[0971] 感傷の映画館(Sentimental Movie Theater)

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,500文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0971    2001/11/09.Fri発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 19754部
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 <単なる感傷だった>

■デジクリトーク
 感傷の映画館(Sentimental Movie Theater)
 十河 進

■デジクリトーク
 アクセル踏まずにゆっくり行こう。
 江川宜宏

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■デジクリトーク
感傷の映画館(Sentimental Movie Theater)

十河 進
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●名画座の閉館が青春の終焉を感じさせた

1988年4月21日、都内の名画座のひとつとして多くの映画ファンに親しまれて
きた飯田橋佳作座が閉館した。1957年10月に「中央線随一の豪華シネマスコー
プ劇場」を謳って開館した佳作座は、31年間にわたって名画を上映し続け金の
ない映画青年たちを慰めてきた。

僕は上京した年から数年間、毎日、池袋文芸坐、文芸坐地下、新宿テアトル、
銀座並木座、渋谷全線座、飯田橋佳作座、飯田橋ギンレイホールなどに通い、
週に10本以上の映画を見続けていた時期がある。

上京した時に初めて住んだのが赤羽線(今は埼京線だ)の板橋駅から数分歩い
た滝野川の安アパートだった。部屋は四畳半だけで炊事場もトイレも共用だっ
た。隣のおばあさんがいきなり太鼓を叩いてお経をあげ始めたのには驚いたが、
下町風の商店街が並び金がかからずに住めそうな町だった。

そんな板橋駅に初めて降りた時、駅前から少し歩いたところにある映画館の看
板を見て驚いた。新藤兼人監督の「かげろう」(1969/103分)を上映してい
た。併映作品は忘れたが、次回の上映は松本俊夫監督の「薔薇の葬列」(1969
/105分)と大島渚監督の「新宿泥棒日記」(1969/94分)だった。

「薔薇の葬列」は、ギリシャ悲劇のオイディプス伝説を下敷きにしたピーター
(最近は池畑慎之介ともいう)のデビュー映画だった。「新宿泥棒日記」はそ
の頃人気があったフランスの同性愛者の泥棒作家ジャン・ジュネの「泥棒日記」
をもじったタイトルで、イラストレーターの横尾忠則が主演した。

どちらも難解な映画群で知られるATG(アート・シアター・ギルド)作品だっ
たが、東京ではこんなところでもATG映画が見られるのだと感激し、僕は風呂
に行く格好のまま毎週その映画館に通った。その映画館は池袋文芸坐の系列館
で弁天坐といったと思う。

ひどく荒れた映画館で座席のスプリングは尻にゴツゴツと立ったし、破れたと
ころからワラのような詰め物がはみ出していた。絵に描いたような場末の映画
館だった。客はいつもガラガラだったが、わざわざ遠くからこの映画を見にき
たんだゾという感じの若い人が目立った。

しかし、その映画館は僕が通い始めて2カ月足らずで閉館になった。ミニコミ
誌として「ぴあ」が書店のカウンターの隅にひっそりと並び始める数年前のこ
とである。名画座の情報を手に入れるのは大変だった。金がないので僕は新聞
を取っていなかったし、東京の情報には疎かった。それでも高校時代の友人が
いつくかの名画座を教えてくれた。

僕は昼飯を抜き、その金で映画を見る生活を始めた。ラーメン一杯が150円だ
った頃に、名画座の入場料は2~3本立てで100円~150円だった。そのせいか僕
は体重が48キロになり、ウエストが70センチを切った。身長は170センチあっ
たから、強風が吹くと吹き飛ばされそうになった。

それから5年、就職し仕事に追われるようになると、そんな僕でさえ名画座か
らは足が遠のいた。多少の金が入るようになったせいか、時間の余裕がなくな
り2本立てを見ていられなくなったせいか、僕は見たい映画はロードショーで
見るようになってしまった。

