[4937] 親は何も言ってくれない◇マンガ学校で教え、本から学ぶ

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,900文字)



《一番大事なのは『感情』なんだ!》

■ショート・ストーリーのKUNI[256]【番外編】
 「ちゃぶ台返し考」あるいは親は何も言ってくれない
 ヤマシタクニコ
 
■ローマでMANGA[150]
 マンガ学校で教え、本から学ぶ
 Midori
 



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■ショート・ストーリーのKUNI[256]【番外編】
「ちゃぶ台返し考」あるいは親は何も言ってくれない

ヤマシタクニコ
http://bn.dgcr.com/archives/20200123110100.html
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体調不良からまだ抜けきっていないヤマシタです。

さて、しんどい時のお供はやはりおうちでテレビである。主にドラマ。それも、あんまり力作とか大作、テンションの高いものはびびってしまう。実際、録画してても再生の途中でしんどくなって「ごめん、また今度ね・・・」と誰も聞いてないのに言いながらオフったり。1時間もののドラマを見るのも3回くらいに小分けしたり。

その点、たった15分の朝ドラはとても助かる。それにいま放映されている「スカーレット」はかなり気に入っている。前作「なつぞら」が既視感の塊で、最初からラストも十分予想できてつまらなかった(サイドストーリー的な天陽くんをめぐる部分だけはよかった)のに対し、とても丁寧に作り込まれていて、何気ないセリフや動きで主人公たちの心の動きを納得させてくれる。

また、「創作」という行為の周辺がかなり深く掘り下げられているのは、朝ドラとしてはけっこうチャレンジングなのではないだろうか。戸田恵梨香はじめ俳優たちも好演してるし、ナチュラルな関西弁がとてもリアル。

「スカーレット」の主人公、喜美子は昭和12年生まれという設定。私よりはかなり上だが、描かれている空気は私の子供時代にそのままつながるものだ。

父親の常治はお人好しで、時に自分が世話した人に裏切られたりする不器用な男。戦後すぐの時期はたぶん、だれにでもチャンスがあるようにみえただろうが、結局は勝ち残るべき者が残るだけ。常治は大阪で食い詰め、友人を頼って信楽に行く。

と、めんどくさがりの私にしては割ときちんと説明してしまったが・・・喜美子の両親を見ているとなんとなく、私の両親を思い出すんだよね。もちろん私の父は北村一輝みたいにハンサムではないし(ハゲてたし)、母は富田靖子と似ても似つかない。

でも、母はいつもやさしく、子供たちを決して怒らず(マジで怒られた記憶がない)父を立てつつ、しょっちゅう「お父さんは山っ気があるから…」「山っ気さえ出せへんかったら…」と苦笑いしてたし、父は自分が貧乏なくせに他人の世話を焼きたがった。それはひょっとして私の両親の、ではなく時代の特徴なのか。その時代の庶民の。

喜美子が中学を卒業するにあたって、学校の先生は、成績も良いので進学を勧めるが、常治は相手にもしない。数年後に一番下の妹は高校から短大に進んで家庭科の先生になりたいというが、そのときも反対する。

その時の理由が「おなごに学問はいらん」なのはちょっと古いセリフじゃないかと思うが、上の世代の影響を受けたものだったかもしれない。とりあえずの口実として。これでいこう、と。

ネットでは、「学歴を身につけてから就職した方が結局生涯に得られる収入も増えるのにばかだな」といった意見もあったが、貧乏な家ではとにかく早く働いてほしいのだ。

私の兄も姉も大学には行けなかった。姉は学校の先生になりたいと常々言ってたので、当時の私はやはり「大学くらいいかせたらいいのに」「ほんの4年じゃないか」と思った。

その考えがまったく甘いということを知ったのはずいぶん後、当時のわが家がいかに貧しかったかを知ったときだった。そうか、そこまで貧乏だったのか、それはやはり、早く働いてほしかっただろうなと、納得せざるを得なかった。親は子供に何も言わないからね。


さて、「スカーレット」で気になったのは「ちゃぶ台返し」だ。気に入らないことがあると食事が載ったままのおぜんをひっくり返す、あれである。巨人の星を思い出す人も多いかもしれない。常治もこれをやるのだ。

