[5027] 地球はマスクで覆われて◇ローマでコロナ/その9

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《21世紀初めごろ恐ろしい感染症が全世界的に蔓延して》

■ショート・ストーリーのKUNI[259]
 地球はマスクで覆われて
 ヤマシタクニコ

■ローマでMANGA[160]
 ローマでコロナ その9
 行きつけの美容院はまるで手術室
 Midori
 


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■ショート・ストーリーのKUNI[259]
地球はマスクで覆われて

ヤマシタクニコ
https://bn.dgcr.com/archives/20200611110200.html

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「ねえ、おばあちゃん」
「なんだい」
「前から聞こうと思ってたんだけど…おばあちゃんはどうして、おじいちゃんと結婚したの?」
「どうして結婚…そりゃあもちろん、好きだったからだよ」
「どんなとこが好きだったの?」
「かっこよかったんだよ」
「どんなとこがかっこいいと思ったの?」
「しつこい孫やな…いや、なんでもない。おほん。あのね」
「うん」
「あたしの若い頃」
「21世紀初めごろだね」
「そうそう。その頃、恐ろしい感染症が全世界的に蔓延していてね」
「感染症?」
「そう。とてもとても怖い病気。だから、みんな、うつらないようにマスクをしていたの」
「みんな?」
「そうだよ。外に出るときはみーんなマスクをしてた。マスクをしてないと、人の迷惑考えないとんでもないやつだと言われ、非難轟々。だって、自分でも知らないうちに口からウイルスを撒き散らしてるかもしれないんだからね」
「へー」
「でも、マスクをしてると顔の半分以上が隠れて見えなくなる。ほとんど目だけしか見えないじゃない」
「そりゃそうだね」
「あたしはなんだか心細かった。目だけだと友達や親しい人に会ってもわからなそうで。はじめて会う人も目だけだとどんな人なのか、半分しかわからなさそうな気がした。怒ってるのか笑ってるのかも半分しかわからないような。でも、まわりの人は必ずしもそうじゃなかったみたい」
「そうなんだ?」
「あたしはおどろいたんだけど、世間の人間って、あっという間にそうしたことに慣れて、たちまち順応することができるんだ。あたしがどぎまぎしてるうちにもう、みんな、『人間の顔が半分しか見えない』という異常な状況に慣れていったんだよ。そういうことはよくあったけどね。あたしは常に自分が住むこの社会や人々に対して違和感を感じ続けていて。おっと、そんな純文学的な感傷はやめとこうか。どうせあんたには理解できないだろうよ。父親に似て凡庸な人間だから」
「ひどいな。まあいいよ、たいして興味ないし」
「会社の昼休みになると女の子たちはおしゃべりしたもんさ。
『ねえねえ、庶務課に最近はいったサエキさん、いいと思わない? 横から見たときのマスクの稜線がすごくきれいで』
『わかる~。でも、あたしの押しはむしろ営業のヒグチさん。しゃべるたびにマスクがびみょうに動く感じがセクシー』
『うーん。動きすぎるのはいやだけどね』
『動き方がスタイリッシュなの! 単にヒクヒクするんじゃなくて』
『オオコウチさんなんかもよく動く』
『ヒクヒクとね。しかもいつもマスクの真ん中が湿ってる』
『それはちょっといやかもー』
『サガラさんはいつも顔にぴたっとフィットしたマスクでかっこいいんだわー』
『そうかしら。自信過剰なマッチョって感じ』
『ああ、そういうあんたって、ごそごそした、どこにでも売ってるようなマスクつけてる素朴な人が好み、いや、はっきり言ってイモ好みだもんね、むかしから』
『ほ、ほっといてよ!』
とかなんとか、まあそのかまびすしいこと。大衆ってそういうものなのね。何にでもすぐに慣れてしまうの。あたしはどうにもこうにもついていけなかった。以前から知ってる人ならまだしも、街に出て顔の何分の一しか情報量がない人たちに取り囲まれるなんて不安でしょうがなかった。もともと人見知りで、おまけに人の顔を覚えるのが苦手で、テレビを見てても佐藤二朗と菅田将暉の区別もできなかったせいもあるかもしれないけど。そんな人たち知らんやろけど」
「それはひどすぎるよ! 知らんけど」
「驚くべきことに、やがてみんなはさらにレベルを上げて『初対面の人間でもマスクの上から顔を読み取ることができる』という技術を身につけていったの。いくらマスクで隠してもだめ。できる人は瞬時にその下の顔を読み取るの。人間の潜在能力おそるべし。あたしはくらくらするばかりだった。もし、潜在能力というものが『どうしても知りたい』という強い欲望によって開発されるのなら、あたしにはたぶん、生まれながらにそういう欲望が欠けていたのかも。あたしはやっぱり現実社会への適応能力が劣っていたのね。あら、ごめんなさい。またあんたみたいな凡庸な人間には理解できないこと言っちゃって」
「好きに言っとけよ」
「そんなある日」
「はいはい」
「あたしは彼、つまりあなたのおじいちゃんに出会った。あたしたちはたちまち恋に落ちた。そして結婚した」
「そこ、もうちょっとくわしく」
「運命を感じたの。マスク越しにでもはっきりわかったのよ。この人こそあたしの夫となるべき人だと」
「マスクで顔の半分以上が隠れてたら不安じゃなかったのかい」
「それがそうじゃなかった。あたしは相変わらずマスクの下に隠れている口や鼻、あごの形状を瞬時に見抜いてイケメンかどうか判定するなんてことはできなかった。でも、その人の本質的なものはマスク越しにでも見えたのよ」
