Otaku ワールドへようこそ![15]私も十河さんと同じように自問するときがある ~「映画がなくては生きていけない」を読んで/GrowHair

投稿:  著者:  読了時間:9分(本文:約4,300文字)


ひとくちに「面白さ」と言ってもいろんな種類の面白さがあるけど、私が本を読むときに期待するのは、何でもいいから、がーんと打ちのめしてほしいってこと。知識量でも発想力でも洞察力でも苦悩の深さでも心に潜む暗い部分の暴露でも底抜けの馬鹿馬鹿しさでも何でもいいから、「はは~っ、参りました~、自分には100年がんばってもその域には到達できましぇーん」とひれ伏したくなるような何かをぶつけて欲しいと思うのだ。

十河進さんの「映画がなくては生きていけない」と永吉克之さんの「怒りのブドウ球菌」を読んだら、パンチを浴びまくって、もうふらふら。ああ、俺って幸せ~、ってな状態である。


●10歳違いの大人と子供

たった10年遅れて追いかけているだけで、世界はずいぶん違って見えるもんだと思った。十河さんは1951年生まれ、私は1962年生まれである。

それしか離れていないのに、考えていることがまるで大人と子供なのは恥ずかしい限りだが、そこは人間の資質の違いということで脱帽するしかない。十河さんが私の年には人生のもっと深いところが見えていたであろうことは想像に難くないし、私があと10年経って十河さんになれるとは考えられない。

しかし、それは棚に上げておいて、読んでいて常に意識させられたのは、世代が違えば考え方がずいぶん違うもんだなあ、ということであった。ほぼ同じ時代を生き、40年は共有しているはずなのに、10年の開きは決定的で、行けども行けども色の違うフィルタを通して世界を見ているような気がする。

十河さんはご自身の世代を次のように表現している。

「全共闘世代という分類がある。僕の世代は彼らの直後に当たるが、2、3年の違いが決定的な悲惨さを生んだ。その分類法に従うなら、僕らの世代は『内ゲバ世代』と呼ばれる。その呼び名だけで説明はいらないだろう。全共闘世代の高揚の後には、退廃と堕落が訪れたのだ。」

それから10年下った私の世代は「新人類」と呼ばれる。ただし、その言葉自体がすでに死語で、世代論を語るときの便宜的な呼称としてしか現れない。それもむべなるかな、今となっては、我々の世代を特徴づけるものは何もなく、前の世代の築き上げた社会の仕組みにきれいに組み込まれてしまっている。

新人類がもてはやされた昭和末期はバブル景気の真っ只中、企業は広告やイベントにばんばん資金を投入するもんだから、それに乗っかってわけの分からんバブリーな職業がわんさと出現した。なんちゃらコーディネーター、かんちゃらプロデューサーといった、名前を聞いただけでは何の仕事だか皆目見当がつかないカタカナ職業。同じ土俵では前の世代と勝負にならないから、土俵を移してみました、みたいな。

人々が目新しさを求めていたから、何でも思いつきでよかった。こつこつ努力して何かになるのではなく、響きのいい肩書きを案出してそれになったと宣言することで第一人者を名乗れる。いわば先着順。それで生きていけた。

結局それは、バブルの崩壊とともに、水洗トイレの水を流すかのごとく、消え去った。時代を刷新したかのように見せかけていたけど、実は何も変わっちゃあいなかった。学生時代には「サラリーマンなんて絶対にいやだ。会社の歯車となって没個性的な労働に埋没した挙句、定年退職後は趣味もなく、すぐにボケちゃう、そういうものに私はなるまい」なんてうそぶいて、前の世代の駄目なところを乗り越えた気になっていたのが、会社に入って半年もしないうちに「いつまでも学生気分が抜けないようじゃ、だめだなぁ」なんて言っている。君たち、すごい適応能力だね。軽薄で不毛で結局雲散霧消した世代。

既存の社会システムに溶け込んだとは言いながら、世代の新奇性を打ち出すことに挫折し、結局何者でもなかった我々の生きる姿勢の甘さはそのままである。十河さんが「しこしこと生きる」、「ねちょねちょと生きる」ならば、私の場合は「ほわほわっと生きる」、「しれっと生きる」って感じかな。私の世代の死のイメージは喪失ではなく、虚無。もともと軽く希薄な存在が、すっと消えてなくなっていくだけ。軽さの再確認にすぎない。

●人生を甘くみても何とかなる時代

こんなのを調べても面白くないかもしれないが、十河さんと同じ年に生まれた俳優には中村雅俊、多岐川裕美、田中健、三宅裕司、柴田恭平、ジョニー大倉、江藤潤などが名を連ね、歌手には五輪真弓、山本リンダ、芹洋子、藤圭子、天地真理、あべ静江などがおり、他にも、作家の桐野夏生、漫画家のあだち充、プロレスラーのジャンボ鶴田、長州力、ゴルフの岡本綾子、落語家の笑福亭鶴瓶などがいる。存在感の大きな堂々たる個性派揃い。

それにひきかえ、私が生まれたのは「ニッポン無責任時代」の公開された年、同年生まれは連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤、オウムの上祐史浩、新潟少女監禁事件の佐藤宣行など、ろくなのおらん。この年をなかったことにして'61年の終わりを'63年につなげてしまいたいほどだ。