最初に気になったのは関西では多分、「ちゃぶ台」という言葉を使わないのではないかな・・・と思ったからだ。広範囲にリサーチしたわけではないが、そんな言葉使ってる友達とか、いなかったように思う。

じゃあなんというかといえば「おぜん」である。おぜんを拭く布巾は「おぜん布巾」で、お茶碗を拭く布巾は「お茶碗布巾」で、じゃあ「ちゃぶ台返し」をどういうんだと聞かれたら・・・それは単に「おぜんをひっくり返すこと」としか言えないなあ。

私の父もあれをやったが、私が覚えてるのは一回だけだった。その日のおかずが気に入らないと言ってひっくり返したと思う。

結婚したばかりの頃、ふと思い出して夫に「子供の頃、お父さん、おぜんひっくり返したりした?」と聞いたことがある。「ああ、しょっちゅうや!」と夫は答え、「へー。そんな時、お母さんはどないしてたん」と聞くと「ごめんな、ごめんな、て言いながら片付けてたなあ」と言った。なんでもすぐに謝りまくるお母さんだったので、ああ、なるほどと思った記憶がある。

で、そんなことを思い出してると、なんか疑問が湧いてきて・・・

「ちゃぶ台返し」って、当時の流行り?!

つまり・・・なんというか・・・私は「ちゃぶ台返し」というのは誰に指示されたのでもなく、個人の感情の発露、うわー、やってられんわ! こんなもん! となった時にたまたまそういう形をとったのだと思ってたんですが、そうではなく、親父たちは「はやってること」をやってたわけですか?! ええっ? あほちゃうん?! ひまか!

てことは、たとえば、仕事で疲れて帰ってきた時にたまたまおかずがいまいちであった。大嫌いなメニューではない(そんなメニュー、わざわざ母が作るわけない)が、気に入らない。子供達がそこらをうるさく走り回っている。そんな時、「そや。気に入らんことがあった時、おぜんをひっくり返すのが流行りやと聞いた。あれをいっぺんやってみるか。隣の山田さんもこないだやってみたら一瞬で家の中が静まり返って、子供達の見る目が変わったとか言うてたなあ。向かいの本田さんもやったらしい。気分爽快、効果絶大らしい。よし、わしもやってみようか」と思って、タイミングを見計らい、おぜんをひっくり返した・・・ということ? そういう計算が入ってた、わけですか?! えーっ。それって私の思ってたのとなんだか違うような・・・。

はやってるからと言って、お隣でもお向かいでも父親がおぜんをひっくり返してたとしたらかなり笑える。いや、カーッとなった時に何をするかは各自の自由なはずだから、たまたま、偶然に、不思議にも「おぜんをひっくり返す」行為にみんなが向かうと思うことの方が変か。考えたらそうだな。

やっぱり私がわかってなかっただけか。子供だから。その辺を確かめてみたいと思っても、両親ともとっくに死んじゃったしな。本当に親って子供に何も言わないもんなあ。

と書いたけど、最近、それはわかるような気がしてきた。

親は子供に何も言わない。なーんにも言わない。

私はたまたま子供のいない人生だったが、もし子供がいたらどんな子供であろうか。まったく親に似ない子もいるだろうけど、普通に似るとしたら、優柔不断で無愛想で、そのくせ口が悪い子供だろう。

夫に似たところもあったとしたら・・・ケチで、スーパーでポテチを買うときは奥の方から製造年月日の一番新しいやつを探し出したりするコマカイやつだろう。スポーツ嫌いで若いのに昼間から家でゴロゴロするようなやつだろう。成績もきっとあんまり良くないくせに何を勘違いしてるか偉そうに・・・・

うわー。そんなやつに、いくら自分の血を分けた人間だといえ、大事なことを伝え授けようと思うだろうか。ない。絶対ない!

