映画ザビエル[85]「たられば」の呪い/カンクロー

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◎作品タイトル
さざなみ

◎作品情報
原題:45 Years
公開年度:2015年
制作国・地域:イギリス
上映時間:95分
監督:アンドリュー・ヘイ
出演:シャーロット・ランプリング、トム・コートネイ、ジェラルディン・ジェームズ

◎だいたいこんな話(作品概要)

イギリスの郊外で、リタイア後の人生を穏やかに送るケイトとジェフ夫妻は、週末に結婚45周年の記念パーティーを控えていた。月曜日の朝、ケイトは日課である愛犬との散歩から戻り、届いていた一通の手紙を夫のジェフに手渡した。

朝食の席で、開封した手紙の内容に動揺を隠しきれないジェフ。そこには、山岳事故で亡くなったジェフのかつての恋人が、凍結されたままクレバスの中で見つかったことが記されていた。

そのような手紙が、わざわざスイスからジェフの元に届いた理由は、当時の宿帳に配偶者として記録が残っていたためだった。ジェフは、未婚の男女が一緒に宿泊できるような時代ではなかったからだと説明し、ケイトも結婚前の、さらに知り合う前の恋愛だからと軽く受け流していた。

しかしジェフはその日を境に、これまでと違う行動を取り始めた。普段は外出したがらないのに街まで出掛けたり、長年の禁煙もまるでなかったことのように煙草に火をつけ、屋根裏部屋で思い出の品に浸る。

初めは気にも止めなかったようなジェフの恋人の話の中に、ケイトは少しずつ引っかかりを感じるようになる。一度芽生えた不信感は日を追うごとに膨らみ、屋根裏で見つけたスライド写真によって、ジェフの恋人が当時妊娠していたことを知り、ケイトの心の波紋は、もはや「さざなみ」にはとどまらず、何かが決壊してしまった。

金曜日、一人で黙って外出したジェフを追いかけて探し回るケイト。街でジェフを見つけることは出来なかったが、旅行代理店で彼がスイス旅行を考えていたことを知る。その夜、帰宅したジェフにケイトは不満をぶつけ、今はただ土曜日のパーティーだけ何事もなかったようにやり遂げたいと告げる。

そして、土曜日。ジェフは、ケイトよりも早く起きて朝食を用意し、一緒に犬の散歩に行こうと誘う。その夜のパーティーには多くの友人が集まり盛況の中、スピーチを求められたジェフは、ケイトへの感謝を涙ながらに述べるのだが。





◎わたくし的見解/さざなみどころやおまへん

かなりよく出来た心理劇であるため、強くお勧めしたいにもかかわらず、同時に勧められる対象が極めて少ないことに参っちんぐ。身も蓋もない言い方をすると、永遠に若い女への嫉妬から逃れられない、老齢のシャーロット・ランプリングを眺める映画なので、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

そんな年になってまで、ジェラシーとかあるのかよ。とか、なんでこんなシニアのセックス・ライフを見せられるさ。とか、そもそもジジイとババアが何しようが知ったことか。みたいな心ない声がバンバン聞こえてきそうで怖い。

私だって「君の名は。」はそれなりに楽しんで鑑賞したものの、今まだ上映されている「天気の子」を観ようというモチベーションはないのだから、それも仕方がない。

この年になってしまうと、若年層の惚れた腫れたに興味が示せないように、若者だって大人の男女の愛などには関心を持てなくて当然だと思う。その上、この作品は人生の締めくくりが視野に入っている夫婦の物語なのだから、若者はおろか30代のいい大人にさえ、何が面白いのか分からないと言われる可能性も大きい。

でも、本当に良い。台詞で高らかに想いを述べる舞台演劇とも違って、まさに繊細な心の機微を表情から読み取れるところは映像作品ならでは。妻ケイトを演じるシャーロット・ランプリングの三白眼は本作でも輝きを放っているが、何気に夫側の演技も白眉だ。

しっかり者の妻に対して、夫のジェフは手紙の中身を知るまでは、どちらかと言えば呆け切ったご老体でしかなかった。そんな人が、50年近く前の恋人が若き日の姿のまま凍結されていると知っただけで、冗談みたいに気持ちだけ当時に戻ってしまう。その感覚と自身の現在の姿とのギャップを感じながら、それでも思いを馳せずにはいられない。

冷静に考えてみれば当然の反応だし、「許してやったら? おばあちゃん」と自分が娘や孫なら言ってしまいそうだが、妻の気持ちもまた分からなくもない。自分はこの何十年もの間、その恋人の代替品でしかなかったかも知れない。という疑念は生まれたが最後、決して拭い去ることは出来ない。夫婦に子供がいなかったことも、ケイトの心を深くさいなむ。

観る側にとっては、夫がかつての恋人を雪山登山で殺したのかと勘ぐってしまうほど、静かながらスリリングに展開していく。淡々と同じような一日のルーティンを、月曜から週末のパーティーまで描いていく中で、邦題のとおり小さなさざなみ程度だったはずの動揺が、日増しに大きな波風として立っていく様は見事だ。

ふと、タル・ベーラ監督の「ニーチェの馬」というアート映画を思い出した。馬の飼い主である老いた男とその娘の質素な暮らしだけが映し出され、6日間で世界あるいは命の火が消える。

「さざなみ」も月曜日から土曜日までの、たった6日間で45年に及ぶ結婚生活が終焉する。神話や聖書になぞらえているからだが、どちらでも描かれていない7日目には新たなものが生まれるはずだ。

そう思わなければ、やりきれない程のバッド・エンディングであることも、勧める当てが見つけづらい理由の一つである。


【カンクロー】info@eigaxavier.com

映画ザビエル
http://www.eigaxavier.com/

映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。

私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。