エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[54]不要不急のお買い物 Down in the groove
── タカスギシンタロ ──

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◎不要不急のお買い物

ついに我が家にもやって来ました、特別定額給付金10万円。しかし、実のところは給付金が入ることを前提として、すでにあれこれ買い物をしてしまっていたのでした。

しかも、コロナ禍で収入が減っているにもかかわらず、それらの多くは不要不急のお買い物だったのです。「10万円もらえるんだから、なんか普段買わない物とかほしいよね」という不埒な考えに支配されておりました。すみません。

そんなわけで、給付金を当てにして買ってしまった、不要不急のお買い物を紹介していきます。



■Wi-Fi中継器……これはすばらしいお買い物でした。一階にある無線LANのルーターからの電波が弱く、二階の寝室ではWi-Fiが途切れることがあったのですが、中継器増設により、めでたくWi-Fiの扇がいっぱいに開きました。

さらにプリンタもネットワークでつなげることができて、スマホからのプリントもラクラク。来たよ、21世紀が! あと、おまけで中継器からテレビにLANケーブルをつないで、アクトビラも観られるようになりました。無料の『ぼのぼの』しか観ていませんが。

■炭酸水メーカー……「あったら便利だな。でも使わないかもしれないな」くらいの気持ちで買いました。そして購入一か月、ほとんど毎日使ってます。重たい炭酸水を買わなくてよい、ペットボトルのゴミがでない、1リットルあたりのコストが安い、といいことずくめ。もっとも、本体が結構なお値段なので、元を取るには一年くらいかかりそうですが。

当初はジンの炭酸割りで使っていました(ジンリッキーを飲むために自家製ライムコーディアルも作りました)。現在では、なんと言ってもハイボールです。

もともとウイスキーはそれほど好きでもなかったのですが、ハイボールが好んで飲まれる意味がわかりました。食事と合うんですね。あとはなんとか自分でトニックウォーターを作れれば、ジントニックも飲み放題! いずれにせよ、もう炭酸水メーカーなしには生きられない。

■ウイスキー……炭酸水メーカーでハイボールを作るようになって、ウイスキーの消費が増えました。普段はジョニーウォーカーとかフェィマスグラウスなどの、お手ごろなブレンデッド・ウイスキーのみですが、それでもスーパーでフロムザバレルを発見すると、ときめいて反射的に買ってしまいます。

主に炭酸割りで楽しむので、今のところシングルモルト沼にはまる心配はないと思うのですが、近ごろ煙たいハイボールがおいしいんですよね。あと、かっこいいロックグラスがほしい。やっぱりちょっと心配です。

■MCカートリッジ(モノラル)……最後は不要不急の極み、アナログレコード用のカートリッジです。しかもモノラル。もともとアナログで音楽を聴くのが好きだったのですが、最近はSpotifyにイヤホンの組み合わせが優秀すぎて、ちょっとレコードから遠ざかっていたのです。

それではいかんと思いたち、Spotifyでは味わえない世界の究極として、モノラルカートリッジに思い至りました。

モノラルカートリッジがほしかった理由は、ほかにもあります。10年前にボブディランの『Original Mono Recordings』を購入していたのです。せっかくのモノラルレコードの復刻版、やはりモノラルカートリッジで聴きたいと思い、10年間寝かせておりました(タリスカー10年のハイボールおいしいですよね)。

モノラルレコードのすごいところは、とにかく音が生々しい。そして静か。モノラルカートリッジはステレオカートリッジと違い、上下方向の振動でコイルが発電をしないため、ノイズが少ないのだとか。でもね、ちょっと怖いんです。

『追憶のハイウェイ61』を聴くと、スピーカーとスピーカーのあいだにボブディランがいるんですよ。そして歌うんです。「How does it feel?」って。ノーベル文学賞受賞者が部屋にいて、語りかけてくるんですよ。怖いですね。怖いけれどうれしいな。だってボブディランは友だちだから。

◎超短編

「Down in the groove」

針飛びするレコードを修復するため、わたしはマイクロマシンを操り、アナログレコードの溝へと旅立った。

「ここか、問題の場所は」

あり得ない光景が広がっていた。レコードの溝が二つに分岐しているのだ。レコードの溝は一本であるはずだ。針跳びの原因はここに違いない。わたしはマシンを操作して、その、ありえない溝へとコースを変更した。

あり得ない溝を進んで行く。どうも様子がおかしい。音の情報が刻まれているはずの外壁が、やけにのっぺりとしているのだ。

「動いてる!」

片側の壁が動いていた。するする、ぬるぬると。やがて、溝の行く先に何かが見えてきた。それは蛇の頭だった。蛇は口から真っ赤な舌を出し入れしている。

「こんなことあるはずがない。脱出だ」

スイッチを切ろうとするが切れない。ゴーグル、そうだゴーグルを外せば……。わたしはセンサーゴーグルを外そうとするが、そもそもゴーグルは存在していなかった。蛇は鎌首をもたげ、襲いかかってきた。わたしは緊急脱出ボタンを叩いた。叩いたような気がする。

気がつくとオペレーション席だった。ゴーグルは外れて首からぶら下がっている。震える手ですぐ隣にあるレコード盤に針を落とした。さっきまで溝を探検していたレコード盤だ。針が溝をとらえる。ボリュームを上げる。曲が問題の場所に差しかかる。針飛びはしなかった。

「How does it feel?」

ディランがそう語りかけてきた。


【タカスギシンタロ/超短編作家/フリーペーパー「コトリの宮殿」編集長】

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