わが逃走[265]家の中でじっとしていてもツマランので、脳内で散歩するの巻 その4
── 齋藤 浩 ──

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やはり散歩はイイ。

散歩ができるということは、時間的余裕があるということだし、時間的余裕があるということは、心にもゆとりがあるということだ。

この前咲いてなかった花が咲いたなあとか、いつのまにか住宅が更地になってるなあとか、そういったことに気づく余裕をなくしてはいかん。

しかしこのご時世である。散歩を楽しむために旅に出るというのも気が引ける。もともと私はインドア派なので、ステイホームはまったく苦にならないのだが、「カメラを持ち出したい欲」というのがじわじわと湧いてくるのだった。なので、家から5キロ圏内をカメラ片手に歩いてみようと思った。




ホントは中山道の宿場とか、瀬戸内の島々とか、北陸の日本海に面した集落なんかを歩き、夜はふらっと入った居酒屋の地元の料理で一杯やるとか、そういった“普通”の楽しみ方をしたい。

のではあるが、まあ仕方がない。好きなレンズを好きなカメラにくっつけて、歩けるだけでも良しとしよう。

と思ったものの、雨が一向にやまない。今年の梅雨は、ひょっとして過去最長記録なのではないか? 私が物心ついて以来、ここまで長い梅雨というのは初めてのような気がする。

たいてい、6月半ばから雨が多くなって、夏休みがはじまる10日くらい前にはカラッと晴れあがり、本来なら蝉の声とともに嫌になるくらい暑い夏が始まってるはずだ。

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この写真は7年前のフォルダから発掘されたもの。メモに「7月7日、梅雨明け」とある。それが普通だろ、どう考えたって! と思う。

ソニーのRX-100で撮影。これはすこぶる良いカメラだった。ブランドの誘惑に負けて、現在はライカC-LUXという中身はパナソニックのカメラを使っているのだが、買い換えたことを少々後悔している。

で、私は暑さが苦手である。なので夏は嫌いなのだが、梅雨がここまで続くというのも困る。結局、ご近所5キロ圏内カメラ散歩計画も延期につぐ延期で、気がつけば2週間が経ってしまった。

長い前置きである。なので、今回も脳内散歩の話としたい。

私が初めてデジタルカメラを購入したのは1999年の春だった。予算は12万円。
ホントはニコンF80が欲しかったのだが、仕事の関係上、どうしてもデジカメが必要となり、ニコンCOOLPIX950を購入。

当時としては超ハイスペックの210万画素モデルだ。※2100万画素ではない。付属の記録メディアは8MBのコンパクトフラッシュ。※8GBではない。

なぜそんな話をしているかといえば、そのカメラで撮った写真が発掘されたからである。どんなすごい写真かといえば、こんな写真である。

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2000年の10月に撮影している。20年前の世田谷線山下駅。いまはなき東急デハ80形を、改築前の小田急線豪徳寺駅のホームから撮ったようだ。

ついこの前のことのようにも思えるが、この直後、世田谷線車両はすべて300形に一新。ホームもかさ上げされて木造部分は完全撤去、山下駅は既製建材によるツマラナイ建物になってしまった。

さて、この踏切の手前に何があったかといえば、キッチン南海とモスバーガー豪徳寺店である。いずれも古くからある情緒あふれる店舗だったが現存せず。

小田急豪徳寺駅の建て替えに伴い、どこにでもあるチェーン店が出店し、風情のある店が次々に閉店。

駅前がツマラナくなり不況が進むと、そのチェーン店も撤退という悪循環が起きた。で、この写真は2004年にキッチン南海とモスバーガーが更地になったときのもの。

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いままで見えなかった、昭和の商店街の裏手が見えて興味深い。ここに、あっという間にマクドナルドができるのだが、すぐに撤退する。興味深いのはマックが建つ一瞬の隙をついて、美容室の裏側の壁にハンドメイドな看板が登場したことである。

おそらくは手作り書体に手作りコピー。手作りだからこそなのか、すごいインパクトを感じた。こういうコピーはプロにはなかなか書けないだろう。Canon EOS Kiss Digitalにて撮影。

2000年代、デジカメの高画素化・高性能化は爆発的に進み、半年前のモデルがクラシックとなるといっても大袈裟でない状況が続いた。

私も仕事の関係上「仕方なく」、210万画素のニコンCOOLPIX950→500万画素のミノルタ・ディマージュ7→600万画素の価格破壊一眼レフCanon EOS Kiss Digitalへと乗り換えていった。

EOS Kiss Digitalはフィルム一眼レフを使っていた者にしてみれば、ようやく現実的な価格で手に入る“まともなカメラ”だったが、不良・不具合が多く、私が購入した個体も初期不良だったとみえ、2週間で動作しなくなり交換対象となった。

とはいえ、APS-Cのセンサーはいままでのデジカメとは比較にならないほど大きく、撮れる画像も「写真」ぽくなってきた。そんなカメラで何を撮っていたかといえば、相変わらずこんな写真ばかりだったのだ。

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おそらくは豪徳寺商店街。昔からあった店舗が更地になり、それを取り囲むようにパッチワークな壁面が出現。色彩のシブさも、リズミカルな構成もイイ。1920年代の抽象画を想起させるすばらしい物件である。

以前からこういうのを「無作為のアート」と呼びオモシロがってきたわけだが、とくにこの当時は機材がデジタルに変わったことで、フィルム代や現像代を気にせず写真が撮れるよろこびを実感していた。

必然的にシャッターを切る回数も増え、そのぶん写真も上達したと思う。

で、改めて思うのだが、デジタルカメラの価格にはフィルム代と現像代が含まれているのだ。そう考えると、安いカメラがすぐに壊れるのも納得がいくし、壊れないカメラはそのぶん高いのにも納得がいく。

そういったわけで、近所の写真を発掘してオモシロがってみたが、やはり実際に歩いた方が何倍も楽しい。

梅雨前線には、そろそろいなくなってほしいと思う今日この頃なのでした。


【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。