ショート・ストーリーのKUNI[252]紙詰まりとは、つまり/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:13分(本文:約6,200文字)



年中だらだらずるずる、まじめに仕事をしてるんだかしてないんだか実に疑わしい独居・自称デザイナーのシモヤマさんはその夜、やっと7割方できた冊子ものをプリントアウトする作業にとりかかった。

相手によってはもちろん、メールでデータを送って済む場合もあるが、やはりプリントしたものをきっちりそろえて提出しないといけないことも多い。

シモヤマさんは、そこでおもむろにプリンタのスイッチを入れ、用紙をセットし、モニタ画面の「プリント」ボタンをクリックした。

グガー! ゴー! キー!(はじめの音)
バキバキバキッ!(紙が送られていく音)

安物だからか何なのかしらないが、そのプリンタはやたらと音がやかましい。え、いきなり故障なの! と、いつもどきどきする。どきどきするけど、まあたいていの場合はちゃんと印刷できている。心配するほどのことではない。単に音がやかましいだけだ。人間だって声の大きな人もいれば小さい人もいる。きれいな声の人もいればだみ声の人もいる。どうってことない、どうってことない・・・ほら、今は規則的な音に変わり、快調に印刷してるようじゃないか。





ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・なんとなく、その音はそう聞こえる。ギョウテイとは何なんだ。行程はコウテイと読むんだぜ。間違ってるじゃないか。と思ったら「ギョウテイ」とも読むらしい。知らなかった! プリンタに教えられるとは。

ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・(ちなみに印刷クオリティ高めの設定)
ガーーー!
刷り上がった紙が一枚吐き出される。大げさだ。
バキバキバキ!
新しい紙が送り込まれる。いちいちうるさい。
ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・ガーーー!
刷り上がった紙が一枚吐き出される。
バキバキバキ!
新しい紙が送り込まれる。ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・もういいか。

まあこの調子ならほっといてもだいじょうぶかと思い始めたころ、ふと見ると色がおかしい。人物の顔が魚肉ソーセージみたいな色になっている。いや、バックの木立も魚肉ソーセージ色だ。そういえばインク切れのサインがついてたっけ。

色はどんどんおかしくなる。文字まで魚肉ソーセージ色になってきた。一部はたくあん色に、いや、全体がもうおかしい。ものすごいことになってきた。こういう色合い、なんていったっけ、えっと、えっと・・・サイケ! 古っ・・・。とりあえずもう無理っぽい。あきらめよう。

作業を一旦中止、買い置きのインクを取り付ける。インク、まじ高いよなあ。プリンタは7800円だった。「底底電気」というあまり聞かない名前のメーカーだったけど、レビューがそこそこよかったのと、商品ラインナップを見ると全体的に安い印象だったので買った。

その中のどれにしようか迷ったが、見栄を張って二番目に安いのにした。でも、インクがカラー・モノクロとあわせて大容量だと5000円を超える。メーカーはインクでもうけてるって、ほんと、そうなんだよね。

再開。
グガー! ゴー! キー!(はじめの音)
バキバキバキッ!(紙が送られていく音)
あ、あ、やばいかも。用紙がちょっと斜めになってるかも・・・
と思ったが遅かった。
ガガー!! ゴー! ガッ!!! ガーーー!!! 
心臓が凍るようなおそろしい音が深夜の室内に響き渡る。紙詰まり。

あわてて紙を引っ張る。あかん。本格的に詰まったみたい。引っ張る。
ガー!!! そうっと引っ張る。ゲー!グワー!!!何なの、このプリンタ! 
ちょ、ちょっと黙って! いま何時だと思ってんの、夜中の2時だよ、2時! 
ガー! ゲー! ゴー!!!! 

あのね、こ、ここは真下の家の大将のいびきが聞こえる安アパートなんだよ!
「もー、お父ちゃん、うるさい」と奥さんが言う声も聞こえるくらいなんだよ! 
静かに、静かに! パトカーが来たらどうする! 来ないと思うけど。

シモヤマさんは思い切りあわてふためき、はずみでゴミ箱を蹴飛ばしてかえって騒音を立てるという二次災害を引き起こしながら、どうにかこうにかスイッチを切る。やおら深呼吸をした後、紙をそーっと引っ張る。いや、そーっとではらちが明きそうにない。何だかもんのすごい力で、かんでるのだ。う-、うー、・・・ああっ、無理・・・汗が出る。

落ち着くんだ、シモヤマ。相手はたかがプリンタだ。イージー、イージー・・・。
マニュアルを引っ張り出して該当個所を探す。
「つまった用紙を両手でしっかりとつかみ破れないようにゆっくりと引き抜く」
「つまった用紙をすべて取り除いたことを確認し、紙片があったら取り除く」
あたりまえのことしか書いてない。途方に暮れる。泣きそう。

──たぶん、こんなときでも、機械のことがわかってる人はそれなりに対処するんだろうなあ。ああ、そういえば、前の職場にいたあの人、Sさん。パソコンやプリンタで何かトラブルがあったときも少しもあわてず、ふんふん、これはこうですねとつぶやきつつあっという間に直してたっけ。あ、その前にバイトしてたところのGさんも、みんなから頼りにされてたっけ。いるんだよそんな人。まるで猛獣使いみたいに、暴れる機械をたちまち手なづけてしまう人。機械もその人の前ではすんなり従う、みたいな。機械語がわかるんじゃないか、そもそも元機械だろうみたいな・・・。