勤務先から最も近い映画館は佳作座だったが、僕はたまにその看板を見るだけ
で中に入ることはほとんどなかった。そんな風になってから15年が瞬く間に過
ぎ、ある日、新聞で佳作座の閉館を惜しむ記事を読んだ。「レンタルビデオに
押され名画座閉館」というタイトルが付いていた。

その記事が出てから、閉館までの一ヶ月は佳作座の客は増えたという。懐かし
がる客、惜しむ客……僕もそんな中のひとりだった。

やがて、佳作座は取り壊され、跡にはパチンコ屋ができた。僕は佳作座の閉館
と「ラスト・ショー」(1971/126分)を重ねて、自分の青春が今度こそ本当
に終わってしまったのだ、と感傷に浸った。「ニュー・シネマ・パラダイス」
(1989/124分)を見た時も取り壊されるパラダイス座に佳作座を重ねた。

単なる感傷だった。18歳から22歳の自分を懐かしんでいるだけだった。名画座
は閉館し、人は青春を失う。それは青春の終わりが明確にいつからと線引きで
きないように、気が付くといつの間にか名画座という戦後の文化は滅び、名画
座に通い続けた人々も変わっていく。本人さえ気付かないうちに……

佳作座が閉館してしばらく経った頃、僕は小説のようなものを書き始めた。そ
れは18歳の頃の自分を名画座と重ねて描くことを意図したものだったが、いつ
の間にか名画座から足が遠のいたように、いつの間にか大切なものを失うよう
に、いつの間にか書き続ける情熱を失った。

●…………………………1988年5月15日

「一体、どうなっているんだ。こんな所で顔を合わすなんて……」
モギリ嬢から半券を受け取りながら、ロビーの椅子に腰を下ろしていた小野を
見付けて、ぼくは声をあげた。会うのは、十年ぶりだった。

「この映画館に思い出があるのは、何もおまえだけじゃない」と彼は答えたが、
その時、初めて隣に座っている人物に気付いた。それは、とても老けてしまっ
ていたが、館主の吉成さんだった。

「お久し振りです。すっかり白くなられましたね」
「まったく……」と吉成さんが頭をなでる。
「本当に懐かしい……」
「バカだなあ、おまえのような映画オタクでさえ、久し振りなんていう状況だ
から、ここもこんな風になっちゃうんだ」と小野が言う。

「おまえだって、久し振りなんだろ」
「いいえ、小野さんは、月に一度はいらしてました。いつも、私の部屋に顔を
見せてくださって」と吉成さんが言う。
「まあ、こいつは商売が商売だから」

負け惜しみじみた言い方をしたかなと思ったが、さっきからのやりとりが、ま
るで十五年も以前の学生の頃のことのように感じられ、浮き立つような気分だ
った。

あの頃も、小野が一番ここに通ってきていた。通ってくると、必ず吉成さんの
部屋に顔を出し、しばらく話を聞いていく。アルバイトとして働いていたぼく
より小野の方が吉成さんと話す機会は多かったのではあるまいか。

「でも、ここが閉館になるとさみしくなりますね」
「佳作座さんも先月の21日に閉館しましたからね。時代の趨勢でしょう。ビデ
オでいくらでも名作が見られます。名画座へ通うというお客さんは減りました」

吉成さんの口調はさすがにさびしそうだったが、暗さが感じられないのが救い
だった。昔から、物事に執着を見せないさっぱりした気性で、生意気盛りのぼ
くたちが挑発するように映画論をふっかけても、どこか仙人のような笑顔を見
せ、むきになることがなかった。

「閉館の噂を聞いたのか、連休にはずいぶんお客さんがきてくれました」
「ちょっと、手遅れでしたか」と小野が言う。
「そうですね。まあ、私もそろそろ引退したいと思っていましたし。悠々自適
でビデオでも見て過ごしますか」

