[5040] 「Nizi Project」◇小川てつオくん◇コロナ禍「住」に関する変化

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《もらい泣きした~》

■装飾山イバラ道[270]
 「Nizi Project ニジプロジェクト」を見て
 武田瑛夢

■Scenes Around Me[74]
 小川てつオくんのこと[8]
 てつオくんと谷根千・イベント「引っ越してはみたものの」(2003年12月)
 関根正幸

■crossroads[89]
 新型コロナウイルスが変える社会・住
 若林健一




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■装飾山イバラ道[270]
「Nizi Project ニジプロジェクト」を見て

武田瑛夢
http://bn.dgcr.com/archives/20200630110300.html
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「Nizi Project ニジプロジェクト」の日本テレビ「虹のかけ橋」のデビューメンバー決定の回を見て、もらい泣きした~。

私はオーディション番組が好きで「アメリカン・アイドル」について過去に沢山記事を書いてきたけれど、「Nizi Project」は朝の「スッキリ」で何度か見たらハマってしまった。

Nizi Project
https://niziproject.com

「Nizi Project」は、韓国大手事務所JYPエンターテイメントと、日本のソニーミュージックによる共同ガールズグループプロジェクトだ。世界中で勝負できるガールズグループを作る、というのがコンセプト。

インターネット配信はHuluで、TVは日本テレビの朝の「スッキリ」と夜の「虹のかけ橋」等で放送された。一部はYoutubeでも見ることができる。

オーディション番組は終わってしまったけれど、最終順位上位9名が「NiziU」として、2020年秋のデビューが決まった。これからが彼女たちの本当の活躍の始まりだ。

●オーディションの概要まとめ

2019年7月中旬より、日本国内とハワイ、LAでオーディションを開催。応募者は1万人超。総合プロデューサーJ.Y.Park(パク・ジニョン)が直接審査し、合格者を26人選抜。まずは日本での合宿を行った。

さらに韓国へ行く練習生14人を選抜し(一名辞退)、JYPトレーニングセンターで6か月をかけて練習を行なった。年齢も15歳~19歳という若さ。

韓国のJYPトレーニングセンターの環境は素晴らしく、ボイストレーナーによる歌唱指導と、ダンススタジオでのダンスの徹底指導がされる。食堂での栄養管理も完璧に見えた。素敵なカフェレストランのような専用の食堂があって、料理も美味しそう。

選抜されるか脱落するかというストレスの多い状況でも、歌やダンスの練習に集中できるように最善が尽くされているのだ。

そしてアイドル練習生たちの見た目も磨かれ、どんどん美しくなっていた。最初はどの子も化粧っ気のない感じだったのに、メイクもヘアスタイルも美しくなり。洗練された美女が出来上がっていくのは見ていて楽しい。舞台のスポットライトを浴びて輝く姿が素敵。

そもそも私は韓国アイドルをあまり知らないし、どのグループのファンでもない。しかし番組で、キレのある踊りや歌を見てすっかり魅了されてしまった。

個人のダンスレベルテストで、特に褒められたマコさんの2PMの曲を使ったダンスパフォーマンスには鳥肌が立った。J.Y.Parkも「オーディションを見ながら涙が出たのははじめてだ」と感動していた。

●J.Y.Parkの魅力

総合プロデューサーのJ.Y.Park(48歳)は自身も歌手で音楽プロデューサー。実業家であり、韓国大手事務所JYPエンターテイメントを設立した人だ。

アイドルの卵たちから見たら、神様のような存在。例えるなら、日本の全盛期の小室哲哉と秋元康とYoshikiのハイブリッドのようでもあり、アメリカン・アイドルのサイモンみたいなイメージだ。アイドルに対する圧倒的な審美眼と、指導力、音楽業界内での影響力も充分なのだ。

プロジェクト戦略は、韓国の徹底的な指導によるコントロールされたアイドルと、日本の普通の女の子の成長が見られる親しみという要素をミックスさせたもの。これが本当に巧みだったと思う。

