[1646] 見るべき程のことは見たか

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1646    2004/11/26.Fri.14:00発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 18188部
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         <災いは忘れた頃にやってくる>

■映画と夜と音楽と…(237)
 見るべき程のことは見たか
 十河 進

■Workforce of a Freelance(6)
 落雷による被害
 新居雅行



■映画と夜と音楽と…(237)
見るべき程のことは見たか

十河 進
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●深夜に放映された「野望と夏草」

少し前のことになるけれど、夜中にNHKの衛星放送で「野望と夏草」の文学座
公演を放映していた。配役が内野聖陽と津嘉山正種になっていたから、数年前
に評判になった舞台だろうと思って録画したが、やはり、内野聖陽が平清盛を
演じたものだった。

「野望と夏草」は新潮文庫の戯曲集「世阿彌」(山崎正和・作)に入っていて、
僕が持っている本は昭和49年発行のものだから、読んでから30年ほどになる。
それでも、僕は「世阿彌」より「野望と夏草」の方をよく覚えている。平家物
語に取材し、骨格のはっきりした権力劇だからだろう。

平忠正と源為義が大きな柱に縛り付けられている場面から舞台は始まる。保元
の乱で捕らえられたふたりだ。平忠正は清盛の叔父、源為義は義朝の父である。
保元の乱で後白河天皇(後に上皇)についた清盛と義朝は勝利し、敗れた忠正
と為義は首をはねられる。後白河の兄の崇徳上皇は四国に流される。

数年後、平治の乱が起こり、源義朝は敗れ、清盛は平家隆盛の礎を築く。物語
は歴史の事実に沿って進行するが、その歴史を背景に清盛と後白河の葛藤、駆
け引き、権力闘争が描かれる。やがて、源平の戦いが起こり、最後は清盛の娘
の建礼門院と藤原信西の娘と後白河の三人の場面で終わる。

──できることなら答えてくれ。このむなしさに帰るために、ひとはなぜ一度
あの栄華を築かねばならぬ。なんのためだ。寄辺ない娘二人を残すために、ひ
とはなぜ信西や清盛の恐ろしい志を抱かねばならぬ。

この台詞を津嘉山正種の声で聞くと、ほとんどうっとりしてしまう。テレビで
はよく声優の仕事をしている役者だが、僕はその男らしい容貌も好きである。
派手なコスチュームで舞台の中央に立ち、腹の底から出てくる声で間をとった
台詞回しを聞くと、舞台劇の醍醐味を感じる。

──滅びた者たちは満ちたりているのか。あれほど求めた望みもむなしく、後
の世に残るなにものもなくても…

エピローグの後白河の台詞は「平家物語」の冒頭「祇園精舎」に通じるものが
ある。僕が「平家物語」を原文で読もうとしたのは、いつのことだったろう。
冒頭の部分はずいぶん愛唱したが、その無常観は日本人の精神の基本を作って
いるのではないかと思う。

──祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響きあり。娑羅雙樹の花の色、盛者必衰の
理を顯す。奢れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き人も遂には滅び
ぬ。偏に風の前の塵に同じ…

僕が「平家物語」を原文で読もうと思い立ったのは、「見るべき程のことは見
つ」というフレーズが、「平家物語」の平知盛の言葉だと知ったからだった。
そのフレーズは大江健三郎の中編「みずから我が涙をぬぐいたまう日」のキー
ワードとして使われていた。1972年、僕が大学生の時に出た中編集だ。

しかし、「平家物語」に記された知盛の言葉には、まだ続きがあった。知盛は
「見るべき程のことは見つ、今は自害せん」と言い放ち入水する。それは、長
い人生を経た自信にあふれる言葉ではなく、いまわの際の覚悟の言葉なのだっ
た。人の世の虚しさを見てしまった男の嘆きの言葉なのだった。

●「子午線の祀り」に見た歴史の運命

「平家物語」の入門書として定評がある石母田正著の岩波新書「平家物語」が
出たのは1957年のことだ。僕はそれを1980年に買っている。その第一章である
「運命について」で最初に記述されるのは新中納言知盛である。その部分を読
めば知盛に対する興味は嫌でも湧いてくる。

