[5042] 脳内で散歩するの巻 その3◇フォントおじさん第二章、はじまる

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《最近「ような気がする」が増えてきた》

■わが逃走[263]
 家の中でじっとしていてもツマランので、脳内で散歩するの巻 その3
 齋藤 浩

■もじもじトーク[132]
 フォントおじさん第二章、はじまる
 関口浩之
 



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■わが逃走[263]
家の中でじっとしていてもツマランので、脳内で散歩するの巻 その3

齋藤 浩
http://bn.dgcr.com/archives/20200702110200.html
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写真を撮りたいが、旅に出るのは自粛したい。

先日は、東京の一日の感染者が60人を超えたそうです。にも拘わらず「東京アラート」は発令されず、なにやら基準を変更するそうな。似たような状況は、前にも経験したことがなかったか。

旅には出たいが、東京から来たと聞いて、地元の人が歓迎してくれるようになる迄は自粛かなあ。
なので、今回も脳内で旅に出ようと思う。

今回は二年前の夏、出張ついでに富山で半日「富山地方鉄道」に乗ったことを思い出すことにする。

富山地方鉄道は、市内と宇奈月を結ぶ本線、立山を結ぶ館山線の他、市内電車やバス路線など、地元の移動に不可欠な由緒正しい私鉄である。

私が初めて富山地鉄を体験したのが今からちょうど二十年前で、「なんて美しい!」と思った。この言葉につきる。

列車の運用のされかたも、車窓からの風景も、乗降客も、駅員さんも、すべてがなつかしく、まるで実家に帰ってきたかのような気持ちになるのだ。乗るだけで!

で、もし北陸に用事があれば、なんとか時間を作って富山地鉄に乗りたい。

常々そう考えており、二年前の出張の際もちょっとだけ早く家を出て、カメラ片手に「ただ乗るだけ」の旅を楽しんだと記憶している。たぶんそんな感じだ。違ったかな? まあ、だいたいそんな感じだ。

JRとの接続駅である電鉄富山駅。始発駅なので、こんな夢のあるディスプレイを見ることができる。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/001

富山観光ポスターの下に、ずらっと並んだヘッドマーク!

そもそも私がグラフィックデザインを意識した最初の物件は、ブルートレインのヘッドマークだった! ような気がする。

最近「ような気がする」が増えてきた。

まあ、少なくとも影響を与えてくれた物件のひとつが、鉄道車両のヘッドマークだ。この中でも「試運転」は存在自体が希少価値であることのほか、この絶妙なパースがかった書体がタマラン。もちろん手書き。

観光地とは無関係の地味な駅に降りてみた。「下段駅」。しただん、と読む。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/002

この日はフェーン現象でものすごく暑かった。線路も熱で溶けるんじゃないか。こうして見ると、線路って青いんだな。空も青い。山も青い。ずーっと終点まで青を映し続けていると思うと、なかなか風情を感じてしまう。

下段駅を、向かいの田んぼから見上げる。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/003

こういう由緒正しい夏なら、多少暑くても許す。きっと夕方になれば涼しくなるのだ。空気が濃い。

日差しも強いぶん、写真に撮るとコントラストも強まり、シャドウ部が真っ黒になりそうだが、ホーム上の待合室は田んぼの緑を反射しているような印象だった。

たしか午前11時頃だったと思うが、早朝や日没の頃の雰囲気も見たいものだ。

寺田駅。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/004

何度かこのコラムでも書いているが、「マイ文化遺産」にオレが勝手に登録したすばらしい木造建築だ。

本線と立山線との分岐駅で、この扇型ホームのアールに沿ってそれぞれの線路はカーブし、目的地へと向かう。

ワイドレンズで撮影した、線路の曲線を見てくれ! これでごはん三杯はイケるだろう。

車窓から。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/005

この日は電鉄富山→下段→寺田に戻って→岩峅寺→電鉄富山という、富山地鉄小さく一周コースをとった。

この写真はたしか岩峅寺へ向かう途中、進行方向左側だったので、あの山や、有名なナントカ岳が見えていることになる。間違っているとかっこわるいので書かないことにする。

そんなわけで、また行きたいぜ富山。


【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。


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■もじもじトーク[132]
フォントおじさん第二章、はじまる

関口浩之
http://bn.dgcr.com/archives/20200702110100.html
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こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。

おとといの2020年6月30日は、一生で一度しか経験できない(たぶん)、記念日でした。さて、なんの日でしょう?

