海浜通信[007]和歌山の博物館と美術館へ行った記念すべき日/池田芳弘

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海が好き、ただそれだけの理由で、大阪市内から和歌山の漁港に移住した。

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先日は、和歌山市駅近くにある市立博物館を経て、和歌山城の向かいにある県立博物館と近代美術館までをクルーズした。ヨットに乗らない週末は寂しいけれど、普通の休日ならではの人ごみも懐かしい。

市立博物館はレトロ感あふれる雰囲気で、職員さん達もあたたかく、開館すぐのためか、警備員さんから室温は寒くはないか、と声をかけられた。階段の壁に燈された電球の光も昔そのままで、濃いグレーの壁に赤みを帯びた光を放っている。いつまでもこのままで、無粋なLEDなど使わずにいてほしい。





古代の軍用馬のマスクや貴人が用いた装飾馬具から始まり、古墳時代の驚くほど大きな石室など、和歌山市の成り立ちや江戸時代の観光の様子を見ていると、いつの間にか二時間が経過していた。

階段を降りると淡島神社の雛流しを描いた一隅があり、水平線から雛人形を満載した小舟が遠い空へと昇って行く。

私は立ち止まってしばらく動けなかった。しばしばオカルト番組に出てくる恐ろしげな神社の本当の姿を知り、無知な自分を恥じた。人々の分身として思いを託された人形は、遠くの世界へと浄化の旅に出るのだ。

そうして天上の最果てで、思いはすべて清らかに昇華されるのだろう。人形を託すことにより、生きながらにして生まれ変わることができる。


県立博物館は城の南にあるが、大阪城のように天守閣を見下ろす高さではなく、人々が城に抱く畏敬の念を反映した、控えめで気品溢れる施設。雑賀衆を滅ぼした秀吉が、後に和歌山出身の電器屋に見下ろされるのは、長い歴史を超えた因縁だろうか。

ここには熊野の国宝や文化財があふれており、古文書や仏像にまったく興味がない私にも目のくらむ体験だった。威厳に満ちた熊野の神像を正面から見つめると、凄まじい迫力に足がすくむ。

神々の由来(インドから飛来した)を記した、華麗に彩色された絵巻物を見ていると、それは我々と遠く離れた超人の世界ではなく、家族愛に帰結するのだと知って涙ぐんでしまった。

広い広い階段を降りて回り込んだ先に県立近代美術館があり、そこにはまさに海の神々しさ、在りし日の白浜のラグジュアリーな夏、新宮の貯木場、静謐極まる瀞峡など、大正から昭和初期にかけての旅の絵が満載だった。

心の底から豊かな気持ちになり、出口で会報誌など見ていると、美しい受付の方が次回の催しを解説してくれた。今まで和歌山の自然美ばかりに心を向けていたが、人の造った美はもちろん、人の心そのものの美しさも感じられた週末だった。


後日、いただいた会報誌を読んでいると、美術館及び博物館の建築にまつわる話が三号にわたって掲載されていた。

それによると、城を隔てた大通りからのアプローチは参詣の階段をイメージしていたり、遠くに見える天守閣とひさしの反りを同角度にするといった、日常とは異なるハレの場の仕掛けが演出されている。

灯篭に見立てられた給気塔や、修学院離宮の離れのようにリズミカルに配置された床の色石。もちろん作品の収容空間は空気の循環が計算され、木造のため停電の際には余分な湿気や乾燥から作品は守られる。いったいどれだけの才知と労力を注ぎ込んだのだろう。


そういえば駐車場から建物の脇を抜けて行く、入り口までの妙に回りくどい道を歩いていると喉の渇きを覚え、同時に子供の頃に戻ったようなデジャヴを感じた。

それは空間から受ける印象が、小さい頃に遊んだ神社の、脇道から入った光景を思い起こさせたからだとわかった。その頃は境内で走り回り、喉が渇いた帰り道は近くの銀行の冷水機で水を飲んでいたが、その懐かしさ。

くしくも私の生家の氏神様は、大阪ではあるが熊野大神宮であり、今こうして和歌山の地で過ごしているのは、本来の地へと呼び戻されたのではないだろうか。

今回の訪問は、市立博物館で見た淡島神社の光景でこちらの心まで浄化され、県の施設では身体に眠る神の記憶によって転生が成就した、記念すべき日となった。


【Ikeda Yoshihiro】
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