ゆずみそ単語帳[29]コロナの日々のアンチな人々
── TOMOZO ──

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■ロックダウン2か月目の情報カオス

ニューヨークで感染爆発が起こり、マンハッタンから人が消え、アメリカがいまだかつてない経済の「一時停止」に追い込まれて、約2か月になる。ワシントン州ではロックダウンが始まって、そろそろ7週間。

アメリカではこれまで、外でマスクを着用している人を見ることは皆無だったのに、今ではスーパーで買い物をする人の8割以上がマスクをつけている。

おたがいに6フィート(約2メートル)以上間をあけようという「ソーシャルディスタンス」も、すっかり習慣になった(少なくとも私の生活圏内で目に付く範囲では。場所によっては事情が違い、郊外に住んでいる友人の話では、大型スーパーでマスクを着用している人も、ソーシャルディスタンスを守ってる人も、1割程度しかいないそうだ)。




失業率は14%を超えたし、大手高級デパートのニーマン・マーカスや、アパレルでかつて一世を風靡したJ.Crewが破産申請をしたりしている。でも、経済対策に資金が投入されているためか、死亡者数も陽性率も下がっているためか、なんとはなしに楽観的なムードが漂っている。

ワシントン州知事は5月5日、今後順調に感染者数が抑え込めれば、3週間ごとに4段階を経て徐々に経済活動を再開するという、「段階的再開」へのガイドラインを発表した。

そんなわけで先週末のシアトルは、ちょっと浮かれてお祭り気分になっている人が多かった。真夏のような陽気も手伝って、近所中がこの数週間なかったほど活気づいていた。

でも全国的には4月半ばあたりから、全国的な「おうちで過ごそう」方針に正面から反抗する人々が出てきている。

アメリカではなんでもかんでも二項対立になる傾向がある。長くつづいてきた共和党と民主党の政治体制も、何かあるごとになんでも二項対立で考えるスタイルが定着するのに役立ってきたのだと思う。

二項対立はもちろん、比較検討して考察を深めるという過程には便利なものではあるけれど、いまの世のなかでは考察を深めたり建設的議論をすすめたりする代わりに、脊髄反射的なアンチの先鋭化にしかなってない、と最近すごくよく思う。とくにSNSでフェイクニュースが加速化し、トランプがホワイトハウスに陣取ってからますますひどくなった。

ニューヨークが大変なことになってからというもの、人命最優先のロックダウン政策がアメリカでは珍しく右左の境界線を超えて支持されていたように見えたけれど、それはほんの一瞬だった。

大統領選をひかえた2020年にコロナが政治と無縁でいられるわけはなく、右と左はたがいにコロナ禍を政治の道具にしていると、お互いを日々非難しあっている。「左側」のメディアは大統領の失策や珍発言をひとつも漏らさずあげつらい、大統領自身は主要メディアをフェイクニュースと呼び、FOXニュースや極右メディアは、大統領の一貫性のない楽観的な見通しを支持している。

■銃を持つアンチな人たち

4月30日、非常事態宣言の即時停止を求めて、ミシガン州の州議会堂に自動小銃で武装した男性数名を含む団体が乗り込んだ。猟銃でもハンドガンでもなくて自動小銃。ギャング映画やゾンビ映画で撃ち合いのときにぶっぱなす、軍用の銃ですよ。

VOXの記事
https://www.vox.com/policy-and-politics/2020/4/30/21243462/armed-protesters-michigan-capitol-rally-stay-at-home-order


BBC日本語版記事
https://www.bbc.com/japanese/52497199


こういうシロモノをかかえて、自家用車に乗ったり街を歩いたりして、ノー問題だってことそのものが驚くべき事態だけど、州議事堂の正面玄関から自動小銃をかかえて入っていって、誰も逮捕されないという光景はさすがにショックだった。

この国に住んで20年以上になるけれど、この常識には慣れない。このデモの後で、州議事堂への銃持ち込みを禁止する法案が検討されてるそうだけど、これからか! というのが驚き。

議事堂に集まった人たちの多くは、トランプ支持を表明する帽子やマスクを身に着けたり、トランプ支持のプラカードを持ったりしていた。

彼らの抗議のターゲットは、民主党所属の女性知事。共和党が多数派を占める州議会で知事による緊急事態宣言継続が否決されたが、知事は5月28日までの継続を強行して、共和党議員が知事を訴える事態になった。

トランプはこのアンチ知事命令集団が自分の支持者であることをよく知っているので、「この人たちはすごく良い人たちで、ただ単に怒ってるだけなんだ。知事はちょっと譲歩して火消しに努めろ」と、銃を持って押しかけた人たちの心情を汲むツイートで火に油を注いだ。

感染が広がって被害がひどい都市部では民主党が強く、人口まばらな中西部や南部では共和党が強い。ミシガン州でも、デトロイト近郊などの都市部に住んでいる人たちと、小さな町に住んでる人たちとでは生活感覚も信条も違うというのは当然あるはずだ。