「ぼくの仕事もすっかりビデオばかりで……」
「小野さんの活躍は見ていますよ。Vシネマは昔のプログラムピクチャーみた
いなものでしょう。すべてフィルム撮りだし、作っているのは映画ですよ。映
画館でかけるか、レンタルビデオ店に置くかだけの違いです。現に、若い才能
がそこから育っているじゃないですか」

大学を出てピンク映画のプロダクションに入った小野は、数年、助監督をやっ
ていたが、三十で監督になり、何本かの作品で注目されるようになった。ある
プロデューサーに認められ初めて大手で一本撮ることが決まった夜、ぼくは電
話をもらった。8年ぶりのことだった。

幸いにも映画は好評だったが、客は入らずという結果になり、実力は認められ
たものの、劇場公開作の話はこなくなった。その代わりVシネマの仕事が増え、
ここ2年間で7本の仕事をしていた。

セックス描写ではピンク映画時代に培った実力を発揮したし、アクション演出
にはシャープな切れ味を見せた。昔のよしみで、ぼくは小野の仕事はすべて見
るようにしていた。

「そういえば、最新作を借りて見たよ。『男たちの肖像』ってやつ」
「日本風ハードボイルドですよ。湿っぽいセンチメンタリズムたっぷりの」
「自覚してるじゃないか。いつ、ゴダールばりの前衛作品を見せてくれるんだ」
「ゴダールはやめだ。サム・ペキンパーでいく」

ぼくは、不意に思い出した。サム・ペキンパーの『ワイルドバンチ』と『昼下
がりの決闘』の2本立ては、ここで見たのだった。1969年の12月のことだ。雨
で映画館の中全体が湿っぽかった。

その時の雨の匂い……

●…………………………1969年12月26日

クリスマスが終わり、暮れの買い出しが始まるまでのほんの数日、12月にして
は街が静まる時がある。勤め人たちは仕事納めの直前で忙しくしているが、日
中、銀座だとはいっても一本裏通りに入ると、けっこう人通りも少なかった。

イエナ書店でロス・マクドナルドのペーパーバックの新刊を買い、テイジンシ
ョップのショーウインドーに飾ってある濃紺のダッフルコートを覗いてから、
銀座キネマへ行きその前で傘をさしたままぼくは立っていた。

圭子は必ず約束に遅れる、と西村が言っていた。その幅も一定ではない、五分
くらいの遅刻から、ひどい時には二時間も遅れることがあるという。時間の観
念がないんだ、いや、時間を認識できなくなるんじゃないかと思うこともある、
と西村は溜め息をついたことがあった。だから、彼女と会っているとまったく
時間を気にしない……。

西村の言葉が聞こえるような気がした。西村は病院で意識不明のまま年を越す
ことになるのだろうと、ぼくは思った。そのことを考えると、圭子と映画を見
ようとしている自分に腹が立ってきた。

だが、二箇月以上も意識不明の西村を心配のあまり、どんどんやつれていく圭
子を見るのは忍びなかった。圭子は授業が終わると警察病院へ行き、追い出さ
れるまで枕元で西村を見詰めている。

西村はデモに出て催涙弾の直撃を顔に受け、警察病院に収容されたが、脳内出
血をしていると診断され両親は大学病院へ移したがった。しかし、今、動かす
と命の保証はできないと言われて、そのまま二箇月がたつ。

意識が回復しても後遺症が残るのは確実だと医者に宣告され、息子を返してく
れ、と母親は狂った。一時、圭子も西村の母親と一緒に狂った。母親と恋人が
ふたりして枕元に座り病人を見詰めている光景を見て、ぼくは圭子を連れ出す
ことにした。

だが、本当に理由はそれだけだったのか、とぼくは映画館の前でぼくを問い詰
める。圭子に会った最初から、ぼくは圭子を好きだったのではあるまいか……。
西村の恋人だったから、ぼくは自制心を保っていられたのではないのか。ぼく
は、圭子がぼくの恋人だったら、と想い描いたことはなかったか。