その新中納言知盛に焦点を当てて「平家物語」を再構築したのが、木下順二の
「子午線の祀り」である。1979年に初演になった舞台劇だ。新劇、能、歌舞伎、
狂言など様々なジャンルの人々が協力して仕上げた素晴らしい舞台だった。

ギリシャ悲劇のコロスのように出演者全員が「群読の人びと」として登場し、
「平家物語」を読んでいく。時々、ひとりの読み手になり、主要な場面は劇に
なるという趣向である。知盛を演じたのは前進座の嵐圭史、演出は宇野重吉だ
った。

この舞台は、一の谷の戦いに敗れた知盛が息子が首を取られる間に逃げ延び沖
の船にたどり着く場面から始まる。知盛は「いかなる親なれば、子はあって親
を助けんとかたきに組むを見ながら、いかなる親なれば子の討たるるを助けも
せで、かように逃れ参って候らん」とさめざめと泣く。

息子が殺されるのを見ながら、命惜しさに逃げた己を知盛は嘆く。その時、彼
自身は己の浅ましさを自覚しながら、人間という存在の極限の姿をも知ったの
である。そのことが彼の「見るべき程のこと」のひとつであったのは、間違い
ないだろう。

「子午線の祀り」における知盛は、実に内省的な人物である。清盛の第四子と
して生まれ、平家の栄華の全盛期に成長した知盛は貴族的ではあっても坂東の
荒武者のような荒ぶる魂を持ち合わせてはいない。現代に生きていたら、おそ
らく文学者か哲学者になったろうと思わせる人物だ。

平家は四国の屋島から逃れて壇ノ浦で源義経の軍勢と決戦に及ぶ。知盛は主戦
派であり、壇ノ浦の戦いの実質的な指揮者である。しかし、知盛は懐疑的であ
り、自分自身さえその懐疑の対象にする。そんな知盛が見たのは、人の心の虚
しさであり、偽りであり、裏切りだった。

戦いが不利だと見ると義経は、非戦闘員であり不文律として船戦では襲わない
ことになっていた水手梶取(かこかんどり)を弓矢で殺戮する。平家の船は制
御できなくなり、戦局は一変する。卑怯と言われようが、実際にそのことで義
経は圧勝する。

また、壇ノ浦まで付き従ってきた阿波民部重能が土壇場で知盛を裏切る。「四
国、鎮西の兵(つわもの)ども、みな平家をそむいて源氏につく」のである。
優勢な者につくのは、いつの世も人の常だ。だが、そのことに対して知盛はも
う恨み言さえ口にしない。

●見るべき程のこととは何だったのか

知盛が見たという「見るべき程のこと」とは、結局のところ一体何だったのか。
人は裏切るということか、死に際に浅ましい姿を晒すということか、戦いの不
文律を犯してまで勝とうとする卑怯さか、それはつまるところ、人間の持つ負
の部分でしかないではないか。

それらを見てしまった知盛だから「今は自害せん」と言ったのだろうか。それ
は絶望の言葉だったのか。

彼の眼前には様々な悲劇が展開される。妹であり安徳帝の母である建礼門院が
入水したところを「あづま男」の熊手で引きずり上げられるのを見る。兄の宗
盛とその息子が入水できずにうろうろしているところを味方の武士によって海
に突き落とされ、挙げ句に敵に助けられるのを見る。

知盛は、それらをどのような想いで見ていたのだろうか。知盛は平家の勇将で
ある能登の守教経の戦いぶりに対しては「もう罪を作るな」と諫める使者を出
す。その悟ったような態度は一体何なのだろう。無常か、諦念か。

知盛は鎧を二枚重ねて身に付け重りとし、壇ノ浦の水底深く沈んでゆく。その
直前に彼が口にする言葉が「見るべき程のことは見つ、今は自害せん」である。
その言葉は本当に絶望だったのだろうか。