単純な二項対立でいうと、経済活動をすぐに再開させたい共和党支持者、感染防止にあくまでも慎重な態度をとる民主党支持者、という図式になるけれど、それだけではない。

政府の方針、ウイルスの危険性、致死率についての報道、ソーシャルディスタンスの有効性を信じない人たちが、気勢を上げているのだ。その多くがトランプ支持者。

この日議事堂につめかけた人たちは、民主党の女性知事に強い嫌悪を抱いていることを伺わせるプラカードを持っていて、は〜なるほど、と思わされた。知事が初老の男性だったら、恐らくここまで激しいデモは起きなかったのかもしれない。

自動小銃を抱えて集まったのは、銃規制反対派の集団だった。ロックダウン反対は大きな表向きのきっかけではあるけれど、この日集まったのは、もともと政府による規制に対するハッキリした嫌悪と恐怖の感情を持っている人たちだ。銃を所持したり持ち歩いたりする権利を取り上げられることを恐れ、政府に何かを指図されることを、とにかく非常に強く嫌う人たち。

ましてやそれが女性首長からの「命令」であれば、純粋に生理的な嫌悪感でいっぱいになるのだろう。……というのは単に想像だけど、きっとそんなに間違ってないと思う。

この集団はもちろん多数派ではないけれど、目立つし声が大きい。常に一定数いて、世論の中の特定の一端をひっぱっている。

トランプは、自分の支持者のコアな層がもともと「アンチ」で盛り上がっているのをよくわかっている。アンチ「主流」メディア、アンチ知識人、アンチ・オバマ、アンチ都会の意識高い系、アンチ外国人、アンチよくわからん奴ら。

トランプは2016年の選挙のときから、世の中の変化から取りこぼされてきた人たちの嫉妬心や嫌悪感、アンチ感情に巧妙にはたらきかけて煽ってきた。だからトランプが就任してから、ヘイトクライムが増えたのは当然だった。

価値観を暴力的な言葉で否定された都会の「リベラル」の側も、そのアンチ感情に化学反応するように感情的に反応して、汚物を投げ合う試合がえんえんとつづいている。

■アンチな人々の意外な連合と『プランデミック』

この週に各地で頻発したデモの参加者には、銃規制反対派のほかに、ワクチン接種反対派があったというのを聞いてびっくりした。

ワクチン接種反対派というと、自然派、ナチュロパシー、ニューエイジ、といった界隈が思い浮かぶ。銃規制反対派とはどう考えても立ち位置がかなり離れている。すごく奇妙な連帯だと思ったけれど、全国的にワクチン反対派と銃大好き派が結託して運動してるのではなくて、このコロナ騒動でアンチ政府(とくに民主党知事による経済活動の停止命令)という目的が、たまたま一致したということのようだ。

ミシガンの議事堂に乗り込んだのは銃規制反対派が牽引するグループだったが、カリフォルニアの州都のデモにはワクチン反対派が多かったようにみえる。

この二つのグループに共通している要素はただひとつ、政府や行政による「強制」「規制」へのアンチ感情だ。

銃規制反対派は、自分の愛する武器を家や車に備蓄したり持ち歩く権利を政府に取り上げられたくないし、それがこの国の伝統であり自らの誇りだと信じている。

ワクチン反対派は、ワクチンは人体に有害な発明であり、国をあげての接種政策は製薬会社と結託した政府・行政が、市民の健康と引き換えに巨額の富を得るためのシステムだと信じ、それに身体を張って反対している。

リバタリアン的な発作ではあるけれど、この人たちを果たしてリバタリアンと呼んでいいのかどうかはわからない。ともかく奇妙な連帯ではある。

そして先週、妙なビデオがSNSでそれこそウイルスのような勢いでひろまった。

タイトルは『Plandemic』

プラン(計画)とパンデミックをあわせた造語で、このパンデミックは政府や裏で経済をあやつる人たちが計画したものだ、という意味だろう。

ウイルスは間違いなく国が出資する研究所で作られたものであり、その流行はワクチンによって人工的に社会を統制しようとするシステムの一環として仕組まれたものである、ホワイトハウスのコロナ対策の指揮官の一人として毎日テレビに出ているファウチ医師や、ワクチン開発に私財を投入しているビル・ゲイツは人の命を代償に懐を肥やしている、さらに、手を洗ったりマスクをするとかえって感染リスクが高まる、……といった内容。

フェイスブックなどであっという間に広がり、数百万ビューを獲得したあと、有害なウソ情報だとしてYouTubeからもフェイスブックからも追放されてしまった(なのでわたしも半分しか見ていない)。

禁止されたことで、ほらやっぱり、政府やマスコミや大企業は都合の悪い「真実」を隠そうとしているのだ、とますます信じるようになった人も多いようだ。

このビデオの主人公は、ウイルスの研究者だったジュディ・マイコヴィッツ。ビデオでは、彼女が2009年に『サイエンス』で発表した論文が「科学界に激震をもたらした」と紹介している。

