羽化の作法[106]現在編 バンクシーとこれからのルネサンス
── 武 盾一郎 ──

投稿:  著者:



●バンクシー

〈Game Changer〉

バンクシーの新作、英病院に登場 医療従事者に感謝のメモ
https://www.bbc.com/japanese/52568993


バンクシーの新作がニュースになっていました。本人のインスタグラムにもアップされています。


この絵のタイトルは『Game Changer』。





まず、ステンシル(またはステンシル風)じゃないところに、ちょっとビックリしました。

ステンシルとはなにか? ステンシルはバチっと面を表現できます。バンクシーは黒を上手く使い、カッコいいデザインをキメるんですよね。またステンシルのシートを実際に使わなくても、わざわざステンシル風に描くアーティストもいます。以下の動画を観ると分かりやすいかと思います。

バンクシーの描き方【ステンシル グラフィティ】
HOW TO GRAFFITI LIKE "BANKSY" with stencils


例えば、オークションで落札直後に、シュレッダーにかけられて話題となった『少女と風船』もステンシル(またはステンシル風)です。




ちなみに『アマビエタムちゃん』の元となった『花束を投げる男』もステンシル(またはステンシル風)です。

『花束を投げるアマビエタムちゃん』


バンクシー『花束を投げる男』
https://www.pinterest.jp/pin/808044358113597108/


このように、バンクシーといえば「ステンシル」なのですが、その経緯が画集『Wall and Pice』に記されていますので引用します。

“18歳のとき、僕はひと晩かけて列車の側面に、銀色のでかいバブル文字で「LATE AGAIN(また遅延)」とペイントしようとしていた。

そこに鉄道警察隊が現れたので、僕は茂みの棘で傷だらけになりながら逃げた。仲間たちはうまく車まで戻って消えてしまったから、僕はダンプカーの下で滴り落ちるエンジンオイルにまみれながら、1時間以上も這いつくばったまま息を潜めていた。

線路にいる警官の声に聞き耳をたてながら思ったんだ――描く時間を半分にするか、全部あきらめるか、どちらかしかないと。

燃料タンクの底につけられたステンシルで書かれたプレートをじっと眺めているときだった。この方法をパクったら、文字の高さを3フィートにできると気づいたんだ。”
https://www.pinterest.jp/pin/126382333282093676/


「書いて逃げる」という活動の必要性から生じたステンシルなのですが、グラフィティにおけるステンシルはバンクシーが発明したわけではなく、60年代からありました。

“ステンシル・グラフィティは1960年代に始まった。フランス人アーティスト、アーネスト・ピグノン・アーネストの原爆犠牲者のステンシルのシルエットが、1966年にフランス南部でスプレー塗装された。”

ステンシル・グラフィティ / Stencil graffiti
https://www.artpedia.asia/stencil-graffiti/


ところが上記ニュースの新作『Game Changer』は、ステンシルには見えません。キャンバスにチャコールとか、オイルスティックとかで描いてる絵なんですね。

写真を画像エフェクトアプリでチャコール風に一発変換して、キャンバスにプリントアウト、とかでなければ、つまり手作業ならステンシルよりも描画に時間がかかってしまう絵です。ステンシルは仕込みに時間はかかるかも知れないけど、描画に時間はかかりません。

バンクシー作品は反体制的だし、皮肉なパンチが効いてるのが特徴です。なの
こちらの記事では、“「都合のいい時だけ医療従事者を英雄と崇めておいて、用が済んだら使い捨てする社会への風刺が込められている」とする意見も多数”と書かれています。

覆面アーティストのバンクシー、英国の病院に新作を寄贈
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200508-00010001-elleonline-ent


『バンクシー:アート・テロリスト』の著者である社会学者の毛利嘉孝さんも、“すでに指摘されているように、もう少しひねくれた作品だと思う。もちろん作品を販売しNHSに寄付することから、医療従事者に対するリスペクトが最大のメッセージであることは確かだが、ヒーローを作っては即座に表層的に消費する子ども(=メディア)の残酷さも描かれている。”とツイートしています。


『バンクシー:アート・テロリスト』
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334044468/dgcrcom-22/


ちなみに毛利嘉孝さんは、著書『ストリートの思想』で、私たちが描いた新宿西口段ボールハウス絵画の『新宿の左目』を、表紙に採用されています。
https://www.pinterest.jp/pin/126382333282093675/


一方、脳科学者の茂木健一郎さんは、かつてのヒーローの男性性や暴力性などへの批評性は含まれているものの、うがった見方をしないで素直に受け止めよう、と言ってます。

『バンクシーの「看護師」ヒーローの作品は皮肉なのか。』


このように、観る側にいろんな解釈をさせてしまうのが、これら素晴らしい作品の特徴です。

他にも看護師が黒人っぽいとか、遊ぶ子供は白人に見えるし、笑ってないし、とか、描かれている記号をピックアップすればやっぱりバンクシーらしい作品なのですが、もしこれがステンシルだったら、その記号の意味性が強烈に出るので病院に飾るには不向きでしょう。

