[5043] はぐれDEATH:もう我慢できない、無自覚で無遠慮な無知

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《一番怖いのが「若い人の柔軟な発想」とやら》

■はぐれDEATH[103]
もう我慢できない、無自覚で無遠慮な無知
〈さきてぃーにでも逃げないとしゃぁないワケ〉
藤原ヨウコウ
 



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■はぐれDEATH[103]
もう我慢できない、無自覚で無遠慮な無知
〈さきてぃーにでも逃げないとしゃぁないワケ〉

藤原ヨウコウ
http://bn.dgcr.com/archives/20200703110100.html
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実はこの稿を書く前に書きかけていたものがあったのですが、ボツにしました。例によって例の如く、無駄なまでに多くの例を列挙しているうちに、書いている本人が頭に来てしまったのでした。

自然災害だけならまだ諦めもつきますが、人災となると話は別です。「人類の歴史は、劣化の歴史である」と断言した段階でやめました。救いようがないからです。

かく言うボク自身も、劣化の見事なまでの一例なのですが、自覚はしています。これ以上はやめます。また負の連鎖にしかならないから。

それはさきてぃー、じゃなくて、さておき。

前回の「さきてぃー大好き」ネタが、どうも編集長を大混乱に追い込んだようで、次のネタも仕込んではいたのですが、あまりに気の毒なのでこれまたやめることにしました(笑)。エエ子を見つけたんですがねぇ。



というワケで本題に入ります。自然災害で絶滅した種を数えだしたらキリがない。ここに人災が加わると、もう無茶苦茶になりますが、それでも長い歴史を見渡せば、率としては少ない方でしょう。

地球が誕生してから46億年といわれていますが、生命の起源となるとざっと調べた限り、定説はなさそうです。おまけに、46億年といっても誤差が5億年とか。生命の起源となると諸説ありすぎて、イマイチ分からないのですが、「40億年前ぐらいとちゃうか?(誤差2億年)」というラインから、様々な説が展開されているようです。

ちなみに人類(ヒト属)は、諸説あるようですがが、約250年前というからつい最近であります。ボクが今のコロナ騒動(副次的なものも含める)をアホらしいと考えている、根拠の一つがこれであります。

原始生命が生まれてからも、地球は何度も大規模な自然災害に出くわしています。巨大隕石が地球にぶつかって、多くの種が絶滅したり(仮説の一つですが)急激な気候変動で絶滅したりなんていうのは、むしろ日常茶飯事と言ってもいいでしょう。

ですから、今回のコロナ騒動でアタフタする方が、ボクに言わせればおかしいのです。どんな形であれ、生物はいつか死ぬのです。自分だけは逃れられる、そう思うことそのものが、どうかしているのです。

巨大隕石の衝突クラスになると、さすがに地球全体への影響は急激だろうし、被害だって甚大でしょう。この場合は、生命活動と自然が直結している状態なので、我々の社会を取り巻く状況とは明らかに異なります。何が異なるといって、人災による副次的な多重災害を、現代社会は抱えているからです。

一般的に他の生物は遊びや争いで、確実に相手を死に追いやるようなことはしません。あくまでも食べるためであります。テリトリーを守るための争いで、死に至らしめるケースもあるでしょうが、絶滅させるほどの無茶ぶりはあり得ません。

ももち(実家の飼い猫)も、色々な生き物を捕えて帰ってきますが、最終的には食べちゃうし、喧嘩となると一例を除けば殺したことはありません。ただこのケースはあまりに特殊すぎました。

ももちの3倍以上の体重を持つような相手に、手加減など無理です。実際、ももちも大怪我していますしね。返り血の量と血の色から「こりゃ殺したな」と、ボクは推測しています。

たいていは威嚇合戦と、ちょっとした小競り合いで方が付きます。もっと言えば、ももちが生態系を破壊することはあり得ません。あたりまえです。

あんなちびっ子にそんなエネルギーがあるわけないし、そもそもそういうことを目指しているとは思えません。自分のテリトリーそのものが、安全であればそれでいいのです。

ところが、現代人となるとこう簡単に話が済まないのは、言うまでもないでしょう。特に今回のコロナ騒動で露呈した人類の間抜けっぷりには、正直呆れました。

いちいち例を挙げ出すと、書いているボク自身が頭に来て、また原稿をボツにせざるを得ない可能性が高いのでやめておきます。アホらしすぎるわ。

人類のアホな所業の積み重ねなので、どないもならんのです。いずれコロナどころではない、強烈なしっぺ返しを食らうことになるでしょう。中国でまた新しいウイルスも見つかったみたいですし。

