[0984] 僕の憧れ、僕の恋人、スーパーカー (後編) 連載(26)

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0984    2001/11/29.Thu発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 19785部
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 <今日はデジタルのデの字もない2本立てです~>

■デジクリトーク
 僕の憧れ、僕の恋人、スーパーカー (後編) 連載(26)
 8月サンタ

■デジクリトーク
 推理小説『金魚は知っていた』(本編)
 永吉克之



■デジクリトーク
僕の憧れ、僕の恋人、スーパーカー (後編) 連載(26)

8月サンタ
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●一時帰京してみた

先週の三連休、所用で実家の京都へ帰ってきた。(帰京と書いてもバチは当た
るまい)どんぴしゃりの紅葉に恵まれ、非常に幸運だった。何かと紅葉が有名
な京都だけれど、実際は一年のうち、息をのむほど美しい瞬間というのは、せ
いぜい三日間くらいである。もちろんハズレの年もある。今年の連休はお休み
と最高の時期が重なった。観光客大喜びの年だろう。

・紅葉をちょっと撮ってきました
http://www.londontown.to/santa8/kyoto/

子供時代を過ごした一条の新町も訪れてみた。子供の頃は北の今出川通りから
南の丸太町通りまで、東は御所、西は堀川通りまでが世界の全てだった。とて
も古くて狭い地域だ。やはりワンルーム・マンションなどの侵食が激しいけれ
ど、30年くらいでは全く変わらない家も多くて、ほっとした。

この辺の古い家、古い通りには霊がいる。平安時代から住居があった場所だか
ら当然だ。東京に行ってお化け・幽霊のたぐいはバカらしいほど信じなくなっ
たけれど、京都にずっと暮らしていれば、目に見えないものも生活の一部、と
いう、"力"みたいなものを感じる。

昔の家を壊すときも大騒動だった。祖父、祖母、親戚、近所の人からあらゆる
超自然的な物言いがついた。裏庭のつるべ式の古井戸も埋められたが、大工さ
んは竹筒を一本差して「龍さんにな、呼吸ささなあかんねん」とその場所を残
しておいた。未だにそんな痕跡が、何気ない顔をしてガレージの隅っこなどに
残っているから油断がならない。究極の都会は究極の田舎なのである。

幼時の私の世界の西の果てに当たる、一条の堀川に、戻り橋という小さな橋が
あり、そのそばに晴明神社という神社がある。ここは今、妙にブームになって
いる陰陽師、安倍晴明を奉っている。最近は、ソレとおぼしき観光客が写真を
撮っていて少々恥ずかしいが、子供の頃は母に「戻り橋いうのは、死んだ人が
帰ってくる橋なんえ」と教えられて少々怖い場所だった。うちの一番下の弟の
名前は、この晴明神社の神主さんに付けてもらった。本人は覚えていないと思
うが、今なかなかプレミアな名前ではないだろうか。

子供の私には「やらと」だった「虎屋」でところてんを食べて、(くずきり千
円は暴利だと思う)古い味噌屋の並ぶ室町を抜けて帰ろうとすると、途中にや
たらカネのかかったマンションがあって、こんな場所に隠れ家があればいいな
あと見上げていたら、後の方で「らもす…らもす…」とぼそぼそささやく声が
する。振り返るとおっさんが立っていて、「…ここの上にラモス瑠偉が住んで
たんや」そういえば彼は京都サンガに一年いたのだった。

次の日京都新聞を広げたら、そのらもす…らもす…とささやいていたおっさん
と同じ顔が載っていて驚いた。上京区の大工さんだったのね。とにかく不思議
な雰囲気の街であった。

●(先週の続き)自動車バブルの時代

今月発売の「ENGINE」誌は1989年特集だ。私がその関西ローカルの自動車雑誌
に出入りしていたのは87~89年だから、まさに同時期ということになる。いわ
ゆる「自動車バブル」のまっただ中で、業界の人間全員が、いろいろと思い出
深い時代なのだと思う。

定価4500万円のフェラーリF40、その車に2億円の値段が付いた。その値段でも
いろんな人が欲しがったが、売るための実車が不足していた。何故みんなが2
億円出しても欲しがったかと言えば、取りあえず買っておけば、購入額よりも
高値で転売出来ると思っていたからだ。土地も車も同じ、時が経てば値段が上
がっていく資産と見られていた。嘘ではない。今では信じられないのだけれど。

