[4879] その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その4〉

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《お互いの勘違いが不幸なまでに重なって》

■はぐれDEATH[86]
 その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その4〉
 藤原ヨウコウ



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■はぐれDEATH[86]
その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その4〉

藤原ヨウコウ
http://bn.dgcr.com/archives/20191011110100.html
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大転換のきっかけは、本当に些細なことだった。

第三稿を見直している時に「機嫌よく描けてるけど、伝わるかなぁ?」と思う絵がちらほらあったのだ。ここでハタと気がついた。

第二稿でも機嫌よく描けている絵があった記憶が甦ったのである。慌てて第二稿を総覧したら案の定、相当数あった。手を入れればさらに機嫌よくなるものも加えれば、全体の8割は使える。

ネックになっていたのは、結局、「ストーリーらしきことを伝えよう」とする無理にもほどがある前提だったのだ。

創作もどきに限らず、グループ展に参加していた頃「ネタ」と称して、一人で大笑いして機嫌よく作っていたことは前述した。もちろん、周りの評価など眼中にない。

結局、ボクが自力で素直にできるのは、文字通りこれしかない。

というワケで「意図的で下手くそなストーリー」をさっさと放棄する、という大暴挙に出ることにした。そもそも後付け感満載なのだ。未練などまったくない。むしろ「なぜこれに気がつかなかったのか?」と不思議なぐらいである。

無理している絵というのは、見る人が見たらすぐに分かるし、恐らく一般の方でもあまり気分良く見れないだろう。それでなくても、見て気分のいい絵が描ける人ではないのだ。だったら、まずボクが機嫌よくなる絵にしないとどうしようもない。説明は不要である。

敢えて解説しようとすれば「機嫌よくのびのびやりました」しかない。それ以外に何か、この膠着状態を打破する妙案はあるのか?

さすがに商売となると、この手が素直に通用しないのは百も承知である。需要があるかどうかが分かれ目なのだ。特にこの案件に関しては、もちろん描いた本人が分かるはずないし、極端な話、忖度する必要すらない。

要するにボクは、ここの部分も放棄してイイのである。先方が「これでもいけますよ」と言えば「そうなんだろうな」だし、「無理ですね」と言えば「やっぱり」で済む。

別に居直ったわけではない。「〈得体のしれないものを絵にする〉というのはこういうことではないのか?」という、振り出しに戻っただけの話である。気づかなかったボクも迂闊の誹りは免れないが、第一稿で先方がここを明白に判断してもらえれば良かっただけ。

「作業の進行を見ましょう」と保留されたので話がややこしくなったし、ボクはボクで「この線でどうにかしないと」と必死になったのだ。

とにかく、回り回ってやっと本来のスタート位置をボクが確認して、ボクがボクの責任で実行することにしただけだ。

幸いなことに、第一稿からほとんど変化していない絵で、機嫌がイイものもあるはず。これも再確認した。やっぱりあるんですよ、ちゃんと。

すごく気持ちよく作れてる。確かにラフなので荒いと言えば荒いのだが、ちゃんとしている。更に第二稿で洗練までしてるしね。

ボク自身が気づかなかったのは本当に迂闊なのだが、パニック状態になっている時に、冷静な判断を作り手に求めるのは無理がある。逆に指摘することができる第三者がいれば、恐らくあっさり見破っていただろう。

今ならボクでも分かります。既に過去の忌まわしい遺産になっちゃってるから(早っ!)。作った当時(一週間前の話やっ!)とは、ボク自身が絵との距離が遠くなってるので、冷たく突っぱねて見れる。それでなくても、過去の絵をボクは忌まわしく思っているのだ。

「描いたのはあんたやろう?」と普通は思われるだろう。だが「本当に機嫌が良いか悪いか」は、本人にしか分からない。厳密に言えば本人でも分からないのだ。

ここまで分からないコトだらけになると、「リアルタイムで機嫌よく」が一番キリがいいし、ボクも割り切りやすい。「ナイス」と思えば採用、「どう足掻いても無駄」ならソッコー捨てる。主観全開だが、「創作」というのは本来こういうのが自然なのではないか?

