[4920] 1967年の中山仁◇iPad Proで紙を使う◇季節感の話/幻の淡水魚

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《紙だけで仕事できたらなあw》

■日々の泡[023]
 1967年の中山仁
 【宴/糸魚川浩】
 十河 進

■グラフィック薄氷大魔王[637]
 iPad Proで紙を使う
 吉井 宏

■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[42]
 季節感の話 幻の淡水魚
 海音寺ジョー




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■日々の泡[023]
1967年の中山仁
【宴/糸魚川浩】

十河 進
https://bn.dgcr.com/archives/20191211110300.html

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中山仁が肺腺ガンのために77歳で亡くなったと死亡記事が出た。10月12日のことだったという。記事には「テレビドラマや映画などの名脇役として活躍。女子バレーボールが題材のスポ根ドラマ『サインはV』の鬼コーチ・牧圭介役やテレビドラマ『泣くな青春』の主演などで知られる」とあって、その紋切り型の内容に異議を唱えたくなった。特に「名脇役として活躍」という言葉には違和感があった。

中山仁は、突然出てきたという印象が強い。ある日、気がついたら売れっ子の二枚目俳優としてテレビや映画にいっぱい出ていたのだ。もちろん主役である。1967年、中山仁の顔は至るところにあった。正月早々、松竹映画「宴」が公開になった。4月からはテレビで連続時代劇「富士に立つ影」(4月4日〜9月26日)が始まった。中山仁は主人公・熊木公太郎を演じ、ヒロインは葉山葉子だった。

当時、僕は15歳。中学三年生だった1966年にベストセラーとして評判になった小説に、糸魚川浩が書いた「宴」があった。後に利根川裕の名になるのだが、出版当時はまだ中央公論社の編集者だったから筆名で「宴」を出したのだろう。利根川裕は1980年から「トゥナイト」の司会者として、14年近くテレビに登場したから顔も知られるようになった。

「宴」は226事件を起こす青年将校と彼を慕うヒロインとの物語だった。兄の友人としてヒロインは青年将校と出会うのだが、やがて別の男と結婚して人妻となった後に青年将校と再会し、再び思慕の念を燃え上がらせる。ある大雪の夜、ふたりは東京をさまようことになり、青年将校は冷え切ったヒロインの足の指を口に含んで温める。

中学生の僕にはよくわからなかったが、この冷え切った足を口で温めるシーンが「宴」で最も話題になったところである。今でもテレビ版と映画版のそのシーンが僕の脳裡に浮かんでくる。「宴」がテレビドラマとして放映(1966年11月4日〜1967年1月27日)されたとき、ヒロインは小山明子が演じ、青年将校は高橋幸治が演じた。松竹を辞めて苦闘していた夫の大島渚のために、小山明子はメロドラマで稼いでいたのである。

この「宴」人気に目を付けた松竹はヒロインに岩下志麻を抜擢し、青年将校に人気絶頂の中山仁を配した。公開はテレビ版がクライマックスに向かっていた1月14日だった。映画版の公開から2週間経ったとき、テレビドラマ「宴」も最終回を迎えた。テレビドラマと映画がまさに同時期に競演したのである。

映画「宴」の雪のシーンが何かの雑誌に載っていて、僕はそれを切り抜いて持っていたことがある。当時、僕は岩下志麻のファンだったのだ。同じように葉山葉子のファンでもあった僕は、4月から始まった「富士に立つ影」も欠かさず見ていた。その結果、中山仁も見続けることになった。

後年、成瀬巳喜男監督の全作品踏破をめざした僕は、とりあえず戦後作品をすべて見る努力を始めたのだが、「ひき逃げ」(1966年)だけがなかなか見られなかった。ようやく「ひき逃げ」を見ることができたのは5年ほど前のことだ。初めて見て「おお、中山仁が出ていたのかあ」と、僕は思った。黒沢年男の出演作であるのは知っていたのだけれど----。

人妻である司葉子は青年と愛し合うようになるのだが、その青年を中山仁が演じていた。青年との逢い引きの途中、司葉子は車で子供をはねてしまうが、そのまま逃走する。やがて、彼女がひき逃げ犯だと知った子供の母親(高峰秀子)は家政婦として司葉子の家に入り、復讐を遂げようとする、という物語だった。黒沢年男は高峰秀子の弟の役である。