「平家物語」を読み「子午線の祀り」を見た僕には、その知盛の言葉から絶望
の響きは伝わってこなかった。知盛は栄耀栄華を知り、凋落を知った。平家の
衰運によって人々が離反するのを見た。勝者の奢り、敗者の絶望も知った。卑
怯な戦闘行為を行っても勝てば名将となることがわかった。

だが、それはすべて人の世の繰り返しである。それは「平家物語」の冒頭の数
行に凝縮される。知盛の心には「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響きあり。娑
羅雙樹の花の色、盛者必衰の理を顯す」という無常観が戦う前から存在してい
たに違いない。

しかし、無常というのは人の負の部分を見て「見るべき程のことは見つ」と諦
める、あるいは絶望することではない。絶望するためには希望がなければなら
ない。裏切りが存在するためには信頼がなければならない。卑怯が際立つのは
潔さがあるからだ。栄があるから枯があり、盛があるから衰がある。

人は絶望の底に留まり続けることはできないし、裏切り続けることもできない。
絶望した人が再び希望を抱く日はくるし、卑怯な行為をした人も崇高な行いを
する。それらを含めて「見るべき程のこと」なのではないか。そうした高みに
まで知盛の心は到っていたのではないか。

だからこそ、勇猛果敢にあづま武士たちを殺しまくる能登の守の無益な殺生を
とめたのではないか。許すこと、を知盛は悟ったのではないのか。赦しの境地
に到っていたのではないか。

懸命に生き、平家の隆盛のために力を尽くし、戦いに勝つために努力した…、
それでも自分の人生が見えた時、知盛は「見るべき程のことは見つ」とつぶや
いたのではないのだろうか。

この言葉を想い出すたびに僕は自問する。「おまえは、見るべき程のことは見
たのか!!」と…

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
テレビ朝日の「弟」を見ていたら神保町の「ラドリオ」が出てきた。石原慎太
郎が慶応高校で遊びほうけている裕次郎を探しにいくバーという設定だ。「ラ
ドリオ」と「八月の濡れた砂」のことを書いた「『ごっこ』のように生きてい
た日々」はこの連載の50回目のこと。遥かな昔のことになってしまった。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html

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■Workforce of a Freelance(6)
落雷による被害

新居雅行
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地震雷火事親父……昔から突発的にやってくる災難の代表といえば、この言い
回しにつきる。しかしながら、丈夫な家屋に住むようになった今では雷はあま
り心配事にはなっていないかもしれない。ところがつい先日、やはり災難であ
ることを再認識する結果となった。とにかく、怪我をしたり家が壊れてしまっ
たという状況にならなかったことは幸いとしなければならないながらも、けっ
こうな被害に遭いがっくりすることしきりなのである。

●雷鳴というより突然の爆音

その日は久しぶりの完全なオフ日で、実家から母が来ていて、妻と三人でドラ
イブに行った。東京近辺の人は「海ほたる」と聞けば、きっとなんでそんなと
ころへ行くのかと「へっ…」って思うだろうけど、関西に住む母は初めてだっ
た。また、風もなく青空に適度に雲が広がり、クルーザーボートやヨットが集
まるのどかな海ほたるをたいそう気に入った様子だった。そして、久留里で濁
り酒を買って家に戻り、酒盛りも終わって楽しかったねとくつろいでいたとき
である。

急に雨脚が強くなったと思ったら、突然外でものすごい音でドカン!と音がし
て、停電となった。ドカンが一発だったが、雷にしてはでかいと思ったので、
若干は違う原因も頭をよぎる。というのも、稲光や雷鳴がちょっとずつ聞こえ
ていたのならともかく、いきなりドカンと来たのである。

幸運にも、石油ストーブを使っているので部屋はほのかに明るい。懐中電灯を
探し、装飾用のろうそくを付けてしばらく待つが、周囲の家は最初は暗黒だっ
た。そうか、落雷かと認識するも、いきなりだねーなんていいながら、なんか
おかしいと感じる。なかなか恐怖感は退かない。それほど経験のないでかい音
だった。家の前で道路工事していたときより、はるかに大きな音が飛び込んで
きたのである。