いや、ここまで割り切ったことないから、よく分からないんだけど、原初は恐らくそうだろうと思う。

文字通り「得体のしれない衝動に駆られて」描いたり、書いたり、作ったりが元々あったのではないか? 妙な小理屈をこねたり、理論化しようとするから、こうした原初の「衝動」すらもむりやり理論化されたりする。

もっと簡単でいいのだ。出来たものをボクが見てイイか悪いかを、ボク基準で決めるだけで十分なのだ。

井上有一の活動を、後追いではあるが見て知っていたはずなのに、自分に応用しようと思わなかったのは、まず「自己の徹底的な否定と排除」があったから。それぐらいボクは、ボク自身が嫌いである。自分を見つめるなど拷問に等しい。

が、無意識ではあるが「得体のしれないなにか」は出ている。

本業では文章が(それもちゃんとしたヤツ)あるので、本当に機嫌よく文章にのっかっているだけの話で、自分の「機嫌よく」は知っているのだ。上述したようにふざけた態度ではあるが、グループ展でもやってるしね。

本業は本気でやって、その上で「機嫌よく」です。ここはちゃんと一線を引いていることを明記しておく。ボクの職業倫理が問われかねない。

別の言い方をすれば、リスペクトすべき対象が明解だから本気になるし、誠実に対応するのがプロの態度であろう。言い訳など、もちろん無用だ。マジメに「ちゃんとする」を徹底すればイイだけの話で、ボクは一貫してこの態度だけでやっているといってもいい。というか、それしかないんだけど。

ちょっと話がループしてしまうが、リスペクトすべき対象は、常に周りにいたり目の前にあったりするが、自らをリスペクトしようなどということは思いつきもしないし、間違ってもやりたくない。笑えない暗黒面が多すぎるわ。見ない振りをする方が気楽なのは言うまでもない。実際そうしてるし。

ただ、あえて目を逸らしていても、出る時は無意識でも出るのだ。というか、一部の人に言わせると「そんなんばっかり」らしいのだが、本人は無自覚である。言われて「ああ、そうなんや」でお終い。それ以上追求する気など毛頭ないし、気にもしない。せっかく言ってくれたこともさっさと忘れる。

逆に無意識を追求って何? ボクは哲学者でも心理学の専門家でもないのだ。ましてや、思想家でも宗教家ですらない。それなりの価値観は持っているがそれだけの話だし、無秩序極まりないしね。体系立てようなんて間違っても思わないし。

要は気分の問題で(またバッサリいったなぁ)、上記したように「機嫌が良いか悪いか」の話でしかないのだ。

これを踏まえて、現在確認出来る限りの過去の成果品を、ざっと密林(アマゾンのこと)で見直したのだが(バックアップじゃないところがミソだ。そもそもどこに何があるのか分からない)、出来不出来はあるにしても露骨に「機嫌よくやってんなぁ」というものが想像以上に多かった。むしろほぼ全部である。デビュー作は除く。あれはホンマに苦労したし、苦労の跡が丸見えだし。

「機嫌よくできる」から本業にしたのだし、ちゃんとやれてる。いや、依頼が減ってるのは大問題なんだけど、取り敢えず今は横に置く。正に天職といっていい。だから、職種の選び方そのものも間違っていない。恐らくマネジメントに問題があるのだろうが、これも今後の課題と言うことにしておく(また後回しかいっ!)。

さて、ここで今回の創作もどきに話を戻す。

イヤイヤやって、機嫌の良い絵ができるはずがない。そもそも、自分をリスペクトしてないのに。

そこに第三者から、明後日の方向の茶々を入れられればプレッシャーは上がるし、機嫌はより悪くなるだろうし、そうなると絵は更に悲惨になる。本来やってはいけないことを、やっているのだ。これを先方だけの責任に転嫁することはボクにはできない。一度頷いた以上、ボクの同意は少なくともあったのだ。

だが、気がついた以上は、とことん自己チューでいかないとどうしようもない。とにかく「先方をほんの少しでも頼りに」が大間違いなのだ。

幸いなことに、変なストーリー付きではあるが、それなりに一貫した無意識の「得体のしれないなにか」が第二稿で山のようにある。本来の無意識に出てしまっているところをテーマにしてしまい、文章による説明を放棄して機嫌よく作れば、ボクのやるべきコトは果たしたと言ってもいいだろう。

