エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[46]春眠暁を覚えず◇襲眠/超短編ナンバーズ たなかなつみ

投稿:  著者:  読了時間:4分(本文:約1,600文字)



◎エッセイ

「春眠暁を覚えず」

とれなければとれないで不調のもととなり、とりすぎたらとりすぎたで問題になるもの、なーんだ。食事やら太陽光やら何やら、解答になりそうなものは山のようにあるけれども、とりあえずここでは、睡眠が正答ということにしておこうと思う。春ですし。

眠るのが不得意になってからもうかなりになる。たぶんそのせいで睡眠負債が込んでいるのだろう、いわゆる「寝落ち」ということも日常的に経験するようになった。おかげで、映画館で映画を観るのがとても怖い。暗闇とクッション性の高い椅子というかけあわせが素晴らしいのだろう、ものすごく穏やかに眠りに入っていってしまう。それなりの代金を払いながら眠ってしまうというのも恐怖なら、眠っているあいだにいびきや寝言で周囲の人たちに迷惑をかけてしまうのではないかというのも恐怖。どんなに面白い映画であろうが関係なく、苦もなくすとんと寝入ってしまい、目覚めたときにはもうどんなに目を凝らしてもストーリーを追うことができなくなってしまっているという。困ったもんです。





映画と同じぐらい寝落ちしやすいのが、読書中。最初は真っ直ぐ机に向かって読み始めるのだけれども、そのうちにだらだらと姿勢が崩れていき、横になって読んでいるあいだに、手に持っていたものがばたんと身体の上に落ちてきた衝撃で目が覚めて、寝ていたことに気づく。そのときにはもうどこまで読んだかわからなくなっており、かなり遡って再読し始めるのだけれども、気づいたときにはまた寝入ってしまっており、いつまで経っても読了できないという。家で本を読んでいる分には、寝落ちしようがどうしようが、誰かに直接迷惑をかけるようなことはないので、時間さえ気にする必要がなければ安心して眠ってしまっていいということにしているのだが、どうなんだろう。

若いときには枕元に電気スタンドを持ってきて、その灯で文庫本を読むというのが常だったのだけれども、電子書籍に手を出してからは、電気スタンドを持って移動する必要がなくなったので、どこでも気軽に寝転んで読む癖がついてしまった。青空文庫のおかげで、十代のときに読み散らかして面白さがわからないままほってしまった近代文学にも気軽に手を出せるようになり、いま読み返したらめちゃくちゃ面白いやん! などと気づいたりもして楽しい思いもしながら、日々寝落ちを繰り返している。春ですし。

そんなこんなで、やる気のない本読みだとか、ものぐさな書きもの修行中の超短編やだとかを名乗っている者です。時折こんなふうに参加できたらいいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


◎超短編

「襲眠」

ひょいとやって来て取り憑かれる。重さはないが温かみは感じる。意味なく身体がぽかぽかしてきたら、そこにやつが来たサインだ。

本を読んでいるときであればわかりやすい。追いかけている文章の意味がつかみづらくなるのが最初の予兆。それから徐々に文字が追えなくなる。気づくと何を読んだかわからなくなっている。元に戻って無駄に読み返すということを繰り返しているうちに気づく。

やつがいる。

別段悪い奴ではない。むしろ身体には優しい。平穏も安心も提供してくれる。もたらされるのは充分なリラックスと安息の時間だ。

けれども、やつは時もところも選ばない。ヒトとしての常識がまったくない。そこはヒトでないから仕方がない。やつに抵抗することはできない。仮に少しのあいだできているように思えたとしても、そんなのはまったくの気のせいだ。すべての抵抗に意味はない。

気づいたときには穏やかな水底にいる。そして、もう浮き上がりたいとも思わない。

あるいは、永遠に。


【たなかなつみ】
tanakanatm@gmail.com

作品集:『夢見る人形の王国:いつかどこかのものがたり(超短編集)』
(kindle版)
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