ちなみに東日本大震災で放射能漏れを起こし、立ち入り禁止区域になった地域には、さまざまな動物(元家畜・ペットも含む)が闊歩しており、これから彼らをどうするかで頭を悩ませているといいますから、アホもここに極まったと言えるでしょう。

仮寓の裏山ですら鹿やイタチが走り回っていて、人家に入ってこないように防護柵がめちゃくちゃ設置されていますが、彼らは見事に通り抜けて、夜明け前頃まで山裾の住宅地をうろついています。

後から来て、勝手に野山を切り開いて、彼らの生息地に分け入ったのは、傲慢な人間の方であります。

その一方で行政は、近所の深泥池の生態系を守ろうと躍起になっていますが、ここの生態系を破壊しているのは、やはりもっぱら人間のほうなのです。飼えなくなったペットを深泥池に放すなど、アホにもほどがあります。

積み重ねてきた人類の知識をボクが否定することはしませんが、人類が全滅すればそこまでの話であるとも思っています。遺伝子レベルで量子物理学理論(まだ確立されてないけれど)が遺伝するとは、普通思わないでしょう。

古代の生命が生まれてから、遺伝子記憶のレベルで残されている情報は、もちろん人にもありますが、あくまでもこれは「子孫を残す」という大前提があるからです。

もっとも自然で素朴な損得勘定と言えるかもしれません。実際、この手で様々な生物が生き残っているのですから、成功体験としてはかなり確率は高いといえます。

ところが、ひと一人の成功体験となると相当怪しくなります。ちなみにボクの成功体験は皆無です。あるとすれば「運が良かった」だけです。

こういった怪しい成功体験を押しつけられる方は、正直たまらないでしょう。ボクはそっこーで逃げますがね。相手にしても無駄ですから。とにかく、言ってる本人だけは信じ切っているので。



ここの作文で「ボクのいうことを鵜呑みにしないで」とか、「あくまでも個人的な経験」とよく断りを入れているのですが、ボク自身がボクをほとんど信用していませんので、こう書かざるを得ません。

失敗体験なら腐るほどありますし、おねえちゃんにも「こうなるからやめとき」とは言いますが、ボク自身の成功体験はまったくないので、こっち方面は何とも言えませんね。

ところが、根拠もなければ、さほど効果のない「成功体験」を無自覚に押しつける人も少なくはないのです。というか、「多数派かもしれない」とボクは疑っています。ボクも気をつけてはいますが、どこでやらかしているか分かったもんじゃありません。

一番怖いのが「若い人の柔軟な発想」とやらです。ボクに言わせれば噴飯ものなのですが、ほとんど宗教の域にまで達する人までいます。さらに、これだけを理由に若い子に押しつけて、言っている本人は何も責任を取らないというケースすらあるのです。

「指導」と称した「誘導」をする人もいますが、責任を取る気があるならまだマシでしょう。ちなみに、こういうことを言う手合いの多くは、そんな気概はありません。親も親で、すべてを教育機関に責任を押しつけようとしたりしますから、どないもならん、というわけです。

一昔前に、暴力団に入った若者の親が「厳しすぎる」と事務所に怒鳴り込んだ、というほとんどギャグのようなこともあったようですが、やってることは大して変わりません。現場でマジメに教育活動に励んでおられる皆様には、頭が下がるばかりです。

ちなみにボクは、若い子を「誘導」できるほど頭がいいわけではありません。若い子に比べれば知識量は無駄に多いかもしれませんが(しかも偏っていますしね)、一つの課題を見る時の視点は、恐らくかなり多角的でしょう。しれてますがね。

ですから、ヒントの提示はします。でもどんな答えが出てくるかは、ほったらかしにして好きにやらせます。ボクの望む期待値をこめて、ヒントを出しているわけではありませんから。知識の補完を、ちょっとだけしてあげるだけです。

これで大抵「そうきたか」と唸るような、優れもののアイデアが出ることが多いのです。もちろん、明後日の方向のものもありますが、これに関してはボクが「どないかならんか?」と考えます。まぁ、どないかなるんですがね。

どないかなった時の功績は、もちろん発案者のものです。ボクはちょっといじって現実的な方向に向けるだけなので、大したことではありません。

要は視点の切り替えと、フォーカスの仕方に過ぎないのですが、これはばっさり言い切るほど楽なもんではないらしいのです。「らしい」と言葉を濁しているのは、ボクがこれをやると、たいていの人が「どこをどうやったらそんな発想になるねん?」と首を傾げるケースが多いからです。

