わが逃走[250]上田を少しだけ歩く。 の巻/齋藤 浩

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先ごろ信州に滞在した際、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)が上田に所用があるとのことで、早起きして送り届けた後、せっかくなので町を散歩しました。

前回も書きましたが、ここ上田もところどころに台風の爪痕が見られるものの、そうじゃないところはいたって普通なのです。

自粛は復興支援になりません。ですのでみなさん、信州へお出かけください。





朝の7時、少なくとも私にとってはものすごい早起きである。8時半すぎに出発、佐久南インターから乗って坂城で降りるコース。

一般道でもほぼ問題なく到着する見込みだが、地方都市の朝の渋滞は慣れない者にとって回避が難しい。

で、快晴の上信越自動車道から浅間山を眺めつつ現地へ。

予定よりだいぶ早めに市内へ到着し、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)を送り届けることができた。

そして上田の都市部から少し外れた旧北国街道のほんの一部を、秋晴れの午前、カメラ片手に散歩したのだった。

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現北国街道はちょっと南に走ってる2車線のつまらない道路だが、旧北国街道はわりと江戸時代な印象が残る。当時はむろん徒歩がデフォなので、道幅は狭い。脇道は車が通れないくらい細い道もある。

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こういう脇道がまた味があってイイのだが、袋小路の場合が多いようだ。尾道みたいに路地と路地がつながってたら楽しいのにー。と思う。

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旧北国街道。川沿いに柿の木。

舗装やガードレールは仕方ないとして、少なくとも100年前の風景がイメージできる。これはスゴイことだ。

しかし、よく考えてみれば、じいちゃんと孫が同じ風景を共有できない方がおかしいのだ。

山や川はもちろん、建物も道路のうねりも高低差も、全部が調和したものが風景だ。末長く残してほしいと切実に思う。

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年季の入った土塀に、昔の小学生が書いたとおぼしき相合傘。北国街道が通学路ってだけでもう、空気を吸う度に郷土愛が育まれるようなもんだ。

本来、人が住む場所でなかった土地(いわゆるニュータウン)で育ったものとしては、住む理由のある町並みを見ながら、大人になれることがうらやましいのだ。

「ともみととしみちの恋路が気になる」とは、この写真を見た太郎くん(仮名)の言葉だが、もはや書いた奴はアラカンとみた。

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高低差に沿って壁がのびてゆく。トビラは水準器どおり水平垂直。路面から微妙に高いところに設置されているのも、イイ。

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坂道に石垣、柿の木。絵に描いたような信州。

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坂をのぼってゆくと、どんどん道が狭くなる。さらに先に行ってみたかったが、私道っぽかったので遠慮した。つづら折れの山側は、しっかりとコンクリで固めてあったが、午前中の光がつくる陰影が、ダイナミックで独特の構造美を見せてくれた。

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こういうシンプルな看板はイイ。真面目で明快で厳しいのにちょっとカワイイのだ。戒めの中のやさしさを感じるとでもいうべきか。

手書きの書体や単純な色彩もそうだが、その材質から感じるところも少なくないだろう。

おそらく何十年もここに掲出されていながら、きちんと伝えることを伝え続けているし、実際今でも伝わっている。

というわけで、観光名所でもなんでもない、上田のごく一部をご紹介しました。実際に歩いたのはだいたい1時間程度だと思うが、もう少しじっくり散歩してみたかった。

地元に友人でもいればさらにディープに歩けたんだろうけどなあ。


【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。