すぐに近くの家は電気が復旧するが、うちは全然だめなのである。あれ? お
かしいぞ。最悪のシナリオは、うちでなにかが爆発したとかで火事にでもなっ
ているかということだ。女性二人は私の仕事部屋のサーバを気にするが(こら
こら~笑)、さすがにサーバがトラブってもあんな爆音はしない。しかし、と
もかくどこかしらから火の手が上がっていないかを入念に調べたが、とにかく
大丈夫だ。

外に出てみよう……ということになった。そして玄関を開けて唖然とした。玄
関灯が木っ端みじんになっていて、あたりにガラスの破片が散らばっている。
まだ、電気は復活していないので、コンピュータがだめになることは半分覚悟
はしながらも、我が家の電気系統に重大な損傷を被ったのかと焦った。もう、
この辺りで、濁り酒の酔いは三人ともすっかり醒めている。

玄関灯がこんな有様に
http://msyk.net/misc/pic01.png

●ああ、こんなところまで…

なんとか東京電力に電話をかけたが、とにかく電源を入れてみてくださいと言
われた。もう、送電は復活しているというのだ。ブレーカのうち、過電流の方
は落ちていないが、漏電ブレーカの方が落ちていた。おそるおそる入れて、な
んと電気が戻った。ブレーカが落ちなければ漏電はしていないけど、後で点検
してもらってくださいということで、なんか怖かったが大丈夫そうなので、と
もかく明かりは灯った。なんかほっとはしたけれど、ここからが大変だった。

まず、驚いたのは、木っ端みじんになった玄関灯に明かりが灯ったことだ。え!
? カバーの破片が散らばるあたりをほのかに照らしている。ということは、
電気が流れて電灯が爆発したのではないのか! つまり、雷の衝撃で、玄関灯
のカバーが壊れたということになる。これは、すごいが、何の足しにもならな
いことに感動している暇はない。これはまずいぞということで、他に何か壊れ
ていないか捜索が始まる。

サーバは予想通り落ちているが、意外にもクライアントは全部立ち上がる。し
かし、サーバはうんともすんとも言わない。完全に死んでいるので、電源は少
なくとも死んだのだろう。他に壊れたのは電話機だ。なるほど……。つまり、
電話線(実際にはケーブルテレビ)からのサージが来て、電話機とFAX機とし
て使っているサーバが死んだことが分かる。使えなくなった電話ケーブルもあ
ったので後から配線はあれこれ大変だった。

サーバはPower Mac G4だが、とにかくハードディスクを取り出して別のPower
Mac G4に差し込んだところきちんと動くことが判明し、あっさりとサーバは復
活した。これは大助かり。ちなみに、サーバのデータは全部外部のサーバに一
日に一回バックアップしている。ボリューム崩壊でデータをなくしてしまった
半年ほど前の教訓は生きているが、そのために気持ちには余裕があった。

電源には突発的な電流が来ていないのかもしれないが、電気器具では唯一、蛍
光灯がひとつだめになった。そこに電流が流れて他が助かったのかもしれない。
しかし、やっかいなことに給湯器のリモコンがだめになった。屋外にコンセン
トがあるタイプだ。従って、プロパンガスはOKで料理には支障がないものの、
お湯を沸かせないし風呂にも入れない。近所の何軒もが翌日にガス機器の修理
をしていて、うちは出遅れて修理が後回しになってしまった。しばらくはあち
こちに風呂に入りにいかないと行けない。

お隣さんは、給湯器は大丈夫だったそうだが、雷が落ちたときちょうど寝入り
ばなだったそうで、強まる雨脚を気にしつつ暗い部屋で目をあけていたそうだ
が、雷が落ちたときに蛍光灯が一瞬点灯したそうだ。蛍光灯は漏電では光らな
いはずだから、うちの辺り一帯静電気が満ちていたのだろう。ちなみに、周囲
の家はのきなみ、電話機が故障したと聞く。

他には電池で動く振り子時計が止まった。後からまた動き出したので、やっぱ
り爆音の振動か、あるいは放電みたいなのが影響しているのだろうか。時計は
爆音がした22:20をきっちり指していた。さらに、何台かのデジタル時計が狂
い、Macの内蔵電源もリセットされていた。