中山仁の映画出演の最初が「ひき逃げ」であるらしい。その翌年の1967年、中山仁は一気に6本の映画に出演し、テレビドラマでも主人公を演じた。映画は「宴」に始まり、「愛の賛歌」「智恵子抄」「颱風とざくろ」「囁きのジョー」「花の宴」と充実していた。特に「囁きのジョー」の斎藤耕一監督には気に入られたらしく、後の「約束」(1972年)も最初は中山仁主演の予定だった。

ところが、相手役の女優がなかなか決まらず、ようやくヒロインに岸恵子が決まったときには、売れっ子だった中山仁のスケジュールがとれなくなった。結局、斎藤耕一について映画監督をめざしていた萩原健一が相手役をやることになり、「約束」で役者として評価されたショーケンは、その後、「太陽にほえろ」のマカロニ刑事を経て「青春の蹉跌」やテレビドラマ「傷だらけの天使」で成功を収める。

ところで、1967年は一体どんな年だったのだろう。1月には「フォークソングの女王」ジョーン・バエズが来日し、僕はテレビで「ドナ・ドナ」を聴いた記憶がある。3月には高見山が外国人として初めて関脇に昇進した。藤猛が世界ジュニア・ウェルター級チャンピオンになり、日本初の商業用原発である敦賀原発の起工式が行われた。唐十郎が新宿花園神社で初の赤テント興行を行い、学生一人が死んだ第一次羽田闘争があった。

「ミニスカートの女王」ツイッギーが来日し、女の子たちのスカートがどんどん短くなった。吉田茂が死んで国葬が行われ、前年に来日したビートルズの影響でグループサウンズが大流行。ザ・タイガースやザ・テンプターズがデビューし、ジャッキー吉川とブルーコメッツの「ブルー・シャトウ」がレコード大賞を受賞する。しかし、1967年を代表するヒット曲としては伊東ゆかりの「小指の想い出」にとどめを刺す。当時、どこの商店街でもかかっていた。

遙かな、遙かな昔のことだ。

【そごう・すすむ】
ブログ「映画がなければ----」
http://sogo1951.cocolog-nifty.com/

「映画がなければ生きていけない」シリーズ全6巻発売中
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■グラフィック薄氷大魔王[637]
iPad Proで紙を使う

吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20191211110200.html

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●4K手描きアニメとタブレット

ちょっと前の話題だけど、Production I.GがNetflixオリジナルの2Dアニメを4Kの高画質で制作する話。

Netflixの4KでHDRの手描きアニメ制作のメイキング動画


面積がフルHDの4倍になるわけで、4Kが普通になってくると作り手の負担は大変だろうなとは思う。3DCGやってる僕的には、レンダリング時間が4倍って過酷だなあとか思うし。8Kなら16倍w

見るほうはSDだろうが4Kだろうが、目と脳で処理できる要素は似たようなもので、面白いかどうかだよなあ、など。

ところで、この動画で作画技術監督の江面さんという人が、「世代もあって、タブレットを使うところまではなかなか」とか言ってる割に、iPad Proでめちゃくちゃ繊細な線を描いてて、ああいう風に使えたらな〜とか思った。

また、「最初のうちは紙を敷いて描こうかと思ってた」って言ってて、やっぱそれ考えるよねw 紙のような感触じゃなく、紙そのものだもんね。紙を透かしても画面はけっこう見えるのだ。WACOMの液タブCintiqでは何度か試したことある。

●紙をいろいろ試してみた

iPad Proを使うようになってから、紙越しに描いてみたことないかも。そこで手元にあった、厚いトレペ2種、薄いトレペ、PMパッド、連続計算用紙の5種を、iPad Proサイズに切って、描き比べてみた。

やはりスケッチや線画しか描かない場合は、紙を透かしてもけっこう描けるね! ぜんぜん実用になる。トレペの厚手はけっこう具合がいい。摩擦も良い。PMパッドは摩擦はいいけど透明度が低い。計算用紙は摩擦も良く透過も良い。

……まあ、紙を敷いても最初は新鮮な感じで描けるけど、すぐ無きゃ無いほうがイイ。ってなっちゃうんだけどね。

●「ペーパーライク」フィルム

「紙のような描き心地(ペーパーライク)」フィルムも、ビニールもいっぱい買って試したのに、ガラス拭きでしっかり油分を除去したガラスが、キコキコいい摩擦だったりする。

