったのねー」
シモヤマさんはすっかり感心して1000円払った。
「では失礼いたします」
どこからかやってきた男はまたどこへともなく、しゅぼっと姿を消した。

あーびっくりしたあ。でも助かった。機械ってほんと、苦手だからなー。まあこれで安心だ・・・。一気に力の抜けたシモヤマさんは、続きの作業は翌日にすることにして、こてっと寝た。

次の日。シモヤマさんは新鮮な気分で印刷の続きにかかった。いや、ほとんど一からやりなおしだ。
用紙をセットする。「プリント」をクリック。
グガー! ゴー! キー!
バキバキバキッ!
ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・

やっぱり心配で、シモヤマさんはプリンタの前に張り付いている。だいじょうぶ、だいじょうぶだと思うが・・・。
ガガー!!ゴー! ガッ!!!ガー、ガー、ガーーー!!! 
詰まった。まじか。はさまった紙を引っ張る・・・取れない。力を入れても・・・取れない! なんで毎日紙詰まりするんだ! どどーんと落ち込むシモヤマ。

ふと見ると、昨日の男がいる。
「底底電気からやってまいりました」
「あ、はい」

男は昨日と同じように軽く腰をかがめ、プリンタをのぞきこむ。うなずいたと思うと優美な手つきでさらさらとプリンタをなでまわす。一度、二度、三度・・・するとああら不思議、男の手には完全に取り出された用紙が。

「では私の作業は終わりましたので、ここにサインを。料金は5000円です」
「5000円?!」
「はい、昨日はクーポンをお持ちでしたが、それはもうお使いになったので」
「あのー・・・」

シモヤマさんはなんとなく解せぬ様子で首をかしげた。すると、その様子をみてとった男はにこやかに
「ご心配いりません。時々不信感を持たれる方はおられるのですが」
「やっぱり」
「『プリンタのメーカーはインクでもうけている』とよく言われますが、それはもはや普通のことで、みなさんそんなものだと思っておられますよね」
「はあ」

「当社はそこをさらに推し進めて修理でもうけようと・・・いや、違います違います! 当社はあくまでもお客様のため、社会のためを思ってこのような迅速な修理サービスを始めたわけです。シモヤマ様のように機械のことはさっぱりわからない、相談する人も身近にいない、というようなケースも多く、以前から要望がありまして。それに、ちょっと調子が悪いと粗大ゴミに出してしまうというのは、いくら本体価格が安いといえ、エコじゃありません。できるだけ長く使っていただくのがメーカーとしての願い。そこで思い切ってこのサービスを始めたのです。決して機械の苦手な客をカモにしようなどとは思ってません。誤解なさらぬよう」

なるほど。うなずかざるを得ない。何せシモヤマさんときたら、このクラスのプリンタをこの5年間で3回買い換え、これが4台目なのだ。どれもなぜか紙詰まりを起こして手に負えなくなり「仕方ない。安いもんだし」と、粗大ゴミに出すことになる。みかけはまだぴかぴかなのに不用品シールを貼って粗大ゴミ置き場に持っていくときはさすがにひどいことをしている気分になった。

そうなのだ。修理費5000円は高いように思えるが、エコなのだ。地球にやさしいのだ。それに、いつでも困ったときにすぐ来てくれる、そこそこいい男が。そしてあっという間に直してくれる。いいじゃないか、シモヤマ。何の不満があるんだ!

「おっしゃる通りです。わかりました」
現金で5000円渡すと男はまたしゅぼっと消えた。
しゅぼっと消えた後、シモヤマさんはまた考えた。

自分の場合、購入後1年半くらいで紙詰まりを起こして買い換えているけど、故障がなければ2年、3年と使えたかもしれない。それも初回は1000円なのだから、できるだけ紙詰まりを起こさないように気をつければ、わずか1000円プラスで何年も使える可能性もある。いいことだ。

しかし、2回目から5000円なら3回目でもう、買い換えたほうが得ということになる。自分の場合、この可能性高いかも。でも、あの修理のお兄さん、なかなかいい感じだった。若いのに頼もしくて、さわやかで。やっぱりヒューマンコミュニケーションって大事だよね。修理にいくらかかったとか、そういう話じゃないような気がするよね・・・ああ、どうしたらいいんだ! 