第四稿はこうして始まった。

テーマと大層なことを書いてしまったが、本当のところはそれほど大したもんではない。思想にすらなっていないボクの底辺に流れているものは、第三稿以前からずっとある。ここをクローズアップするだけの話。なんて簡単なの(笑)

ここの不定期連載でも再三取り上げてるような、怪しげなもんですよ、しょせんは。でも、それしかないやん。ちなみに、近代ネタは避けた(笑)批判しかないしね。

もっと素朴な部分。ものすごくザックリ言うと、「あれだけ何度も死にかけて、よう生き残ったなぁ」に端を発するネタだ。

ある意味、奇跡的だと思う。死ぬか生きるかの瀬戸際で、尽く生を手に入れているのは、もちろん運もあるのだが、生命誕生以来の「生存本能」がものを言ってそうな気がする。

そもそもボク自身が、この世に生を受けたことだけを取り上げても、生命誕生まで遡ると奇跡的な確率にしかならない。父に至っては、原子爆弾にやられていた可能性すらあるのだ。

その父だって母だって、生まれることが最初から保証されていたわけではないし、成人して結婚することが保証されていたわけでもない。祖父と祖母も同様で、これを延々遡っていくとすごいことになる。もちろん、子孫を残すことなく死んでいった個体の数も半端ではない。むしろそっちが多数派なのだ。

更にボクが幸運だったのは、おねえちゃんを得たことだろう。これはもう手放しで万々歳である。ついこの間も一緒に……あ、もうやめとこ。ここをつつくと違う話になる。(たびたび編集部注:おねえちゃん=娘さんのこと)

生命だってことこの惑星に関して言えば、まず広大な宇宙で地球が生まれる条件が成立した上に、生命が生まれる可能性を持った環境をも備えていた(本当は惑星単位の変動による)こと、生命誕生まで環境がキープできたこと、そして実際に生命が誕生したことが「今のところ」珍しい。

あくまでも今の科学で確認されている範囲の話なので、実際のところは分からない。ボクは楽観的で「想像もできない形で宇宙には生命体なんていくらでもいるんとちゃうか?」とすら思っている。

じゃ、肝心要の宇宙はというと、これはもう壮大な話になってしまうし、それこそSFにすらなってしまう。それでも可能性をボクは否定しないどころか「いや何でもアリやろう」と思ってしまっているのだ。

念のために言っておきますが、「思ってる」だけです。検証したり証明する気など一切ございません。そこまで頭が良ければエカキなんてしてないし。頭が悪いから、想像してニヤニヤして満足しているのだ。

最近はブラックホール・ネタにどっぷり浸かっているのだが(なんかここんところ、立て続けに新発見が紹介されている)、もうこれなんて完全におやつ扱いである。面白くてしかたない。

こういうワケの分からんネタには、素朴な驚きと興味しかないのだが、そういう方面(無茶苦茶だけど)にいく何かが、ボク自身の根底にあるのは確かなのだと思う。ちなみに、それが何かはボクにもよく分からん。面白がってるだけだしね。

さすがにこんなコトをテーマにするわけにはいかないので(当たり前や)、適宜抜粋して、それなりのベクトルだけ後付けだが足しておいた。結果、めちゃめちゃシンプルすぎるのだが、ボク的にはやっと無理なく一本筋が通ったと安堵している。

「シンプルすぎて逆に分からない」と思われる方も少なくないだろうが、もうこの際だからどうでもいい。これじゃなきゃできないしね、今は。

この前提で、三日で30枚を作り上げた。しかも機嫌がイイのしか出来ていない。厳密にはもう少し、アガリを詰めるゆとりすらある。まだまだ機嫌のイイ絵にできる。

三日しかなかったから30枚に留まっただけの話で、時間があればまだまだ量も作れる。ただ機嫌のイイ絵を作るだけ。ボクの立場は明解であり、やるべきコトもシンプルそのもの。悩むことなど一つもない。

但し、これはボクだけの範囲の話で、それこそ出版だの印刷だのという話になると、第三稿以前よりもハードルは飛躍的にあがる。何しろサイズすら決まっていないのだ。「印刷をする」ということ以外、なぁ〜んにも決まっていない。全部丸投げされたようなもんだが、ここに関しては熨斗つけて全部返してしまう気でいる。

「ボクは絵を作る人、あなたは出版する人」という立場を明解にさせてしまえばイイだけの話で、これを議論の余地なく明らかにするために、わざわざ絵にかける時間を三日だけにしたのだ。残り時間は、完全に先方が事態を理解するための、材料作り用に取っておいたのだ。

ちなみに、本業ではこんなことはしません。というかする必要ないし。求められていることは最初から分かりきっている。だから素直に誠実にできるのだ。

「できたもの見てそれから考える」などという、曖昧なことは間違ってもない。それを避けるために、事前にゲラを読みこんで打ち合わせをしているのだ。打ち合わせの段階でいくべき方向は明解になっているし、方法論も限られるような形にしている。ってか、そういうふうに、なるようにするのが、打ち合わせやろ?