両親の目に映るわれわれ子供も、きっとそんな感じだったに違いない。こんなちゃらちゃらしたやつらに言うてもなあ。そう思ったに違いない。ああよくわかる。

だけど、親はひそかに機を伺っているのである。普段は大したことを考えていないお気楽なおっさん・おばはんのふりをしたり、あるいはぼけてきたようなふりをしながら、ひそかに機を伺っているのである。


母は晩年、入退院を繰り返し、いったいどこがどう悪いのかわからない状態だった。人工透析も長い間続けていたので、体はもうぼろぼろだったと思う。

あるとき、また某病院に入院したという知らせを受け、久しぶりに母に会いに行こうと思った。妹二人や兄は割とこまめに母の面倒をみていたが、私ときたらごくたまにそうやって会いに行き、特にすることもなくてあっさり帰ってくるような、きょうだいの中で一番親不孝な娘だった。

その日、母を見た私はものすごくショックを受けた。母はびっくりするほどやせ衰え、乱れた寝間着の間からプラネタリウムかと思うくらいシミだらけの胸元が見えた。

当時、時々妄想が出たりおかしなことを言うようになった、と兄から聞いてもいたが、実際私のほうを向いてはいるものの、その目にまったく表情がなかった。乱れた衣服を整えようともしなかった。ああ、こんなになってしまったのか。そう思うと、突然、私の両目からぼろぼろ涙があふれた。後から後からあふれて、あわててハンカチを取り出した。すると母はそんな私を見て、表情を変えることなく、言った。

泣いたら止まれへんやろ・・・。

一瞬、ハッとした。母を見ると、やはり無表情な目で私を見ているのか見ていないのかわからない感じだった。でも、確かにそう言った。私はますます泣いた。何もいえず、泣くしかできなかった。泣きながら、私は思った。これはないよ、お母ちゃん。油断させといて、最後の最後でマウント取るなよ! ひどすぎるよ!

それから程なく、母は亡くなった。ちきしょう。ほんとに、母にはやられた。私に子供がいたらリベンジしたいが、いないのがものすごく残念だ。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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今年も地元の美術展があり、私も参加した。会員の平均年齢は多分70代。ふと思ったが、将来どこかの総理が言うように年金の支給開始を遅らせ、その代わり定年制度をなくして「一生働ける」ようにするとしたら、こういった地域文化は消滅してしまうだろう。

そんなもん所詮年寄りの暇つぶしじゃないかと思っている人もいるかもしれないが、仕事を辞めたら、若い頃からの夢だった絵を描くのだと思い続けてきた人、「これだ」と思うものにやっと出会え、夢中になっている人も多い。将来はそんなこともなくなっていくのか。ただ食べていくだけの人生になるのか。国が貧しくなるということは文化が衰退することなのだ。


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■ローマでMANGA[150]
マンガ学校で教え、本から学ぶ

Midori
http://bn.dgcr.com/archives/20200123110100.html
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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりしていきます。

さてさて、今回も講師をしているマンガ学校の話題です。

●中間考査……の前に文句

私が講師をする学校は専門学校で、日本の文科省に相当する教育省の認可外で、卒業証書は本当にただの紙切れで、これがあるからといって出版の際の報酬額などに影響はまったくない。

卒業考査の点数が良いと、出版社からすぐに声がかかるわけでもない。手に職をつけるための、一つの手段にすぎない。すぎない、と言い切ってしまうと身も蓋もないけど、逆に言うと、義務ではないのにこの学校に通うと決めるのは、やっぱり、少しでもプロに近づくためでしょ。

マンガは描けば上手くなるのだから、わざわざ高い月謝を払って通うのはプロになるための、少なくとも近づくための唯一の道、とはいえない。

それでも色々工夫して(親を説き伏せたり、アルバイトをしたり、仕事や大学の時間を上手く調整したり)通うからには、それなりの気概があるからと思うのだけど、違うのかなぁ……授業が始まって半ばすぎて考え込んでしまう。

ちなみに専門学校は大学の授業時間に準ずるので、10月開始で6月に終業する。9か月が一学年で、4か月目の1月に中間考査がある。今年は欠席が多い。だから、上に書いた文句が出てくるのだ。今年の私のクラスは10人。

11月と12月にほとんど姿を見せなかった生徒がいた。生徒間でwhatsapp(ラインと同じ機能を持つヨーロッパで多く使われるアプリ)でグループを作っているので、聞いてもらうと、具合が悪いと言う。秘書課に連絡をしてその旨を伝えると、本人に連絡を取って、病欠であることを確認した。自分から学校に連絡しないんだね。

病欠の場合、医者の診断書があれば欠席扱いにならない。欠席扱いが12日以上に及ぶと、試験(考査)を受けられないことになっている。また、病気など特別な事情があって通学できなくなった場合、在籍の権利を「凍結」することができる。再開するときに入学金を払わなくてもいい。

もう一人、上記の生徒以上に欠席日数が多い生徒がいる。whatsappグループにも連絡がないし、秘書課が連絡を取ろうとしても電話に出ないそうだ。何があったのか知りようがないけど、これも、学校に連絡しないの?