答えは出なかった。いや、出したくなかったのかもしれない。物事は曖昧にし
ておいた方がいいこともあるのだと、ぼくは分別盛りの中年男のように言い聞
かせた。

その日、ぼくは一時間待たされた。花柄の傘をさし赤いハーフコートを着込み、
黒いミニスカートとブーツをはいた圭子が細い膝を見せながら歩いてきた時に
は、『昼下がりの決闘』は半分以上が終わっていた。

「ごめんなさい」と圭子は言った。
「いいんだ。こんな雨の日に付き合ってもらって、ぼくの方こそ、ごめん」
「気をつかわないで、そんなに。映画を途中から見るの、嫌いだったじゃない」
「いいんだ。映画はもう一度見られる」

「本当にごめんなさい」と圭子は深々と頭を下げた。「病院に寄っていたの」
ぼくは、何も言えなくなった。圭子が涙を流すのを見た。
「入ろう。『ワイルドバンチ』はきっと面白いよ。西部劇だけど、きっと気が
晴れると思う」

ぼくらは傘をたたんで、窓口でチケットを買い、中に入った。ロビーの椅子に
座って次の回の上映時間まで待つことにした。ロビーにはモギリと売店の売り
子を兼任しているおばさんがひとりいるだけで、森閑としていた。

おばさんも、ぼくらの入場券を受け取った後は頬杖をついてぼんやりとしてい
た。昼下がりの時刻で、映画館の前で立ち止まってポスターやスチールを眺め
ていこうという人さえいなかった。

圭子はたたんだ傘を杖のようにして持ち、その手の上に顎を乗せ浅く椅子に腰
掛けていたが、視線が定まっていなかった。ぼんやりしているというのではな
い。まるで目の前を蝶々でも飛んでいるかのように、何かを追って視線を向け
ているようだった。

そんな圭子には何も声がかけられず視線を下げて、ぼくは圭子のミニスカート
から出ている白くてすべすべした太腿と膝を見詰めた。そっと触りたくなる美
しさだった。盗み見ている後ろめたさが湧き起こってきたけれど、目を離すこ
とができなかった。

「触りたい?」
「うん」

ぼくは自分の気持ちを見透かされてしまったような圭子の問いかけには驚かず、
素直にうなずいた。
「触らせてあげる。後で……」

圭子の言葉にはまったく性的な匂いがなかった。お菓子を欲しがる子供に「後
でね」と言っているような口調だった。
「彼もね、私の足がお気に入りだったの。よく誉めてくれたわ」
ぼくは、ようやく圭子の足から視線を外すことができた。

ワイルドバンチ(野盗団)が鉄道の駅を襲ったものの賞金稼ぎたちの待ち伏せ
に合い、町の人々を巻き添えにした大銃撃シーンが終わってホッとした時に、
隣から圭子の手が伸びてきた。

圭子の手はぼくの手をつかみ、自分の膝に導いた。ぼくの右手は圭子の膝を包
み込むような形になり、そのぼくの手を圭子の両手が包み込んだ。スクリーン
ではアーネスト・ボーグナインが鬼瓦のような顔で笑っていた。

「いつも、こうやって映画を見てた」
圭子が耳元でささやいた。そう聞いて、ぼくの心は悲しみに閉ざされた。右手
が触れている圭子の肌の感触も遠くに消えていった。ぼくは、さっき圭子を待
っている時に自分に問いかけた答えをようやく見付けていた……。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雑誌編集者。佳作座が閉館した二日後、森喜朗という名の自民党組織委員長が
「大阪は痰壺、公共心のない汚い町」と発言し問題になった。12年の後、首相
になったその男は、やはりあちこちで失言を繰り返し最低の支持率を記録する。
失言・舌禍事件が多いのは僕に似ている気がする。

昔書いた文章が「投げ銭フリーマーケット」に出ています。デジクリに書いた
文章も数編入っています。
http://www.nagesen.gr.jp/hiroba/