「なんとでも言うもんだな」
「もちろん、彼も同じだった。マスク越しにあたしたちはお互いを発見したの。この世で最も大切なパートナーを。お互いの心を、精神を発見したの」
「はいはい」
「それからはもう、時間はかからなかった。あたしたちは何度かのデートを繰り返した後、どちらからともなくプロポーズしたわ」
「えっと。デートは、したんだよね?」
「もちろんよ」
「デートしたんだ」
「何よ、その不審げな聞き方。デートするのがあたりまえじゃない。ただし、その頃はやはり特殊な状況だった」
「特殊」
「感染症は収まるどころかますます猛威を強め、マスク着用で済むどころじゃなくなった。どこの国でも不要不急の外出はやめましょう、テレワークにしましょう、と国民に呼びかけるようになった。やむなく外出したときもソーシャル・ディスタンス、ソーシャル・ディスタンス、とそれはそれはうるさくて。言っておくけど、これはアルフィーの星空のディスタンスと何の関係もないからね」
「知らないって、そんなの」
「そんな中でデートするのは大変だったわ。だれかに知られたら、この非常時に何をしてるんだ、非国民とののしられかねない。連絡は暗号でとりあって」
「暗号!」
「やっと開いているお店を見つけて入っても2メートル離れて座らなきゃいけない。お店の指示で向かい合って座ることはできず、並んで。そして席と席の間には仕切り板が設置されていた」
「なんだそりゃ。ああ、でもちょっとわかってきた」
「何がわかってきたのよ」
「おばあちゃんはおじいちゃんの顔をろくに見ないまま結婚したんだ」
「な、何なのよ。もし、もしそうだったら何だって言うのよ」
「とぼけないでくれよ。確かにそのころ、世界は一種異常事態だった。人々は、特に日本ではみんな律儀にマスクをしていた。品不足で簡単に手に入らなくなると手作りマスクが流行った。手作りマスクの材料も不足し、各地でマスクをめぐって強盗や殺傷事件も続出、もうなんでもいいやと、人々は手ぬぐいや風呂敷、バスタオル、果てはイスラムのニカーブやブルカも使った。もはや顔がほとんどわからないことがあたりまえ。顔を露出している者は人々から石を投げられ、どつきはったおされ、逮捕された。ソーシャルディスタンスは徹底的に保持され、外出ができるようになっても雀荘では客がマジックハンドで牌をつまみ、ラーメン屋の割り箸の長さは1メートルにもなり、けが人が絶えなかった。この程度のことは実は調べていたさ」
「史実をねじ曲げているわ。ネットのいい加減な二次情報に踊らされてるとそうなるのよ」
「そういう状況を好機とみて、ほくそ笑んでいたのがDiDi-137星人だ。彼らはこの混乱に乗じてひそかに地球上陸を決めたのだ。政府もその情報をキャッチしてはいたが、非常事態で混乱の極みにあり、防ぐことができなかった。DiDi-137星人は少しずつ、静かに地球人の間に紛れ込むことに成功したんだ。彼らが地球人と決定的に違うところ、それは口がない──正確にいうと地球人のような口が地球人の口があるべきところになかったということだけど──ことだった。でも、マスクをしていればわからない。おばあちゃんはぼーっとしていて恋人がDiDi-137星人であることに気づかなかったんだ」
「DiDi-137星人だから、口がないからって、それがどうしたのよ!」
「どうしただなんて、よく言うよ。僕たち子孫がそのせいでどんなにつらい目にあってきたか…」
「あたしが誰を好きになろうと勝手でしょ! 確かに彼はDiDi-137星人だったけど、あたしたちの愛は本物だったのよ!」
「単にだまされたんじゃないのか」
「違うわ! それに、あなたたちがつらい目にあったなんて、本当はちがうはず。あの当時、あの恐ろしい感染症でたくさんの人が死んだ。いつも顔にぴたっとフィットしたマスクで女子の視線を集めていたサガラさんも、横から見たときのマスクの稜線がすごくきれいだと言われていたサエキさんも、マスクがびみょうに動く感じがセクシーだと言われたヒグチさんも、みんな死んだ。いつもマスクの真ん中が湿ってたオオコウチさんは感染を免れて思い切り長生きしたけど」
「そういうものなんだ」
「とにかく、高齢者だけでなく働き盛りの人もバッタバッタと死んでいく。このままじゃ社会が維持できないと思われたとき、助けになったのがそこらの地球人よりずっと有能で、生まれながらに感染症への耐性も備えていたDiDi-137星人なのよ。DiDi-137星人がいなかったら地球はどうなったと思ってるのよ! 実際、地球人とDiDi-137星人との結婚もそれ以来急速に広まったわ、あたしたちより遅れて。あたしたちは時代をリードした。何も気にすることはないわ」
「でも、差別はあった。いまでもあるんだ」
「ああ、ひょっとして」
「…なんだよ」
「あんた、好きな人がいるんだね」
「なな、なんでそんな」
「好きな人とのこれからを思って、ふと不安になるんだね。わかるけど…何にも心配いらないさ」
「…」
「前から思ってた。あんたは一族の中でも亡くなったおじいちゃん、あたしの最愛のひとの面影を最も濃く宿している。あんたのふとした表情やまなざしにあのひとを思い出してはっとすることがよくあるの。そしてその度、あたしの心はふたりがはじめて出会ったころに軽々と飛んでいくようで…教えてあげるわ。地球人の口と、あなたも持っているDiDi-137星人のその、口ではない口とのキスがどれだけすばらしいものか。体の芯からとろけるような濃密な体験の奥深さを。そのことに気づいたら何にも心配いらないのよ」
「お、おばあちゃん、あの…」
「さあ、こっちをお向き。かわいい孫よ」
「おばあちゃん、やめて! 僕は…!」