ケチで計算が大の苦手で脳がミカン大ともいわれるシモヤマさんは早くも思考停止状態となった。そんなときの常としてネットに逃避すると、広告が。

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あ、そうか。どうせなら、底底電気のラインナップでも思い切り安いプリンタにしたらいいんだ。中途半端に「下から2番目」なんて選ぶからややこしいんだ。安いやつでも修理サービスがあるみたいだし。よし、今度紙詰まり起こしたら安いのに買い換えよう! 今後の方針が決まると急に気が楽になった。

どんとこい。なんぼでも紙詰まりしろ! 受けて立つ! むしろ、さっさと詰まれ!

それが聞こえたかのように、ほんとにまた紙詰まりが起こった。起こるやいなやシモヤマさんはスイッチをオフにしてプラグも引っこ抜いた。あの男が出現する前に。そして市の粗大ゴミ受付センターに収集を申し込んだ。

次にすることは新しいプリンタを購入することだ。もちろん底底電気のいっちばん安いやつだ。サイトに行くと、なんと一番安いのは1900円だった。これだ。即ポチッ。

そして翌日、もうプリンタが届いた。さっそく使い出すと、いきなり紙が詰まった。まさか初日から詰まると思わなかったシモヤマさんはまたしてもうんしょ、よいしょ、と必死でプリンタと格闘した。紙はばらばらにちぎれ、かなりの部分が奥のほうに取り残された。あかん。疲れた・・・。

ひと休みしようとコーヒーを入れ、カップを手にプリンタのそばに戻ったシモヤマさんは思わずこけそうになった。プリンタの前にむさ苦しい60がらみのおっさんがいる。洗いざらしの作業着姿で背中は丸まり、薄くなった白髪交じりの頭髪がわびしげだ。そのおっさんが、低いがざらざらした声で言う。

「むちゃくちゃ詰まってまんなあ、これ」
「あの、ひょっとして」
「底底電気から来たもんですわ。ちょっと待ってや」
おっさんは慣れた手つきであっという間に詰まった用紙を取り除いた。
「しろうとはこれやから困るわ。はい、5000円ね」
「あの、初回はクーポンが使えるとか・・・」
おっさんはぎょろりと目をむき
「世の中なめてかかったらあかんで。1900円のプリンタにクーポンがあるかいな。正味5000円や」
「えっ」

「今回は5000円やけど、2回目からは7000円。詰まったらすぐ駆けつけるよって、逃げても無駄やで」
「え、むちゃくちゃやん!」
「何がむちゃくちゃやねん」
「いや、その・・・それと、あの、この間うちに来られた人は・・・」
「あれはあの機種専属。この1900円の機種はわしの担当や」
シモヤマさんはへなへなとその場にへたりこんだ。

「もっと高級機種になると修理費はただ同然、担当ももっとかっこええで。吉沢亮タイプ、福士蒼汰タイプとかいろいろや。まあそんな高級プリンタ、あんたは一生買われへんやろけどな」

プリンタにおける逆進性というものを突然考え始めたシモヤマさんであった。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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しばらくお休みさせていただいてたヤマシタです。休んでる間に一番近くのスーパーでもついに、セミセルフレジ(支払いのみセルフ)が導入されました。

以前この欄に、別のスーパーのセミセルフレジを初めて使ったら、紙幣の投入口がどこかわからずに困った話を書いたと思うのですが、当時は友人たちの間でも「わかりにくい」「機械はありがとうのひとこともないからねー」(その機械は音声案内一切なし)と不評でした。

今回、近所のスーパーで導入された機械は、「お支払い方法を選んで下さい」「よろしければ『おわり』のボタンを押して下さい」等、音声でていねいに案内してくれるし、お金の投入口の位置もわかりやすい。そのせいか機械の前で困っている人も見かけない。例のスーパーではしょっちゅう「あのー」と聞かれるようで、店員さんも常にきょろきょろして落ち着かない様子だったが。

先行世代に苦労はつきものでしょうが、やはり利用者目線が欠けていたのではないかなと思います。


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■海浜通信[005]
ある陶芸家のこと

池田芳弘
http://bn.dgcr.com/archives/20191010110100.html
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海が好き、ただそれだけの理由で、大阪市内から和歌山の漁港に移住した。

†††††

私の家族は毎年夏になると、釣り好きの父に連れられて、一週間ほど、クエで有名な日高町方杭の民宿で過ごしていた。

やがて私は成長して、子供心にも去年見た岩場が今年は形が変わっていることや、海が汚れてきているように感じていたので、そのわけを解明しようと、大阪芸術大学の環境計画学科に入学した。

その授業に使う図面にはペーパーウエイトが必要だが、真鍮をセーム革で覆った本来のタイプは味気なく感じていた。たまたま阪急十七番街の店で見た、ガラスのペーパーウエイトが欲しいと思った。

