[4932] 通訳の巻◇2020年の抱負とか

投稿:  著者:  読了時間:14分(本文:約6,700文字)



《この1行に私のセイシュンは振り回された》

■わが逃走[251]
 通訳 の巻
 齋藤 浩

■もじもじトーク[121]
 2020年の抱負とか
 関口浩之
 



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■わが逃走[252]
通訳 の巻

齋藤 浩
http://bn.dgcr.com/archives/20200116110200.html
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韓国のデザイナー、チェ・ビョンロク氏に招かれ、ポスター展「One Letter 一文字」展に出品しました。

1月4日、ソウルにてギャラリートークをしてきたのですが、韓国の人々はみな情熱的でした。

なかでも、ある若者の質問が印象的でした。
「デザイナーをめざす上で、自身の個性をどう扱うべきかで悩む」というもの。

韓国ではデザイナーがギャラリーで展示することはまだめずらしいようで、出品者からも、デザイナーが自己表現をしてよいのか自問自答した、といった話を聞きました。

あ、これは私が若かりし頃とても悩んだテーマだ。

80年代後半から90年代にかけて、パルコの『日本グラフィック展』、JACA『日本イラストレーション展』などの公募展がものすごく盛り上がり、いままでのデザインやイラストレーションといった概念を覆す新しい表現が一気に溢れ出てきたのです。

その頃の雑誌や新聞でよく見かけた見出しが、「デザインとアートの境界がなくなりつつある」というもの。

この1行に、私のセイシュンは振り回されたとも言える。

つまり、単純な私は「デザインとアートの境界など、もう存在しない!」などと思い込んでしまった。これはもう大きな誤りでした。

そもそもグラフィックデザインは、美術かもしれないけど芸術ではないのです。デザインとはあくまで情報伝達の円滑化を、ビジュアルを使って解決する手段にすぎない。

そのための工夫を試行錯誤しながら考え、「こんな伝え方ってアリ?」と人々に問う。そういう場がデザインの展覧会なんだと思います。

プロダクトデザインに例えれば、よりわかりやすいかもしれません。

ギャラリーにおけるポスターの展示は、モーターショーにおけるのコンセプトモデル発表のようなものです。これらは法律の対応や生産効率など、大人の事情を抑えることで、メーカーの思想をわかりやすく提示しています。

同様にグラフィックデザイナーは、次に来る“伝え方”を提案しているんです。自己表現なんかじゃないんです。

あえて言うなら、デザインにおいて個性は出すものではなく、出てしまうものです。

「伝え方」に個性が出てしまうのはもう、どうしようもない。

しかし、常にこれからの「伝え方」を模索することは、デザイナーの使命であると思います。また「出てしまう個性」のおかげで、デザイナーは独立を保てるとも言えます。

私は、相手に対し、「説明せず、感じさせる」ことを目標にしています。新たなメディアが登場しても、根底にある考え方は変わらないでしょう。グラフィックデザイナーは、作家というより通訳に近い仕事なんです。


【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。


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■もじもじトーク[121]
2020年の抱負とか

関口浩之
http://bn.dgcr.com/archives/20200116110100.html
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こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。

西暦2020年は、二度目の東京オリンピックが開催される年です。デジクリ読者の中で、1964年の東京オリンピックを観に行った、またはテレビでリアルに観たことがある人、どのくらいいるかな……。たぶん、生まれていない人のほうが多いでしょうね。

●1964年の東京オリンピックの頃

東京オリンピックが開催された年は、僕、生まれていました。4歳でしたが、微かな記憶があるのです。人間の脳が思い出せる最初の記憶は、平均4歳という話を聞いたことあるので、東京オリンピックを覚えていてもおかしくないですね。

高校卒業するまで、生まれ故郷の群馬に住んでいて、4歳の時は囲炉裏(いろり)のある茅葺き屋根の家で暮らしていました。広間には四本の脚が付いた白黒テレビがあって、家族みんなでオリンピックを観ていた記憶があるのです。

テレビで放映された競技映像の記憶はないけど、日本が東京オリンピックで盛り上がっている光景と、囲炉裏のある実家の様子がセットで記憶されているのです。

僕の4歳の時に目に映っていた風景と、当時の白黒テレビなどの写真を掲載してみましょう。
http://bit.ly/mojimojitalk121

●今年の抱負とか

ここ10年ぐらい、気合いを入れて「今年の抱負は……です」という宣言はしていません(笑)

「健康な一年でありますように」が最優先と思っているからです。自分と家族と、そして、みなさんの健康がなければ、充実した毎日は存在しませんので。

ここ10年で、父と母を天国に見送り(80歳は越えていました)、そして3年前に大好きな兄が病気で亡くなり、2年前に義理の父が他界しました。

そんなこともあり、「健康が大事だよね」が、毎年の抱負になりました。

●生まれて初めてのMRI検査

今年6月で還暦60歳を迎えますが、幸いにして、今まで、入院したこともなければ、大きな病気や怪我もしたことがなかったのです。

ですが、ここ数年、人間ドックの結果をみると、いろんな値が少しずつ怪しい数値になってきました。生活習慣病というやつです。

とはいえ、どっかが痛くなるとかではないし、生活に支障はまったく出てないし、あまり深刻に捉えてなかったのです。

そして、ここ5年ぐらいは、とにかく忙しくて、1年経つのがあっという間でした。社会人生活35年やって来ましたが、還暦を迎える直前が、人生で一番忙しくなるとは思っていませんでした。