【ヤマシタクニコ】
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諸般の事情により最近、早寝早起き、そして三食きっちり食べるというとんでもない健康生活を送っているヤマシタです。似合わんわ。まあ今だけだと思うけど。

以前は遅くに起きてきて朝昼兼用の食事、それもデニッシュやドーナツとコーヒーだったり。その後おなかがすくと午後の中途半端な時間帯にもう一回、同じようなことを繰り返し、夜になってやっとまともな食事を考えるという生活だった。勤めていたころも朝はぎりぎりに起きて食べたり食べなかったり、昼はコンビニで買ったパンとコーヒー程度。それがそうでなくなって…一体、人って朝食と昼食に何を食べるんだっけ?な状態。人生ではじめて、日々の食事についてまじめに考えたかも。

とりあえず朝食にはサンドイッチを作ることにした。食欲のあまりないときでも食べやすいかなと思って。トーストが好きなのでトーストにハムやきゅうりをはさんで、要するに昔の喫茶店によくあった「ハムトースト」(!)。これをしばらく続けていたら飽きてきた(飽きるまで続けるタイプ)。変化をつけたくてネットをぶらつく。ホットサンドってよさそう。ホットサンドメーカーがなくてもフライパンでぎゅうぎゅう焼けばそれっぽくなるのか。そうかそうか。お、クロックムッシュも分類上はホットサンドの一種とな。あー、そういえばだいぶ前に名古屋でモーニングを食べたとき、それ風のものが出て、シンプルだけどおいしかった思い出があるなあ。

と思ってとりあえずクロックムッシュ風を作ってみたら、できたのはできたけど、いまいちだ。悩む。ネットのレシピで見たのは8枚切り食パンだけど、私の使ったのは6枚切り。ここがだめなのか? パン、分厚すぎ? だけど、近所のスーパーでは8枚切りは売ってないんだよね。

スーパーで手軽に買える食パンとしてはヤマザキのロイヤルブレッドが気に入ってるんだけど、近所ではロイヤルブレッドは6枚切り、5枚切り、4枚切りしかない。だから6枚切りを買う。でも、そもそもサンドイッチにするには8枚切りのほうがいいんじゃないか。確かに6枚切りだと、私にはちょっとボリュウム過多と思えることもあるので耳を落としたりするけど、8枚切りだとちょうどいいかも?と。