J.Y.Parkの愛ある厳しさも番組の見せ所。アメリカン・アイドルのように3人の審査員ではなく、ひとりでコメントするのもストレートに感じた。

全力で頑張る練習生のパフォーマンスを見て、彼が感動の表情や熱い言葉をかけているシーンがとても良かった。どうしたらもっと上手くなるかを、真剣に厳しく指摘していた。

その真剣な表情と丁寧な言葉に、ついうなずいてしまうのだ。練習生たちが全幅の信頼を寄せるのも納得できる。

そして練習生の評価を表すメダルのような位置づけが、四角を4つに分けたキューブ。キューブの象徴でもあるダンス・歌・スター性・人柄。そのどれもがプロとして活動をしていく上で重要な要素だと言う。

●最大の緊張感のデビューメンバー発表

最終選考では韓国スターの男女2人が、特別審査員に加わっていた。選考は、今までの個人順位に加え、ファイナルステージの2回のパフォーマンス、そして韓国に来てからの約6か月のトレーニング評価を総合的に判断したもので決まる。トレーニング中の生活で見えてくる人柄も重要なポイント。

一万人の応募者の中から12人に絞られたファイナリスト。12人を6人の2グループに分けられてパフォーマンスが行われた。

J.Y.Parkから最終的なデビューメンバーの人数は9人だと発表。最終選考で3人が脱落することになる。全ての工程を乗り越えてきたメンバーなのに、デビューできる人とできない人がいるという厳しい現実だ。

1位から名前を呼ばれて前に出ていき、審査員の2人とJ.Y.Parkの評価、本人のコメントをしていった。頂点の1位だったのはマコさん。

すべての練習生が、デビューが決まった時のコメントを用意して練習していたと思うと泣けてくる。そして12人の中から8人までの名前が呼ばれた時が、緊張感のマックスだった。

後ろに残された練習生の4人の中で呼ばれるのはたったひとり。最後にニナさんの名前が呼ばれ、涙が溢れていたのが印象的。ラストではデビューが決まった9人と、残りの3人も交えて全員で抱き合って泣いていた。

●「虹かけ」と「スタ誕」

「虹のかけ橋」は「虹かけ」と呼ばれている。昭和のオーディション番組「スター誕生!」が「スタ誕」と呼ばれていたのを思い出す。

当時歌って踊るスターと言えばピンクレディ。私も大ファンだった子供時代。おそらく芸能人に一番興味があったのが小学生時代かもしれない。ピンクレディが「スター誕生!」でデビューしたことに、私のオーディション番組愛のルーツがある事を今さら再認識。

一つのプロジェクトを、複数の番組やインターネットで視聴できるこの時代の良さも感じている。リアルタイムに見られなくても、その良さに触れることができる。ネット配信なら、興味が膨らんだ時点でイッキ見することもできる。

Youtubeチャンネル登録者1650万人の「JYP Entertainment」で、オーディションの様子[Nizi Project]も見られる。私はこの記事を書くため、今回かなりここを見直した。

現在はYoutubeに「NiziU Official」も開設され、チャンネル登録者も増えている。

私の推しは、やっぱりマコさん。彼女の意識の高さは凄かった。他の練習生に与えた良い影響は計り知れない。

自分のためにだけ頑張っていたのでは決してないマコさんのリーダーシップ。本当に胸熱だった。そしてリオさんとミイヒさんも素敵。これからの変化も楽しみだ。

【武田瑛夢/たけだえいむ】
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズ、PART2とPART3も結局見てしまった。三本見ると本当に楽しくて、エンターテインメント映画最高峰だと思いましたね。PART3のウエスタンのじいさん達もイイ味出してる。当時も世間の目というものの力が大きかったり、大変だったんだな。


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■Scenes Around Me[74]
小川てつオくんのこと[8]
てつオくんと谷根千・イベント「引っ越してはみたものの」(2003年12月)

関根正幸
http://bn.dgcr.com/archives/20200630110200.html
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てつオくんは居候中ずっと私の部屋にいたわけではなく、谷根千(谷中・根津・千駄木)界隈のイベントを見に行ったり、知人宅にあいさつしに行くこともありました。

今回は、記憶に残っているいくつかのことについて書くことにします。

1997年10月のことだと思います。せっかく千駄木に来たのだからということで、当時、作曲家の野村誠さんが住んでいた古いアパートに、てつオくんと一緒にお邪魔したことがあります。あとで知ったのですが、そのアパートは画家の会田誠さんも住んでいた久保荘でした。久保荘は現存せず、今はワンルームのアパートに建て替わっています。
http://ours-magazine.jp/culture/recommend-4/