先日もリンク↓の記事を見つけて使ったことのない2種を買ってみたり。
https://rocketnews24.com/2019/06/07/1218436/


しかし、描きやすい! と思うのはやはり最初だけで、しばらくすると使わなくなっちゃう。

ワコムの液タブの場合は、ビニール重ね貼りとか素材もいろいろ選べるけど、iPadは極薄でないとペンが認識されないので、工夫の幅が狭いのだ。

●摩擦と「腰・粘り」

僕がちょっと特殊かもしれんけど、紙と筆記具の摩擦が本当にちょうどいい具合でないと、描く気がしない問題。やはり、摩擦だけじゃなく「腰・粘り」が必要。

「ねっとりした『腰』を感じる弾力」というか。この粘りがないと、円弧の下側を描く時に滑っちゃう。

最高と思う感触は、PMパッドやマルマンの画用紙など、少しザラついた紙に色鉛筆やダーマトグラフで描いたときの感触。軽い筆圧では乾いた感触で軽く動き、強めに描くと「腰・粘り」を感じる弾力。たぶん、色鉛筆の芯に含まれるワックスというか蝋の弾力だろう。普通の鉛筆は滑りすぎ。

iPad ProやCintiqの表面摩擦をどれだけ調整しても、あの感触には程遠い。いつも板タブに敷いてるカッティングマットは、薄いゴムのような樹脂層のおかげで「『腰』を感じる弾力」に近い感触を得られる。だから、どうしても板タブで全部やりたいと思っちゃうのだ。

液タブでよく使ってたビニール(テーブルクロス用途などでスーパーやDIYで量り売りしてるやつ)には粘りはあるんだけど、すぐ画面の熱でふにゃふにゃになって引っかかるようになるのが難点。

粘りや腰の点に限れば、iPad ProやApple Pencil登場前のタッチペン(黒い導電スポンジ)のほうが描きやすかったりする。時たま使ってるけど、画面が広くなった分、描きやすい。

手というか掌の摩擦の問題もある。結局、手袋をしないと液タブでもiPadでも板タブでも、まともに描けないってのは本当に弱点。手袋しなくていいのはカッティングマットを敷いた板タブのみ。

いつまでたっても摩擦の問題から離れられない……。
紙だけで仕事できたらなあw


【吉井 宏/イラストレーター】
HP  https://www.yoshii.com

Blog https://yoshii-blog.blogspot.com/


「弾力」の点で決定版になりそうな、Apple Pencil用サードパーティ製品をいくつか試したので、そのうち書きます。

冒頭の動画の作画技術監督のデスクがすごい。iPadなどタブレットを7台(たぶん8台?)を扇状に並べ、中央のiPadで作業。資料や書類など必要なものを個別に表示ってことだろうけど、マルチディスプレイを通り越して、物理的な「ウインドウ」みたいだ。連携できたら最高だろうな。


◯プランタンのRoseちゃんがクリスマスに復活!
https://yoshii-blog.blogspot.com/2019/11/printemps-parisrose.html


◯Studio City Macauのデコレーション展示中
https://bit.ly/30olPNF


○吉井宏デザインのスワロフスキー、7月半ばに出た新製品4つ。

・幸運の象 LUCKY ELEPHANTS
https://bit.ly/30RQrqV


・HOOT HAPPY HALLOWEEN 2019年度限定生産品
https://bit.ly/2JZVVcm


・SCS ペンギンの赤ちゃん PICCO
https://bit.ly/2JStbC4


・SCS ペンギンのおばあちゃん
https://bit.ly/2YbmnJ7



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■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[42]
季節感の話◇幻の淡水魚

海音寺ジョー
https://bn.dgcr.com/archives/20191211110100.html

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◎季節感の話

職を転々としてきたのだが、それでもトータルしたら飲食店の仕事が長く続いた。大抵の飲食店は年中無休で24時間営業の店も多々あった。

儲けを追求すると、ずっと店を開けておく方がランニングコストは安くなるのだ。もちろん夜中でも来客をのぞめる。立地条件が必須なのだけれど。

そして長時間営業をしてゐるということは、忙しい状況が続くってことなので、働きに働いて家には寝に帰るだけスタイルの生活が続いた。(バックナンバーの『舞台女優・杉村誠子の話』もよかったら参照して下さい)
https://bn.dgcr.com/archives/20180627110200.html


その頃住んでた、東京の代表的ベッドタウンのひとつ、上北台の団地は立川にちょっと近かったので夏にはボボーン…ボボーン…と平和記念公園の方角から、花火の音が聞こえた。

昔の団地は、通路幅が広く取ってあって植え込みもあるので、蝉の声もうるさかった。うるさかったら、それは夏だった。モノレールの駅前の、狭い畑の白菜が間引きされてたら、それは冬だった。