プロセスを説明しても、いまいち分かっていない人が圧倒的に多いのです。分かったふりはするが、本当に理解したかどうかなんか、目の動きを見れば大体分かります。

答えそのものは、ちゃんと当たりになってるんですよ。与えられた材料も課題も同じ。単に視点を変えて見ているだけなのですが、この単純なことが「理解不能」と言われることが多いので、「ボクだけか?」と疑わざるを得ないだけの話です。そんなことはないと思うんですけど。

ちなみにこの「視点を変える」は、ボクにとっての成功体験としてはまったく認識されていません。あたりまえの話ですが、失敗の方が圧倒的に多いから。

個人が失敗することを前提にこの手を使うと、いちいちとんでもない量の見方をしていかないとどうしようもないわけで、これぐらい非効率的なことはないのですよ。

それでも若い子たち相手にこの手を使うのは、グループで作業をするからです。一人で見られる視点の量は限られていることは明白なので、あえて頭数を増やします。誰かがボソッと言った(本人は冗談のつもりでも)それを耳にした他の子が、何かに気がつくことは割と多いのです。

ちなみにこの手は、30過ぎぐらいからどんどん通用しなくなります。アホなことを言って馬鹿にされるのがイヤだからなのか、本当に何にも思いつかないのか分かりませんが、とにかくガクッと落ちるのですよ。

もちろんボクの個人的な経験ですがね。思考のルーティンが固まってしまっているからなのだろうと思います。ボクも例外ではありません。

40代以上でも実はできる人がいるんですが、ボクの周りでは稀少かな? そういう人と何かをするのは面白いですよ。知識量だってもう半端な量じゃないですから、話を聞くだけでも充分おもしろい。

ボクよりも年上の方でも結構いますしね。こうなるとボクは余裕で下っ端気分に浸れるのですが、若い子達を相手にするとなるとそうはいきません。当たり前ですがね。

このようにボクは、単にその時に必要な知識の補完をしているだけなのですが、この手は大学の恩師の皆様に散々していただきました。アホのボクでも通用するのであります。

同級生は聞くまでもなく、さっさと理解できているのですが、ボクには何が何やらさっぱり分からないので、こうしたことをして下さったわけなんです。

それでも成績が悪かったことは素直に白状しておきます。事実なので恥でも何でもありません。経験値や知識量が増えたところで、アホはどこまでいってもアホなままなのでした。

ボクが若い子達に多くを補完しようとしないのは、ボクの知識なり経験値が歪んだ結果を生む危険性を熟知しているからです。だから、その時必要なだけの知識をちょろっとだけ出す。それで素直に先に進むわけではないので、その時にはその時にまた必要な知識だけを出します。

書いていてふと思ったのですが、実に迂遠な方法だなぁ……とはいえ、ボクはこういう教えられ方しか受けていないので、若い子達相手となるとこれしか手がないわけですよ。

ちなみに、賢い子はこんなコトしなくてもさっさと答えを出します。ボクが学生の時の大半の同級生と同じですね。ただ個人的には賢い答えだけにOKは出したくないんです。そこで「これはこれで置いておいて、別の手を考えてみようか」と促します。それでも賢い子は答えを出してくるのですからね。

もっと言えば、トライ&エラーを効率的にやってるだけなのだろうと思うのですが、あまりに効率的すぎると思考の硬直化に繋がりかねないので、敢えてさせるようにはしていました。

アホな子はトライ&エラーの量が圧倒的に多いので(エラーで終わることも多々ありますが)、別にこっちが目を光らす必要はありません。

思考の袋小路にぶつかることは、もちろんアホな子の方が多いのですが、それこそ「どないや?」と聞けばいいのです。どこで引っ掛かっているのかが分かれば、ボクが補完すべき知識は自ずから明白になります。まあ、手間はかかりますがね(笑)

ただこの手がすぐに完全に通用するかというと、そんなことは当然ありません。むしろ、率としては低いでしょう。それでもボクがこの手を使うのは、ボクがこういう教えられ方しかされてないからでもあるのですが、あくまでも彼らの個性なり、思考法なりを尊重したいからなのです。何と言っても若いからね。ボクの歪んだ思考などどうでもいいのです。

ちなみにボクが彼らに優しいわけではありません。今ならそっこーで炎上しかねないことも、きっちりやってましたしね。

思ってることがそのまま口から出るので、「アホか」は日常茶飯時だったし、「ここに何が入ってんねん」と頭を指さすこともしょっちゅうやってましたし、まぁここの作文にあるような罵詈雑言はほとんど全部使っていました。

