Otaku ワールドへようこそ![16]永吉ナンセンスワールドの極意:「怒りのブドウ球菌」/GrowHair

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前回、デジクリからの2冊の本のことを書こうとしたが、結局十河さんの本の話に終始して、永吉さんの本にたどり着けなかったので、今回は「怒りのブドウ球菌」について。

●取り扱い注意

さほどの多読家ではないのは恥ずかしい限りであるが、それでも私は一丁前に本をこよなく愛する者である。もちろん漫画も含めて。読んだ本には愛着が湧くため、捨てることができない。しかしながら、どういうわけか、暮らした女はその限りではなかった。世の妻たちよ、ダンナにものを捨てろと言うときは、それなりの覚悟を決めて言うがよい。……って、こっちが捨てられたんだっけ、むにゃむにゃ……。そして本だけが残った。……とまあ、かように本を愛するものである。

特に、永吉さんの「怒りのブドウ球菌」が送られてきたときは、もったいなくて、すぐには読み始められなかった。まだ読んでないコラムが多数収録されているはずであった。というのも、大きな声では言えないが、去年の4月に自分のが掲載されるまでは、デジクリを読んでいなかったのである。


あの当時、おしゃれして原宿へ出掛け、表参道と竹下通りを意味もなく往ったり来たりしていると、柴田編集長に「ヘーイ、そこのお兄さん、デジクリに書いてみない?」と声をかけられたのが書き始めるきっかけであった。……ということはなく、姉妹誌の「写真を楽しむ生活」に時々投稿していたのを、デジクリにも載せてもらったという次第である。

それなので、永吉さんの本はしばらく熟成させるつもりで、しかしその間に誰かに横取りされたりしないよう、穴を掘って埋めておいた。そうしたら芽が出てきて、あれよあれよという間に触手のような紫色のつるが伸び、それがびくんびくんと蠕動すると黄色い粉がぱっぱと舞い散らされ、辺りが怒れるブドウ球菌だらけになってしまった。やがて毒々しい色の大輪の花が開き、それにも増して毒々しい色の蝶たちがどこからともなく飛来し、人間のそれをミニチュアにしたような手足で花弁をがっしとつかむと、懐からマイストローを取り出して、蜜をじゅうじゅうと吸った。やがて花がばさりと散り、本がたわわに実った。それをもいで読んだというわけである。

●永吉ナンセンスワールドの極意

この本、電車の中でなど読むと大変なことになる。時折ぶっと吹いたなんてもんじゃなくて、顔じゅうの穴という穴から体液をびゅうびゅう吹いてしまった。これはまずい。周囲に迷惑である。それを配慮して耳と鼻と口をガムテープで止め、顔を真っ赤にして目から涙を滝のように流しつつ本を読んでいる人を見かけたら、永吉さんの本を読んでいるのだと察して暖かい目で見守ってやって下さい。

さて、読者をしてかように尋常ならぬ爆笑(辞書によるとひとりで爆笑はできないことになっているが、この場合はひとりでも100人分ぐらい笑えるということで許していただきましょう)の渦に陥れてしまう、たぐい稀なる文才をもった永吉氏はいかなる指針をもって人生を送っておられるのか、という疑問を禁じえない。

そのヒントは「苦痛の少ない人生を」という表題の一篇に現れている。冒頭で、氏は剤嵌戊箭凱臀匪(ざいがんぼやがいでんひ、1956- )の言葉を引用している。剤嵌戊箭凱臀匪とは、生きた人間にはとうてい到達すること能わずとされてきた高邁な悟りの境地に達していながら、人目を避けて野に生きる方針を徹底的に貫いているために人々にはその名をあまり知られていない高徳の禅僧である。曰く、「人生の勝利者とは人生を楽しむ術を心得た人間である」。さりげなさの中にも深さを秘めた言葉である。

これはもちろん、「あなたも100日で幸せをつかめる」といったたぐいの人生の指南書に書かれているような成功術を語っているのではない。ネット上の株取引のシステムを利用したいわゆるデイトレーディングでひと儲けした後は、豪華客船に乗って世界一周の旅に出て、カクテルドレスの美女をはべらせ、カクテルグラス片手に「此の世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたる事も無しと思へば」と詠んだりするような話ではないのである。

私は剤嵌戊箭凱臀匪の言葉を読んだとき、ふとカーペンターズの"All You Getfrom Love Is a Love Song" という歌の一節を思い出した。邦題は「ふたりのラヴ・ソング」なんて角のとれた表現になっているが、原題は「恋愛から得られるものなんて、せいぜいラブソングが関の山」という激しい意味である。その理由を次の一節が説明している。"Because the best love songs are written with a broken heart." 「この上なくすばらしいラブソングは傷心のどん底から生み出されるものだから」。

剤嵌戊箭凱臀匪の言葉にも、何だか似たような気配が感じられる。つまり、人を大笑いさせるようなものを書くような人は、実はどれだけ凄惨な人生を過ごしているか、ということが、置き忘れた生ごみのように匂い出てくるのである。とても楽しんではいられないような状況をも俺は楽しんでみせるぞ、という悲壮な決意を、それと感じさせないほどさらりと語ってみせている、そこが深いところである。

●災難を笑って済まそう

では、永吉さんの「苦痛の少ない人生を」の一節を引用してみよう。

「人生の勝利者とは、人生を楽しむ術を心得た人間である」
(剤嵌戊箭凱臀匪)