もう一人は仕事の時間と授業日が重なってしまって、なかなか出てこれない、という。職場に事情を話したが、終業時間を変更してもらえなかったそうだ。

でも、このコースに参加を決める前に、授業日は確認できたはず。ユーロマンガではなく他のマンガコースだったら、2年次に火曜と木曜で出席できていたのだから参加できたかもしれない。

路は少しずれるけど、月謝がムダにならない。それでもこのコースに参加したのだったら、欠席した日の授業内容をクラスの同級生に聞いて、課題など仕上げることも出来たはず。気概は?

彼が1年生だった時から知っている秘書課のエリーザによると、仲良くつるんでいた友だちに、同じユーロマンガコースの恋人ができてから変ったようだ。殆どの学生が20歳を少し過ぎていて、そういう悩ましいお年頃。

1月に入ってから、もう一人長期欠席者が出た。大きな交通事故を起こして車はお釈迦、右腕と右脚に大怪我をしたのだ。この生徒はすごくやる気のある子で、今皆が懸命にやっているサイレントマンガオーディションへの応募作品を意気揚々と進めていた。

事故は土曜の夜に起きた。遊びに行っていたわけではなく、実家の家業のピッツェリアを助けて、ピッツァを届ける途中で逢ったそうだ。これは泣ける。

●そして中間考査

繰り返しになるけれど、ここは専門学校。誰かが強制的に生徒を押し込んだわけではない。みな自分の意志で、将来を見据えて選んで来た。かつ、3年制の最終学年。これまで中間考査を2回、学年末考査を2回経験している。

だ か らー、これまで授業でやって来たことを全部持ってくるのは、わかってるだろうに! しかも、中間考査の前の授業でそれは言い渡してある。

日本の専門学校の生徒はどうなんだろう? ぜんぶ手をとり足をとり、講評日に何を持ってくるかなど、先生が再三言い、黒板に書き、かつプリントにして渡したりしてるのかな?

これを書いていたら、有名な山本五十六の言葉「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」が浮かんで来た。私の方にも何か足らないことがあるかもしれない。そのへんも知りたい。

中間考査には連絡が取れない生徒と、大怪我の生徒を除いて8人いた。8人中、満点の30点をとった生徒が一人。几帳面で、私の講義中にノートを取る唯一の生徒だ。そういえば、昨年も、一昨年も、30点満点をとった生徒はノートを取っていた。

私の言葉を耳から聞いて、そのままぽわーっと頭の中に霧が広がって行くままにしておくのではなく、手を動かして文字にする(耳からのインプットを頭で整理して手を通してアウトプットし、さらに自分で書いたものを目で読んで再度インプットする)という行程が理解、記憶に止めるのにすごく有効なのかも。

来年度はノートを取ることを大いに奨励しなくちゃ、と思った。効用をちゃんと告げて。効用は、manga言語を理解するだけでなく、自分の作品に応用できる、ということ。これが目的なのだから、やっぱり効果的な勉強のしかたを生徒に伝えなければ。

しかも彼女は全課題をバインダーに時系列でまとめ、かつ表紙イラストまで描いて付けて来た。ギリギリになって支度をするのではなく、ちゃんと時間的な余裕を持って準備することができる。

確かにマンガ家は芸術家的な側面もあって、少し風変わりだったりすることもあるけれど、特にヨーロッパの場合は、自分で自分のマネージメントや営業をし続けねばならない。他に自分の作品を少しでも分かりやすく伝える工夫は、身に付けていていい。

進級ギリギリは18点。それに限りなく近い点を取った生徒が二人いた。二人とも、授業でやった課題作品の一部を持って来なくて、評価できない項目があったのだ。評価の項目は5つ。その5つの評価を合計して、5で割った数字が総合評価になる。5つのうちのひとつが0だったら、そりゃ点数は悪くなります。

だ か ら、全部持って来るようにと言ったではないか。「あ、家に忘れて来た」とか、「必要ないと思った」とか、言い訳すな!