だいたい関東ではふつうに売ってるらしい8枚切りがないんですよね、大阪では。昔は売ってたけど、最近はめったにみない。なんでかな。大阪では分厚いのが好まれるというけど、ほんまやろか。単にどんどん消費させようという魂胆ちゃうんか。毎日サンドイッチ作っても8枚切りだと4日もつけど6枚切りだと3日だしな!とか考える。大阪でもふつうにスーパーで8枚切り食パン売ってほしい!

とfacebookで書いたら大阪在住の友人から「うちの近所のスーパー玉出では売ってる」というレス。そうなんだ! さらに別の大阪在住の人から「スーパー・バローでは売ってる」との情報も。バローって聞いたことなかったけど、岐阜県が本拠地らしい。ははーん。「探偵!ナイトスクープ」のアホバカ分布図のように、8枚切り食パン文化圏と6枚切り食パン文化圏が、せめぎあう地点なのか!

でも、どっちもうちの近くにはないお店。そうこうしているうちに私の中で8枚切り食パンへの思いは変にこじれて募るばかり。あれもこれもうまくいかないのはすべて8枚切り食パンを売ってないことに起因する! みたいな。

ある日、駅前のパン屋さんで8枚切りをちらと見かけたので、これはこれはと脳内にメモしておき、数日後行ってみたらたまたまその日は売り切れ。私のうらめしそうな顔を見たお店の人はやおら4枚切り食パンを手にして「これを半分に切りましょう!」と英断。だいじょうぶかと案じる私の前で、4枚切りを一枚ずつスライサーにあてがい、ふにゃふにゃしてなかなか安定しないのを苦労して苦労して、無理矢理8枚切りを爆誕させてくれたのだった。なんか感動。

で、お店の人がそこまでしてくれたのに、そこで私の8枚切りに対する情熱はふっと消えてしまったようなのだ。ごめんなさい。さっそく食べてみたものの思っていたのと何かが違う。パンがトーストに向いてない質だったのか。ならば、とトーストしないサンドイッチにしてもみたが、生の食パンのサンドにするには8枚切りはやや分厚い。パンそのものはまずいわけじゃない、香りもいいんだけど、なんで…。

と、私にしては長々とあとがきを書いたあげくオチがあるわけでもないのだが、現在そういうわけで私の朝のパン=朝食問題は行き詰まっているのである。6枚切りのトーストサンドというスタート地点にもどってみるか(それに飽きたから起こった問題なのだが)。甘いパンは…今はほしくないなあ。もういっそのことお味噌汁とご飯という「和」の路線でいってみるか(えーっ)。さらにお昼ごはんの問題もあるのだが、それはまたの機会に。ああ、食べるってめんどくさい。


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■ローマでMANGA[160]
ローマでコロナ その9
行きつけの美容院はまるで手術室

Midori
https://bn.dgcr.com/archives/20200611110100.html

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行くのが普段ですが、この時期、周りのコロナ情報をお伝えします。

●ロックダウン解除!

5月18日にイタリア全国で自粛が段階的にだけど解除された。友達に会いに行っていい、ピッツェリアやレストランは基準を守って客を店内に入れて良い、床屋美容院も基準を守って営業してよい。出かけるときに、自己申告書を持ち歩かなくてよい。

早速、旦那の友人が三人ほど、続けざまにコーヒーを飲みにきた。まぁ、コーヒーを飲みに、というのはおしゃべりしに、と言う意味だけど。あ、実際にコーヒーはご馳走するけどね。

旦那が床屋に行って髪を刈ってきた。息子が友達とピッツァを食べに行き、パブにも行って二ヶ月ぶりに午前様で帰ってきた。

息子が友達と出かけた夜、旦那と二人で近所のレストランへ食事をしに行った。車からレストランまで数歩だったけど、一応マスクをした。旦那は外科用マスク。私はYouTubeで見た、靴下を4回切るだけの簡単お手製マスク。


こういう感じ
https://photos.app.goo.gl/ttaccEEwPxGzFcCc7


住宅街にあるこじんまりしたレストランで、客は家族五人のひとかたまりと、私たち二人。家族と私たちは当然、離れたテーブルに座った。

コックさんとフロア担当の二人でやっていて、二人とも黒いマスクをしていて、なかなかかっこいい。マスクの片側に白で名前が入っている。
https://photos.app.goo.gl/zi3ghQ9Gok23syvd9