答えは、定年退職日でした。記念日と書きましたが、花束をもらうわけでもなく、普段と変わらない日常の一日でした。

ちゃんちゃんこは着たくなかったですし、定年退職の儀式はないほうがうれしかったので、日常と変わりない形で、定年退職の日を迎えることができて幸せでした。

定年退職と言えば、会社で花束もらって挨拶して、そして家に帰ると「あなた、長い間、お疲れさまでした」と妻から晩酌されるイメージですが、そんなのはやりたくなかったですし良かったです。

おとといは、二週間ぶりに時差出勤でオフィス出社したのですが、東京メトロ東西線も都営地下鉄大江戸線も、乗車する人がますます増えてきました。19時台に東西線に乗りましたが、ラッシュアワーの混雑には戻ってないですが、かなり人が多いです。

●自分をほめてあげたい

1984年4月に社会人になってから36年と3か月、会社勤めをしてきました。

社会人になって入社した電子機器メーカーでは、11年間、勤務しました。始業8:30という早めの出社時間でしたが、その11年間、無遅刻無欠勤という快挙を達成しました(笑)

当時は、どこの会社も、社員毎の厚紙カードをタイムカード機にガチャンと押すタイプだったので、ズルはできなかったです。

そこに勤務していた1980年代から1990年代半ばまでの時代、企業でオフコンやIBM AT互換機やNEC98シリーズが徐々に普及しつつありましたが、一般家庭へのパソコン普及率はまだ非常に低かったのです。

徹夜した次の日も、飲み過ぎた次の日も、気合いを入れて、8:30までに会社に通っていました。すごいよね……。当時、テレワークやフレッスクスタイムという制度は、耳にしなかったような気がします。

ワープロや日本語DTPやプリンタを製造するメーカーに11年間勤務したあと、1995年にインターネット関連の会社に転職して、Yahoo! JAPANの立ち上げとか、新規事業とか、開発案件の仕事を中心に仕事してきました。

転職当初、孫さんの近くで仕事することがありました。その頃から、「志は大きく持ち、頭がちぎれるまで考えなさい」「ITの力で人々を幸せにしよう(本気で心から)」とか「普通の人の倍の速度は当たり前、あっと驚く速度で仕事しよう」という考え方は、ごく普通のことでした。

そんな感じでやっていたら、あっという間に36年の歳月が経ってしまいました(笑) そっか、36年間、会社勤めしていたのね。その事実こそ、凄いことじゃないですか! そんな自分を褒めてあげたいwww

この36年間、大変なこともたくさんありましたが、勉強になることが多かったです。そして、多くの人との出会いがありました。彼らから得た知識と人脈が、現在の宝物になっています。

●フォントおじさんを名乗ってまだ3年

36年間、会社勤めしたわけですが、新規事業プロジェクトに関わることが多かったです。

とりわけ、いまの会社では、新規事業の立ち上げは10件ぐらい担当しましたし、100件以上の開発プロジェクトに関わりました。また、ほとんどすべての部門(営業、開発、企画、業務、運用、マーケなど)を経験しました。

新規事業を立ち上げると、実際に自分がプロジェクトオーナーになることが多いのですが、1〜2年でビジネスが軌道に乗ると(軌道に乗らないこともあるけど……)、別の新規事業に異動することが多かったです。

ただし、10年前に企画立案したフォントプラットフォーム事業の立ち上げに関しては、自分が事業オーナーになり、がっつり情熱を注ぎ、異動もなく、そのまま、定年退職日を迎えました。

3年前に「フォントおじさん」と名乗りはじめ(ただのニックネームですけど)、フォントに対する「愛」がさらに加速しました。

現在、その事業は組織で運用していますので、僕がいなくても事業継続しますが、フォントやデザインの分野の仕事は、今後も続けていきたいと思っております。

●情報通信技術賞(総務大臣表彰)を受賞

うれしいニュースがありました。

先日、発表された「情報通信技術賞(総務大臣表彰)」という賞に、「次世代Webブラウザのテキストレイアウトに関する検討会:通称、縦書きWeb普及委員会(座長は村井純氏)」が選出されました。

そして、その構成メンバーに、僕の名前も連なってました。栄誉ある(と思われます)賞に名前がでると、正直、うれしいです。

では、その賞の盾とか表彰状などを、見せびらかしちゃいます。
https://bit.ly/mojimojitalk132

慶應大学で活躍されていた村井純先生や関係者の方々は、日本語という縦書きと横書きの両方の書字方向があるという、特殊文化を世界標準仕様としてW3Cへ提案してきたわけで、その長きにわたる活動の成果が評価されたわけであります。

