デジクリトーク ある学習参考書-2/GrowHair

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●誤りや貧弱な表現がてんこ盛り

「萌える英単語、もえたん」。コンセプトはよかったのに、中身がな~。ざっと見ただけでも20か所ほど誤訳が見つかる。例えば……

─無駄な知識こそオタクの誇りだ。
 Maniacs are proud of the knowledge in vain.
 "in vain"は「~したが、うまくいかなかった」ことを表すちょっと特殊な副詞。"be proud of"が動作を表す動詞ではなく、状態を表す動詞なので、呼応関係がすごく変。無理やり訳すと「オタクはその知識を誇っているが、その誇りは無駄に終わる」となり、元の和文の意味にならない。どうしてこういうときこそ「トリビア」が出てこないかね?
 Maniacs are proud of their trivial knowledge.

─敵が3機で同時に攻撃してきたので、そのうち1機を踏み台にして応戦した。
 Three enemy robots attacked me at the same time. I stood on the one, and then replied to the rest of them.
 "the one"の"the"は不要。"replied to"は「メールに返信する」というようなときに使う動詞で、この場合は"fought"などがよい。


─その美少女ゲームの主題歌には中毒性がある。
 The theme song of the rosebud game is toxic.
 「中毒性」には「機能障害を引き起こす毒性」と「癖になって止められなくなる常用性」の二つの意味がある。前者の意味なら"toxic"でよいが、後者なら"addictive"を使うべき。「有害」と言いたいなら"poisonous"。

─ファンタジー系のゲームにリアルな設定を加えると大失敗するらしい。
 Added to the real background, they say that fantasy games lead to a great failure.
 これじゃ「ゲームをリアルな設定に加えると」になってしまい、「加える」の主客関係が逆ではないか。
When reality is added, ...

─人気の度合いから言って、続編が作られる可能性は高い。
 According to the popularity of the game, it is likely that the sequel of the game will come out.
 "According to"はしっくりしない。例えば分詞構文で The game being so polular, it is likely that the sequel of it will come out.

─大気圏に突入します。各員、衝撃に備えて下さい。
 こういうときの「衝撃」には"impulse"よりも"impact"がよい。

─ドラゴンの召喚には厳密な手続きが必要なの。
 The strict procedure is required to recall the dragon.
 "recall"の主な意味は「思い出す」である。「召喚」の意味もあるが、「赴任地から帰任させる」という意味でしか使わない。
 Strict procedures are required to conjure up the dragon.

他にも見た瞬間に「うぇっ」となりそうな誤りや貧弱な表現がてんこ盛りである。日本人がどんな誤りを冒しやすいかという実例集としては面白いが、指導する立場の人の書いた英文がこんなふうではあまりにも情けない。ちなみに平均的な日本人の英語力はアジア諸国で下から2位である。最下位は北朝鮮。落ちこぼれどうし、仲良くしましょうや。

この本の中で、粗悪な英文は2、3、4、12、13章に集中している。他の章にはけっこうしっかりした訳ができているところもある。この凸凹は何? 編集者が人選をミスったと言うより、これが日本の英語力の悲しい実態だ、と考えるのが妥当なのかもしれない。

●意義=萌えなきゃ

それはそれとして、これはただの一発ギャグみたいな本で終わっちゃうのか、それとも新しい時代の扉を開く画期的な本になるのか、そこに興味がある。時代がアリギリスを志向しているのであれば、この手の本は受験生の期待に則したものになるのではないか。

もちろん、漫画で描かれた学習参考書とかパソコン上で走る学習支援ソフトなんていうのは、ずっと前からごろごろあった。そして、全っ然、流行らなかった。漫画は読んでもつまらないし、パソコンソフトはユーザを拷問にかけてるとしか思えないほど使うのが苦痛。それは、企画が安直すぎたせいである。

今の若い人たちは漫画に慣れ親しんでいるから、同じ勉強するなら文字よりも絵になってた方がとっつきやすいのではないか、というくらいの単純な発想で、何の工夫もなくメディアだけを移行させてみた、としか思えない。各メディアの特性が生かされていない。漫画にユーモアがなく、パソコンソフトにゲーム性がない。味のないガム、鳴かないうぐいす。これじゃ、裏切られた期待の分だけ、元より悪い。普通に印刷された教科書や参考書で勉強する方がまだしも苦痛が少ない。それらに決定的に欠けていたのは「萌え」の要素である。

これからの勉強は、2次元美少女にナビゲートしてもらうのだ。学校や塾で熱血先生が教鞭を振るう、あるいはゾンビのように生気のない先生がお経を唱えて生徒たちをまどろみに陥れる、そんな時代は終わった。萌えなきゃ。