ネットギャラリーとオリジナルプリント販売を担当しています。
http://www.genkosha.com/gallery/photo/

撮影スタジオ検索・撮影関連サービス検索・フォトエージェンシー検索など広
告・写真撮影関連情報サービスを11月15日から正式開設します。
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■デジクリトーク
アクセル踏まずにゆっくり行こう。

江川宜宏
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MacでCGなどを作り始めてもうかれこれ6年、ずーっと商売のことなど考えずに、
やりたいようにやってきた。で、気付いたらそんな作品達で、部屋もハードデ
ィスクもいっぱいになってたわけで。

「ここらで一つ、区切りでもつけてみようか」ってな軽すぎる出来心で、今回
個展を開くことにしました。まー「できちゃった個展」とでも言いますか、い
や、言わないな。うん。言わない。

まーとにかく、そんな出来心で個展を開くことを決めた時、僕は「これだけ色
々と作ってるんだから、個展開くのなんて朝メシ前さ!」などと「Macを買え
ば僕も今日からデザイナーさ!」と同じくらいお手軽風味に考えていたんだけ
ど、当然現実はそんな大甘ちゃんの僕を笑顔で迎えてくれるワケがありません。
当たり前。

現実は、血の涙なくしては語れない様な残業と休日出勤の嵐の中、自分のスッ
トコドッコイな無計画ぶりを呪いつつ、色んな人に助けられまくりの感謝しま
くりで準備を進めて参りました。

なにせ、やりたい放題で6年間も作ってきたモノ達はCGから写真、オブジェや
動画と、もう収拾がつかない状態。それらを整理して、展示形態を決め、必要
に応じて手を入れなおし、当然新作も制作しつつ宣伝やら事務的なごたごたに、
掃除洗濯炊事家賃の振り込みと、はっきり言って、個展始まる前でナンですが
「もう二度とやりたくない(作者談)」くらい忙しかったッス。
(などと過去形で書いてる今もまだ修羅場中)

そうそう、宣伝らしいこと書いておかないと、こんなスペースもらって何やっ
てんのか分からないので書いておきます。興味がおありでしたらHPでもご覧頂
いて、お時間取れそうなら、是非お立ち寄り下さいませ。以下詳細。

■江川宜宏作品展NG【ニュートラル・ギア】■

//展示内容//

缶バッヂオブジェ:
缶バッヂを平面に貼り込んだ、妙チクリンな半立体作品。平面との結合部分は
「割りピン」なので、バッヂ部分がクルクル回り、かなりマヌケな雰囲気を醸
し出します。会場では当然、実際に触ってご覧頂けます。
※お子さまにも触って頂けるような展示形態を計画中。

写真:
軍艦島やフランス・イタリア・近所の風景など、安物のコンパクトカメラで手
当たり次第にパチパチ撮りためた写真の中から数十点ほど。テレビや旅行雑誌
にあるような美しい観光名所写真は一枚もありませんのであしからず。

CG:
96年から製作を始めた3D&2DのCG。B0サイズの大判モノから、小さいモノまで
色々と。95年に製作したフォトコラージュの習作も少しだけ公開。

動画:
99年に某イベントで出品した可逆変速再生の動画制御アプリケーションをオー
トデモ仕様に改造して展示。ムービー展示のクセに勝手に変速したり、逆再生
したりします。

おみやげ:
99年のディジタルイメージ・クリスマス展の際に作ったクリスマスカード。ク
リスマスも近いし、早いもの勝ちでプレゼント。恐らく、もれなくプレゼント
できるくらい十分な枚数ありますが、品切れの際はご容赦下さい。

//会期//11月20日(火)~25日(日)10:00~19:00(最終日は17:00まで)

//場所//ギャラリートノムラ 大阪市北区西天満4-3-13河合ビル2F
    http://isweb14.infoseek.co.jp/art/tonom/