当時外車販売の現場には、二種類の人間が出入りしていた。即ち、昔から外車
屋だった筋金入りの業者と、儲かると見て入ってきたブローカーだ。当時は儲
け話の絵が描ければ、銀行だろうが企業だろうが個人だろうが、資金は簡単に
引っ張ってくることが出来た。(もちろん借金である。そのことに皆が気づく
のに三年を要した)いいクルマを商品として乗り回しながら、電話一本で、右
の客から左の客へ転がせば儲かるのだから笑いが止まらない。土地を持ってい
る人、公務員、金融事故歴がない人なら、銀行は「借りて下さい」とお金を貸
したので、その使い道として家(土地)とクルマは格好の対象だったのだ。

●実はバブルと関係のなかった「外車屋さん」の世界

大阪で開かれていた、業者向けオークションの会場でも、そんなン億円のクル
マがプレミア付きで取引されていたかというと、そういうことはなかった。中
東などから引っ張ってきたリムジン(ダッシュを開けると本当に砂が入ってい
た。あちらの業者は、ちゃんと整備して輸出しようなどとは毛ほども考えてい
なかったらしい)や、ベンツのSクラスなどがもの凄い勢いで取引されてはい
たものの、F40が2億円、テスタロッサが5000万円などという暴利の取引は、主
に、外から入ってきたブローカー達の手によって、直接、欲に目のくらんだ客
との間で行われていたからだ。

もちろん欲に目のくらんだ外車屋も大勢いた。しかし、まっとうなクルマ屋で
あればあるほど、クルマというものに対する常識が、そのプレミア相場を受け
付けなかった。

自動車は走るものだ。乗り物だ。乗ったら乗っただけ確実にぼろくなる。タイ
ヤは減り、ボディは汚れ、錆は浮き、ゴムは劣化し、塗装はやける。新車のま
ま保管しておいたところで、クルマというのは回す部分を回してやらないと、
人間と一緒で固まってしまう。タイヤのゴムは、使っても使わなくても、一年
たったら消しゴムのようにもろく変質してしまう。湿度があればカビはどこか
らでも入り込んでくる。絵画や宝石のように保存するわけにはいかない。使っ
てなんぼ、の機械だからだ。クルマ屋はそんな現実を見ている。

オークション会場には、生活感溢れるクルマ達がやってくる。キレイに磨いた
からといって高く売れるわけではないからだ。業者たちは見かけには余りこだ
わらない。見た目をピカピカさせるくらいは簡単なことなのだ。それよりは本
当の走行距離、前のオーナーの素性、事故歴の方が重要だ。新車時、あれほど
ショウ・ルームで光り輝いていたクルマも、中古車になると、その素性・本性
がオークション会場の駐車場で明らかになる。

イタリア車の劣化の速さは悲しいくらいだ。高級家具調のレザーシートは、色
あせ、よく見れば引っ掻き傷で一杯だ。ボンネットを開けると電装部品はこと
ごとく信用ならない。二千万円のフェラーリも一千万円のマセラーティも同じ。
英国車も酷い。実はロールスロイスも、使い方次第で結構くずになる。大きい
クルマが手入れされず、つやも飛んでしまうと、悲しいくらい安っぽくなる。
たとえは悪いが、「夜明けの場末のホステス」状態なのである。それはバブル
時代も今も変わらない。

●本当に頑丈なクルマとは

逆に中古車でこそ真価を発揮するクルマも多々ある。代表格がベンツだ。95年
以降のベンツは変わってしまったというが、当時のベンツはやはり鋼の強靱さ
を持ったクルマだった。

あるとき、仲良くなった門真の某店の社長が、事故車の見分け方の裏技をこっ
そり教えてくれた。高価なクルマも事故をする。高価なクルマほど、丁寧に直
して無事故車として売れば、相場をはるかに超える売却差益が出る。

しかし、事故車というのは人間と同じで、必ず目に見えないところにもダメー
ジを受けている。工業製品だから、ダメージのある部分はほっておいても直ら
ない。どんなに手をかけても再生出来ない場合もある。デリケートなのである。