僕も、ここ数年、全国約100か所のセミナーや勉強会で、約7,000名の皆さんに、縦書き横書き混在ウェブの事例紹介や、テキストレイアウトとフォントの楽しさを伝道してきました。多少なりとも貢献できたかなと思っております。

これからも、日本語ならではの縦書き横書きウェブの普及や、日本語Webフォントの機能改善の推進、文字の楽しさや日本語活字文化の伝道師としてがんばります。

●フォントおじさん第二章、はじまる

いまの会社と再雇用契約を結んで、昨日から嘱託で働くことになりました。ショクタクって響き、なんか古臭い感じがしますね。

僕にとっては、野球選手に例えると、ベテラン組の契約更新(単年度)ってイメージに捉えています。

僕が大好きなイチローのように、現役にこだわり、いいプレーができるのであれば、生涯現役にこだわりたいと思います。ただし、いつ戦力外通告されるかの緊張感がありますね。その緊張感、悪くないかも。

今後の僕の活動ですが、外部からは、変わらなく映ると思います。フォントおじさん、兼エバンジェリスト、兼フォントコンサルタントを引き続きやるのですから。

ただし、自分の仕事に対する考え方や行動様式は、バージョンアップしたいと思います。一度、過去の成功体験や既成概念をぶち壊して、再始動します。過去のそれらをぶち壊すのは、勇気が要りますが……。

●「フォントに関するライブ配信番組」始動

自分が主催している「FONTPLUS DAY セミナー」は、第25回からライブ配信版としてバージョンアップして、始動します。つまり、全国どこからでも、視聴できるようになります。

詳細は、明日7月3日(金)15時に募集開始します。

・FONTPLUS DAY セミナー Vol. 25 ライブ配信版
ライブ配信開催日時:2020年7月15日(水)19:00〜21:00
募集受付URL:
https://connpass.com/event/181456/

※7月3日(金)15時から受付ページが見えるようになり、申し込みもできます。それまでは募集ページは見えませんのでご了承ください。

今までになかったスタイルの「フォントに関するライブ配信番組」を、毎月一回、定期開催します。

フォントを作るプロフェッショナルな人、フォントを使うプロフェッショナルな人を中心にゲストとしてお招きして、フォントおじさんが突撃インタビューしながらクロストークします。

そして、ライブ配信中に、視聴者からの質問にたくさんお答えする番組にしたいと思っています。詳細は後日発表します。

参加費用は無料です。再放送はありません。ゲストの方から許諾がとれれば、15分程度のダイジェスト版アーカイブを、後日アップすることはあるかもしれませんが。

あれっ、ライブ番組の宣伝になってしまいましたが、初の試みなので、うまくいくかどうか不安もいっぱいですが、がんばります。

昨日始動した「フォントおじさん第二章」ですが、失敗を恐れず、チャレンジしていきますので、よろしくお願いします。

では、二週間後に、また、お会いしましょう。


【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com
関口浩之(フォントおじさん)
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Twitter@HiroGateJP
https://mobile.twitter.com/hirogatejp

1960年生まれ。群馬県桐生市出身。1980年代に日本語DTPシステムやプリンタの製品企画に従事した後、1995年にソフトバンク技研(現SBテクノロジー)へ入社。Yahoo! JAPANの立ち上げなど、この25年間、数々の新規事業に従事。現在、活字や文字の楽しさを伝えるフォント伝道師(エバンジェリスト)、フォントおじさんとして活動。


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編集後記(07/02)

●偏屈BOOK案内:石平「日本の心をつくった12人 わが子に教えたい武士道精神」

「わが子に教えたい武士道精神」として、石平が選んだ〈日本の心をつくった〉12人の武士とは源義経、北条時頼と時宗、楠木正成、徳川家康、徳川吉宗、松平定信、大塩平八郎、武市半平太、大久保利通、東郷平八郎、西郷南洲である。このなかで、わたしがわりと詳しく知っているのは源義経、徳川家康、西郷隆盛、大久保利通、東郷平八郎くらいである。日本人としてまことに遺憾……。

石平は生まれこそ中国四川省成都だが、2007年に日本に帰化した〈日本生まれの日本人より日本を愛する〉みごとな日本人である。長男が生まれてから、礼儀と常識を身につけさせるための躾や、色々な情操教育を始めた。小学校に入学してからは音楽や絵画の塾に通わせたり、論語の言葉や百人一首を暗記させたりした。知識の教育は学校に任せるが、人間教育は両親がやろうと決めた。

