[2339] STRATA 3D[in]シリーズ三昧

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,800文字)


<自分の屁だけは臭くないの原理>

■ネタを訪ねて三万歩[35]
 STRATA 3D[in]シリーズ三昧
 海津ヨシノリ

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■ネタを訪ねて三万歩[35]
STRATA 3D[in]シリーズ三昧

海津ヨシノリ
< http://bn.dgcr.com/archives/20071221140200.html >
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●とってもお得なPhotoshop用3Dプラグ登場

今年の頭に、STRATA 3D CXについて雑誌に執筆したのですが、年末は新たに登場したSTRATA 3D[in]シリーズ三昧となってしまいました。こいつは簡単に言うと、Photoshop CS3 Extendedのプラグインとして利用できるSTRATAシリーズというわけです。従来品では唯一日本語版のリリースが遅れていたLIVE 3Dも3D[in]版が先行リリースされました。

とにかく何が凄いって、価格がメチャクチャ安いのに、従来品のほとんどの機能を網羅している点ですね。例えばDESIGN 3D[in]ではかなり特殊な処理をしなければ、ほとんどこれ一本でアニメーションまで作れてしまう豪華仕様です。なにより、よく分らなかったPhotoshop CS3 Extendedの3Dレイヤーが本格的に利用できると言っても過言ではないでしょう。そもそも謎だったPhotoshop CS3 Extendedの3Dレイヤーのデモンストレーションデータが、これでSTRATA DESIGN 3D[in]で作成されていたことが分りました。

もちろん従来からのSTRATA 3D CXで作成したデータの読み込みも問題有りません。ただし、逆は出来ませんがファイルの拡張子が違うので混乱することはないでしょう。これは3D系クリエータだけではなく、デザイナーにも使い倒せるツールだと確信しました。とかくインターフェースや操作性のハードルが高い3Dソフトが多い中で、大変親しみやすいインターフェースと直感的に使える操作性は今も受け継がれているからです。

ちなみに、デモ版はひとつ前のバージョンであるSTRATA 3D CX 4.2が公開されています。早く5.1または3D[in]シリーズのデモ版が公開されるといいのですが……。

●デジカメで撮影して3D作成

FOTO 3D[in]は、モデリングを行わなくても、手持ちの小物をデジタルカメラで撮影するだけで3Dモデルを作成してくれるツールです。処理そのものは、専用のマットシートを印刷してから厚手のケント紙などに合紙して平面性を確保してから、100円ショップ等で入手可能な園芸用ターンテーブルの上に載せます。あとはその上に紙コップを逆さまに載せ、3D化させたい小物を載せて撮影するだけです。

ただし、注意しなくてはならないのは、三脚に固定したカメラで、マットシートが必ず見える角度から最低15カット撮影する点です。これはマットシートの印が24度きざみで15方向に配置されているからです。なお、キッチリとした形状によっては天面部分のマッピング処理が曖昧になるので、角度を変えて上の方から数カット撮影する必要があります。

ところで、撮影はある程度のスキルが必要です。カメラのストロボはオフにして、光源を一定に保つといった処理がキモで、ある程度本格的な撮影を意識したほうが良いでしょう。なお、きれいに取り込めるものとしては、陶器製の人形といった、テクスチャーがなくあまり出っ張りのないもの。逆に苦手なものとしては、凸凹が大きいもの、凹みのあるもの、透明なもの、テクスチャーのあるものといったところです。

確かに今どきの3Dデータを扱うことを考えると、辛い部分もありますが、あまり何でもOKの仕様にしてしまうと、無駄に重たいデータが巷に氾濫してしまうので、この割り切りは正解だと感じて言います。

考えて見ると、時代に逆行したカクカクのローポリデータなんていうのも面白いかも知れませんね。モデリングでよく使うmodoなどの元データは、恐ろしいほどのローポリで作成しています。もちろん、揃っていると何かと便利なのですが、それぞれが独立している設計に好感が持てます。とにかく、個人的にはAdobe Dimensionsの時に完成させた作風からそれほど変化していないので、断然OKなわけです。それよりもやっぱり撮影ですね。みんな頑張って写真を勉強しよう。

●グリグリ回せる3DWeb

LIVE 3D[in]では、STRATA以外のツールで作成したデータであっても、OBJ形式などでDESIGN 3D[in]に一旦読み込み、光源を全てオフにしてからPhotoshopに配置し、レンダーモードをデフォルト、ライト設定をデイライトに設定すれば全方向が自然なライティングに設定されます。しかも、サブディバイスでかなり滑らかに調整しても、意外に軽く作ることが出来ます。もっとも、サブディバイス設定はPhotoshopに配置した途端に意味なし状態となってしまうので、確認程度に活用し、具体的にはいい感じの状態でジオメトリー変換にてダメ押ししておくとよいです。

また、3Dレイヤーの下に文字やデザイン要素を作り込めば、それらも含めた形で、ぐりぐり動かせる3Dモデルを作成可能です。しかし、PDFとして作成すると背景は一切再現されません。ただし、これはあくまでもAcrobatの仕様であり、LIVE 3D[in]がAcrobatで3Dコンテンツを表示する際のU3Dというフォーマットを厳守していても、AcrobatがPDF上で3Dコンテンツを表示する際に、3Dコンテンツの背景として画像を表示することが出来ない仕様なので、せっかくの背景デザインを生かすことが出来ません。