●自らのお勉強

ユーロマンガの授業では、物語の作り方も入る。ちゃんと物語を作ったことがないから、ここ数年、色々本を読んで勉強している。映画の脚本家による、参考になる本を見つけて、鱗を何枚も目から落としている。

一冊は数年前に見つけたスナイダーの「SAVE THE CATの法則」
https://maamaa-create.com/save-the-cat/

基本的な脚本術はこれ一冊でいい! というくらい。これはイタリア語版も出ていて、ユーロマンガコースが始まってから、必ず読むように言っている。(30点を取った彼女は、授業が始まってからすぐに買って、早々と読み終えて「本当に参考になった」と感心していた)

昨年知ったのが、カール・イグレシアス著「感情から書く脚本術」。
http://filmart.co.jp/books/playbook_tech/emotional-impact/

「プロットじゃない、構成じゃない、キャラクター造型でもない。一番大事なのは『感情』なんだ! 心の動きを誘導し、最後までのめりこませる物語を書く。UCLAの人気課外授業、待望の邦訳!」

感情をベースに物語を進める、というのがmangaの基本なのだから、これはまさにユーロマンガコースにうってつけ。

授業の参考になりやすい話がこれでもかと言うほど出てきて、Kindleで読みながら線を引き、さらにノートに書き写して勉強している。これを授業に応用できるような課題を作ろうと書き写しながら、こうできるな、ああもできるかな、とやっていて楽しい。

残念ながらイタリア語訳は出ていない。英語で読んでもかなり分かると思うけど(英語単語の70%はラテン語起源だから、文字面だけ見るとかなりイタリア語に似ている)。

これも授業の初めに生徒に言ったけど、はたして読もうとした子はいるのだろうか。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】

この「ローマでmanga」が150回目ですって! 飽きっぽい私が続いているのは、なんでしょうね、柴田さんや濱村デスクが醸し出す雰囲気ですかね。どちらにも、実際にお会いしたことないのに……。

週の時間割を決めた。義務やらやりたいことやらが山のようにあって、毎日、結局目の前に積まれた一部を引き出してやり過ごし、やり残したことが溜まって行く。買っただけの本や、何かに使えると取っておく化粧箱なんかと同じ。

あれもこれもやらなくちゃ! と義務に押されて息苦しくなって、別のことに気持ちが行ってしまって、また新しいことを始めてしまう……。

そこで、断捨離というより、つまり、いらないものを見つけるのではなく、いるものを選択していく、というやり方で、仕事、家事とガーデニング、自分のmanga企画、ホビーの項目に分けて、毎日やること、週に一度やること、二日に一度やること、にわけてToDoリストを作った。

自分のmanga企画は報酬など約束されてない勝手にやりたいことなので、どうしても義務の方を優先して、結局まったくの手つかずになってしまっていた。時間割を決めてから二日。2ページの完成原稿、1ページの鉛筆下書きをした。何か月も進まずにいたことを思うと、いいペース。

昨年の初めに買ったままになっていた布で着物を縫う、というのも週に1時間割り振った。少しずつでも、絶え間なく進めば、間違いなく前進するのはウサギとカメのカメさんが教えてくれた。

[注・親ばかリンク] 息子のバンドPSYCOLYT (このバンドは解散。最近新しいバンドを組んでレパートリーを増やしてるところ)


お絵かきインスタ
https://instagram.com/midoriyamane

MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/

主にイタリアのレストラン情報のブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/>

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編集後記(01/23)

●偏屈BOOK案内:高山正之「変見自在 中国は2020年で終わる」

世に蔓延るまやかしを一刀両断、変見自在シリーズの第14弾。いつもと同じ、すごいことをもったいつけずにさらっと書く。イントロは「朝日新聞はお世辞でなくつまらない」ときた。売りのひとつの「天声人語」は、コラムと思えない説明調で、文章が下手で、構成が同じで、誰も知らない本や人物を引き合いに出し、大方は「それにつけても日本は悪い」で終わるのがお約束である。