金髪っぽい髪の毛の陰影や、オーバーオールのしわなどが丹念に描写され、グラフィティではなく絵画っぽさを出してるところに、病院という場所への配慮を感じさせます。

そして、もしこの作品が手描きなら「メタファーは相変わらずバンクシーらしく、アイロニカルだけど病院への敬意は本心ですよ」というメッセージのように思えてくるのです。

〈My wife hates it when I work from home〉

ところで、バンクシーは『Game Changer』の前に、このコロナ状況に対しての作品をインスタグラムにアップしています。


このことは記事にもなっています。『バンクシーも自宅で仕事中? 新作をInstagramで公開。「妻が嫌がる」』
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21717


“バンクシーは、「My wife hates it when I work from home.(家で仕事していると妻が嫌がるんだ)」というコメントとともに、この作品を投稿。作品を描いた場所がバンクシーの自宅かどうかは定かではないが、新型コロナウイルスで世界的にリモートワークを余儀なくされている現状を、ユーモラスに伝えている。バンクシーの本来の舞台はストリート。彼もこの事態の収束を願っているのだろうか。”と書かれています。

いわゆるアーティストの立身出世が、美術館やヴェネチアビエンナーレなどのアートフェスティバルを目指すのに対して、バンクシーはストリートで活動してきました。

ストリートは美術館の対立軸として価値を持っていたのです。ところがこのコロナ時代、美術館もストリートも「人が集まる場所」という意味において、同じであることが顕在化します。権威や主流に対抗する「オルタナティブ・スペース」も、「人が集まる場所」という意味において、実は同じくくりだったことが分かってしまったわけです。

人々は「自宅」というプライベート空間を拠点に、情報空間で集います。すると「人を集める装置として場所や施設にインストールするパブリックなアートの意味」が薄れます。

アートはこれから「アーティストの部屋」から、「アートを楽しむ人の部屋」を繋げる仕事が重要になってくると思います。

バンクシーの『My wife hates it when I work from home』は、アートのステージが変わる時代の方向性に対して、これまでの「バンクシーの方法論」ではうまくいかないことを、ちょっと自虐ネタのように表現しています。

バンクシーは家に定番の「ネズミ」を書き散らかしてます。筆で描いてるようですが、ステンシル風に(ストリートに書くグラフィティとして)描画されています。そうしたら(当然ですが)妻の顰蹙を買います。

そして、次の『Game Changer』ではステンシル(風)をやめて描画タッチにしています。バンクシーはシチュエーションと時代の変化を読み取って、タッチを変えてきているのです。

これはアーティストが犯しがちな間違いについて学べる、とても良い教科書です。自分がポリシーを持っていると思い込んでいるアーティストだと、『Game Changer』でも「俺はストリート出身だから」と、ステンシルにこだわってしまうでしょう。

バンクシーがすごいのは、メタファーや記号の選び方のセンスやデザイン性もさることながら、こういった変化の速さや柔軟さですよね。

●これからのルネサンス

前にも書きましたが、ペストとルネサンスに密接な関係があったように、そしてルネサンスで(神から)人間にテーマがシフトしたように、人間賛歌というか、人類を肯定しようとする美のテーマって勃興する気がしています。

羽化の作法[105]現在編 疫病を肯定してみた/武 盾一郎
https://bn.dgcr.com/archives/20200414110200.html


それは、「日本スゲー」みたいな薄っぺらな肯定ではなくて、「冷静に考えれば考えるほど、人類って地球から滅びた方がいいよね」ていう絶望をくぐり抜けて、そこから少しずつ確かめながら肯定するやり方です。

今まで、疫病で政治がすんごく変わるという視点を持っていませんでした。なんだかんだ社会や政治は、理想や欲求といった人間由来の人間力で変化すると思い込んでいたのです。

しかし、「疫病には為政者も罹患する事実」こそ政治が大きく変わる要因である、と思い知らされました。

例えば、貧困問題を政治がスルーするのは、単純に為政者に貧困当事者が存在しないだけだったことが可視化されたのです。為政者は為政者にとって心地良い政策をどうしても作ろうとする。なので、忖度と利権が決定の最優先になる。ちょっと残念な気もしますが、きっとそれが人間の本性なのでしょう(そうではない国もありそうですが)。

しかし、絶望的か言えばそうではなく、ツイッターなどで声を上げることによって覆ることも実際にありました。でなければ今頃、和牛券を手にしてため息を吐いていたことでしょう。

だからこそ現在は政治が変わる絶好の機会なのです。政治だけではありません。個人の生き方も、そしてアートも。

人間には莫大な潜在能力があるのに、なかなか自力では開花させられない。疫病(または天災)という非常に恐ろしい、畏怖すべき存在の後押しがあってこそなんだと思ったのです。または他者とかね。

そう考えると、人類って結局、大自然の大河に揺れる一枚の葉っぱに過ぎないんだなあって実感します。そんな人間を愛おしく思うのです。やっぱり肯定していこうと思うのです。

それが、これからのルネサンス。


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