「一人の日本人として生まれて来た以上、一人の正真正銘の日本人として、日本の精神をきちんと受け継いだ素晴らしい日本人として育てていかなければならないと思っている」とは、今どきの日本人が失った精神である。わたしだって、何十年も前に息子が、娘が、生まれたとき、正しい日本人として育てるぞと決意した。というのは嘘で、成長期にもそういう教育をしたことはなかった。

「将来のわが子を、少しでも日本的な美しい心を受け継ぐような人間として育てていくことが何よりも大事である」と考える石平は、教材を日本史から選んだ。日本の長い歴史の中にある、先人たちの生き方と行いにおいて輝いた日本人の心の美学。それらがすべて、わが子の精神教育のための恰好のテキストとなる。なかでも武士道精神こそが、日本の心と美学の集大成であると見抜く。

「日本的美学と武士道精神を具体化した史上最高の日本人、日本武士のなかの武士、この国の歴史のなかで輝いたもっとも素晴らしい人物といえば、それは間違いなく、私自身が敬慕してやまない、かの西郷隆盛、東洋最大の英雄と先聖である南洲翁なのである」。元中国人である石平が日本の美学と武士道の心を理解できるようになったのは、西郷南洲の生き方と死に方を知ってからだ。

中国にも英雄豪傑はいくらでもいるが、西郷のような無私にして高潔の士はついに一人も出なかった。「権力はけっして私利私欲の限界を超越することができない。それこそが中国社会の法則であり、中国の歴史の不幸の源であった」。西郷は日本史上最大の政略家でありながら、どこまでも高潔無比、清誠純一の生き方を貫いたといわれる。石平は西郷を「君子」そのものだとまでいう。

そして西郷のすべてを人間精神の見本として、我が子にたっぷり教えたいと。さらに、彼が成長するに従い「論語」や漢詩などの中国古典を充分に教えるつもりだという。中国の古典と文学は東洋的教養の欠かせない一部であり、〈素晴らしい日本人〉となるために必要な養分であるからだ。しかし彼は文化的意味合いにおいて、日本人としての自己を確立することができるだろうか。

「そのとき、父親と人生の案内人としての私は、彼のアイデンティティー確立を、いったいどうサポートすべきなのか。私はいったい、どのようなことを彼に教えることによって、その人生最大の課題解決の一助になれるだろうか」。その答えも日本の歴史にあった。それは江戸前期の優れた儒学者、兵学者で、偉大なる思想家、山鹿素行の「中朝事実」にある。なんと、「日本こそが本当の中華である」。日本思想史上のコペルニクス的展回! 素晴らしい!(柴田)

石平「日本の心をつくった12人 わが子に教えたい武士道精神」2020 PHP新書
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569845878/dgcrcom-22/

おまけ:最初の司馬遼太郎全集の23「歳月・殉死」(1972)の、月報11にあった司馬の一文「維新のあとしまつ」から

これはおもしろいと思うんですよ。つまり日本に健全な野党というものは育たなかったのはなぜかということなのです。日本の野党というものは政権を欲しがっているだけの存在であったり、場合によっては政権の座にあるために生ずる利権のおこぼれも欲しいというように、非常に物欲しい存在としてしか野党はないわけですね。尾崎咢童が憲政の神様だったといって評価されているのは、やはり健康な野党がなかったから、尾崎さんという人は珍しい存在だ、ということだろうと思うんです。いまでもそうで、今後もそうだろうと思います。


●マウス買ったどー。チャタリングがひどくなったからなんだけど、もっと早くに買えば良かったと後悔した。で、やはり慣れたロジクールにした。

お店でいろんなマウスに触ってみたかったが、大型ショップに行っても、コロナ関係でサンプル出していないような気がして、近所の家電量販店に行ってみた。が、ロジクールのものは置いてなくて、結局アマゾンで購入。

M555、M557と来て、後継型と迷いつつ、M590にチャレンジ。クリック音が、前のがカチッなら、これはトッ。静かよ〜。

コロンと丸く左右対称で平坦なM557などに比べて、手の平側が少し盛り上がっていて大きく感じるけれど、親指のくぼみ部分によって持ちやすく、操作しやすい。続く。(hammer.mule)

ロジクールM590
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B072N792LK/dgcrcom-22/