海浜通信[009]戦争と平和/池田芳弘

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海が好き、ただそれだけの理由で、大阪市内から和歌山の漁港に移住した。

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早朝や夕方に温かな通り雨があると、ああ、南国で過ごしてるんだと感じる。

帰宅してニュースで知ったのだが、世界中で若者ばかりの「環境デモ」があり、日本でも取材された参加者が「デモっていうと年配の人ばかりって思っていたけど、全然印象が変わりました」と、広報担当のごとく楽しそうに答えていた。

デモの先頭集団にはルックスのいいメンバーが多く、パフォーマーが絶妙なタイミングで入ってきたり、黒人女性も混じっていたりと非常に完成度の高い、映像価値のあるものだった。

反戦デモしかり、まるで劇中劇を見ているような気分になった私は、こういった「イベント」は誰が演出しているのだろうと思った。どこの誰が得をするのだろう。





子供のころ、私の父は「子供だましだ」と言って安っぽい娯楽を嫌った。私は異議を唱えたが、心の中では少し共感する部分もあった。

そのきっかけとなったのは、アニメの「タイガーマスク」で、児童養護施設ちびっこハウスの子供たちがマイクロバスに乗って遠足に行くのだが、車中で、まさに自分たちの番組の主題歌を合唱している。番組の「中の」当事者であるにもかかわらず。

また、「帰ってきたウルトラマン」は、帰ってきたのなら最初のウルトラマンと同一の存在であるはずなのに、別々の存在として扱われている。当然細部のつくりも異なるため、子供はそれぞれのフィギュアが欲しくなる。父の言う子供だましは本当だった。

若者ばかりの反対デモも、参加者は思い思いの若者を演じている。ゆとり世代に共感を得るためのフレーズ「大人の実験台にされている」も忘れない。小泉前総理が団塊世代向けに発した「ぶっこわす」と同じく、各世代に擦り寄った(最近では「寄り添った」と言う)手法と変わらない。

悪魔は多くのフィクションに描かれるような、おどろおどろしい姿とは限らない。むしろ、ルドンが描くように美しく、優しい姿をしているのが真相だろう。

私が知りうる限り、大半のヨット乗りは保守派=コンサバティブだ。伝統社会のルールに則って生きている。今も変わらないと思うが、英国では有事の際にヨットも海軍に編入される。

従兄弟は国が総力を挙げて推進してきた原子力発電所に勤務しているし、商船大学を出た古い友人も同じく原発に携わっている。

祖父は植民地時代の中国で、泥棒をモーゼルで撃ち殺した。家族を守るために。敵は待ってくれないし、銃がなくとも軍刀やサーベル、もしくはフライパンででも応戦しただろう。

中国人にとっては英雄かもしれないが、こちらからは刃物を振りかざして襲ってくる敵に過ぎない。その時、相手の言い分を聞くだろうか。法律の事を考えている暇はない。

その後、戦争に負けると祖父はシベリア送りとなり、しばらく戻ってこなかった。当時従軍していた大人たちは、敗戦の責任を感じて多くを語らなかったが、負けん気の強い祖母はいつも左翼活動家や日教組を批判していて、このままでは今に中国や朝鮮に負けると言っていた。

イラン・イラク戦争もフォークランド紛争も、祖母と一緒にニュース番組を見ていた記憶がある。これが世界だ、と。

私は以前、運営していた事業を阪大に留学している中国人グループに手伝ってもらっていたが、彼らが言うには中国人は中国人を信用しない。数人のグループには必ず、政府からのスパイ役が混じる。

また、上海市の面積を尋ねたところ、「だんだん大きくなっている」とのこと。そういうものらしい。なぜ核兵器を持っているのかと聞けば、周囲を敵に囲まれているからと言う。

日本人もかつては遠慮会釈なしに発言していた。言葉狩りの多くは差別を隠れ蓑にし、伝統的な言葉や価値観を忘れさせている。そうして知らないうちに精神的な武装解除が進んでいる。

戦争を公共事業のバリエーションくらいにしか思っていない国に囲まれているのに、サムライという言葉は、スポーツとフィクションの中に閉じ込められている。

私は中国人に恨みもなければ幻想も持っていない。逆に、欧米の決めたルールを、チャンスさえあれば破ろうという気概を尊敬している。北京オリンピックの行進順序にしても、国名を漢字表記した際の画数順にするなどは素晴らしかった。

わが国もいい加減、白人に対して名乗る際の、姓名の順序を変えるのをやめないか。逆はありえないのに。私は中学時代からこの問題で教師たちと対立して来たし、ないがしろにはできない大きな問題だと思っている。

最近になって、ようやく政府が本来の順序に改める方針を打ち出したことで、私の積年の主張も報われた思いがする。

中国の工場が活動を減らしているせいか、近頃は空が透き通るように青い。昨日も和歌山の海は青く、山は緑に輝いていた。そして懸命に生きている人たちの歓声で溢れていた。彼らはもちろん、一朝ことあらば家族や友人のために立ち上がるだろう、そこに何の疑問も持たずに。


【Ikeda Yoshihiro】
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