サン・ルイやバカラなど、数十万円するものは無理だが、探せば必ず自分の求めるものが見つかるはず。これが心斎橋泉画廊に出入りするきっかけである。

泉画廊は工芸品専門のギャラリーで、同じビルの階下には献血ルームと、月光荘という画材店がある。そこへは受験やデッサンなどの実習で使う品を、高校時代から買いに行っていた。まさかすぐ上の階に、好みのギャラリーがあったとは気がつかなかった。

泉画廊でガラス作家の展覧会がある度に出向き、ペーパーウエイトを探していたのだが、ある日偶然、陶芸家との二人展で栗野さんに出会った。

砂色の地に、濃いサーモンピンクとセルリアンブルーのブロックパターンがぐるりと入った器に、侘び寂びが大嫌いな私は強烈に魅了され、早速アンフォラのように台に差し込んで使う、三角錐のぐい飲みを購入した。

当時は実家暮らしで、料理をするわけでもなく、必要な器といえば酒器に限られていたのだ。

聞くと栗野さんは四十歳とのこと。彼の友人の女性が二人来られていて、彼女たちは芸術家の生活スタイルをよく知らないからだろうか、「栗野さんはご自分のお店を持つのが夢なんですか」と何度も聞いていた。

彼女達が帰ってから、栗野さんと少し話したところによれば、以前ペンションでバイトしていた時に知り合ったという。栗野さんは、今は肉体労働の短期バイトをしながら、創作活動をしているとのことだった。

後日、栗野さんに会いたくなった私は、名刺の住所を頼りに彼を訪ねた。前もって連絡すると気をつかわせると思い、日曜の午後に突然、信楽の古民家に行った。

栗野さんは気持ち良さそうな真っ白いTシャツ姿で、快く迎え入れてくれた。この時の印象があまりにも幸福感にあふれていたので、私は今も、白いTシャツを着るたびに思い出す。

広い家には彼の作品が無造作に置かれ、その器を使って、自ら摘んできたという様々な野草を食材に、これまた様々な下処理と調理方法でこしらえた料理をご馳走になった。

驚いたことに、高価で知られる日本酒を飲まれていて、これらは酒好きが高じて近隣の醸造所で杜氏の仕事に就き、その縁で頂いているという。

古代からの陶器づくりを体験するため、ラオスに行ったことなど、色々な話を聞いて、幸福感に包まれながら、私は秋口で少し冷えた道を辿って帰った。

それから、季節が変わると思い出したように栗野家に伺った。私のぐい飲みは酔う度に落としてしまい、その話をすると笑いながら違う作風のぐい飲みを進呈してくれた。

今思い返すと刹那の充実感ゆえか、我らの未来や、この関係がいつまで続くかなど、考えることは何もなかった。

初訪問から二年ほど経った頃、京都でギャラリーを経営しているという小柄な女性を紹介された。泉画廊の客である私には話さなかったが、既に二回、個展を開いたりと、何かと芸術家である彼を応援してくれているらしい。その日も三人で飲み、初冬の晩に彼らから見送られた。

その後、私はヨットスクールのインストラクターを辞めたため、それまでの浮世離れしたキャリアから社会に居場所を見出だせなく、瞬く間に身辺が不安定になり、栗野家にはしばらく行かなかった。

ある日、泉画廊のオーナーから電話があり、栗野さんに展覧会を開いて欲しいのだが、交渉してもらえないだろうかという。野球の仰木監督の奥様も栗野さんのファンで、他にも何人かの著名な方の名前が挙がっていた。

久しぶりに信楽へ向かうと、栗野さんは不調な様子で、例の彼女が連れて来る猫を好きになれなくて、何だか猫起因の病気にかかっているような気がするという。また、いまは新しい作品をつくる気分ではない、と。

アドベンチャー系の仕事をしていた私には、そのようなデリケートな感受性は理解できなかったが、押しても引いても無理なことが明白に感じられたため、あきらめてその旨をオーナーに知らせた。

半年ほどして、再度泉画廊から連絡があった。栗野さんに電話すると、もうその回線は使われていないという。私が丹波篠山のご実家に電話したところ、父上だろうか、年配の男性が出てくれたが、二言三言話すと電話は切られた。

それから栗野さんとは会っていない。数回にわたり新しくなった私のぐい飲みも、残っていない。


【Ikeda Yoshihiro】
ikeda@brightocean.jp
http://www.brightocean.jp/
https://www.instagram.com/brightocean_official/


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編集後記(10/10)