詳しい情報やギャラリー近辺の地図は僕のホームページ(下記)にもあります
ので、どうぞご覧下さい。

江川宜宏 saccade@osk.3web.ne.jp
看板屋からPCのサポートなどを経て、現在DTPオペレーター。不器用なのに工
作好き。緑茶好き。昼寝好きの散歩好き。ディジタル・イメージ会員。
ホームページ【G-サッカード】
http://www.osk.3web.ne.jp/~saccade/

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■セミナー案内
「Shockwave3Dセミナー」~プロ-ドバンドの可能性を探る~
http://www.dhw.co.jp/
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<主催者情報>

ブロードバンド時代到来と共にインターネットの使われ方が変化している今、
新たな表現方法としてShockwave3Dがあります。インターネット上でCGキャラ
クターを動かすことでき、3Dゲームが楽しめるなど様々な形で用いられていま
す。このセミナーではデジタルハリウッド専任講師であり東京大学の非常勤講
師も勤めるDr.深野がShockwave3Dを解説し今後の可能性を探ります。

日時 11月17日(土)15:00~17:00
場所 デジタルハリウッド大阪校(デジタルエイトビルB1セミナールーム)
参加費 無料(要予約)
申込方法 メールにてお名前/住所/電話番号/件名「日刊デジクリ1109」と
記入の上 mailto:osaka@dhw.co.jp までご連絡ください。

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■編集後記(11/09)
・伊藤穣一「みんなが勝手にやればなんとなくいい」村上龍「それしかないで
すよ。勝手にやるしかない」トいうのが、IT時代の大物とマルチな才能を誇る
作家の対談の結論で、これってそうとうお粗末じゃないですか。JPCコンファ
レンスの2日目は、「表現者とメディア」のタイトルで思い切った大物対談を
セットしたが、ふたりとも準備不足はみえみえで、龍サンが冒頭「何から話せ
ばいいんですか」とふたりを紹介してから舞台袖に引っこんだJPC理事長に尋
ねるというトンデモなスタート。ふたりの話はかみあってなくて、おのおの勝
手にしゃべっているという印象だ。ジョーさんは明解な分析っぽい話で説得力
ありそうだが、残念ながらわたしには理解できなかった(でも、じつにいい声
だねえ)。龍サンは意外に話し下手で華がない。IT不況でみんながあえいでい
る時期に、プロフィットじゃなくてバリューだとか、自分がハッピーになる概
念だとか、そんなお気楽を言えるのはあんたらだけだヨ! すっかりアタマに
来たわたしであった。でも、そのあとのプログラムの出演者たちはみんな準備
万端、すばらしい講演だった。ああ、疲れた2日間だったけど、大きなイベン
トの運営って(いうほどわたしはやってないけど)面白いなあ。  (柴田)

・新AIBO。家に犬はいるし、いままでいろんな動物を飼ってきたので、AIBOを
欲しいと思ったことはなかったが、今回のは、もっとメカメカしてもいいんじ
ゃないの、と思っていたりするくらい期待している。/webを作る側から、ど
うこう言っても意識を高めても、あかんような気がしてきた。「webサイト発
注の仕方」という企業のサイト発注担当者の心得本を作りませんか? サイト
やPDF、冊子でもいいです。制作会社を探すには、指示の出し方、効率の良い
サイト制作作業、発注から納品までの流れ、とかのコンテンツで。例えばweb
制作者は、この本を企業側に持っていって、チェック入れながら進めるとか、
いきなり自社リニューアルを任された畑違いの人が、書店でふと手に取るよう
なモノ。いかがっすか?出版社さま。この企画買いませんか?(hammer.mule)
http://www.aibo.com/exp/  新AIBO  /発注冊子、すでにあったりして。
http://pcgaz.nikkeibp.co.jp/pg/pcgaz/rev/ard/newaibo.shtml PCGAZの記事

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発行   デジタルクリエイターズ
     <http://www.dgcr.com/>

編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 

情報提供・投稿・プレスリリース・記事・コラムはこちらまで
 担当:濱村和恵
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