もう、マスクのおしゃれ、がトレンドになっていくのかもね。

毎日炊事に疲れていたし、料理は超美味しかったし、満足。

●美容院にて

自粛解除を私も体験した。美容院に行ってきた。

かかりつけの美容師チンツィアさんは、一人でやっている。美容師が一人の店では一度に一人の客。もともと予約制で、自粛緩和が言われ始めた5月初めに、客に連絡を取り始めて準備をととのえた。

優先するのは白髪隠しでヘアダイの客。時間がかかるし、二か月以上白髪を伸ばしていたら、いかにも放ったらかしのだらしない雰囲気を漂わせてしまう。私はその前に白髪隠しをやめて、白髪見せにしてたから「被害」は少ない。

私の予約は26日。その時間に行くと、ガラスドアが開いていたので、「チャオ、チンツィア!」と挨拶しながら入ったら、「ちょっと待って!」と慌てて私に近寄ってきた。よく見ると足元に今までなかったマットが敷いてある。入店準備ゾーンだ。

マスクは着用済み。使い捨て手袋を苦労してはめつつ、足にビニールカバーを履く。封印したビニール袋から、使い捨てのハッピ型ガウンを取り出して着る。

そうこうするうちに手袋を嵌め終わったので、もらった消毒液を手袋の上から刷り込む。持っていたバッグをビニール袋に入れる。足元にシュッシュッと消毒液をかけられて、入店準備完了。まるで手術室に入る感じ。

チンツィアはおしゃれな黒い地に、美容師の道具のハサミやドライヤーが白で描いてあるマスクをしてる。黒いタンクトップに黒いボトム、黒いエプロンもおしゃれ。

店の人がおしゃれなのはいいよね。彼女の一生懸命さが伝わる。黒がやっぱりお洒落なのか。黒マスクは必須アイテムになるのか。

洗髪が済むと、鏡の前の椅子に移動する。椅子の背には透明のビニール袋がかぶせてある。椅子は三つあり、真ん中の椅子にはカバーがない。二人入れるようになっても、客同士を隣り合わせには座らせないのだろう。

タオルで頭を包んだまま椅子に座る。カットに取り掛かる前に、チンツィアは手早く洗髪に使った台を洗い、消毒剤をシュッシュッとかける。

「隅から隅まで、使うたびに洗うからこれまでなかったほどにきれいな店になってるでしょ」

これまで、汚くしていたわけではないが、一人でやっているので、お客が立て込むと、営業中は掃除が行きどかない部分が出ることはあった。

チンツィアの片目の白目部分が赤い。医者に行ったら眼球や眼底に異常はなく、疲労とストレスが原因だろうのこと。営業を再開してから二週間、毎日ヘアダイなどの「重い」仕事をしたので、経験したことのない疲労を感じてるそうだ。

透明のビニール袋から使い捨ての大型エプロン(というか、髪を服につけないための上っ張りね)を出して私にかける。

外科の道具のように消毒して袋に入ったハサミを取り、これまた消毒して袋に入ったクシを取り出す。

カットの時にチンツィアさんは、マスクの上から透明のフェースカバーをつけた。すぐ忘れちゃうのよね、と言っていた。

マスクしてるんだからいいじゃない、と言ったけど、店はガラス張りなので外から丸見え。パトロールに見られて余計な騒ぎを起こしたくないとのこと。

左が短く、右がやや長いアンシンメトリーの髪型にカットを終え、ちゃんとセットもしてさっぱりした。これで2時間。

自粛期間前より3ユーロほど高くなってる。店の消毒や使い捨ての様々に、お金がかかるから仕方ないね。その代わりと言ってはなんだけど、簡易マスクを持っていっていいよ、と言ってくれた。これからも、マスクはいくらあってもいいだろうから、ありがたくもらってきた。

●そうこうするうちにさらに解除が進む

6月2日はイタリア共和国誕生の日だ。いつもはフォロインペリアーり通りを、コロッセオからベネツィア広場へ向けて、イタリア軍のパレードがあるのだけど、今年はない。

ベネツィア広場の「エマヌエレ二世記念館」は、別名「母国の祭壇」と呼ばれ、イタリア統一およびその後の戦争で、国のために戦って亡くなった人の追悼記念碑なのだ。

そこの階段に儀礼兵が並び、大統領が挨拶に来て、黙祷のラッパが鳴り終わると、すかさずベネツィア広場の上空を9機編成のアクロバット飛行隊が、緑白赤のイタリア国旗の色の煙を吐いて飛んで、ローマ旧市街上空を一周した。