25年前の、Yahoo! JAPANの立ち上げプロジェクト時も相当忙しかったのですが、仕事の経験値が上がるにつれて、仕事の処理効率が年々アップしているので、ここ5年間は、仕事の質も量もピークだったと思います。そして、35歳と60歳では体力は異なるでしょうし。

昨年11月に人間ドックを受けました。そして、12月上旬に検査結果の封筒が送付されました。

でも、封筒が分厚いのです。1cmぐらいの厚みがあり、箱のようなものが入っている感じでした。

そうです。「精密検査を受けてください」の紹介状入りでした。最近は検査映像が入っているCDが、同梱されているのですね。箱の形をした封筒の中身を見てないので、想像ですが。

30年以上の付き合いがあるかかりつけのお医者さんへ、それを持って診察を受けにいきました。昨年の人間ドックの検査結果も見せていたので、「昨年、すでにアウトだったし、1年放置したから、こうなったんだぞ」と怒られました。

MRI設備のある病院を紹介してもらい、数日後に検査を受けました。MRI検査は初めてだし、造影剤を使った検査も初めてでした。

MRI装置に乗ってから点滴をしました。「えっ、これが造影剤?」と思ったのですが、そうではなかったです。数分たって、「では、造影剤を点滴しますね。体が熱くなるかもしれせんよ」と言われました。

点滴の袋を造影剤に付け替えて、20秒ぐらいすると、身体中が熱くなりました。そうか、数十秒で、身体中の血管を一周するわけですね。

技師の先生に「脳を含めて造影剤が行き渡ったのですか?」と質問してところ、「はい、そうですよ」との回答でした。そっか、腹部のMRIを撮るからといって、その個所だけに造影剤を流すことはできませんね。変な質問をしてしまいました。

MRI検査は20分ぐらいで終了し、待合室で30分ぐらい待ったら、映像が入ったCDと、検査所見が入っていると思われる封筒を受け取りました。

そして、その足で、掛かり付けのお医者さんで行きました。結果として、経過観察の可能性が高いけど、大学病院に紹介状を書いてもらい、2月に精密検査を受けることになりました。

どんなに忙しくても、ある程度の年齢になったら、無理やりでも定期的な検査とメンテナンスが大事だなぁと痛感した年越しでした。

●抱負というか、現在、進行形のこと

健康診断の結果をもらった翌日から、気合いの「禁煙」と「食生活のレコーディング(記録)」を開始しました。掛かりつけのお医者さんを訪問する前に、自分で決断しました。

実行開始してから、今日で43日目ですが、その二つは、現在も進行形です。何度も、くじけそうになりましたが、頑張っています(笑)

ついでに、今年2020年の元旦から20年日記を開始しました。メモ書きレベルですが、「継続は力なり」ですから、その日、気になったこととかを、自分だけのSNSみたいな軽いノリで開始しました。

今年は、「禁煙」と「レコーディングダイエット(それほど太ってないけど…)」と「20年日記」を、コツコツと地道に続けていきたいと思っております。

次回は、文字ネタをお送りする予定です。二週間後にお会いましょう。


【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com
関口浩之(フォントおじさん)

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1960年生まれ。群馬県桐生市出身。1980年代に日本語DTPシステムやプリンタの製品企画に従事した後、1995年にソフトバンク技研(現 ソフトバンク・テクノロジー)へ入社。Yahoo! JAPANの立ち上げなど、この20年間、数々の新規
業プロジェクトに従事。

現在、フォントメーカー13社と業務提携したWebフォントサービス「FONTPLUS」のエバンジェリストとして、日本全国を飛び回っている。

日刊デジタルクリエイターズ、マイナビ IT Search+、Web担当者Forum、Schoo等のオンラインメディアや各種雑誌にて、文字やフォントの寄稿や講演に多数出演。CSS Niteベスト・セッション2017にて「ベスト10セッション」「ベスト・キャラ」を受賞。2018年も「ベスト10セッション」を受賞。フォントとデザインをテーマとした「FONTPLUS DAYセミナー」を主宰。趣味は天体写真とオーディオとテニス。

フォントおじさんが誕生するまで
https://html5experts.jp/shumpei-shiraishi/24207/

Webフォントってなに? 遅くないの? SEOにはどうなの?
「フォントおじさん」こと関口さんに聞いた。
https://webtan.impress.co.jp/e/2019/04/04/32138/


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編集後記(01/16)