しかしそれは本当に記号的な区分で、脳みその中は食材発注、備品発注、スピード調理、人材確保、冷蔵庫の床掃除など仕事のことがほとんどを占めていた。

まあ、それは仕事が楽しくもあったので「もやしが切れた、ピンチ!」→「友だちのいる他店で借りてこよう」→「ついでに忘年会の打ち合わせをしよう」→「ついでにスケをこまし・・・」と、危機をうまく乗り越えるのを面白がってもいた。(スケをこますのは成功しなかった)

月日はハイスピードで流れてゆき、何やかんやで東京を去り、滋賀で介護仕事をしてるとき、北大路翼さんの『天使の涎』という句集に巡り合った。これは俳句集なんだが、ふつう句集とか歌集は一頁に2、3句しか印刷しないのに、一頁に12、3句と滅茶苦茶たくさんの句が載っていた。お得だった。ケチの僕も即買いした。

その高密度の句集には、東京、日本有数の歓楽街である新宿歌舞伎町で働く人たちの物語があった。ハッとした。こんな、風俗街中の風俗街にも四季があるのか、と意表を突かれた。同じように繁華街で長年働いてきたのに、自分が見つけられなかった風景がそこにあった。

 タクシーにシャンプーの香や春の夜

 閉店を客と迎へて浅蜊汁

 生ゴミの臭ひの朝や夏兆す

 『天使の涎』北大路翼著(邑書林)より
 https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4897097770/dgcrcom-22


俳句には季語を入れるというルールがあるけど、それは頭の中で整頓されてる知識でしかなかった。その魅力というものが、自分の灰色の記憶が彩色されていくことで、肉感的に把握できた。

とはいえ、今も年中無休の介護施設で、24時間不規則勤務で働いてるので、前の暮らしと状況は変わらない。それでも最近、季節感という元々持ってたかもしれない得体のしれない感覚が、俳句・短歌を学ぶ過程で自分の中に徐々に浸透されつつある。

2年ほど前から、図書館で新聞歌壇・俳壇を読み、気に入ったのを大学ノートに書写している。これは勉強というより、掘り出し物の名句、秀歌を保存しときたいというコレクター欲が高じて習慣化しただけなのだが、思わぬ効果があった。

毎週朝日新聞、日経新聞、毎日新聞のそれをノートに書き写すことで、全国津々浦々の投稿者さん達の生活や感動に同調できるようになり、そのことによってバーチャル的に季節の移ろいを感じられるようになった。ついでに時事ネタにも強くなった。

今年5月毎日俳壇・小川軽舟先生の欄に、このような句が載った。

教会の牧師転勤鳥雲に  東京 松岡正治

東京の神父さんにも人事異動的なんがあるのんかー、と微笑ましく思った。他の掲載句を目で追っていくと、西村和子先生の欄にこんな句があった。

花林檎村に異国の牧師来る  長野市 中里とも子

あっ、と思った。前の句に出てくる、東京の神父さんなのではないか? 神父が渡る先の土地にも、そこに住み慣れた人、中里さんがいて、彼が越してくる光景を目の当たりにしたんだろうか。

いや、単なる偶然の一致かもしれない。けれど・・・この新聞紙の、びっしりと俳句短歌で埋まる詩歌欄のだだっ広い1ページに、異国の老神父の姿が立ちあがって来て、晩春に花畑に囲われた村をゆっくりと歩いている錯覚に囚われた。

その朝、古びた小さな教会に続く並木道の、白い林檎の花は、もう散っていただろうか?(おわり)

◎幻の淡水魚

京都府立東乙訓高校探検部の夏休みの特別活動予定は、サバジャコ探索に決まった。かつては京都の西南部に棲息していたとされる淡水魚である。学名はミナミトミヨ。1960年以降いっさい記録が無く、もし発見されたら京都新聞ぐらいには絶対載りますよ! という副部長の功名心に乗っかって、僕たちは鶏冠井の池やら田んぼやら用水路やらを細かい目のタモを使い、一斉捜索したのだった。しかし連日、網にかかるのはドンコ・アメンボ・ザリガニ・タニシと、三日もたたぬうちに部員全員飽き始めた。部員全員といっても僕と部長と副部長の三人だけだが。

「体長2センチですよ」
「僕ら全員近眼ですから」
「ニホンオオカミとかモケレムベムベとかのワイルドさ、あらへんから」

はっきり言って四日目には全員もう嫌気がさしてたのだけど、橙色の美しい流線型のサバジャコの資料写真を見るともう、これはオレたちが見つけてくれるのを待ってるのに違いないという親愛の情が勝ってしまって、結局夏休みの日々は探査に明け暮れたのだった。

