エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[52]近江人の話 深夜旅行
── 海音寺ジョー ──

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◎エッセイ「近江人の話」

滋賀県に住んで六年目に突入した。とは言え、自宅と職場を往復するだけの日々なので、全然土地に馴染めてない。なおかつコロナ騒動で、最近は買い物すら最低限度でしか行かなくなったので、ますます寄り道のないライフスタイルが膠着しつつある。

しかし職場が高齢者介護施設なので、必然、地元のお年寄りの方々と接する機会が多い。同僚の職員や他部署のスタッフの方々、幅広い年齢層の人と言葉のやりとりを重ねつつ、近江の気質とはこういうものなのかなー、とフィーリングを掴みかけてる。

今回はそういう、よそ者の視点から近江人気質を考えてみたい。





悪いことから挙げると、とても仲間意識が高く、よそ者を毛嫌いする。わかりやすいのは観光シーズンで、観光客の車が増えることで生活道路が混むので、みな怒っている。迷惑だと。観光に携わる近江の人は真反対の感情だろうが、おおむね排他的な気性だ。

びっくりするのは、チームで仕事してる際、リーダー格が他スタッフに指示や注意を出すとき、絶対に名を言わないのだ。○○さん、誘導に行ってください、とか○○君、移乗を手伝って、とか普通は多人数で働いてたら判別のために名前を指すものだが、○○さん、○○君の箇所は省略するのだ。

東京のラーメン屋で、多国籍の中で働いてた時のことを思うと考えられないことが、以心伝心で伝わるらしいのだ。長い間、周囲と隔離された郷の中で暮らしている集団ならではの、独特の習俗なのだろうな、と解釈している。

他所に行ったら、絶対困るよなーと、この手の悪習に憂悶する日々だが、他所に行かなくて、ずっとこの地に暮らすのなら別に困らないのだ。

戦争の時も空襲の被害が少なくて、古墳時代からすでに肥沃な土地があり、敦賀から畿内に抜ける大陸文化との通商ルートがあり、琵琶湖という水源があり、きわめて定住に向いてるエリヤならではの地元意識というのがあるらしい。

こういうこと言うと、絶対嫌われて排撃されるので、職場では言わないようにしてるが。ふっふふ、おれも無難キャラよのう。

良いところを挙げると、みな真面目である。統計的なことでなく、自分が今まで暮らしてきた京都、大阪、東京に比べてという、フィーリングによるが。真面目と一口にいっても、ニュアンスに幅があるな。どっちかといえば保守的な、男尊女卑という悪い因習も含んだうえの勤勉さである。

東京にいるころに、職場の新人研修で近江商人の美質についてレクチャーされたことがあった。その当時「近江商人に学べ」というのが全国ブームになってて、ぼくの近江人の基本イメージもその近江商人レクチャーで固まった。

近江商人の理念に「三方よし」というのがあって、それは『売り手』が利益を上げる「良し」も大事だが『買い手』のことを大事に考えるのがより「良し」であり結果、『世間』つまり地域社会に貢献できたらもっと「良し」やで

という考えだ。売り手、買い手、世間という三方向の良しを確立せんとするポリシーである。こんな商理念を大事にしてるからか、商人だけでなく近江で暮らす人々全般が生真面目で、お客さんや隣人を大事にしている気がする。

たとえば、こんなことがあった。スーパーマーケットのサッカー(レジで会計したブツを、袋詰めにする台)に、ほうれん草を置き忘れて帰宅したことがあり、急いでスーパーに引き返した。もちろん台にはすでに何もなくて、レジ係の方に置き忘れたんですけど、とダメもとで尋ねてみた。

レジ係の方はすかさず「忘れ物」と表紙に書かれたノートを出して、ほうれん草ですね、届けられてますわ、と瞬時に確認し、サインと引き換えに渡してくれた。

スーパーの係の方に届けてくれた、名も知らぬお客さんに深く感謝した。と同時に、俺ならぱくって持って帰ってたよなー、と自分の邪心がふつふつと湧き立ってきて、恥じた。

また、こんなことがあった。二年前のことだが、重度の認知症の方が入所してきて、多動で全然夜に寝てくれないことがあった。くまきちさん(仮名)、真夜中でっせ、とか、ほら他の部屋の皆さん熟睡中でしょ、くまきちさんが大声あげたら迷惑がかかるのです、とか諭しても、すぐに忘れてしまうので、お手上げ状態だった。

何年も前のことを思い出して「仕事にいかなあかんのじゃー」「畑に雑草がはびこってるから抜きに行くんじゃ」と慌て出すのだ。横たわっても、5分も絶たないうちに同様の叫びを繰り返し立とうとするので、イライラが募りに募る。

「くまきちさんっ、この初冬の、寒風吹き荒れる今夜も、橋の下の河原で寝ている人だっているんですよ! こんな柔らかいベッドで寝られへんなんて、わがまま言わんといてください」

と訴えると、「はいーっ」と返事して、掛け布団を自ら被ってそのまま寝てしまった。

その時、(ここまで深い認知症であっても、この声掛けならきくのか……近江人というのは、なんてえ真面目な方々なんじゃ)と、心底深く感銘を受けたのだった。(おわり)


◎超短編ストーリー「深夜旅行」

コタヤンが女に振られたというので、みなで海に行こうということになった。

コタヤンは釈然としない顔で俺らに向かって「なんでやねん」と言った。

「オマエのうちひしがれた心を慰めるべく、俺らが一緒に海に行ったる言うてんねん」

サトウが説得力に満ち溢れた宣言をした。

「なるほど」

コタヤンは納得した。コタヤンはあまり人を疑わない。そんなイイやつなのだ。だから女にもてるのだろう。何故振られたかは、コタヤンが言わないので誰も知らない。

でも俺らは京都府長岡京市に住んでいる。内陸中の内陸だ。今は0時5分。終電はとうに出ている。一番近い海は敦賀浜であるが、車が必要だ。

ゴリ彦なら車を持ってる、と誰もが口を揃え、ゴリ彦に電話をした。ゴリ彦は眠たいから、と断った。

「オレ、明日も仕事なんや。朝早いんや。悪いが付き合えんわ」
「待て、ゴリ。おまえを男と見込んで頼むんや。コタヤンが女にふられたんや。今すぐ、海に行かなならんのや」

ゴリ彦は男だった。そういう頼まれ方にとことん弱かった。
ゴリ彦のパジェロに俺たちは乗り込んだ。
ゴリ彦もいいやつだ。なぜゴリ彦が女にもてぬかさっぱりわからない。
ゴリ彦のパジェロは月に背を向けて、敦賀へと走り出した。

2005年7月3日作品


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