●偏屈BOOK案内:高橋洋一「『バカ』を一撃で倒すニッポンの大正解」3

「日米同盟を強化すると、アメリカの戦争に巻き込まれる。やはり同盟は破棄せよ」というお「バカ」さんが、いまだに存在するらしい。先生は「日本を滅ぼしたければ、ぜひそうしてくれ!」とにこやかに応じる。強いヤツと仲間になっていれば安全だ、ということは誰でも肯定するだろう。そういう話なのだ。

さらに「戦争確率が40%程度減少する」と言う。そこは知らなかったので教えていただきましょう。先生はかつて米プリンストン大学で国際政治・関係論を学んだ。そのとき出会った本が「Triangulating Peace」で、「(アメリカのような)軍事強国と同盟を結ぶと、戦争確率が40%程度減少する」いう分析結果が提示されていた。安全保障の研究者ならほぼ共有する、世界の常識である。

日本の左派の「集団的自衛権を認めれば戦争になる」という論議は、国際関係論の実証分析で軽く否定できてしまうのである。確率だからゼロではないが、少なくとも現在も戦争リスクを押し上げるような新データは出てきていない。したがって、ロジカルに「戦争にならないための最善手」を考えるのであれば、まず同盟を強化するよりほかにない、という答えにしかならない。

いま日本はかつてないほどアメリカと緊密な関係を築いており、その意味で日本の戦争確率は過去最低だ。これが「真のリアリズム」である。「同盟強化で戦争に巻き込まれる」というは根拠がない「雰囲気の論議」で、データの分析結果に勝てるはずがないのだ。勝てないといえば、ギャンブルも同じである。

パチンコ、パチスロ、競輪、競馬……依存症の人だらけ。娯楽の範囲を超えても賭け事をやめられない、正真正銘の病気、WHO認定の精神疾患。「ギャンブル依存症になる人は、間違いなく確率計算ができないタイプだ。ギャンブルにおいて勝つのは胴元だけ。長期的には絶対に負ける仕組みになっているものを、大事なお金と時間を使って行うというのは、どう考えても愚かな話でしょう。」

短期的であれば勝つことはある。短期的にすら勝てなかったら、誰もやらない。賭けた金に対してのリターンを「期待値」というが、それがプラスになるギャンブルなんて基本的に存在しないのだ。特に日本のギャンブルはひどいもので、胴元の取り率が世界の標準よりずっと高く設定されているものが多いらしい。

競輪、競馬、ボートレースなどの公営ギャンブルでは、賭け金の2〜3割を胴元が持っていく。パチンコだって、店が取り分を確保した上で客を遊ばせているのだから、売上げが上がりさえすれば店が絶対に儲かる仕組みなのだ。確率で計算すると、ギャンブルとは「時間を使ってお金を損する」と答えが出る。

先生は「ギャンブル依存症の人には、数学を徹底的に教え込むのがいい」と考える。依存症更正施設のプログラムに、数学の授業を組み込んで計算問題をガンガンやらせよ、というのだ。本気かどうかわからないが、それは懲役以上に苦痛な気がする。二択を迫られたら、わたしは懲役を選ぶであろう。(柴田)
追加:吉野彰氏にノーベル化学賞 やったー 化学賞で8人目だ!

高橋洋一 「バカ」を一撃で倒すニッポンの大正解
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4828421165/dgcrcom-22/


●ええっ、誰にしよう……。菅田将暉、瀬戸康史、高橋一生、鈴木亮平、大貫勇輔、廣瀬友祐……うーんうーん、リーチマイケルでお願いします!

/ノーベル化学賞! テレビをつけたら、たまたま受賞タイミングだったようで、旭化成の女性が泣いてらして、もらい泣きしそうに。リチウムイオン電池の開発ありがとうございます!

/勉強会続き。1コマ4時間ぶっ続けの授業。あまり知識のないこと、場合によってはまったく知らないことを学ぶわけで、脳みそフル回転。ショートすると眠くなるが、一瞬でも寝てしまうとたちまちついて行けなくなるだろうという緊張感を持ちつつ受講。

昼食に魚やにおいのきついものをうっかり食べてしまって、ミンティアを口に入れていたのだが、緊張からかガリガリ食べていたりした。眠気もこれで吹っ飛ばしていたのだが、いま思えばうるさかったかもしれない。ごめんなさい。

最初は基礎や環境構築で、わかったんだが、わかってないんだか、モヤモヤした状態であったが、実務レベルの話になるととても楽しい。普段業務でやっていることを、Nuxt.js+Vue.jsでやると、その便利さを実感する。 (hammer.mule)

Nuxt.jsについて社内研修会を行いました。
https://www.t-web.co.jp/blog/nuxtstudy/