PBSの報道によれば、この研究は慢性疲労症候群(CFS)がレトロウイルスによるものだという発見だったが、発表後に追試で同じ結果が再現できず、実験の手順に問題があったとして論文は撤回され、マイコヴィッツはその後研究職をクビになり、さらに勤務先から資料とパソコンを盗んだ罪で逮捕されている。

しかしマイコヴィッツは、『Plandemic』ビデオのなかで、自分の発見は製薬会社と甘い汁を吸っている既製権力にとって不都合であったために、闇に葬られたのだと主張している。そのために無実の罪を着せられて刑務所に入れられたのだと。

窃盗罪は「完全な濡れ衣」で、盗んだ覚えはないのに自分の家に「仕込まれていた」という。そしてその隠蔽を指揮したのが、いまパンデミック対策の指揮官として注目を浴びている、米国アレルギー・感染症研究所のファウチ所長だったというのだ。

マイコヴィッツは、今やお茶の間の顔になったファウチ所長の言うことはすべて「完全なプロパガンダ」であり、彼やビル・ゲイツはワクチンの特許で数百万の人命と引き換えに大金を得ていると非難している。

このビデオが語るスパイ映画みたいな話を額面通り受け取れば、一般大衆の見えないところで、偉い人たちが自分たちの利益を守るためにいかがわしい操作をしていて、そのために全世界のふつうの人々の命が犠牲になっている、なんということだ! と憤らざるをえなくなる。

一方で、世紀の大発見で注目を浴びた若い科学者が、その後論文を撤回せざるを得なくなり、学会で権力を持つウイルス学者やエスタブリッシュメントに恨みを抱くようになって、エキセントリックなアンチの言動に走ってしまったのかな、という見方もできる。

NPRやワシントン・ポストなどのメディアは、早速このビデオの事実チェックをしている。たとえば、ビデオの中でマイコヴィッツは「私は1999年にエボラ・ウイルスを人間に感染するように変える研究をしていた。それ以前にエボラが人に感染することはなかった」と言っているが、それは明らかに誤りで、アフリカで最初にエボラ出血熱の感染が確認されたのは1976年のことだ、といったわかりやすい間違いが指摘されている。

NPRの記事
https://www.npr.org/2020/05/08/852451652/seen-plandemic-we-take-a-close-look-at-the-viral-conspiracy-video-s-claims


ワシントン・ポストの記事
https://www.washingtonpost.com/nation/2020/05/08/plandemic-judy-mikovits-coronavirus/


マイコヴィッツ自身はこのビデオの中で「自分はワクチン反対派ではない」と言っているが、ワクチン反対派とのつながりは深く、このビデオもワクチン反対グループの間で真っ先に広まった。

このビデオには著名な科学者は一人も出演していないし、表舞台の人からは認められていない。でもだからこそ、「隠された真実」「ほんとうの話」を求める心に響くのだろう。

情報があふれかえっているけれど、何一つ確実ではないし、メディアでは価値観のけなしあい、罵り合いがえんえん続く。状況が複雑化すればするほど、単純な話が魅力的に見える。

「わたし(だけ)は本当のことを知っている」という実感は感動的だ。アンチの立場は、真実を知って正義のために戦うという高揚感をもたらしてくれる。たぶんその高揚感が、今いちばん危ないやつだ。

3年ほど前に聴講したフェイクニュースについてのレクチャーで、ワシントン大学工学部のスターバード助教授は、フェイクニュースに踊らされないために個人レベルでできることとして、自分自身の認知バイアスを自覚すること、そして、自分が情報に対してどんなふうに感情的に反応するかに気をつけて観察すること、という二つを提案していた。

自分が何に恐れを抱いているのか、どんなバイアスを持っているのかについての内観は、どれだけ徹底的に考えても足りないくらい重要だ。コロナの時代を乗り切るために、情報リテラシーの中でも最重要スキルのひとつだと思う。

母の日の日曜日、コロラド州の町では知事命令に逆らってオープンしたレストランに、アンチ知事命令の支持者が遠くからたくさん詰めかけ、ソーシャルディスタンスを完全に無視した店内の映像が全国ニュースになった。ここにいた人々も、政府の発表するウイルスの危険性を疑問視しているトランプ支持者が多かったという。

こういったロックダウンに反発する人たちは、ニュースを賑わしてはいるけれど、決してアメリカの主流ではなく、世論調査では共和党支持・民主党支持にかかわらず、圧倒的過半数の国民がソーシャルディスタンスや慎重な政策を支持している、という結果が出ているそうだ。
https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/05/11/americans-are-savvier-than-press-thinks/


コロナ禍は、もとからあったものを拡大してわかりやすく見せてくれているように思う。この異常事態が、シニカルになるのでもアンチな高揚感に走るのでもなくて、本当に価値ある情報とはどんなものなのか考える機会になるなら、個人にとって素晴らしい機会になるのかもしれない。

少なくとも自分が何を信じていて何に反応しやすいのか、日々自覚的にならなくては……と、ますますシビアに思わされている。


【Tomozo】
英日翻訳者 シアトル在住
https://livinginnw.blogspot.com/