久保荘で野村さんは、てつオくんに自作曲の演奏会のVTRを渡しました。そのVTRを岡画郎定例会で見た記憶があります。自作曲はガムランのため曲で、途中で大勢の小学生が舞台の袖からワーと言いながら飛び出して、演奏に加わるというようなものだったと思います。

一年くらい前、winds cafe というイベントで野村さんにあいさつしたことがありました。そのとき、てつオくんと久保荘に行ったことを話したのですが、野村さんはそのことは覚えておらず、代わりに私が岡画郎「受験」展の企画で数学の授業をしたことを覚えていました。



2000年10月のことだと思います。てつオくんが、つまらないものを見せられた、と夜10時頃に戻ってきたことがありました。てつオくんは映像作家の大木裕之さんの上映会があると知り、日暮里の諏方神社に行ったそうです。しかし、映像は流れず、いろいろな人が舞台の上に出て何かやっていたそうで、やっている内容がてつオくんには面白くなかったようです。

今回、この原稿を書くにあたり、てつオくんが何を見に行ったのか調べたのですが、アートリンク上野ー谷中の関連イベント『谷中の恋』でした。
http://www.dnp.co.jp/artscape/view/review/0211/murata_hara6.html

記事は2002年のものですが、『谷中の恋』ver.3になっていることから、同じような試みを何年か続けたのかもしれません。

私自身も当時は大木さんの作品を見たことがなかったので、大木さんがそういう作風の作家だと長い間思っていました。2、3年前に見に行った大木さんの個展会場で、諏方神社の話を関係者? にしたところ、大木さんは上映予定の作品が間に合わず、代わりに即興劇のようなものをおこなったという話を聞きました。



前回書いたように、現在、てつオくんと代々木公園でテント生活をしているいちむらみさこさんですが、以前は千駄木の古いマンションに住んでいました。

2003年の居候中、てつオくんといちむらさん宅に何度か遊びに行ったことがあります。当時、ミュージシャン・詩人のTASKEくんがいちむらさんの展示を気に入って、自分がいちむらさんのプロデュースをする、と公言していました。

いちむらさん宅に遊びに行ったとき、TASKEくんがメシアンの「世の終わりのための四重奏曲」のCDをかけていたことを覚えています。てつオくんは、TASKEがいちむらさんのプロデュースをしているというより、いちむらさんがTASKEの保護者をしているみたいだ、と話していました。



やはり、2003年の居候中のことですが、てつオくんが近所で兄恭平くんの知人(女性)に出くわしたそうです。女性の名前を失念したので、とりあえずEさんと書くことにします。

てつオくんはEさん宅に遊びに行くことになったそうですが、どうやらてつオくんはEさんが苦手らしく、一緒に行ってくれないかと頼まれました。てつオくんはEさんと2人きりになることを心配していたようですが、取り越し苦労だったようで、Eさんも女性を2人呼んでいました。

その2人が田坂博子さんと廣川沙羅さんでした。2003年5月におこなった「ぼくんち現代音楽」というイベントに、いちむらさん、田坂さん、廣川さんが参加したことは前回書いた通りです。

その後、田坂さんと廣川さんは、シェアしていた谷中へび道の近くの一軒家で「引っ越してはみたものの」というイベントを開催しました(2003年12月)。イベント名は、おそらく、小津安二郎の映画のタイトルをもじったのだと思います。家の中に作品を展示したほか、てつオくん、いちむらさん、TASKEくんなどがトークやライブを行いました。
https://live.staticflickr.com/65535/50004453826_622732b1ac_c

谷中在住のフランス人マンガ家の作品
https://live.staticflickr.com/65535/50003933203_a3e7773766_c

てつオくん
https://live.staticflickr.com/65535/50004453006_9c9e042a42_c

いちむらさん
東京都写真美術館にデートで三田村美土里さんの展示を見に行った、という話だったと思います。
https://live.staticflickr.com/65535/50004714637_1a271729e8_c

TASKEくん
https://live.staticflickr.com/65535/50003933753_c73754fff6_c

この日、2525稼業というユニットの初ライブが行われました。
https://nikkoniko.exblog.jp

2525稼業は誕生日が同じ平山亜佐子さん、廣川沙羅さんのユニットで、主に戦前日本のポップスをギターの高橋裕さんがアレンジした曲を歌っています。本当は、このイベントで私もあることについて、話をするように打診がありました。ところが、打診を受けた気になったまま返事をせずにいたところ、話は立ち消えになっていました。