ボクも学生時代にやられていたのですが「そうやんなぁ」と、ボクが納得していたので、疑問に思ったことすらありませんでした。

ボク自身が学生当時から精神的にほとんど成長していない、という自覚はあります。ですから「教師目線」にはどうしてもなれません。頑張っても「出来の悪い先輩」レベルであります。

ちょっと話は逸れますが、精神年齢に関して言えば、一般的な小学生レベルだろうと思います。分別も大体その程度と思っていただいて結構です。しかも、ひねくれています。

こんな人間が「大人の事情」とやらを飲むのは、ただの苦痛でしかありません。お仕事は大人の事情とやらの遥か先を、さっさと行くのであまり困ったことはありません。

就職先が印刷会社だったことも大きく影響しているかもしれませんが、徹底した現場主義はこういう精神年齢と、歪んだ性格からできたのかもしれません。ただ「大人」の皆様には狂犬にしか見えないようです(笑)。気にしていませんけど。

アホにアホ扱いされる方がおかしいのです。このことは、どれだけ歳が離れていようが変わりません。会社員時代には直属の上司をすっ飛ばして、他部署の部課長に噛みつくのですから危険視されたのでしょう。

さすがに今は、多少見て見ぬ振りはします。それでも限度を超えたら、遠慮なく噛みつきますがね。

今年中止になった祇園祭の大工さんのお手伝いでも、大工さん仲間の中では、外部に対する狂犬役はボクと決まっています(爆)

仲間内ではしませんね。する必要もないのですから。とにかく、土足で踏み込まれるのがイヤなのです。ちゃんとした大人の人は「まぁしゃぁない」で済ますところを、ボクが我慢できないだけなのです。大工さんが怪我されたらかなわんしね。

もっとも、噛みつく前に棟梁に「噛みついてもエエ?」と確認はしますが、歴代の棟梁で首を横に振った人はいません。

大工さんは危ないことを知って色々やっているので、きちんと安全策をとるのですが(これは最初の頃に丁寧に教えてもらいました)、何も知らない人間が入りこむと、それこそ地雷原のごとき状態なので、危ないことこの上ないのですよ。

ボクらが裸足で命綱もない状態で作業しているのを見て、安心するのかもしれませんが、大工さんはみんなこれで少なかれ怪我をしているのですよ。ボクももちろんその一人です。幸い、誰も大怪我はしていませんが。

ただの無知なら許します。大人といわれる世代の、無自覚で無遠慮な無知には、ボクは嫌悪感しかおぼえないのです。若い子は教えればまだどうにかなる可能性が高いのですが、できあがってしまった人は無理。「話し合い」とやらも、この手の輩としたところで、まともで健全な結論に辿り着くはずがありません。

ボクがボツにした作文には、この手の例が大量にぶち込まれていました。社会的なものだけではありません。ここでも少し触れましたが、種としての傲慢さも散々あげています。

以前にもこの手のネタを書いた気がするのですが、今回のコロナ騒動は悪いところばかりが目立ってしょうがないのです。できるだけ目を背けるようにはしているのですが、それでも情報そのものは何らかの形で入ってきます。

この国の一部の政治家・官僚の間抜けっぷりは、特に酷すぎます。もっと悲しいのは、それでもまともに反旗を翻すムーブメントが起きないことです。

なぜゲス極まりない行為の数々を見過ごすのか、さっぱり理解できません。「人を信じろ」と今のボクに言うのは、正直、無理があります。信じている人の言うことなら聞きますが。



とにかく身勝手で無責任な、大人の事情とやらに対する嫌悪感は増すばかり。さきてぃーにでも逃げないとしゃぁないワケですよ(それこそ無理がありますねえ)。

実は注目していた逸材が他にいたのですが、4月末にグループを離脱しました。インタビューなりなんなりを見ていて感じたのは、やはり大人の事情に振り回されたことも大きな原因なのだろうと思います。かなりオブラートに包んでいましたが、見え隠れはしますよ。素直な子でしたしね。

こんな例は腐るほどあるんですがね。特にボクが注目している子は、ことごとくこれで消えていく。先に書いた大人のあやふやな成功体験と、それで肥大した根拠のない自信、さらには課題を若い子達に投げ出すという、無責任この上ない事までやっちゃってる。

政治とか芸能の世界に限らず、こんなことは日常茶飯事と思っていいでしょう。明後日の方向の「自己責任」とやらも、本来は無視していいのです。

結局「大人はやっぱりきらい」なネタになっちゃったなぁ……。まぁいま吐き出せそうなネタは、これか「さきてぃーネタ」ぐらいしかないしな(笑)「さて、次回はどうしてくれよう」と、ちょっとだけ編集長を牽制してみたりして(爆)


