わが逃走[253]「無」の巻 その3
── 齋藤 浩 ──

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またまた「無」の話のつづきです。

「無」という文字の成り立ちを調べてみると、

https://bn.dgcr.com/archives/2020/01/30/images/001

1.もともと「無」は、danceという意味を表す字として使われていたところ、音が同じだったため、nothingという意味の文字としても、使われるようになった。

2.ふたつの意味を持つことによる混乱防止策として、danceの方をバージョンアップして「舞」がつくられ、nothingはそのまま据え置かれた。ということらしい。

つまり、舞い踊る人の姿をトレースした略画が「無」という文字のルーツだったわけだ。

で、それを参考に舞い踊る「無」を制作したのが前回紹介したコレ。

https://bn.dgcr.com/archives/2020/01/30/images/002





さて、なぜこういった自主制作をしているかというと、この年末年始にソウルで開催されたポスター展「One Letter 一文字」展で、新作を発表する必要があったからなのです。

で、新作ポスターとして発表するなら、シリーズとして3点は欲しいところ。と考えた。

なので、さらに視点を変えた「無」を2点作っていこうと思う。たとえば、この字を建築的に構成する! と仮定する。

これは字ではなく図面である、こういう建築が存在するのだ〜。と思いながら眺めていると、盆踊りの中央に位置するヤグラのように思えてきた。

おお、こんなところにも文字のルーツが見え隠れする。盆踊りのヤグラは、前の日に組み上がって、翌日に撤去されるいたってシンプルな仮設構造物だ。

「無」であること、つまり可読性をキープすることを条件としたシンプルな仮設構造物とはどんなものだろうか。

円柱のみ、直方体のみ(=板とか棒とか)で構成してみるというのはアリだろう。こういうときは、迷わず悩まず、まず描いてみる。

いくつかのスケッチを並べてみると、ベニヤ板を水平垂直に組み合わせたようなものが、なにやらイケそうだ。

で、完成したのがコレ。

https://bn.dgcr.com/archives/2020/01/30/images/003

「無」という字を構成している要素はほぼタテ線とヨコ線に割り振ることができるが、できれば一画目はナナメ線として認識させたい。

しかし、ナナメの要素を入れることによる構造の複雑化は避けたい。
ならば、カメラを振ればいいじゃん!

ということで、水平垂直のみで構成されるこの立体を、ナナメ上から見下ろしました。

この角度からなら「無」と読めるし、ナナメの動きも伝えられる!

ちなみに、この立体をX軸、Y軸、Z軸上から真正面に捉えても「無」とは読めないのです。

さらにもう一点を考える。

三つ目は「読めない」ことをテーマとしたい。

読めなくなるギリギリの形状とは? 角度とは?

たとえば、無という字を書き順で分割し、手前から奥に向けて配置してゆく。つまり、Z軸は時間軸という想定。

正面から見ると「無」でも、カメラ位置をずらすことで文字として破綻してゆくわけだが、読めなくなる瞬間はどこか?

さらに「美しく読めなくなる」瞬間とは? を考えてみた。

直方体と球体を円柱に刺したものを用意し、ファインダーを覗きながら角度を探る。という工程を、3Dソフト上でシミュレートしつつ、完成したのがコレ。

https://bn.dgcr.com/archives/2020/01/30/images/004

イイじゃん。自画自賛。

というわけで、2020年最初のリッタイポシリーズ『無』三部作でした!

【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。