ここをすっ飛ばして「なんとかして」は、ボクの素の部分、それも一番タチが悪いところをわざわざ掘り出したようなもんで、こうなった時のボクは本当に手がつけられないし、強情そのものである。

ボクは自分がこうなることを知っているから、挿絵画家という立場にいるのだ。この立場ならボクの素が比較的薄められるし、ボクだっていくらでも相談にのれる。

それこそ、どれほど「視覚化が難解」と担当さんが思われても、あっさり絵にして提案できる。しかも嬉々としてやる。時間がなくても大丈夫だ。ゲラさえくれればどうにでもなるし、できるしね。

この部分だけを見れば、「人間は面倒くさいけど単純で簡単な人」と思われるだろうし、実際、どうも今回の件はそう思った節が多々ありすぎる。前提条件がちゃんとあるからできているだけで、その前提条件を取り除けば、厄介で凶悪極まりないボクが簡単に出てしまうのだ。

「はぐれ」と呼ばれるのには、それなりの理由があるのですよ。

このへんの機微は恐らく編集長が知っている。「一見、受け答えは愛想が良さげだが実は」というヤツを、編集長の目の前でも散々やってるしね(笑)

ちなみに、編集長だって巻き添えで被害に遭っているのですよ。記憶が甦るのはあまりに気の毒なので、具体例は書かないけどさ。文字通り、野放しにすると疫病神そのものなのだ。

年齢を重ねるにつれ、おそまきながらそれなりの体を装ってはいるが、本当におまけみたいなもんなので、タガが外れる時はあっさり外れる。本業ではもちろん、めちゃめちゃ気をつけている。というか、本業でしか気をつけていない、というアホな事実まである。

人付き合いを以前より明らかに避けるようになったのも、こういう性癖が本業で悪く出るのを恐れるようになったからだ。もともと人付き合いは苦手だが、最近はそれくらい自分のことを信用できなくなっている。

元々の性格が悪いところにもってきて、ボクが嫌がる「創作」なるものを、曖昧な条件でやらせるなど、核爆弾のボタンを好んで押したようなもんだが、先方はそれに気がついていない。せいぜい「あいつ、めんどくさいかも」程度が関の山だろう。

そんな状態で、ボクがイヤイヤながらも引き受けて作業している時に、事故を起こして知らん顔、下手をすれば部下のせいにしているのだ。ボクは巻き添えどころか、完全に被害者といってもイイぐらいのひどさだ。お仕事だから飲み込んだけど。事故そのものの全貌を知ったのは、出版されてからの話だし。

だが、この創作もどき案件に関しては、妥協する気など一切ない。勝手にボクのコトを「アーティスト」だの「クリエイター」だのに祭り上げて、向こうは盛り上がっているが、ボクに言わせれば「フジワラを無条件でガチにさせた」にしかならないのだ。火傷どころじゃ済まない。

それでもやると言うなら、「ちゃんと具体的な提案を明確にしてください。サイズ、紙質、頁数、印刷の仕方、色校、部数、発行価格、スケジュールその他諸々、全部提示してください。刷り出しの立ち会いもさせてもらいます。

それで、もしボクが納得したらOK出しますが、ひとつでも曖昧だったり納得できなければ絶対にやりません。あとはそちらさん次第ですよ」という、当たり前のことを無条件でのんでもらう。

刷り出しの立ち会いを条件に出すのは、現在ではそうそうお目にかかれないのではないだろうか? ボクも本来ならこんなことはしたくない。ただ、どこで何をされるか分かったもんではないのだ。