ベンツはとにかく高く売れる。すぐに客が付く。だから、事故修理のテクニッ
クも神業レベルの奴らがいる。ちょっとやそっとでは、プロの外車屋でも見分
けられない事故車があるのだ。

「オークション会場で、あからさまにこのクルマ事故車ちゃうか、と調べまわ
すのは失礼やし、気分悪いやろ? 時間もあらへんしな。でも、ン百万払って
こっちは仕入れるわけや。失敗するわけにはいかへん。そんなときはな、シー
トを後ろに押してみるねん。」

「自動車のシートいうのは、例えば追突やったとき、ぶつけたとき、乗ってる
ドライバーの体重を、丸ごと受けとめるからな、かなりの衝撃を受けるねん」

「バンパーやボンネットに傷がいったら、それは念入りに直すわ。しかし、シ
ートと、シートをボディにつなぎ止めるシートレールにまで気を配って直す業
者はあまりおらん。はっきり言ってしまうと、ベンツ以外のシートレールなん
て安もんやから、ちょっとくらいの事故でもガタが来る。慎重にみたら分かる
くらいのな。だからシートがガタついたら、これはヤバイ、ゆうことや」

「逆にベンツのシートがガタついたら、それはしゃれにならん事故をやっとる
いうことや。ベンツのシートの付け根、いっぺん見てみ? そら、頑丈に付け
てある。一切の手抜きなしや。弁護士、医者、ヤクザ、命の重み知っとるもん
が愛用するのも分かるやろ(笑)」

いやいや、あっぱれなものだった。

●白衣の親父の伝説

気が付いたらまた長くなってしまった。個性豊かな大阪の外車屋のおっちゃん
の姿を書くスペースが足りない。億単位の金が右へ左へ動くバブルはあまり関
係がなかったけれど、例えばニューモデルをどこの店が最初に入れるか、など
は大阪独特の競争があった。「関西第一号車」というのは祝儀的な相場がつい
て、みんなが売った業者を「流石やな~」と誉め称えた。

客以外の電話は「もしもし」で全て切ってしまう大老舗の社長、ヤクザに命乞
いをさせたという伝説のベンツ屋のオヤジ、話し出せば切りがないが、ひとり
だけ挙げろといわれれば「●●キ自動車」の社長を挙げる。

オークション会場に、いつもよたよたと現れる白衣を着たホームレス風の親父
がいた。実を言うと、昨年逮捕されたライフスペースの高橋代表に生き写し、
というくらい似ている。オークション会場で、この人が車を入札するのを、と
うとう最後までみることは出来なかった。ただ、必ず会場にいるのである。
…片手にワンカップ大関を持って。

この人が、大阪空港近くにあるアメリカ車専門の老舗、●●キ自動車の名物社
長だった。相棒のY山さんも何度か訪れたことがあるのだが、殺風景な事務所
に冷蔵庫が一つあって、中にはワンカップ大関しか入っていない。行くと必ず、
「どや」と一本、当たり前のようにすすめられるのだそうだ。

「ところがサンタ君、怖いのはや、」Y山さんが教えてくれた。

「●●キの親父、この●十年、無事故無違反らしいねん」

【8月サンタ】ロンドンとル・カレを愛する33歳 santa@londontown.to
・●●キ自動車の名誉のために付け加えておくと、ここの二代目、息子さんは
アメリカン・グラフィティに出てきそうな、ハンサムでイキのいい若者だった。
♪今週はその頃良く聴いてた、スクリッティ・ポリッティの「Oh,Patty」。青
春の一曲といえば、実はコレです。

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▼デジクリサイトの「★デジクリ・スターバックス友の会★」クリスマスだ!
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■デジクリトーク
推理小説『金魚は知っていた』(本編)

永吉克之
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主な登場人物

・中牟田邦雄..........警視総監。
・鹿野護..............殺された大学教授。
・鹿野和恵............その妻。
・イワン・ペトロフ....鹿野家のひとり息子。
・平村哲生............鹿野氏の大学の助手。
・がいず..............同じく、鹿野氏の大学の助手。
・山本善衛門..........素晴らしい男。