あることというのは、次の通りです。田坂さんは当時、ジョンケージやネオダダ、フルクサス関連のアーカイブの仕事をしていました。ある時、田坂さんを通じて、ロバート・ラウシェンバーグのコラージュ作品に使われた東京の空中写真が、どこを撮影したのか教えてほしい、という問い合わせがありました。

私はその写真が新宿付近を写したものであることを伝えました。また、新宿駅西口付近に写っているものの状況から、撮影時期を1964年冬と特定しました。そこで、イベントでは、このことについて話してほしいと頼まれました。

私はその写真がグラフ誌に掲載されたものではないかと考え、国会図書館で当時の朝日グラフなどを片っ端から閲覧しました。ところが、これといった情報を得ることが出来なかったので、打診を受けていたとしても、大した話は出来なかったのでは、と思っています。


【せきね・まさゆき】
sekinema@hotmail.com
http://sekinema.com/photos

1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔


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■crossroads[89]
新型コロナウイルスが変える社会・住

若林健一
http://bn.dgcr.com/archives/20200630110100.html
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こんにちは、若林です。

今回は「新型コロナウイルスが変える社会」について、「住」をテーマに自分の考えを述べていきたいと思います。

過去3回の記事については、こちらをご覧ください。

新型コロナウイルスが変える社会
http://bn.dgcr.com/archives/20200519110100.html

新型コロナウイルスが変える社会・衣
http://bn.dgcr.com/archives/20200602110100.html

新型コロナウイルスが変える社会・食
http://bn.dgcr.com/archives/20200616110100.html

●「住」に関する短期の変化

新型コロナウイルスが「住」に対して与えた影響として顕著だったのは、自宅におけるリモートワークやリモート授業環境です。

リモートワーク、在宅勤務が始まったものの、作業する場所がない、机がない、椅子がない、という方が多かったと聞きます。

確かに自宅で仕事をしなければ、自分の部屋、机と椅子はコストでしかありません。やむなく、ダイニングテーブルや子供の学習机で仕事をした方も多いでしょう。リモートワークに必要な環境を持っているという方は、少ないことが明らかになったというわけです。

オンライン会議やオンライン飲み会を、リビングでやって怒られたという話も聞きます(笑)。

机や椅子は購入すればいいのですが、住む場所を変えたり部屋を増やすということは簡単にはできません。既存の部屋を使うか、物置の一角を片付けて自分用に確保するかなどして、当面はやり過ごすことになりそうですね。

●「住」に関する長期の変化

一方の長期の変化として、若い人が地方移住を志向しているという話題を見かけます。地方在住者としては、一極集中が解消されればいいなとは思うものの、現実的には難しいのではないかなというのが、正直な見方です。

地方は都会に住み慣れた若い人にとっては不便です。その土地ごとの独特な文化もあります。最初の頃はもの珍しさも手伝って地方移住が起こるかもしれません。

その後、比較的動きやすい若い人(とくに結婚前)は、地方の不便さや独特の文化を嫌って、また都会に戻る動きも出てくるでしょう。結果的に、地方移住は一時のブームで終わり、元の状態に戻るのではないかなというのが私の見方です。

ただし、地方移住がまったく起こらないというわけではありません。いくらかの移住は起こり、定着はするでしょうけれど、その結果として人が減るのは都市部から1時間半〜2時間程度の、ギリギリ通勤圏内の地方都市だと考えます。

このエリアに住んでいる方の多くは、都市部(都内など)で働いてるけど都市部は高くて住めないので、通勤時間を我慢して地方都市に住んでいるという方。(もちろん、みんながみんなではないと思いますが)

リモートワークが一般化すれば(間違いなくすると思います)これからの働き方や生き方を考えた結果、もっと地方に移り住む人が増えるだろうという見方です。あるいは逆に、思い切って通勤負担の少ない都市部に住まいを移す方に舵を切るという、二極に分かれるように思います。

簡単には変えられない「住」だからこそ、大きな変化がでてくるのではないでしょうか。


【若林健一 / kwaka1208】
https://crssrds.jp/aboutus/


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編集後記(06/30)

