日々の泡[028]1967年の五木寛之【艶歌/五木寛之】/十河 進

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1968年は、芦川いづみが藤竜也と結婚して引退した年である。松竹歌劇団にいた芦川いづみは川島雄三監督に見出され、18歳のときに松竹映画「東京マダムと大阪夫人」(1953年)でデビュー。2年後、日活に移籍した川島監督を追ったのか、日活と契約した。

戦後、遅れて制作を再開した日活は、裕次郎が登場するまでけっこう女性映画が多くて月丘夢路や南田洋子、芦川いづみなどの主演作品があった。芦川いづみは人気絶頂の頃の石原裕次郎の相手役も何度かつとめているが、日活ファン以外にはほとんど名を知られていなかった年下の男優を伴侶に選び引退した。

以来、彼女はまったく姿を現さない。テレビ出演で顔が売れ仕事も増えた藤竜也が、大島渚監督のハードコア作品「愛のコリーダ」に出演し、仕事がまったくこなくなった数年間も夫を支え、金婚式を越えて今も仲むつまじく暮らしているようだ。今年、85歳になる。





1968年、芦川いづみは3本の映画に出演した。すでにヒロインをつとめる年齢を過ぎたと思われたのか、「大幹部 無頼」も「わが命の唄 艶歌」も松原智恵子にヒロインを譲っている。

「大幹部 無頼」では、冒頭、人斬り五郎に救われる踊り子たちのリーダーとして登場し、後に赤線の娼婦となって五郎と再会する。しかし、五郎は彼女を相手に「無頼」シリーズを貫く重要な長ゼリフを口にする。

芦川いづみと藤竜也が共に出演している最後の作品は、五木寛之原作の「わが命の唄 艶歌」である。主人公のポップス系ディレクター津上を渡哲也が演じ、「艶歌の竜」こと艶歌一筋のベテラン・ディレクター高円寺竜三を芦田伸介が演じている。

原作では主人公の友人でルポライター露木が書いた、高円寺竜三のルポ記事が印象的に挿入されるのだが、映画版はそれを高円寺竜三を取材したドキュメントフィルムに変えてある。そのフィルム・ディレクター露木を藤竜也が演じていた。

原作における露木の比重は大きくて、短編だった「艶歌」が評判になり、五木寛之はその後、高円寺竜三を主人公にした長編を「海峡物語」「旅の終りに」と書き継いでいくことになるのだが、露木は高円寺のよき理解者であり、語り手として登場し続ける。

ちなみに芦田伸介は「艶歌の竜」こと高円寺竜三を当たり役とし、テレビ版の「艶歌」以降も「海峡物語」などで演じている。要するに、芦田伸介以外には演じられないキャラクターになってしまったのだ。その最初が日活映画「わが命の唄 艶歌」だった。

原作通り、ようやく津上の前に登場した高円寺竜三は録音スタジオのモニタールームのソファに競馬新聞を顔にかけて寝転び、何度めかの録音で「よし、できた」と体を起こす。横で聴いていた津上は、それぞれの録音の違いがわからない。

芦川いづみは最初の方で自殺する津上の恋人を演じ、後半で彼女の妹として松原智恵子が登場してくる。このふたりのヒロインは、原作では登場しないはずだ。短編の原作を90分ほどの映画にするために、いくつかのエピソードが加えられ、新しい登場人物が創作されたのだ。

脚色を担当したのは池上金男。名作「十三人の刺客」を書き、その頃は「無頼」シリーズの脚本を手がけていた。池上金男は、60歳を過ぎて池宮彰一郎の名前で「四十七人の刺客」を書き、時代小説家としてデビューする。

「わが命の唄 艶歌」が日活で公開されたとき、僕はタイトルが不満だった。「艶歌」だけでいいじゃないかと思ったのは、五木寛之の短編集(「さらばモスクワ愚連隊」だったと思う)の最後に配置されていた「艶歌」の読後感が強く残っていたからだった。

その前年、1967年の秋、高校2年生だった僕は「海を見ていたジョニー」というグッとくる表紙の本を書店で見つけた。黒を基調にしたカバーで、真ん中に小さくピアノを弾く人物が写っていた。

当時、僕は自分が単行本を買うことなど思いもしなかった。僕は文庫本か古本(懐かしの「高松ブックセンター」よ)しか買わなかった。僕は「海を見ていたジョニー」を少し立ち読みして棚に戻し、翌日、学校で新聞部のTにその本の話をした。

Tは「五木の小説は全部、徒労で終わるパターンばかりだ」と聞き慣れない言葉を口にし、その時点で新人作家・五木寛之の本をすべて読んでいると言った。Tの家庭は裕福なエリート家庭らしく、単行本など簡単に躊躇せず買ってしまうようだった。

何しろ、母親は県内唯一のデパート高松三越に車を運転して買い物にくる(当時、とても珍しいことだった)というし、父親は陸軍大学出身の超エリートで蒋介石の軍事顧問として台湾にいると聞いた。本人も香川大学付属小学校・中学校から高松高校というエリートコースを歩んでいた。

僕はTにすべての本を貸してもらった。「さらばモスクワ愚連隊」「蒼ざめた馬を見よ」「海を見ていたジョニー」「青年は荒野をめざす」の4冊である。1967年の一年間に、五木寛之はそれだけの本を出版したのだった。僕は夢中で読んだ。

そのときに読んだ短編の数々は、今も印象深く残っている。「海を見ていたジョニー」や「GIブルース」などジャズをテーマにした小説、「素敵な脅迫者の肖像」「CМ稼業」など広告業界や放送業界を舞台にした小説を読んだのは初めてだった。

僕はすべての本を手元に置いておきたくなり、Tに譲ってくれないかと頼んだ。「いいよ、もう読まないから」とTは答えた。そのとき、僕はいくら払ったか記憶にないが、少なくとも金は払った。

「五木なんて一度読めばいい。大江みたいに血を流して書いている作品を深く読み込まなきゃいけないんだ」とTがにべもなく言った五木寛之の作品は僕を魅了し、1968年に出版された「幻の女」「裸の町」「男だけの世界」「恋歌」「風に吹かれて」は、すべて単行本を待ちかねて買った。

ちなみに「わが命の唄 艶歌」の主人公を演じた渡哲也は、「海を見ていたジョニー」という歌を歌っている。とても好きな歌で、ときどき僕は口ずさむ。作詞は五木寛之である。作家になる前にCM音楽の作詞をしていた五木寛之は、作家になってからも多くの作詞を手がけている。「旅の終りに」「愛の水中花」など、ヒット曲もいくつかある。


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