私は中牟田邦雄。警視総監だ。あんな奇妙な、いや馬鹿げた事件は後にも先に
も、30年間の警察官生活では初めてだ。

警部の指令でこの殺人事件に回され、現場を見ながら、私は常に犯人に見つめ
られているような感覚にまとわりつかれていた。この奇妙な感覚が錯覚ではな
かったことが、後になってわかるのである。

犯行時刻は午前一時頃。被害者の鹿野護氏は51歳の大学教授。専門は考古学。
考古学者だけあって、遺体発見現場である自宅の研究室は出土品であふれてい
た。大小の化石、骨、容器、装飾品などが、棚にところ狭しと陳列してあった。

遺体の様子は無惨だった。鹿野氏は頭部を頚部から切断されていて、そこら一
帯、床といわず壁といわず天井といわず、血が飛び散っていた。チェーンソー
のようなものを使わない限り、こんなに飛び散ったりはするまい。しかし、犯
人はかなりの返り血を浴びたはずにもかかわらず、この書斎以外では、血液反
応がまったくなかった。

鹿野氏の研究室は、日光による出土品の褪色を防ぐために、二つある窓は内側
から板が打ち付けてあるが、板をはずして外に出た形跡がない。研究室から出
るとすれば、邸宅内の廊下に面したドアしかないが、そのドアは向いにあるリ
ビング・ルームからは丸見えなのだ。しかも、そのドアは蝶番が錆びていて、
開けるたびに不愉快な金属音がするので、そのドアを開けると、家のどこにい
ても聞こえるのである。

犯人はどうやって現場から逃走したのだろうか?

                 ●

やはり犯行時刻、家人は皆それらしい音が聞こえたと証言した。例えば、研究
室の斜め向かいの寝室で「週刊大衆」を読んでいた44歳になる妻の和恵は「え
え確かに、電気ノコギリが回るような大きな音と、男性の断末魔のような声が
聞こえました。でも主人は声帯模写が得意で、電気ノコギリの音と断末魔の声
を作る練習をしているものとばかり思っておりましたんでございますのよ、ホ
ホホ」という。

また、研究室の向いにあるリビングにいた高校生の息子、イワン・ペトロフは
「出土品を分析するために、骨か何かをチェーンソーで切ってる最中に、間違
えて命の次に大切な、王選手(現ダイエー監督)のサイン入りバットを切って
いるのに気がついて絶叫したのだとばかり思ってましたよ。それ以外に想像で
きます?」

そして、鹿野宅に泊まり込みで研究を手伝っていた助手の大学院生、平村哲生
は、研究室の隣の部屋で仮眠中だった。「突然の機械音と絶叫で目が醒めてし
まいました。寝入りばなを起こされたので、やたらに腹が立ってしかたがなか
ったのですが、今寝とかないと後がキツイので、酒をガブ飲みして、また寝ま
した。今思い出してもムカつきます」と話す。

そして、三人に共通するのは、研究室のドアを開けて誰かが出ていく音はしな
かったということなのだ。

以上、事件当夜、鹿野宅にいた三人に聞き終わったところに、私の手下で、普
段はエステ・サロンを経営している裁判官が興奮して現場に駆け込んできた。

「今朝から、付近の住民に聞き込みをしてたんですがね、あの時刻にチェーン
ソーをぶらさげて歩いている血まみれの男と路上ですれ違ったっていう人がい
ましたよ。しかも、その男のことを知っていて、同じ町内に住んでいる、名前
を山本善衛門という四十前後の男らしいです」

私はこれを聞いて、拍子抜けしたというか、もう事件は解決したしまったよう
な気がした。しかし不明な点もあるので、とにかく、その山本某と会わなけれ
ば・・・。

                 ●

署にもどって、捜査の状況の報告会をしなければならない。そのメンツの中に
は警部をトップにして、おまわりさん、機動隊、警視総監、Gメン、鉄道警察、
落下傘部隊、スパイ、短絡的な婦人警官、肥満を気にする人、などがいた。

私は、まず嫌疑のかかっている四人について説明した。

「ひとりめは妻の鹿野和恵です。近所では、よくできた妻という評判なんであ
りますが、夫の鹿野氏が女癖が悪く、大学教授という地位を利用して女子学生
に交際を迫った、といったような噂が絶えなかったこともあり、夫婦仲は険悪
だったということであります。そして、彼女自身も、鹿野氏の助手のひとりで
あった、がいずという大学院生と出来ていて、鹿野氏と別れたいというような
話しをしているのを、平村氏が聞いております」