刷り出しの立ち会いは最終確認みたいなもんで、この段階で何かをやらかすことは普通あり得ないし、もしやろうとしていたら、ここで緊急停止させることができる。

出版社の編集を相手に、まさかこんなことをしなければいけなくなるとは、本当に自分でも驚いている。

ブツが違うのだが、以前アメリカで複製画を販売する契約をしたときは、ディーラー本人が上記した条件をたったの5分で分かりやすく説明してくれた上に(もちろん英語です)「是非やろう」と好意的で積極的に接してくれたし、アフターフォローもものすごい丁寧だったのだ。

いや、口約束はその場ですぐにしましたが、帰国して間を置かずに、ものすごくまともで懇切丁寧なのに、分かりやすい契約書が送られてきた時はびっくりした。

もうワケの分からない技術マニュアルだの、官公庁の発表するアホ丸出しで「分からせる気ないよね」という書類などを作成している皆様は、見習っていただきたいぐらいの素晴らしさである。

複製画の印刷もちゃんとしてたし、色校もきちんと数種類出してくれたし、向こうの印刷に関する意見も添えられていた。ちゃんとしている。これがボクに言わせれば「普通」なのだ。

更に太平洋を挟んでアメリカと日本の間で、これができている。しかも20年近く前の話だ。現在の国内で、この程度のコトができないとは絶対に言わせないし、できないと言えばそこで話は終わりである。無能さを宣言したようなものなので、これ以上この案件で付き合う必要性は一切感じない。

ボク自身は、お蔵入りしたところで何の問題もない状態になっている。ものすっごく機嫌よく作っちゃったから満足なのだ。広く世間に見てもらおうなどという大層なことは、そもそもボクの中にないし、できた以上はもうそれで十分。

逆にこんなイイ気分なのに神経を逆撫でしたら、毎秒1000発で核弾頭が飛んでくるような事態を招くだろうし、ちゃんとそれぐらいの弾薬は確保してあるのだ(してるんかいっ!)。その上、陰湿極まりない罠や時限爆弾までしかける周到さだ。

恐らく先方は、ボクがこのテキストを執筆している時点で、「フジワラが一方的に始めた喧嘩」と思っているのだろうが、そもそも喧嘩なんてのは始めから存在しないのである。ただお互いの勘違いが、不幸なまでに重なっただけ。これを喧嘩扱いするほどボクもガキではない。

と、せっかくフォローしているのに、早くも神経を逆撫でするようなことを立て続けにメールしてきた。しかも、何の実もなければ役にも立たない上に、約束した打ち合わせ日の時間調整すら、ものの見事にできていない。

「ちょっと寄って、お茶飲むついでに打ち合わせ」気分でいるようなのだから、もはやどうしようもない。

その短時間に合わせて、こっちは準備を整え直したけどね。こういう具合に、何の気なくボクの神経を逆撫ですると、本当にヤバいのだ。ただのマジが「ガチ」にまでなるので危険すぎる。

揚げ足取りはしないし、させないぐらい徹底的に戦略を練り準備もする。バブル末期の、いかがわしい上にしぶとい関西商人相手にやっていた実績を、舐めてもらっては困る。質の悪さは当時の方が圧倒的に上だし、ボク自身も若かったが、常に最低でも引き分けには持ち込んでいた。負けはない。

ここに関しては、本当に会社に感謝している。先輩方の貴重な経験とアドバイス、さらには強力なバックアップ、日々の先輩方の業務活動そのものが全部源泉であり、ボクはボクの性格に合わせて、多少アレンジを施したに過ぎない。

特に初年度の先輩方の働きっぷりは、ものすごいイイ経験だったし、生きた教育そのものだった。見てるだけで何をしているのか全部分かる。どこでどう躓き、どうすべきなのかも目の前でどんどんやってくれる。本当に質問すら必要ないのだ。

ボクがボケッと観察してるのに気がついた先輩は、薄笑いを浮かべて「暇なら手伝え」と言ってくれる。もちろんホイホイのる。見るとやるとではまた違うのだ。ここでまた一つ貴重な経験が増える。

学生じゃないんだから、新人とはいえ見様見真似でやるしかない。材料も参考資料も目の前にそろっている。できなきゃ、鉄拳制裁の一つでも覚悟しておけばいい。実際のところ、そんなことはなかったけどさ。