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com


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編集後記(07/03)

●世にも愚かな「レジ袋悪魔化」が蔓延している。「みんなで減らそうレジ袋チャレンジ」キャンペーンとやらの発足式で、小泉進次郎(まだいたのか!)が「地球規模の課題を解決する“小さなこと”がレジ袋チャレンジだと思います」「断レジから断プラへ。少しずつ切り替えていくことを目指したい。私も実践したい」と無知蒙昧ぶりを炸裂。こういう人が環境相だとは世も末だ。

レジ袋の有料化と環境保護はほとんど関係ない。国内で出るプラスチックごみは年間約900万トンだが、レジ袋の占める割合はわずか1.7%に過ぎない。もちろん我々は、プラスチックごみを減らす努力が必要だ。でも、レジ袋の有料化が環境保護を促進するなんてストーリーは、ほとんど虚構というべきだ。なにが「レジ袋チャレンジ」だ。善良な国民はこのプロパガンダを信じている。

「レジ袋の有料化は、プラスチックごみに対する社会の意識を高めるための象徴的なツールだ」とか言ったのは、有料化を決定した原田前環境大臣だ。正直者である。国民の殆どは聞いちゃいないけど。レジ袋は悪魔ではなく、非常に扱いやすい万能の天使だとわたしは思う。小泉環境相はホンモノのバカ者だ。

脱プラスチック、脱ポリエチレン、ポリ袋から紙袋へ切り替えという、誰かさんだけが金儲けする妖説を本気で信奉する無知で善良な国民よ。ポリ袋を作っている清水化学工業のHPを見よ。知られざるポリ袋の世界。 1)ポリエチレンは理論上、発生するのは二酸化炭素と水、そして熱。ダイオキシンなどの有害物質は発生しない
2)石油精製時に(ポリ)エチレンは必然的にできる。ポリエチレンを使用する方が資源の無駄がなく、エコ。 3)ポリ袋は薄いので、資源使用量が少量で済む
4)ポリ袋は見かけほどゴミ問題にはならない。目に見えるごみの1%未満、自治体のごみのわずか0.4%
5)繰り返し使用のエコバッグより、そのつど使用のポリ袋は衛生的
6)ポリ袋はリユース率が高い
7)都内ではサーマルリサイクルし、ごみ焼却燃料になり無駄とならない
8)ポリ袋は紙袋の70%のエネルギーで製造可能
9)ポリ袋の輸送に必要なトラックの量は、紙袋の1/7
10)ポリ袋の製造に必要な水の量は紙袋の1/25
11)紙袋に比べ、ごみにしてもかさばらない
12)紙袋は再生できるものとできないものがある
13)紙袋は間伐材とはいえ森林資源を使用
……ポリ袋バンザイ!

レジ袋有料化による海洋プラごみ削減の効果はほぼゼロ。海洋プラごみ対策としてレジ袋を紙袋に代替してもほとんど意味がない。「リサイクルすると言って市民に分別させ、別々のトラックで運んで焼却炉でまた全部混ぜて一緒に焼いても税金を使うだけで、分別しないと同じだから、困らない。また、市民も『分別したものがリサイクルされている』と自己満足で気楽になるので、これもよいかもしれません。事実そうなっています」と武田邦彦先生。(柴田)

清水化学工業「脱プラ、脱ポリ、紙袋へ切り替えをご検討のお客様へ」
http://www.shimizu-chem.co.jp/message.html


●宝塚歌劇のショップ「キャトルレーヴ」の袋は、バイオマスで無料らしい。さすがだ。

/ロジクールM590の続き。スイッチで切り替え、2つのマシンで使える。単三電池1本で稼働するため軽い、というのがメリット。Bluetoothだけでなく、USBレシーバーでも操作できる。このレシーバーはマウス内に保管できるので、なくさなくて済む。Bluetoothにトラブルがあった時にいいかもしれない。

M555、M557用のコントロールセンターは使えず。M590用のをインストールした。スクロールがきかなくなったが、再起動で使えるように。M557用だと加速度の設定項目があったのに、M590用にはなく、Macのマウス設定のものだとしっくりこない。

気持ち悪くて、ステアーマウスをダウンロードしたよ。微調整をしたので、今はいい感じに。道具が使いやすいとストレス減るわ〜。(hammer.mule)

ステアーマウス
http://plentycom.jp/steermouse/index.html