説明し終わると、同僚の警視総監から意見が出た。「しかし和恵は鹿野氏の葬
儀の時、涙を見せていたという報告もあるし、クロとは考えにくいなあ。涙を
見せる・・・彼女は裏切られながらも鹿野氏を愛していたにちがいない。美し
い話じゃないか。もし、鹿野氏を殺したのなら、男とおおっぴらに会えるわけ
だから、葬儀のあいだ、狂ったように大笑いしてるはずだ」

反対意見はなく、和恵はシロということになった。

「ふたりめは息子のイワン・ペトロフ。学力優秀で、国立大学を出て官僚にな
るのが希望だったのですが、天秤座で血液型がAB型、それに二重まぶただった
ので、父親の鹿野氏は猛反対だったそうです。それで、息子を競馬の騎手にし
ようとしたのですが、身長が高すぎて不向きだといわれ、父親に、この役立た
ず、と罵られて以来、ひとことも口をきかなかったそうです」
「なぜ、競馬の騎手にしようとしたんだ?」
「ただ、なんとなくだったそうです」

落下傘部隊の隊長から意見がでた。「彼をクロにするのは可哀想だ。父親のき
まぐれで、なりたくもない騎手にさせられようとして失敗すると、ネコでも捨
てるように見放す。もし、本当に殺したとしても、これは正当防衛だ」落下傘
部隊全員の拍手に、反対できるものは出なかった。

「三人めは、がいず。平村氏と交代で鹿野氏の助手をやってました。彼は20歳
も年の離れた和恵が、夫に冷たくされているのに同情して話し相手をしている
うちに心が通じ合い、深い仲になったものと思われ、鹿野氏に反感を持ってい
たであろうことは、容易に推測できます。ただ現在、彼は消息を断っています。
彼が助手をやる当番の週の最終日が終わるや、いつの間にかいなくなったとい
うことです」

短絡的な婦人警官が手をあげた。「44歳といえば、まだ女盛りです。まだまだ
男の温もりが欲しい年頃です。そんな女が愛する夫に冷たくされているときに、
20歳年下とはいえ、男性から優しくされたら心が動くのはあたりまえです。そ
れを気づかう優しいがいずさんが、私は大好きです。彼が失踪したのは逃亡の
ためではなく、姦淫を犯したことに対する贖罪の気持ちから、自らを苛むため
に荒野へと向かったのでしょう」

がいずもシロとなった。

「最後は山本善衛門。彼は全身血だらけでいるところを目撃されているので、
決定的と思われました。しかし・・・しかし、彼はシロです」

会場が騒然となった。
「どういうことだ、根拠を示せ!」
「きさま、気でも狂ったか!」
「辞表を出せ!」
「自殺行為だ!」
椅子を放り投げる者、窓ガラスを叩き割る者、失神する者、嘔吐する者などで
会場は阿鼻叫喚の巷と化した。

私は皆を制止していった。「みなさん聞いて下さい。彼に直接会ってわかった
のです。なぜ彼がシロなのか。この山本善衛門という人間は、素晴らしい男な
のです。近所の住民も声をそろえていいます。山本善衛門は素晴らしい男だと。
そんな素晴らしい男があんな惨たらしい殺人をすると考えるのは不可能です」

肥満を気にする人が質問した。
「じゃ、血まみれの服や、チェーンソーはどう説明するんだ?」
「彼の素晴らしさの前では、そんなものは問題になりません」

警部が結論を出した。
「山本善衛門は、素晴らしいので容疑者リストからはずそう」

                ●

結局、みんなシロということになって、捜査は振り出しに戻った。

私は、一から考え直そうと思って、現場にもどり、研究室に入った。血痕は完
全に変色して、褐色になっていた。

今一度、研究室を見渡すと、今までは気にも留めなかったが、机の上に小さな
金魚鉢があり、金魚が六匹、のどかに泳いでいる。周囲の凄惨な状況とは対照
的で、思わず笑ってしまった。しかし、事件発生以来二日間、誰もエサをやっ
ていないと夫人からきいて、おせっかいにも、私が金魚にエサをやりましょう
と申し出た。

