Scenes Around Me[72]小川てつオくんのこと[6]「劇団耳だれ?」報告会(2000年4月)
── 関根正幸 ──

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大分前の連載に書いた通り、1999年9月に小川恭平・てつオ兄弟は「劇団耳だれ?」を結成し、自転車で高円寺岡画郎を出発、3か月くらいの間、テント泊をしながらパフォーマンスを行いました。

http://bn.dgcr.com/archives/20170829110100.html

劇団耳だれ?は初日に生田緑地まで移動、その後、鵠沼海岸を経て、最後は熱海にたどり着きました。





恭平くんとてつオくんは、劇団耳だれ?で行ったパフォーマンスを報告するため、2000年4月に上野公園で報告会を行いました。今回はその報告会で撮影した写真を紹介します。

なお、熱海から戻った後、てつオくんたちはしばらくの間、当時上野公園内に存在したテント村でテントを張って暮らしました。

劇団耳だれ?や上野公園での経験があって、てつオくんは代々木公園でテント生活を行うようになったと思われます。

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報告会には岡画郎界隈をはじめ、大勢の人が集まりました。写真は舟久保(あなるちゃん)さん。

https://live.staticflickr.com/65535/49952259691_df55517fdf_c

劇団耳だれ?で起こったことを話すてつオくん。奥に恭平くんも写っています。

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遊具に取り付けた劇団耳だれ?の説明板です。子供が遊具によじ登っています。斜めから撮影しているのは、お客さんが遊具の近く座っていて、正面から撮れなかったためだと思います。

説明板の右の方に大きく書かれている、聶耳(ニエアル)は戦前の中華民国の作曲家です。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/聶耳

劇団耳だれ?は藤沢市内で聶耳記念碑を見かけて、耳つながりで関心を持ち、パフォーマンス作品を発表したとのことでした。

https://live.staticflickr.com/65535/49951764783_b96b7e232b_c

報告会の途中で、恭平くんは服を脱いでワンピースの水着姿になり、お客さんを巻き込んだパフォーマンスを行いました。

何のきっかけでパフォーマンスを行ったか、詳しいことは思い出せませんが、水着姿は聶耳が鵠沼海岸で海水浴中に亡くなったことにちなんだものだと思います。

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報告会の後、小川兄弟は劇団耳だれ?で移動に使用した自転車で、テント村から私が暮らしていたアパートまでやって来ました。

てつオくんはそのまま、3週間ほど私のアパートで居候しました。


【せきね・まさゆき】
sekinema@hotmail.com
http://sekinema.com/photos

1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