そして翌3日から、州を出て移動して良いことになる。6月2日の後にしたのは、連休になってしまってるから、この機会にどっと移動する理由を与えないようにしたのだろうね。

飛行機も国内線と欧州内の何便かは、就航するようになった。熱を測ったり、チェックインの列も安全距離を保ったりで、コロナ以前より搭乗するまで時間がかかりそうだ。

季節が良くなって、6月に学校が就業するとバカンスに出かける人も出てくる。サルデーニャ島は透明度が高い海が人気で、毎年、世界中から観光客が押し寄せる。感染者ゼロなので。観光客がきてくれるのはありがたくもあり、迷惑でもあり、という感じらしい。知事はコロナパスポートを作ってくれと国に要請していた。どうもそれは実現しないらしいけど。

ともかく、サルデーニャに入る場合は、空港や港で熱を測ることはもちろん、行き先をはっきりさせて、追跡できるようにするらしい。

そうそう、高校最終学年の卒業試験は、いつもは論文形式の筆記試験と口頭があるけど、今年は口頭だけ、とようやく決定があった。

リモートで、生徒に目隠しさせて(カンニング予防)口頭試験、とか色々案が出ていたけど、時間差で登校させて対面で口頭試験のみ、ということに落ち着いた。

●少しづつ外出

解除だーーー! と、ミラノで若者がマスクもつけず、安全距離も保たずに集まったとニュースになってた。警官がそばを通っても注意しなかったとか。

ウィルスが全滅しての解除ではないし、「マスクなんて意味ない」とか、「私は大丈夫」とか勝手に言い張る人もいるので、自衛をしっかりしつつ、旦那と外食、美容院と続いて、今度の週末に友人が持つアブルッツォ州(日本の山梨県の感じ。長細いイタリアの背骨にあたる山脈に近く、イタリアの中程にあるローマから車で2時間程度の距離)の別荘(小さいアパートだけど)に遊びにいくことになった。

その次の週には、私の友人カップルとローマ独特の「フラスケッタ」という居酒屋風の、主に豚の丸焼きが名物の店にいくことになっている。

全面的に元どおりになる気がしないけど、ウィルスと共存しつつ、そのおかげで始まった新しい社会生活のあり方をみんなで模索して行こうよ、と思う。

【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】
https://www.facebook.com/midori.yamane

https://www.instagram.com/midoriyamane


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編集後記(06/11)

●6月9日、ご近所だからいつも行く戸田市の図書館分館(福祉センターの二階)がほぼコロナ前に戻った。センターの正面玄関(現在はここしか開いていない)から図書館に至るまで、二度のチェックがあり、もちろん監視カメラにも追わている。入口直前では「入館者カード」に住所・氏名(読み仮名付き)を書かされた。これは保健所などに提供される。コロナ発生時には能率よく容疑者としてピックアップされるのだろう。マスクしていかなかったら、追い返されたはずだ。カウンターには飛沫対策の透明障壁が仰々しく垂れ下っている。

本の扱いは従来通りだけど、彼女らは利用者カードには絶対に触れず、お皿に載せてやりとり。さいわいこの時間の利用者はわたしだけだった。誰かいたら2メートル程度(最低1メートル)離れないといけないとか。休館前と品揃えは殆ど変わらず。奥本大三郎「虫の文学誌」を借りた。分厚い堅牢な造本で3700円、10年以上前なら絶対に自分で買ったな(でも2019年7月刊)。(柴田)

虫の文学誌
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B07WZDMCPQ/dgcrcom-22/



●キャッシュレスの還元キャンペーンがほぼ終了の続き。ほとんど使っていないFAX機能付き固定電話のFAX機能が壊れていた。壊れていた、と書いたのは、いつから壊れていたかわからないからだ。

電話は問題なくできる。受信も問題ない。が、送信時に相手側には、左側5cmぐらいが真っ黒な状態で届くことが判明した。汚れなのか、照射部分が壊れているのかまではわからない。

今さら新しいFAX機能付き電話機は買いたくないので、複合機を検索してみたら、FAX機能なしの方が圧倒的に多い。選択肢は減るが、届いたFAXを画像にしてくれるものがあるのは便利。

複合機も壊れてくれたら思い切れるんだけど、プリントすることも減ったし、スキャンだって証明書のコピーぐらいにしか使ってないんだよなぁ……。 (hammer.mule)