とか思ってたら、プリンタの前にだれかいるではないか。シモヤマさんは飛び上がった。
「だだだ、誰なんですか! そこで、そそ、そそそこで、何を!」
「底底電気からやってまいりました。少々お待ち下さい」

サラリーマン風スーツ姿の男は静かにそう言うと、軽く腰をかがめた姿勢でプリンタをのぞき込みながら、穏やかな声で言った。それから優美な手つきでプリンタに触れるか触れないかというほどに軽く、さらさらとなでるような動きをみせた。次の瞬間、ああら不思議、男の手にはプリンタから取り出されたくしゃくしゃの用紙が。

「これが詰まってました。もうすべて取り除いたので安心です」微笑む。

シモヤマさんはあっけにとられ、くしゃくしゃの用紙とプリンタとに交互に視線を走らせ、それから男に視線をあわせて、思った。
──え、けっこうまともな男。
男はイケメンというほどではないが、清潔感のある好青年タイプだった。そもそもシモヤマさんの住む地域は高齢化が進み、在宅で仕事してると50代以下の成人男子を間近に見る機会があまりない。ほ~。ほ~。これはこれは。

「では私の作業は終わりましたので、ここにサインを。料金は1000円です」
「え、1000円」
「はい。本来は5000円なんですが、ご購入時に4000円クーポンをおつけしております。それをお使いいただけますので」
「あー、そうなんだ。知らなかった。へー、クーポンがねえ、4000円もあったのねー」
シモヤマさんはすっかり感心して1000円払った。
「では失礼いたします」
どこからかやってきた男はまたどこへともなく、しゅぼっと姿を消した。

あーびっくりしたあ。でも助かった。機械ってほんと、苦手だからなー。まあこれで安心だ・・・。一気に力の抜けたシモヤマさんは、続きの作業は翌日にすることにして、こてっと寝た。

次の日。シモヤマさんは新鮮な気分で印刷の続きにかかった。いや、ほとんど一からやりなおしだ。
用紙をセットする。「プリント」をクリック。
グガー! ゴー! キー!
バキバキバキッ!
ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ、ギョウテイ・・・

やっぱり心配で、シモヤマさんはプリンタの前に張り付いている。だいじょうぶ、だいじょうぶだと思うが・・・。
ガガー!!ゴー! ガッ!!!ガー、ガー、ガーーー!!! 
詰まった。まじか。はさまった紙を引っ張る・・・取れない。力を入れても・・・取れない! なんで毎日紙詰まりするんだ! どどーんと落ち込むシモヤマ。

ふと見ると、昨日の男がいる。
「底底電気からやってまいりました」
「あ、はい」

男は昨日と同じように軽く腰をかがめ、プリンタをのぞきこむ。うなずいたと思うと優美な手つきでさらさらとプリンタをなでまわす。一度、二度、三度・・・するとああら不思議、男の手には完全に取り出された用紙が。

「では私の作業は終わりましたので、ここにサインを。料金は5000円です」
「5000円?!」
「はい、昨日はクーポンをお持ちでしたが、それはもうお使いになったので」
「あのー・・・」

シモヤマさんはなんとなく解せぬ様子で首をかしげた。すると、その様子をみてとった男はにこやかに
「ご心配いりません。時々不信感を持たれる方はおられるのですが」
「やっぱり」
「『プリンタのメーカーはインクでもうけている』とよく言われますが、それはもはや普通のことで、みなさんそんなものだと思っておられますよね」
「はあ」

「当社はそこをさらに推し進めて修理でもうけようと・・・いや、違います違います! 当社はあくまでもお客様のため、社会のためを思ってこのような迅速な修理サービスを始めたわけです。シモヤマ様のように機械のことはさっぱりわからない、相談する人も身近にいない、というようなケースも多く、以前から要望がありまして。それに、ちょっと調子が悪いと粗大ゴミに出してしまうというのは、いくら本体価格が安いといえ、エコじゃありません。できるだけ長く使っていただくのがメーカーとしての願い。そこで思い切ってこのサービスを始めたのです。決して機械の苦手な客をカモにしようなどとは思ってません。誤解なさらぬよう」

なるほど。うなずかざるを得ない。何せシモヤマさんときたら、このクラスのプリンタをこの5年間で3回買い換え、これが4台目なのだ。どれもなぜか紙詰まりを起こして手に負えなくなり「仕方ない。安いもんだし」と、粗大ゴミに出すことになる。みかけはまだぴかぴかなのに不用品シールを貼って粗大ゴミ置き場に持っていくときはさすがにひどいことをしている気分になった。

そうなのだ。修理費5000円は高いように思えるが、エコなのだ。地球にやさしいのだ。それに、いつでも困ったときにすぐ来てくれる、そこそこいい男が。そしてあっという間に直してくれる。いいじゃないか、シモヤマ。何の不満があるんだ!