これは偉人の格言ではない。2003年、プロ野球のオープン戦が始まって一週間ほど経ったころに、私がふと思いついた言葉である。( )は私のペンネームで「ざいがんぼやがいでんひ」と読む。とくに意味はない。

この言葉に目新しい考え方は何ひとつ含まれていないが、これはまことにもって実に左様であると、この頃実感するのである。「人生を楽しむ」とは、快楽を追求するということではなく、どんな逆境にあっても、ただ苦悶しているだけではなく、そこにをかしき何かを見、世界の驚くべき構造の一端に触れ「ふふ、人生って面白いもんだナ…」と、夕陽が遠くの山並に吸込まれてゆくのを眺めながら、ひとつ溜め息をつく。まあ、そんな意味である。(ここまで引用)

人生の「勝利者キングチャンピオン名人」たるには、災難を笑って済ませる能力を身につけることが理想的だとしている。「はは、三千万円の借金の保証人になったら、負債者が夜逃げしよってなあ、ウチの家具から何から差し押さえられてしもて、家出んならんねん、ははっ。三千万円やて、返せるわけないがな、はははー。ともかく息子は高校やめさせてタコ部屋にでも売らなしゃーないな。はーっはははは」。ものすごい境地に到達したものである。借金をするときは、永吉さんに連帯保証人をお願いするとよい。

●基盤が崩れていく快感

(そういうつもりで言うわけではないので)嫌味に聞こえたら大変心苦しいのだが、私は永吉さんとは対極的な世界に住んでいる。大学のときに専攻したのは、芸術ではなく、数学である。まあ数学にもある種の美的感覚が伴うものであり、必ずしも芸術に通じるものがないわけではないが。しかし工業化社会においては実用的な芸でもある。いちおう名の知られた大学で修士課程を出ている(あのオウムの上祐史浩と同じ大学、同じ学部の学科違い。浪人した関係上、学年はこちらがひとつ下だが)。

バブル経済の真っ只中、修士課程の2年間は、いちおう大手の端くれ的位置にある企業から青田買い奨学金をもらっており、そこに就職したことをもって返済義務は解消した。以来、エンジニアとして18年間勤めている。先日、学会発表のために行ったアメリカ出張にはJALのファーストクラスで往復した。(←やっぱ嫌味じゃん!)

趣味方面に力が入っているため、仕事はそんなに威張るほどばりばりこなしている方ではないが、時折めちゃめちゃ立て込むときがあったり、よい成果を求められるプレッシャーを感じたりして、つらいなあ、甘くないなあと思うときはある。

しかし、その一方では、どこかで楽をしている、人生の肝心なところをさぼっている、という感覚につきまとわれている。とにかく最低限まじめに顔を出してさえいれば、給料だけは間違いなく振り込まれる。自分ひとりを食わせていくのにはともかもく不自由しないという、社会人としての自立ラインは今のところいちおう難なくクリアできている。

もちろん、そういう安定した生活基盤を、誰のおかげでもなく、ひとえに自分の素養と努力だけで勝ち取ったというような驕り高ぶった考えに浸っているような人がいたとしたら、そういう人は地獄に堕ちた方がよく、いくらなんでも私はそこまで人非人ではない。謙虚な日本人らしく「おかげさま」の精神は忘れてはいない。

しかしながら、人は往々にして、自分の生活基盤が安定したと思った瞬間から「考えない人」になってしまいがちなものであり、私もまたそこに陥っているのは否めない。常識の上にあぐらをかいて、まわりと同調して生きていけば、「自分とは何か」、「生きていくとはどういうことか」といった根源的な問いに向き合わなくて済む。

それは精神の怠惰である。人の心の機微だとか、人生の本質的な苦とか、そういう方面に目を向けることから逃げている。それは人生の基盤を固めたどころか、人生を見失っていることにほかならない。そこが安定多数派の駄目なところ。

永吉さんの本を読むと、固いと思い込みたがっていた足下について「ほんまにさいでっしゃろか」と疑問を投げかけられる思いがする。もしかすると、深いV字谷の遥か上方に架かる吊り橋の真ん中に立っており、それを支えるロープは今にも切れなんとしているのかもしれない。あるいは徐々に沈みゆく巨大な泥舟にみんなと一緒に乗っているのかもしれない。どんどん不安になっていく。

この、足下ががらがらと崩れ去っていく感じ、実はけっこうな快感である。読み進むにつれて、ぐいぐいと引き込まれ、「それだそれだ、もっと言ってくれー」とますます永吉エキスが欲しくなってくる。それは、凶悪なブドウ球菌に侵食され始めたことを示している。

やがてこの本にはあたりまえのことが普通に書いてあるだけではないかと思えるようになってくる。そうなったらもう、ブドウ球菌に体ごと全部食われてしまっている。立ち直る道は、もうない。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。この前の週末、デジクリにSFファンタジーナンセンスラブロマンスコメディーショートショートを寄稿しておられるくうさんことやましたくにこさんが東下りしてきたので、渋谷にて迎撃飲み会。しげぞさんこと茂田カツノリさん、まつばらあつしさん、ほかクリエイティブな面々。私にとっては全員初対面。いんや~、個性派揃いで面白い~。ただただ聞き入るしかなかった。ヒゲ率、高し。とりあえずヒゲでは負けてなかったからよしとしよう。このごろくうさんの文章が載らないことを言うと、実はすでに原稿を送り込んでいるのだが、レギュラー執筆者が誰も休まないので、出て来れないとのこと。はいはいはいはい、私、休みます。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/ >