それでいなかったことになるのは、俳優では柳沢慎吾、三上博史、風間トオルなど、歌手では松田聖子など、他に将棋の谷川浩司九段、歌人の俵万智など。大物がいても少ない感じ。海外に目を向ければ、トム・クルーズ、デミ・ムーア、ジム・キャリー、ジョディ・フォスターと、あっと驚く大物揃いなんだけどね。

肥料をやりすぎると花が咲かない原理かな。ある意味、幸せな世代である。社会はいつでも普通に回っている。景気の変動があったり、人々の生活様式やものの考え方に変化があったりしたが、社会全体が崩壊しかねない大事件や政情不安定に見舞われたわけではない。人生をなめてかかっても、世の中からそんなにひどいしっぺ返しを受けたりしない。のほほんと生きてみましょうか。

きっと私の親ぐらいの世代は、自分は苦労しても子供には苦労をかけまいという思いでがんばったのだろう。おかげで楽をさせてもらってるので幸せっちゃあ幸せなんだが、人生にこれといった意味を見出せず、そのことで焦りを感じたりもしない、空虚な存在になり下がってて、これでよかったのでしょうか?

我々の世代は人生と真剣に向き合ったりするのが苦手である。仕事に対しては勤勉で、困難な状況を力強く切り開いていく人は多くいても、人生の問題や心の深い部分の問題をどう扱ってよいか分からず、とりあえず蓋をしておこうという現実路線。人付き合いもそんなもんで、趣味の話題などで盛り上がっているうちはうまくいっているが、暗い話題を振ると「ドン引き」されたりするので、タブーである。

そんなの本当の友達とは言わないだろ、と言われればその通りだが、そんなぜいたく言ってたら友達なんてそうそう見つかるもんじゃない。お互いの深い部分には踏み込まず、表面だけで明るく楽しく振舞うのが長続きのコツ。結局お互いのことを何も分かっちゃいない。希薄な友情。

映画を見に行った感想が「70点」の一言、みたいなやつ。たたっ斬ったろかいっ! ……と心の中では言ってみる。

●古い情景が蘇ってきた

かつての新宿南口の場外馬券売り場の描写で昔を思い出した。あの頃は戦争の名残がまだそこここにあった。新宿駅西口では義手義足の人が四つん這いでハーモニカを吹いて小銭をもらっていた。建国だか憲法記念日だかには環状7号線を戦車のパレードが通った。小学校には軍隊式のしつけをとする教師もいた。

小さい頃は銭湯に行っていたのだが、よく話しかけられる。「坊、名前はなんていうんだ」、「漢字でどう書くんだ」、「年は?」、「学校は楽しいか」など、聞かれることは大体決まっている。父親が私に入れ知恵し、名前の「章」の字を「文章の章」でなく「日章旗の章」と言えと言った。その通りに言うと「坊は偉いな」と必ずほめられた。

まあ、私自身、社会科がまるっきり駄目だってこともあるのだが、浅間山荘事件、オイルショック、ロッキード事件などが、何だか現実感を伴わない。浅間山荘事件なんて、悪い子が暴れた事件であり、あんな子に育てた親が悪い、で片付けられていた。オイルショックは夜の灯が消え、トイレットペーパーに長蛇の列ができるイベントだった。ロッキードは「記憶にありません」などの流行語を生んだ茶番劇だった。

だけど十河さんの本を読んだことで、「そこに至る経緯」のようなものを見せてもらった気がした。なんだか自分の人生が映画を途中から見るようなものに思えてきた。

●対比ばかりしてきたが

まるで負け惜しみみたいに、世代間の違いばかり言ってきたが、もちろん深く共感するところが基調にあってのこと。本当に感動的なものは、昔も今も変わらない。人のために自分を捨てて尽くす姿は美しい。……素直にそう思う。また、私も十河さんと同じように自問するときがある。

人生には迷いがいっぱいだ。青春時代の夢をいつまでも追いかけてはいられない。いつかは、重く長い現実の人生を引き受けなくてはならない。そう思って堅実な小市民的生活を選択した。だけどあのとき、まっしぐらに突き進んでいたら、違った人生が開けていたかもしれない。ときにはそう思うころもあるけど、もしかしたらそれはイバラだけあって実りのない道だったかもしれないじゃないか。生きる基盤が第一。他にしょうがないじゃないか。

じゃあ逆に、現実路線一本槍だったらどうだろう。好きでもないこと勉強して専門知識で稼げる仕事見つけてつまらなくても我慢してばりばり働いて偉くなってお金持ちになる。人生の深いところに見ざる聞かざるを決め込んで鈍感に生きていけば、映画がなくても生きていけたかもしれない。そんなこと、できるわけないじゃないか。

かくして、十河さんは「映画がなければ生きていけない」人生を選択した。生活の基盤も手放さないが、人生の大事なこととも常に共にある。他にありようがないじゃないか。

ついつい語りすぎちゃって、永吉さんの本のこと、書くスペースがなくなりました。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ。回を改めてきっと書きます。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。だけど実は堅実なサラリーマン。前回、英語のしゃべれるコスプレイヤーさんいませんか、と呼びかけたら、おかげさまでさっそく一件、問い合わせのメールをいただきました。デジクリ、すごいっ! さすがは「すべてのデジタルクリエイターを支援する」メルマガだけあって読者の幅の広いこと! 読者どうしでつながりができたら何でもできちゃうんじゃないかと思いました。
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