クライアント相手に、怒声を浴びせながら面と向かってものを言う人が(ちなみに見た目も相当怖い)、ボク相手になるとなぜか人が変わったように優しく接してくれる。幸い致命的なドジは踏まなかったので、可愛がってもらえた。こんなんばっかりやん、ボクの会社員時代。

とにかく、こうした貴重な体験を、研修が終了して現場配置が決まった6月から翌年4月の異動まで、みっちりさせてくれた。

もちろんボクは、ボクの業務があるのだが、先輩方の抱えている案件の量や質に比べれば雀の涙みたいなもんで、たったそれだけのコトに時間をかけるほどボクも馬鹿ではない。教育も実践も同時にこなさなければいけなかったし、それが当然だとも思っていた。

同期の面倒まで見る羽目になったのには、正直苦笑いしたのだが(おまけに部署が丸っきり違う)、仕方がない。同期とはいえ歳はボクの方が上だし、彼らよりもゆとりのある教育を、学校でも職場でも受けているし、印刷に関してだけは基礎知識のレベルが違いすぎる。

大学の実習で、平台(通じるのか、この言葉?)を実際に動かしていたのだ。どう考えてもボクの方が恵まれている。

それはともかく、今はどうか知らないが当時の大企業にはこれぐらいのゆとりも度量もあった。昭和の匂いがまだ濃い時期だったし。とにかく、色々ツイていたのだと思う。

このような背景を持った人間が、「素直で何でも言うことを聞くおとなしい人」で済むはずないのだが、見事に気がついていないようだ。

とにかく、これでケリをつけたい。先方はまったく気がついていないようだが、「ほんのちょっとの気分」が、相手によってはとんでもない修羅場を生み出すことになるのだ。

ちなみにボクは、会社員時代のノウハウを、今回ガッツリ使わせてもらっている。基礎に徹底したのだ。

防衛ラインも撤退ルートも確保してあります。まず逃げる準備をして、補給路も確保して、どう防戦するかまで考えた上で、どう攻撃するかは基本中の基本だ。常に最悪のリスクを想定しないとやれんのよ。

もっとも、それなりにまともな頭脳を持っている人にしか通用しないんだけど、完全に狂っている人の場合も、もちろん想定内に入れた。もうどこまで安全策をとっても、とりすぎるということはない。実際、そういうケースはよくあった。それぐらい厄介でも、ボクは対応できるのだ。

絵のアガリがスッキリしちゃったもんだから、ここの落差が余計に際だつわ。

あくまでも結果論だが「自分の素直に徹した」絵と、「過去の知見から得たえげつないくらい徹底して体系化された策略」のプレゼン。もう二重人格と思われても仕方がないようなことをやっている。それでも安心はできない。

来るべき「D-day」に、ボクが上手く立ち回れるかどうかがキモなのだ。今は外堀を埋めた「気分」になっているに過ぎない。予測の上に予測を重ねているだけなので、実際どう転ぶのかは当日にならないと分からないのだ。

プレゼンなんてのは大体そんなもんだけどね。「100%の勝利を確保」など、準備段階でできるはずないのだ。とにかく、あらゆる事態に備える。万が一、不測の事態に陥っても慌てないように、とにかく自分を徹底的に納得させる。実はこの最後のヤツが一番むずかしいのだ。

資料は作ればイイだけの話だが、後者は本当に覚悟の問題になるので、曖昧なところを微塵も残してはいけない。迷いは禁物である。

この作文だって、もうボクの覚悟を決めさせるために書いているようなところはあるからなぁ。付き合わされる編集長、並びに関係者、読まされる読者の皆様には申し訳ないのだが、実態はこうである。

しつこいようだが、ボクは喧嘩に持ち込む気は毛頭ない。あるべきところに落としたいだけの話。

武器弾薬・罠・謀略の比喩は、最悪の事態を想定した時の話に過ぎない。いや、もう仕込んでるのは仕込んでるんだけど、発動しないことを心の底から願いますよ。色んな意味で消費量半端ないし、本当にボク自身疲れ切ってるから、これ以上のアホな体力消費は避けたいのだ。


■はぐれDEATH[85]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その3〉
http://bn.dgcr.com/archives/20190927110100.html

■はぐれDEATH[81]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて〈その2〉
http://bn.dgcr.com/archives/20190705110000.html