エサを撒きながら「そういや、お前らは目撃者なんだよなあ。犯人を知ってる
んだよなあ」と、つぶやいた。

金魚たちはエサに群がってきて、つぎつぎとエサを吸い込んでいく。
「でも、こんなもの食って、うまいのかね」と思った時、一匹だけ、エサを食
べようとしない金魚がいるのに気がついた。空腹でないはずがない。その金魚
は、少し大きめで動きもトロい。エサに気がつかないのか? そんなバカな。

その時だった。始めに書いた「常に犯人に見つめられているような感覚」の正
体がわかったのは。

私は、皮肉な響きたっぷりに、そのウスノロ金魚に話しかけた。
「いくら空腹でも、金魚のエサは食べられないよなあ、がいずさん!」

しばらくの沈黙の後、その金魚は水面まで浮上してきた。そして、金魚鉢の縁
に胸ビレをかけてよじ登り、机の上に飛び下りると、その勢いで床に飛び下り
て、私の前に立ちはだかった。

「もう少しだったのに。さすがですね警視総監さん」
金魚がそういうと、腹部のジッパーが下ろされて、中から、逞しいが、やつれ
を見せた男性が出てきた。それと同時に、彼の金魚スーツから、酸素ボンベと、
血がこびりついたチェーンソーが、ころがり出てきた。

「君が、がいずか。二日間も水中で、大変だったろう」
「ええ、誰も見ていない時に逃げるつもりだったんですけどね、日中は、警察
や、家人がウロウロしていて無理。夜中でも、錆びた蝶番の音のせいで、ドア
が開けられませんでしたよ。甘かったな」

                 ●

がいずは署での取り調べには素直に応じた。やはり、和恵への同情と愛、和恵
を泣かせた鹿野氏への憎しみが動機であった。

がいずは、自分の当番の最終日が明けると、チェーンソーと酸素ボンベを格納
した金魚スーツを着て金魚の群れに紛れ込み、鹿野氏が独りになる夜中を待っ
た。そして鹿野氏が独りになると、金魚鉢からそっと出て鹿野氏の背後に忍び
寄り、一気にカタをつけて、素早く金魚鉢にもどったということだ。

「でも、どうして、チェーンソーなんて、重いうえに、でかい音のするものを
使ったんだい? ナイフで頸動脈をスパッ、っていう手もあったのに」

「あ、ほんまやね」                       (終)

【永吉克之/CGアーチスト】katz@mvc.biglobe.ne.jp
なんの制約もなく好き放題に書かせてくださっている編集部に、神のご加護の
あらんことを。「誰であれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者
には開かれる」(マタイ七章十五節)
URL / http://www2u.biglobe.ne.jp/~work/

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■編集後記(11/29)
・このごろの寝る前の読書はiBOOKになった。ラッコ状態でiBOOKを支えてモニ
タを読む。いつかそういうときが来るはずと1995年に入手しておいた「新潮文
庫の100冊」CD-ROMがやっと日の目を見た。この中にはとんでもない分量のテ
キストが格納されているのだ。あの長編「楡家の人々」もそっくり入っている。
エキスパンドブックだと思うけど、1ページのテキストの分量もちょうどよく、
快適な読みごこちだ。eBOOKとは違う感覚の読みやすさだ。新幹線で閉じ込め
られたときに、もっとも苦痛なのは読むものがなくなったときだ。だから、い
つも1冊余分に本を用意していたが、これからはiBOOKとCD-ROM1枚でなんの不
安もなく旅に出られる。でも、この白いの、ずっしりと重いわ。(柴田)

・ネタない。いいところに、スガイさんのメルマガが届いた。「D-FAX はいい
ですよ♪」とある。なになに、FAXを送るとE-Mailに添付書類で送ってくれる?
ほほう。早速登録して試してみる。使える、これは使える~! メルファック
スというものも。/今日のコラムはデジタルないっすね。はじめて読む人は面
くらいはったかも。末永くよろしくです。/永吉さんの小説のラスト辺り、映
像や画像だと面白い絵になりますね。KDDIのCMになりそう。しかし、赤面しな
がら読んでました。教授の妻か。週刊大衆って…。ホホホ。 (hammer.mule)
http://www.melma.com/mag/21/m00027321/a00000052.html  D-FAXの記事
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