●偏屈BOOK案内:黄 文雄「新型肺炎感染爆発と中国の真実」

副題は「中国五千年の疫病史が物語るパンデミック」。中国が歴史的につねに疫病の発生地であったこと、その感染拡大が世界史を大きく動かしてきたことを解説している。なぜ中国から拡散した疫病が厄介なのかということについても、歴史、民族性、文化、政治などさまざまな観点から考察する。いまは新型コロナウイルスと呼ばれているが、2/29発行のこの本では、名前はまだない。

中国の社会環境はいまだに劣悪で、都市と農村の経済格差は激しく、農村は貧困にあえいでいる。中国の農民には「九大苦」がある。一苦は党の支配や政府組織による搾取と略奪が激しいこと、二苦は教育を受けるのが難しいこと、三苦は移動や移住が難しいこと、四苦は社会保障がないこと、五苦は時代や世界に関する観念が欠落しており変化について行けないこと、六苦は資源の欠乏。

七苦は地域間、同業間での意思疎通が難しいこと。八苦は創業や貯金が難しいこと。電気や水道といったライフラインさえない地域がある。九苦はつねに凌辱されているという悲哀だ。無学・無知の農民は優越意識を持つ都市住民によって差別され、蔑視され続けてきた。政府は中国が目下抱えている最大の問題が、農業、農村、農民問題の改善だと認めながら、解決手段を見つけられない

問題がここまで深刻化してしまうと、さすがの中国共産党もなにもできない。「医療環境が遅れている中国は、自国で発生した疫病を処理できず、世界各国にまきちらしている。にもかかわらず、反省や謝罪どころか情報を隠蔽してごまかしている」。まさに今その通りになっている。大気汚染、水質汚染、土壌汚染も深刻化している。北京は地盤沈下が進行中で、30年後には廃墟になる。

それほどの環境汚染に何ら対処もせず、巨額の治安維持費を使い、全国に監視カメラを設置。2022年には中国全土で22億6000万台に達する。人民一人あたり2台で監視することになる。軍事的、経済的、文化的な側面での中国脅威論や崩壊論とは別に、新型コロナなどの疫病発生と拡散国である中国は情報を隠蔽しているため、世界は脅威に感じてさまざまな流言飛語が飛び交っている。

いま中国政府の無力さ、隠蔽体質、不衛生さなど、経済発展の裏に隠れていた中国の実態があらためて露呈している。中国経済バブルははじけて、経済発展にブレーキがかかる。中国脅威論は中国崩壊論に変わっていく。これに対し習近平は「世論指導の強化」すなわち検閲による取締を繰り返し命じている。

「これこそ1990年代から中国の指導者たちが重ねて警鐘を鳴らしてきた『亡党亡国』の危機である。歴代王朝の末期には、疫病が大流行することが多かった。宋・元・明がその好例だ。中国人にとっても、今回の疫病は亡国の脅威なのである」。革命国家の運命にもそろそろ終わりが近づいているのかもしれない。そのとばっちりを受けるのは日本だけでなく、いまや世界規模だ。(柴田)

黄 文雄「新型肺炎感染爆発と中国の真実」2020 徳間書店
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198650829/dgcrcom-22/


●大阪市の特別定額給付金が入金された。5月末に投函していて、サイトを見ると、同じ日に振り込まれた人の数は114,800で給付率10.9%。

1日5万件の審査を行っていて、6月5日までに申請書が到着した人は7月中、8日以降の人は8月初旬。

大阪市のページ「特別定額給付金について」は、前回後記に書いた時より充実した。コールセンター情報が増え、給付スケジュールは画像だったけど表組みになってる。給付率が低いとニュースになってしまい、問い合わせが殺到しているのであろう。

電動レターオープナーを使うとして、封筒を手に取る、中身を寄せる、オープナーに差し込む、開いて書類を取り出す、クリアファイルに差し込む(添付書類をホッチキスに留める、クリップで留める)などで、10秒として、1分で6通。1時間に360通。6時間で2,160通。5万通なら24人必要。

審査は平均5分として、1時間に12世帯分。6時間で72世帯。1日に695人が必要。えっ、そんなわけないよね。審査1分で1時間60世帯、6時間360世帯、139人。イレギュラー対応に数人追加。

振込用入力をして、それをチェックして……仕事を生み出しているならいいよね。(hammer.mule)

特別定額給付金について
https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000502306.html