●偏屈BOOK案内:北岡俊明「日本トンチンカン悪者列伝」

トンチンカンとは久しぶりに聞く言葉だ。辻褄が合わない、ちぐはぐ、間抜けといった意味で、若い頃に仲間内で用いていた記憶がある。プロローグの日本相撲協会への提案「女子高生の日」が笑える。土俵の砂かぶりは異常に値段が高く、年寄りや金持ちのずばり特権階級の専用席だ。もともと相撲協会は内向き志向、金持ち志向、利権・特権志向の、未来を考える頭脳が弱い組織だ。

土俵の周りを花も恥じらう女子高生が、十重二十重にかこんだらどうなるか!すなわち、本場所中に「女子高生の日」を設けて、土俵の周囲を女子高生であふれさせるのだ。力士たちは猛ハッスルして、どの取組もガチンコの大熱戦になる。テレビ桟敷だって、砂かぶり席は中高年より女子高生を見るほうが嬉しい。結果として、相撲人気が大いに盛り上がる。素晴らしい珍アイデア。

観戦する女子高生は全国からの応募、抽選で決める。砂かぶり席を中心に升席も解放する。年に一回くらいは国技館全体を女子高生オンリーにする。この日、力士と親方、行司ら土俵周り以外は男子禁制である。さらに、女子高生はセーラー服に限る。さらに、女子大生の日、看護婦さんの日、宝塚歌劇団の日などを設けてマーケットを拡大する。たまには昔の娘「ばあさんの日」も設ける。

女子高生の日はケインズ経済学でいうところの相乗効果を生み、彼女らを見に男が集まる。若い男が集まると若い女も集まる。そうするとカップルが誕生し結婚し子供が生まれ少子化がストップし人口が増え有効需要が増えGDPが増大し経済が成長しめでたしめでたし……ンなわけないだろう。つかみがウマイ。

筆者は「戦争論・戦略論」「ディベート論」の専門家。そんな学者さんなのに悪口好きで、前作は「日本アホバカ勘違い列伝」だった。白鵬よ、早く辞めろと厳しく書く。これほどトンチンカンな男は空前絶後だ。横綱は長く務めることが良いのではない。後進に道を譲ることが宿命であり使命なのだ。少しでも横綱にふさわしくない相撲を取った時、即、引退するのが横綱なのである。

白鵬は42回も優勝しているのに、全く尊敬されていない。優勝すればするほど嫌われる。人徳がないからだ。力士が備えるべき徳目は、忠節、礼儀、信義、寡黙、武勇(勇気)、清貧であるが、これらが決定的に欠落しているばかりか、傲慢無礼、下品、出しゃばり、饒舌である。筆者は白鵬の問題行動をあげつらう。伝統破りのモンゴル会の親分であり、日馬富士の暴行事件の黒幕だった。

取組が終わったあと、勝負に文句をつけて退場しなかった。張り手とかち上げを多用するが、横綱が絶対にやってはならない手である。横綱土俵入りはあまりに醜く不格好だ。観客に三本締めを促した。優勝インタビューの締めくくりで万歳三唱を行い厳重注意を受けた。白鵬は完全に日本の相撲文化を舐めている。だれか白鵬に晩節を汚すなと引導を渡すべきである。不甲斐ない相撲界。

陸上競技などで、人差し指を突き上げて勝利を主張するバカが醜い。他のチームや選手に対するリスペクトに欠け、スポーツマンシップとはほど遠い。日本には世界に誇るオンリーワンの文化、武士道精神がある。プロ野球も、学生野球も、ほかのすべてのスポーツで前面に出してもらいたい。この本は殆ど首肯できる内容だが、ガンコで偏った年寄りぶりは読者を選ぶでしょう。(柴田)

北岡俊明「日本トンチンカン悪者列伝」2019 ワック
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4898317987/dgcrcom-22/


●グラフィックデザインについて、デザイナー志望の方から相談を受けていた。齋藤さんのを伝えようと決めた。/東京オリンピックの時にはまだ生まれていなかった。/関口さんの精密検査の結果が良いものでありますように。

/「ウィーン・モダン」続き。クリムトが日本文化に影響を受けていることは知っていたが、これはウィーン万博があったからなのね。

日本が万博に公式に参加したのはウィーンが最初で、大隈重信らが準備したとのこと。越前和紙の製品が「進歩賞牌」を獲得。

アールデコやアールヌーボーが好きで、といってもまったく意識せずに「これ好きだなぁ」というものが、アールデコだったりするので、ああ好きなんだな、ぐらいの感覚なのだが、「ウィーン・モダン」の時期もかぶっていて、まったく期待していなかった家具や食器、建築物にドキドキ。何これ、欲しい。(hammer.mule)

1873年ウィーン万博 明治政府初参加
https://www.ndl.go.jp/exposition/s1/1873-2.html

ウィーン万国博覧会 国立国会図書館
https://www.ndl.go.jp/site_nippon/vienna/index.html
地図があったりと詳しい

博覧会の実施と明治の万博計画(1)外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/banpaku/page2.html