真っ白なうさぎがチョッキのポケットから時計を取り出して「大変だ~、遅れちゃう」と独り言を言いながら走っていく。それを見た美少女が好奇心にかられて後を追いかけていく。それを見たあなたは何だかよく分からないが、とにかく美少女を追ってみる。うさぎ、美少女に続いてあなたも穴に飛び込むと、そこには不思議な世界が。美少女について回りながら、たっぷりとアドベンチャーを楽しんで元の世界に帰ってきてみれば、あなたの学力はぐんとアップしている。一面クリアー。そんなふうに勉強ができたら理想的ではないか。不思議の国のアリギリス。

●展望=妄想ついでに今後のトレンド予測

「萌え」の要素をふんだんに盛り込んだ学習参考書や学習支援ソフトのブームに火がついて、雨後の筍のごとく次から次へと市場に登場する。中には18禁(18歳未満閲覧禁止)指定のものまで。浪人生限定かいっ? 玉石混交で、ブームに便乗した粗悪製品もあるが、中にはしっかりと企画された優良製品もあり、そういうのが定評を確立していく。

特に、パソコンソフト。「ファイナルファンタジー」や「サクラ大戦」や「遥かなる時空(とき)の中で」のような優良ゲームソフトに匹敵するくらいしっかりした作りのものがファンを掴んでいく。

学習支援ソフトといえども、バーチャルな世界の設定がこと細かになされており、臨場感がある。また、登場するキャラも容姿、性格、誕生日、家族構成、交友関係、しゃべり口などが細部に至るまで破綻なく描写され、出来のよい小説を読むようである。そしてストーリー性があり、先に進むにつれて、話が展開したり、新しい世界が開けてきたりする。

だから、まるでドストエフスキーの小説のように、先の展開が知りたくて止められない。しかし、進むのはそんなに簡単ではなく、あるまとまった知識を習得しない限りは次へ行けないようになっている。だからひとつの場面をクリアーすると爽快な達成感が得られ、しかも実際に実力がついている。ゲームの途中でつっかえて先に進めなくなった人が、ヒントを得るための攻略本やら解説書やらが出回ったりして、それが要するに学習参考書である。

みんな面白くてハマってしまい、学校や塾なんか行かなくなる。で、一番学校に来ていないやつが一番勉強ができる、という変な逆転現象が起きる。どの学校へ行ったかなんてどうでもよくなり、どのソフトをクリアーしたかが輝かしいステータスとなる。

この市場が活況を帯びてくると、制作側の景気が俄然良くなり、やがては花形産業へと発展していく。そうなると、制作スタッフとしての実力を持った者たちが引っ張りだこである。面白いストーリを考えられる人、キャラクタをデザインできる人、萌え萌えな絵が描ける人、声優として演技ができる人。そういう人たちは、今のところは「オタク」などというレッテルを貼られ、社会の日陰者として不遇の身をかこつ。漫画を描いたり小説を書いたりして、コミケなどの同人誌即売会で販売したりしている。中には相当のレベルの者もいるが、何しろ市場が閉じているので、ごく一部の大手サークルを除いては、それで食っていけるほどのビジネスとして成立することはまれである。

しかし、萌え萌え学習市場が発展すれば、そういうクリエイティブな人たちが実力を認められて、制作側にスカウトされていく。今度は一般市場を相手にすることになるので、市場規模が違う。時代の寵児となりえよう。

さて、こういうソフトで勉強したアリギリスたちは、まあまあそこそこのレベルの大学に入る。その世代がやがては大学を卒業し、まあまあそこそこの会社に就職していく。で、各職場に新人クンとして迎え入れられる。

将来の出世だけを夢見てストイックに勉強してきた世代と、萌え萌えなノリで今を楽しみつつ勉強もしてきた世代とではおのずと世界観が違ってくる。上司がぶっきらぼうに命令したって、まず、仕事しませんね。将来の保証が何もないのに、ただひたすら辛抱辛抱で宮仕えなんかしてられますかいな。

仕事だって萌えなきゃ~。というわけで、上司は自分の机に置かれたパソコンから「コピー用紙を発注して下さい。」のように打ち込むと、ネットを介して部下のパソコンに送られるが、そのまま表示されるわけではない。そこには猫耳の美少女がポンと現れ、「ねーお兄ちゃん、お願いがあるの。コピー用紙、買ってくれないかなー。え? いい? 嬉し~。(はぁと)お兄ちゃん、だ~い好き」。日本は変わる。

こういう市場が海外にも確立され、日本発のソフトが売れるようになれば、経済の軸足をそっちへ移すことができ、新たな意味の脱工業化社会が到来するかもしれない。

そう言えば、もえたんの例文にもある。「もはや美少女ゲームは日本文化ですよ、と首相は述べた」。

【GrowHair】
 世代を踏みはずしたサラリーマン、41歳。
 < http://www.geocities.jp/layerphotos/ >