海浜通信[005]ある陶芸家のこと/池田芳弘

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海が好き、ただそれだけの理由で、大阪市内から和歌山の漁港に移住した。

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私の家族は毎年夏になると、釣り好きの父に連れられて、一週間ほど、クエで有名な日高町方杭の民宿で過ごしていた。

やがて私は成長して、子供心にも去年見た岩場が今年は形が変わっていることや、海が汚れてきているように感じていたので、そのわけを解明しようと、大阪芸術大学の環境計画学科に入学した。

その授業に使う図面にはペーパーウエイトが必要だが、真鍮をセーム革で覆った本来のタイプは味気なく感じていた。たまたま阪急十七番街の店で見た、ガラスのペーパーウエイトが欲しいと思った。





サン・ルイやバカラなど、数十万円するものは無理だが、探せば必ず自分の求めるものが見つかるはず。これが心斎橋泉画廊に出入りするきっかけである。

泉画廊は工芸品専門のギャラリーで、同じビルの階下には献血ルームと、月光荘という画材店がある。そこへは受験やデッサンなどの実習で使う品を、高校時代から買いに行っていた。まさかすぐ上の階に、好みのギャラリーがあったとは気がつかなかった。

泉画廊でガラス作家の展覧会がある度に出向き、ペーパーウエイトを探していたのだが、ある日偶然、陶芸家との二人展で栗野さんに出会った。

砂色の地に、濃いサーモンピンクとセルリアンブルーのブロックパターンがぐるりと入った器に、侘び寂びが大嫌いな私は強烈に魅了され、早速アンフォラのように台に差し込んで使う、三角錐のぐい飲みを購入した。

当時は実家暮らしで、料理をするわけでもなく、必要な器といえば酒器に限られていたのだ。

聞くと栗野さんは四十歳とのこと。彼の友人の女性が二人来られていて、彼女たちは芸術家の生活スタイルをよく知らないからだろうか、「栗野さんはご自分のお店を持つのが夢なんですか」と何度も聞いていた。

彼女達が帰ってから、栗野さんと少し話したところによれば、以前ペンションでバイトしていた時に知り合ったという。栗野さんは、今は肉体労働の短期バイトをしながら、創作活動をしているとのことだった。

後日、栗野さんに会いたくなった私は、名刺の住所を頼りに彼を訪ねた。前もって連絡すると気をつかわせると思い、日曜の午後に突然、信楽の古民家に行った。

栗野さんは気持ち良さそうな真っ白いTシャツ姿で、快く迎え入れてくれた。この時の印象があまりにも幸福感にあふれていたので、私は今も、白いTシャツを着るたびに思い出す。

広い家には彼の作品が無造作に置かれ、その器を使って、自ら摘んできたという様々な野草を食材に、これまた様々な下処理と調理方法でこしらえた料理をご馳走になった。

驚いたことに、高価で知られる日本酒を飲まれていて、これらは酒好きが高じて近隣の醸造所で杜氏の仕事に就き、その縁で頂いているという。

古代からの陶器づくりを体験するため、ラオスに行ったことなど、色々な話を聞いて、幸福感に包まれながら、私は秋口で少し冷えた道を辿って帰った。

それから、季節が変わると思い出したように栗野家に伺った。私のぐい飲みは酔う度に落としてしまい、その話をすると笑いながら違う作風のぐい飲みを進呈してくれた。

今思い返すと刹那の充実感ゆえか、我らの未来や、この関係がいつまで続くかなど、考えることは何もなかった。

初訪問から二年ほど経った頃、京都でギャラリーを経営しているという小柄な女性を紹介された。泉画廊の客である私には話さなかったが、既に二回、個展を開いたりと、何かと芸術家である彼を応援してくれているらしい。その日も三人で飲み、初冬の晩に彼らから見送られた。

その後、私はヨットスクールのインストラクターを辞めたため、それまでの浮世離れしたキャリアから社会に居場所を見出だせなく、瞬く間に身辺が不安定になり、栗野家にはしばらく行かなかった。

ある日、泉画廊のオーナーから電話があり、栗野さんに展覧会を開いて欲しいのだが、交渉してもらえないだろうかという。野球の仰木監督の奥様も栗野さんのファンで、他にも何人かの著名な方の名前が挙がっていた。

久しぶりに信楽へ向かうと、栗野さんは不調な様子で、例の彼女が連れて来る猫を好きになれなくて、何だか猫起因の病気にかかっているような気がするという。また、いまは新しい作品をつくる気分ではない、と。

アドベンチャー系の仕事をしていた私には、そのようなデリケートな感受性は理解できなかったが、押しても引いても無理なことが明白に感じられたため、あきらめてその旨をオーナーに知らせた。

半年ほどして、再度泉画廊から連絡があった。栗野さんに電話すると、もうその回線は使われていないという。私が丹波篠山のご実家に電話したところ、父上だろうか、年配の男性が出てくれたが、二言三言話すと電話は切られた。

それから栗野さんとは会っていない。数回にわたり新しくなった私のぐい飲みも、残っていない。


【Ikeda Yoshihiro】
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