●復旧には数日を要する模様です

落雷直後はケーブルテレビが完全にだめだったが、徹夜の復旧でテレビは映る
ようになっていた。電話は夜が明けても復旧せず、修理依頼をしてやっと翌日
昼に復旧した。しかし、Bフレッツ回線は直後から使えたので、とりあえずは
IP電話は使えていた。やはり光ファイバーだから電流は流れていないので、雷
に強いのだろうか。ルータも死んでいないので、サーバなしでも動くように設
定してネットワークはすぐに復活できた。

このように迅速に復活するものはまあいい。ガス機器はともかく、玄関灯って
意外に売っていない。売っていてもあんまりなデザインなんで、どうしようか
とあれこれ電気店やホームセンターをさまよっているとほんとに疲れてくる。
もちろん、それまでにあっちこっちに修理や点検の依頼の電話を朝からかけま
くっていた。進展がないと、体がだるーくなるのだ。まさに、これが無力感と
いうやつか。新潟県中越地震で家をなくした人に比べたらたいした被害でもな
いけど、まずは精神的に復活するのに時間は必要だということを痛感する。

電話というのも大規模な停電には弱い面もある。停電直後、とにかく東京電力
に電話しようということで、まずは電話番号を調べるが、パンフレットに電話
番号がないなど、緊急時の電話番号を探すのに一苦労だ。電気が灯ったご近所
さんで電話帳を見せてもらって電話番号を探す。

さて電話するかとなったら、PHSが全然ダメなのだ。停電で基地局も落ちてい
るのだろう。うちは夫婦ともPHSなのだが、奇跡的に母がいて携帯で電話をか
けることができた。しかし、電話機が一台つぶれると、それも不便な話だ。テ
スト用にシンプルな電話機を一台残してあったのが幸いし、その一台を回線ご
とに切り替えて使っているという始末だ。

量販店に行くと、電話機は売っているのだが、ファクス付きのおおきなものか、
非常に単純なものしかない……。ファクス付きのものを買うかどうかは大きく
迷うところで、今はサーバで受けているだけにいらないと言えばいらないのだ
し。こんなことを考えるのも疲れる要因だ。

で、死んでしまったサーバだが、なんと、修理に11万弱もかかるとのこと。さ
すがに電話口で費用が分かるのは便利だが、「どうなさいますか?」と言われ
て思わず唸った。実は、13万円ほどで買った型落ちマシンなのだ。今、代替え
機で動いているので、修理はやめることにした。買い替えるにしても痛い出費
だが、ガスの給湯器は新品にしたら30万ほどかかるとかで、だんだん値段が豪
快になってくる。

ともかく、死んだMacはミラードドライブタイプなのだが、つぶれていなけれ
ば、コンボドライブは使えそうだなと考えたりするが、廃棄するしかないだろ
う。ただ、箱としてはかっこいいので、きっと捨てられないなと思ったりして。

翌日、あちらこちらで、工事だなんだと慌ただしく人が行き交っていた。なお、
爆音時、いちおう雷注意報が出ていたらしいが(警報にしてよ…)、昼間に海
ほたるでまさに「天高く馬肥ゆる秋」みたいな光景を見ていただけに、雷なん
てノーマークだ。通常の雷はちょっとずつ放電するのだろうけど、11月という
気象条件の影響か、一発ドカンとエネルギーを発散したのだろう。地響きがし
て地震のように揺れたところもあるそうだ。

●災いは忘れた頃にやってくる

埼玉県に引っ越したのは7年前で、それまでは10年近く東京に住んでいた。明
らかにこちらの方が落雷被害は多い。以前にも、落雷による停電でシステムを
壊している。電源がブッツンと切れ、システムが壊れたことがあった。今回は
システムは大丈夫だったが(そのあたりはさすがにOSが頑丈なのだろう)、ハ
ードがダメになった。デスクトップマシンだとディスクの移植でなんとか復活
できたのも助かった。

