日々の泡[032]警察小説のハシリ?【87分署シリーズ/エド・マクベイン】/十河 進

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海外ミステリを読み始めるきっかけになったのは、旺文社(学研ではなかったと思う)の中学生向け学年誌の付録の小冊子だった。毎月、付録に海外ミステリのダイジェスト(抄訳)版がついていた。小学校時代の友だちのお姉さんが学年誌を定期購読していて、その付録の小冊子が、何十冊も本棚に並んでいたのだ。

僕は、小学校の四年か五年だった。その小冊子をまとめて借りて帰り、むさぼるように読みふけった。後に知ったのだが、それは早川書房でSFマガジン編集長をしていた福島正美さんのアルバイトだったらしい。毎月翻訳出版される早川ポケットミステリ(通称ポケミス)の中から選んでダイジェストしたものだったのだ。

だから僕はその小冊子で「マイクル・シェーン」シリーズも読んでいるし、リュウ・アーチャーものだって読んだことがある。ウィリアム・アイリッシュの名前も、その小冊子で知った。十歳くらいのことだった。その後、僕はダイジェストでないものが読みたくなり、書店で創元推理文庫を見つけて購入した。ポケミスは高くて手が出なかったのだ。





当時のポケミスは簡易版の函に入っていて、表4の定価のところが小窓になっていた。函から出さずに定価がわかるようにしていたのだ。その後、ポケミスはビニールカバーに代わり、今も続いている。当時、早川書房は文庫を出していなかったので、読みたいものはポケミスで買うより仕方がなかったのである。

さて、創元推理文庫でいろいろ読んでいた僕は、新作を読みたい場合はやはりポケミスを買わざるを得ないのだと気付いた。当時、イアン・フレミングの007シリーズが人気で、創元推理文庫からは初期の「カジノ・ロワイヤル」「ロシアから愛をこめて」などが出ていた。

しかし、新作を読みたかったらポケミスを買わなければならなかった。「ゴールド・フィンガー」も「サンダーボール作戦」もポケミスでしか出ていない。当時、イアン・フレミングは現役作家で、最新刊「黄金の銃を持つ男」の出版予告が「ミステリ・マガジン」に出た。

僕は別に007シリーズを読みたかったわけではないが、最新の海外ミステリを読むには、やはりポケミスを買わざるを得ないのかと思った。そんな時、僕は高松市の田町商店街にあった古書店「高松ブックセンター」にフラリと入り、本棚と本棚の狭い隙間に立って「87分署」シリーズのポケミスを見つけたのだった。

その時に買ったのは「死にざまを見ろ」(翻訳者は加島祥造)だった。中学一年で英語を学び始めたばかりだった僕は、原題の「See Them Die」を記憶し、自転車を漕ぎながら時々「See Them Die 死にざまを見ろ」と怒鳴ったりしていた。12歳の子供である。そういう意味のないことをよくやっていた。

そこから「87分署」シリーズ全点踏破が始まった。僕は第一作「警官嫌い」から始めて「通り魔」「麻薬密売人」へと入り、小遣いを貯めてはポケミスを買った。「高松ブックセンター」にはポケミスを定期的に売りにくる人がいるらしく、タイミングがよいと「87分署」シリーズも手に入った。

その頃、作者のエド・マクベインは絶好調で、エヴァン・ハンター名義での「暴力教室」「逢う時はいつも他人」、カート・キャノン名義の「酔いどれ探偵街を行く」も好評だった。しかし「87分署」はテレビシリーズになり、それが日本でも放映された(僕の地方では見られなかった)ので、人気は高かったのだ。

僕が「死にざまを見ろ」を買った時点で、「87分署」シリーズは18冊が翻訳されていた。物語は時系列で続いているから、順番に読まなければならない。僕は一点一点買い集め読み進めた。とりあえず、18冊目の「斧」にたどりつくまで二年近くかかったのを憶えている。

その中でも僕が気に入ったのは、「警官嫌い」「キングの身代金」「殺意の楔」「電話魔」「クレアが死んでいる」「10プラス1」といったところだ。「キングの身代金」は黒澤明が映画化し、「殺意の楔」も東宝で映画化され、「クレアが死んでいる」は市川崑が映画化した。また、「10プラス1」はフランスで映画化された。

黒澤明は「キングの身代金」の犯人が社長の息子とお抱え運転手の息子を間違えて誘拐し、身代金を払うか払わないか苦悩するという設定を借りて「天国と地獄」(1963年)を作った。しかし、主人公を演じた三船敏郎の名前を権堂金吾として、原作のキング氏に敬意を表している。

ただし、僕は以前にも書いたけれど、「今、捕まえても死刑にできない」という理由で犯人を泳がせ、そのせいで麻薬中毒患者の女を殺されても特に気にせず、犯人逮捕の瞬間に「これでおまえは死刑だ」と得意顔(ドヤ顔)で言う仲代達矢の警部(うまいと思うけど)を容認できず、見ていると最後にはシラケてしまうのである。

「殺意の楔」は「天国と地獄」公開の翌年、同じ東宝で「恐怖の時間」(1964年)のタイトルで公開された。監督は岩内克己。主演は加山雄三である。つまり、スティーブ・キャレラ刑事を加山雄三が演じたのだ。これは原作に忠実に映画化され、僕としては「87分署」の映画化としては成功だと思っている。

加山雄三の刑事を恨む女が刑事部屋にニトログリセリンの瓶を持って押し掛け、そこを占拠してしまう。刑事たちは半信半疑ながら、様々な駆け引きをして女を説得し、逮捕しようとする。女は不在の加山を待つという。加山は事件の捜査で出ていて、その事件の進展と占拠された刑事部屋の状況が同時に描かれる。脚色は名手、山田信夫である。

「刑事キャレラ/10+1の追撃」(1972年)は、「男と女」のジャン=ルイ・トランティニャンがスティーブ・キャレラ刑事を演じ、僕の永遠のヒロインであるドミニク・サンダが出ている(鏡に映る形でヌードシーンがあるらしい)のに、僕は見逃したままなのだ。見なきゃ。

「クレアが死んでいる」は、「幸福」(1981年)のタイトルで市川崑監督が映画化した。僕は、当時、「小型映画」という8ミリ専門誌で「監督インタビュー」というページを担当していたので、市川監督に取材しようと思い試写で見た。市川監督得意の現像で「銀残し」をし、カラーなのにモノクロの雰囲気を持つ独特の画面づくりだった。

キャレラ刑事は水谷豊。若手刑事のバート・クリングの役は永島敏行だった。彼の恋人の女子大生クレアの役は、「東京ララバイ」がヒットした歌手の中原理恵である。冒頭で書店での乱射事件があり、被害者のひとりが中原理恵なのである。谷啓がやっていた役は、原作のマイヤー・マイヤーなのだろうか。

「87分署」シリーズの映画化作品で最も楽しめたのは、「複数犯罪」(1972年)だった。「87分署」の宿敵「死んだ耳の男」(最初に登場する「電話魔」では「つ×ぼ」と訳されていた)が登場し、様々な事件が錯綜する話だ。脚本もエド・マクベインが書いているのだけれど、ユル・ブリンナーが演じる「死んだ耳の男」の頭がよすぎて、刑事たちが間抜けに見えてしまうきらいがある。

しかし、バート・レイノルズのキャレラの他、女刑事役のラクェル・ウェルチなどキャスティングも賑やかでおもしろく見られる。それにしても、50年にわたって56冊の「87分署」シリーズを書いたエド・マクベインは希有な作家だと思う。


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