「おっしゃる通りです。わかりました」
現金で5000円渡すと男はまたしゅぼっと消えた。
しゅぼっと消えた後、シモヤマさんはまた考えた。

自分の場合、購入後1年半くらいで紙詰まりを起こして買い換えているけど、故障がなければ2年、3年と使えたかもしれない。それも初回は1000円なのだから、できるだけ紙詰まりを起こさないように気をつければ、わずか1000円プラスで何年も使える可能性もある。いいことだ。

しかし、2回目から5000円なら3回目でもう、買い換えたほうが得ということになる。自分の場合、この可能性高いかも。でも、あの修理のお兄さん、なかなかいい感じだった。若いのに頼もしくて、さわやかで。やっぱりヒューマンコミュニケーションって大事だよね。修理にいくらかかったとか、そういう話じゃないような気がするよね・・・ああ、どうしたらいいんだ! 

ケチで計算が大の苦手で脳がミカン大ともいわれるシモヤマさんは早くも思考停止状態となった。そんなときの常としてネットに逃避すると、広告が。

プリンタでお悩みのあなた。底底電気なら格安プリンタにも充実のサービス。修理も困りごともすぐ解決。くわしくはこちら。

あ、そうか。どうせなら、底底電気のラインナップでも思い切り安いプリンタにしたらいいんだ。中途半端に「下から2番目」なんて選ぶからややこしいんだ。安いやつでも修理サービスがあるみたいだし。よし、今度紙詰まり起こしたら安いのに買い換えよう! 今後の方針が決まると急に気が楽になった。

どんとこい。なんぼでも紙詰まりしろ! 受けて立つ! むしろ、さっさと詰まれ!

それが聞こえたかのように、ほんとにまた紙詰まりが起こった。起こるやいなやシモヤマさんはスイッチをオフにしてプラグも引っこ抜いた。あの男が出現する前に。そして市の粗大ゴミ受付センターに収集を申し込んだ。

次にすることは新しいプリンタを購入することだ。もちろん底底電気のいっちばん安いやつだ。サイトに行くと、なんと一番安いのは1900円だった。これだ。即ポチッ。

そして翌日、もうプリンタが届いた。さっそく使い出すと、いきなり紙が詰まった。まさか初日から詰まると思わなかったシモヤマさんはまたしてもうんしょ、よいしょ、と必死でプリンタと格闘した。紙はばらばらにちぎれ、かなりの部分が奥のほうに取り残された。あかん。疲れた・・・。

ひと休みしようとコーヒーを入れ、カップを手にプリンタのそばに戻ったシモヤマさんは思わずこけそうになった。プリンタの前にむさ苦しい60がらみのおっさんがいる。洗いざらしの作業着姿で背中は丸まり、薄くなった白髪交じりの頭髪がわびしげだ。そのおっさんが、低いがざらざらした声で言う。

「むちゃくちゃ詰まってまんなあ、これ」
「あの、ひょっとして」
「底底電気から来たもんですわ。ちょっと待ってや」
おっさんは慣れた手つきであっという間に詰まった用紙を取り除いた。
「しろうとはこれやから困るわ。はい、5000円ね」
「あの、初回はクーポンが使えるとか・・・」
おっさんはぎょろりと目をむき
「世の中なめてかかったらあかんで。1900円のプリンタにクーポンがあるかいな。正味5000円や」
「えっ」

「今回は5000円やけど、2回目からは7000円。詰まったらすぐ駆けつけるよって、逃げても無駄やで」
「え、むちゃくちゃやん!」
「何がむちゃくちゃやねん」
「いや、その・・・それと、あの、この間うちに来られた人は・・・」
「あれはあの機種専属。この1900円の機種はわしの担当や」
シモヤマさんはへなへなとその場にへたりこんだ。

「もっと高級機種になると修理費はただ同然、担当ももっとかっこええで。吉沢亮タイプ、福士蒼汰タイプとかいろいろや。まあそんな高級プリンタ、あんたは一生買われへんやろけどな」

プリンタにおける逆進性というものを突然考え始めたシモヤマさんであった。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/
http://koo-yamashita.main.jp/wp/

しばらくお休みさせていただいてたヤマシタです。休んでる間に一番近くのスーパーでもついに、セミセルフレジ(支払いのみセルフ)が導入されました。

以前この欄に、別のスーパーのセミセルフレジを初めて使ったら、紙幣の投入口がどこかわからずに困った話を書いたと思うのですが、当時は友人たちの間でも「わかりにくい」「機械はありがとうのひとこともないからねー」(その機械は音声案内一切なし)と不評でした。

今回、近所のスーパーで導入された機械は、「お支払い方法を選んで下さい」「よろしければ『おわり』のボタンを押して下さい」等、音声でていねいに案内してくれるし、お金の投入口の位置もわかりやすい。そのせいか機械の前で困っている人も見かけない。例のスーパーではしょっちゅう「あのー」と聞かれるようで、店員さんも常にきょろきょろして落ち着かない様子だったが。

先行世代に苦労はつきものでしょうが、やはり利用者目線が欠けていたのではないかなと思います。