今回のような災害は、無停電電源装置も、漏電吸収タイプのコンセントもきっ
と役に立たなかっただろう。それに、落雷の10分前まで、猫の散歩で外に出て
いたことを思い出すとぞっとする。もっとも、雨が降ってきたので、急いで家
に戻ったわけだが、木っ端みじんになった玄関灯はまさに人ごとではないので
ある。

災害に対する備えも大切だが、改めて、その後にいかに適切に対処するかが大
切であることは身にしみた。年が明けると阪神大震災から10年が経過する。頭
で分かっていても、災難は突然やってくることは常に心がけないといけないこ
となのだ。

【にい・まさゆき】msyk@msyk.net
トレーナー、コンサルタント、デベロッパー、そしてライターと、あれこれこ
なすフリーランス。阪神大震災の直後、三宮から青木まで歩いたとき、理解不
能な壊れ方をした家やビルを見て、いろいろと考え方が変わった。そういえば
学生の頃、二軒隣りが全焼したときはマジに避難させられた。昔から、「雷三
日」と言うそうで、気をつけろと実家に戻った母から電話があったが、翌日も、
翌々日も快晴の秋空そのものだった。
自分のサイト:http://msyk.net/

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■編集後記(11/26)
・「らもチチ わたしの半生」青春編と中年編(講談社文庫)を一気に読む。
中島らもとチチ松村のラジオ番組をもとに加筆・再構成したものだ。赤ん坊の
時から今までを、交互に語るという構成で、スピード感のあるかけあいだから
すぐに読み終えてしまった。らもはよく知っているがチチは知らない。でも、
読み進んでいくと、なんと絶妙なデュオだと感心した。ふたりとも相当おかし
な人物だ。「ぼくの人生を振り返りますと、十九、二十歳が頂点やったんです」
と言い切るチチは、二十歳でおじいさんにあこがれておじいさんを演じていた
というヘンな人だが(クラゲを飼っているというのも超絶にヘン)、読者に向
い「言葉をそのまま鵜呑みにだけはなさらぬよう、自分でじっくり吟味してく
ださいな!」と忠告するまっとうな人でもある。らもの方は、彼のいままでの
著書でトンデモな行状は知っていたから、ああこの話ねってなつかしく感じる
が、話し言葉だとまたおもしろい。それぞれの巻末に、ひさうちみちお、ゴン
ザレス三上を迎えての番外編があり、これも相当に濃くておもしろい。どこか
でチチが「継続が大事だ」と言っていたので、思わず「そうだよなあ」と声を
あげたのだが、読み返してそれがどこだったかわからなくなった。いまも継続
しているこのメールマガジン、最近はとくに経済的にいいことはまったくない
が、来年こそはいい目にあえるかもしれない。それでは、みなさんよいお年を、
ってのは冗談、あと3週間はおつきあいください。(柴田)

・いま病み付きになっているのが、イグニスの香り「ハーバルフレッシュ」。
ポールシェリーにもこの手の香りはあったような気はする。レモン、オレンジ、
カモミール、アルモアーズ、ベルガモット、バジル、ローズマリー、タイム、
コリアンダー、ラバンジンのハーブ10種がブレンドされたもの。これがもう、
甘くてさっぱりしてリラックスできて幸せ~な気分になるのだ。アロママッサ
ージされているような、脳味噌と体の芯が溶けていくような感じ。限定品のサ
シェタイプ入浴剤にはまり、メーカーに問い合わせたが製品化の予定なしとの
ことで、バス用エッセンシャルオイルを購入。お店の人に、この香りが好きで
好きでと話したら、よっぽど疲れているんですねぇと言われてしまった。疲れ
ているなんて一言も言ってないぞ。疲れている人がはまる癒し系の香りらしい。
/外国製の高級化粧品って、合成系の香りが強くて鼻が曲がりそうになるんだ
よねぇ。香水は濃いのでもかまわないという自己矛盾はあるから強くは言えな
いが、酔うから鼻の近くにぬるのはためらうのだ。今はハーバルフレッシュな
香水が欲しい~。                   (hammer.mule)
http://www.ignis.jp/  イグニス
http://www.ps-intl.co.jp/  ポールシェリー

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編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
リニューアル  8月サンタ
アシスト    鴨田麻衣子

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