■はぐれDEATH[79]その「得体の知れないもの」を絵にしろと言われて
http://bn.dgcr.com/archives/20190621110000.html


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com


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編集後記(10/11)

●偏屈読書案内:「東大教授も惚れる! 日本史 アッパレな女たち」

歴史を騒がせた女たちの対決で日本史の裏の裏までよくわかる! と自信たっぷりだが、表紙には監修:本郷和人 画:まんきつ という表示だけ。奥付で構成・文:堀田純司と出ていた。監修者は東京大学史料編纂所教授というえらい人、著書多数、AKB48の熱心なファン。歴史エンタメというジャンルかな。

歴史ものなのに、まんきつの画は多分なんの史料も見ていないであろう、書き殴りギャグで、服装なんかめちゃくちゃである。お下品である。ところが、その画が絶妙で、ポイントを外していない。それにしても、何という構成のうまさだ。ジャンル分けといい、対決テーマといい、じつにお見事。紹介しちゃう。

第一場■美女ゆえに愛され、美貌ゆえに堕ち
絶世の美女対決○お市VS.陸奥亮子
神がかり美女対決○卑弥呼VS細川ガラシャ
落ちぶれ対決○小野小町VS.虎御前
男装麗人対決○巴御前VS.川島芳子
倒錯の美女対決○お万の方VS.森蘭丸
麗しの標本対決○雷お新VS.高橋お伝

第二場■野望に燃え、策略にはめ
ニッポンの女帝対決○持統天皇VS.春日局
疑惑の女対決○淀君VS.日野富子
黒幕対決○美福門院徳子VS.天璋院篤姫
なりあがり女対決○おちょぼVS.お玉

第三場■才に優れ、才に溺れ
ベストセラー作家対決○紫式部VS.樋口一葉
女子大対決○新島八重VS.津田梅子
伊藤博文の女対決○川上貞奴VS.戸田極子
華麗なる舞台対決○出雲阿国VS.松井須磨子

第四場■恋に走って愛に生きて
二股歌人対決○額田王VS.和泉式部
スキャンダル対決○孝謙天皇VS.藤原高子
老いらくの恋対決○江島VS.藤原薬子
勘違い女対決○静御前VS.お龍
糟糠の妻対決○北条政子VS.北政所
子だくさん対決○与謝野晶子VS.お松の方
愛の重さ対決○八百屋お七VS.阿部定

全21対決。全42人。絶世の美女のお市は分かるが陸奥亮子って? 鹿鳴館の華、不動のセンターだって。旗本出身だったが家は維新で没落し、新橋の名花と呼ばれる芸者に。陸奥宗光と結婚。宗光は駐米公使としてワシントンに赴任、現地でも亮子の美貌と教養は有名に。家庭も完璧に切り盛り。明治社交界のスーパーセレブ。流転の人生・お市との「絶世の美女対決」は、陸奥亮子の勝ち。

ページの上下に市松模様や花や扇などのイラストを配し、ホワイトスペースの多いスカスカの文字組で、最後が本郷教授の判定、一対戦8ページ。本文はまあ、面白い。まんきつのインチキ時代考証の画は、しっかりギャグが効いてる。この本のコンセプトは正解だな。各対戦タイトルや対戦テーマ、人物の定義がしっかりしていている。但し、受験の参考書にはならないと思う。(柴田)

「東大教授も惚れる! 日本史 アッパレな女たち」2019 集英社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087880176/dgcrcom-22/


●大坂なおみ選手が日本国籍選択。本当にいいのか? と他人事ながら思ってしまう(汗)/森蘭丸……。

/勉強会続き。コツや考え方が学べることは、とても有意義だ。自習では学べないことも多い。

先生にとっては当たり前の動作、たとえばケアレスミスの事前回避方法は癖のようであった。しょっちゅう変数名を触ったり(ハイライトされるので)、いくつかの命令を埋め込んだり。一歩一歩着実に進めてらした。

他に受講生がいると、自分が経験していないエラーの対処方法も学べる。

先生はエラーを探すのにこうやるんだな〜、ここが落とし穴なんだな〜、このミスってあるあるだな〜、似たようなエラー出して解決にめちゃくちゃ時間かかったことあるな〜、などと思うのであった。(hammer.mule)

Nuxt.jsについて社内研修会を行いました。
https://www.t-web.co.jp/blog/nuxtstudy/