最後の日に、新種の淡水魚を発見した。これは俺たちだけの秘密にしておこうなと、三人でニヤッと笑った。
(コトリの宮殿出張版「絶滅動物」応募作品)


【海音寺ジョー】
kareido111@gmail.com

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編集後記(12/11)

●偏屈BOOK案内:高橋洋一「日本はこの先どうなるのか」

日本では大学の経済学部は「文系」に分類されている。これがそもそもの間違いだと高橋先生は書く。経済学は、数字やデータ、グラフを使って考えたり分析したり計算したりする学問であり、本来なら「理系」に分類されて然るべき分野である。先生は数学科の出身だが、世の中のエコノミストのほとんどは文系出身者であり、計算を不得手としていると断じる。文系の私は数学バカだ。

経済学はバリバリの理系とは言えないかもしれないが、理数系の素養が必要だ。本来なら理系学部に分類されるべき経済学部が、文系学部に分類されている理由は、大学の「経済」的な要因によるところが大きい。経済学部を理系にすると、受験生を集められなくなり経営が苦況に立たされるからだ。大学経営は、受験料が大きな収入源になっている。経済学部を理系にしたらどうなるのか。

受験者数が激減して、それこそ大学の死活問題になりかねない。多くのエコノミストの予測が外れるのは計算ができないからであり、その背景は経済学部が文系に分類されていることにある。日本はノーベル賞受賞者を多数輩出しているが、ノーベル経済学賞を受賞した日本人はいまだかつて一人もいない。それは数学の素養がないことに、原因のひとつがあるのではないかと先生は考える。

財務省が消費税増税を上げたがるのは(この本は2016年刊)「でかい顔」をしたいからだという。財務官僚が予算総額を膨らませて、カネを自由に差配できるようにするためだ。要は大盤振る舞いをすることで各方面に恩を売り、その天下り先を確保したいからである。先生はかつて財務官僚だった。当時の幹部から「君は数字に強くてとても優秀だが一つだけ分かっていない」と言われた。

「予算は本気で削るな。相手が頭を下げに来る程度に削ればいいんだ。そこで予算をつければ感謝されるから」と。そこで「財務省にとって財政再建はしなくてよいのですか?」と聞き返すと「それは重要な“建前”だ」と躱されびっくりした。誰もが財務省のおこぼれにあずかることを狙っており、そのベースになっているものこそ、財務省の持つ裁量権なのである。財務省は日本最強!

災害時のマスコミの自分勝手で無遠慮な報道姿勢は、いつも厳しい批判を受けているが、反省して改めることがない。災害報道は事前の仕込みがものを言う調査報道とは異なり、1秒でも他社に先んじて被災地に乗り込みたい一心で、現地で被災者の迷惑を一顧だにせず、バカな取材者たちが見苦しく暴走する。

「災害対策基本法」で指定公共機関に定められているのは、NHKの1社だけである。マスコミの取材行為が被災者の感情を害するものであれば、自らが定めた「放送法」の趣旨に反することになる。災害情報はNHKのものを他社も利用すれば、それで事足りる。役立たず民放の、レポーターどもの追放に大賛成だ。

高橋さんは、国税庁と日本年金機構を統合して歳入庁を創設すれば、徴収の一元化だけで10兆円の増収になる、消費税率のアップも必要なくなるという。それなら創設すればいいじゃんと庶民は思う。ところが、税務調査権という超絶の既得権を持つ財務省が絶対に、絶対にそうはさせない。財務官僚どもが日本の経済成長と財政再建を拒んでいるからだ。英国ではできたことだよ。(柴田)

高橋洋一「日本はこの先どうなるのか」2016 幻冬舎
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4344029755/dgcrcom-22/



●今更ラグビー、アルゼンチン対トンガ続き。ファンサービスを見た後だったせいか、ラグビー場の周囲に人はまばら。せっかく東花園に行くのだからと予約していた和食店へ。

混雑しているだろうと予想して、随分前に予約しておいたのだが、お店の中はがらんとしていて静か。時たま、外国人が来ては、静かな雰囲気を見て帰ってしまう。

凄く暑い日で、直射日光を浴び、汗をかいて疲れてしまったので、エアコンのきいた店内でのんびり食事をした。駅へ向かう途中、いくつかの居酒屋さんの前に人だかり。戸はなかったので覗いてみると、ラグビーファンがテレビを見て騒いでいた。(hammer.mule)