どこまでも日本をくさす一方で、中国朝鮮には目いっぱいの温かいご配慮で。さて、筆者が「中国は2020年で終わる」という根拠は。中国は他国から先端技術を盗んで模造品を作り儲けてきた。新幹線もどきがいい例。だが、もうその手は使えなくなった。加えて、「共産党国家72年説」がある。共産主義国家はポコポコ生まれたが、みな短命で潰れた。一番長いソ連でも72年で終わった。

「中国共産党政権は2020年に72年目を迎えた。この辺が限界だと歴史も福島香織も言っている」って(笑)。朝日は経済同友会代表幹事の小林喜光を担ぎ出し「技術大国ニッポンは過去のもの。今や技術は中国に奪われ、通信はファーウェイの独壇場なのに、日本はそんな状況も自覚しないゆでガエル状態にある」「劣化した日本人は新しいものに挑むエネルギーもない」といわせる。

だが日本は、ずっと挑戦を続けてきた。70年代には原子力駆動の船をソ連に続いて独自技術で生み出した。世界に先駆けて高速増殖炉の実用化にこぎつけた。だがこの二つも、朝日主導のフェイクニュースで潰された。朝日はどこまでも、いつまでも、日本を貶め続けているが、2020年に中国が先に終わるかも……。「朝日と経済同友会がなくなるとき、日本の空は晴れ渡る」と筆者は結ぶ。

「韓国に6人もいたまともな人たち」とは。ソウル大学経済学名誉教授の李栄薫(68)ほか5人の学者を指す。彼らが執筆した「反日種族主義」がソウルでベストセラーになっている。日本でもベストセラーになっている。近くの大型書店でも、入ってすぐの新刊書コーナーに山積みで、よく売れていると聞く。

高山は「文在寅の言う日本観とは180度違う。いずれは親日派の烙印が押されて発禁、逮捕となるのだろう」と書くが、今のところはそうなってはいない。「韓国人はみんな文在寅か若宮啓文かと思っていたから6人もまともな人がいたことに大いに驚いた」。ニューヨーク・タイムズのコラムには「日本と韓国は言語も文化も殆ど一緒。本来なら親友同士で少しもおかしくない」とある。

世界にはまだそう思っている無知な報道人が、実はたくさんいる。日本語と韓国語には、語彙も文法も発音も何の共通点もない。「日韓の軋轢についても知識がない。ほとんど朝日新聞の引用で済ませている。それで日本を見下す。先の大戦で祖国が植民地を失った、そんな底意で書かれた低レベルの記事だ」

ドイツ人は日本が嫌いだ。堀場製作所が作った小さな測定機器により、大黒柱ワーゲンの排ガス測定不正がバレて、膨大なリコールと賠償訴訟の対応に追われた。それで日本に逆恨み。かつて第一次大戦でも日本に大負け、しかも寛大に扱われてますます不快。どれほど悔しいかドイツ人は語らないが、とにかく日本が大嫌い。ドイツ好きの日本人は多いが、片思い、勘違いです。(柴田)

高山正之「変見自在 中国は2020年で終わる」2019 新潮社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103058854/dgcrcom-22/


●ドラマ以外だと、アクション映画ですわ。あんまり頭使わなくていいほうの。/おぜんですわ。

/150回目おめでとうございます! そしてありがとうございます!!/「義務に押されて息苦しくなる」に、めっちゃ共感しました。カメですよね。私も頑張ろう!

/「リード プチ圧力調理バッグ」続き。私が作ってみたのは「ブリのしょうが煮」。

調味料は、しょうがのすりおろし・お醤油・みりん・お砂糖・料理酒・お水を、ボウルであらかじめ混ぜ合わせておく。

スーパーでパック売りしてあったブリの切り身を、そのままバッグにイン。その後に調味料を入れてバッグを閉じ、耐熱皿の上に置いて、レンジで5分。バッグはパンパンに膨らんでいる。

その後3分、庫内放置して、少ししぼんだところでジッパーを開き、お皿に入れて完了。お鍋やフライパンがいらないのは楽だ。味は少しあっさりで、これは分量を変更すればいいだけ。ブリはホクホク。(hammer.mule)

リード プチ圧力調理バッグ 3個パック
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B079Q97YTF/dgcrcom-22/