テスト的にアップしたページ
< http://www.kaizu.com/eggman >

近日中(冬休み中)にキャラクターを整理して、ToyWarsのページを設定する予定です。正式なオープンはBlogまたはサイトで告知いたします。

とにかく、modoとの愛称もよいので大助かり。更に、この手のツールは、例えばFOTO 3D[in]にしろ、LIVE 3D[in]にしろ、DESIGN 3D[in]がなくても単独で利用できる点が嬉しいです。もちろん揃っていると何かと便利なのですが、それぞれが独立している設計に好感が持てます。

なお、3D[in]シリーズのテキストをマイコミジャーナルにアップしています。
【レビュー】写真から3Dモデルを作り出すSTRATA FOTO 3D[in]

(1)3Dモデル作成のための下準備
< http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/12/11/sfoto/ >
(2)撮影には基本的な知識が必要
< http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/12/11/sfoto/001.html >
(3)3D化処理はフルオート、時々手動
< http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/12/11/sfoto/002.html >
(4)工作感覚でアナログ作業を楽しもう
< http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/12/11/sfoto/003.html >

●吉井さんを引き込む

そんなわけで、STRATA 3D[in]シリーズの世界に吉井さんを引きずり込んでしまいました。私が吉井さんの粘土の世界に引きずり込まれるほうが、絶対に先だと思っていましたが、世の中何が起こるか解らないですね。もっとも既に半分は足が入っているのは確かです。粘土買い込んでいるし……。

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今月のお気に入りミュージック(この時期のお約束ですね)
"Happy Christmas" by John Lennon in 1971
"クリスマス・イブ" by 山下達郎 in 1983
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来月(1月21日19時より)のアップルストア銀座のセッション
Made on a Macとして画像処理セッション『海津ヨシノリの画像処理テクニック講座Vol.18』グラフィックデザイナーのための速攻レタッチ術』を行います。素材の状態に合わせて適宜使い分ける海津式速攻レタッチテクニックを、幾つかのケースに分けて紹介します。コツを掴めば短時間に効果的なレタッチを行うことが出来るようになります。予約無用・参加無料
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【海津ヨシノリ】グラフィックデザイナー/イラストレーター

・レポート200通チェック
年内の授業も終わり、あとはのんびり寝正月といったとこですが、正月明けにはレポート200通以上のチェックが待っています。かなりの激務です。試験の採点と違い、レポートは初めに読んだ生徒と後の方に読んだ生徒の評価基準がずれてしまうからです。最低でも三回ぐらいは読み返さないと採点できないので苦労するわけです。そういえば、夏休み前の試験の採点も三回チェックしていたことを思い出しました。だいたい200名分で三か所ぐらい勘違いがあります。思った以上に先生モードは神経を使います。自己責任であれば自業自得ですが、こちらのミスで評価が分岐してしまっては大変ですからね。

・簡易教科書
今年は、クローズな場所で行われる定期開催のセッション用として整理した資料を随分作りました。Windows版も含めてかなりの数を作成しました。しかし、いきなりゼロから作成したわけではなく、一般公開されているセッションや大学の授業用のプリント等を整理することが出来るので、それほど時間がかかるわけではありません。ただし、ハンズオンの場合は流れが読めないのでいつも苦労します。

・暴発授業の依頼
頻繁に学生から飲み会に誘われるようになり、かなり盛り上がった年でした。そして、ある学生から「先生の授業は真面目過ぎるので、もっと先生の好きなことで暴発したほうがいいのでは?」とアドバイスをもらいました。嬉しい反面、そんなことしたら1コマ90分じゃ足りません。なにより、かなり危ない授業になることは確かですね。でもやってみたいですね。来期は少しずつ崩れてみようかとも思っています。しかし、彼は私の何に期待していたのだろうか?

yoshinori@kaizu.com
< http://www.kaizu.com/ >
< http://kaizu-blog.blogspot.com/ >
< http://efgra.blogspot.com/ >
< http://web.mac.com/kaizu/ >

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■Otaku ワールドへようこそ![64]
自己の内部を漁ってみる

GrowHair
< http://bn.dgcr.com/archives/20071221140100.html >
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前々回、定義や存在をめぐり思索したことを書いたが、今回も目を内側に向けて、自分の内部からネタを引っ張り出してみました。小ネタ3題。

その壱●昔、授業で習ったこと

高校の授業で教わったことなんて、30年も経った今ではほとんどすっからかんに忘れているが、それでも私はこれを習ったのだと誇りをもって言えることがわずかながら残っている。化学の宮田先生は、生徒のことをよく思って、いつも面白い授業をした。元素をイオン化傾向の順に並べたものを、生徒が覚えやすいようにと、みずから語呂合わせを考えてくれた。「カカア生臭くある、悪郎テニスなす、度過ぎて吐きたり」。

先生は教鞭をとる傍ら、公害の研究をしていた。当時は公害というと水俣病とか四日市喘息のように地域に特化したものと考えられがちだったが、先生はもっとグローバルな視点で環境を見ていた。そして、よく「飛行機は飛んじゃいかん」と言った。大気圏内の高いところにはオゾン層があるが、オゾンというのは酸素原子3つからなる分子で、これは酸素原子2個からなる酸素分子よりも安定性が低いので、ちょっと刺激を与えると、オゾン分子2つがぱっと組み替わって酸素分子3つになっちゃうのである。オゾン層を破壊しつづけたら、紫外線が通り抜けて、今に大変なことになると言っていた。だけど、その後、地球が温暖化したなんていう話は聞いたことがないから、きっと先生の思い過ごしだったのであろう(実際にはフロンが規制されたが、それだけで解決したのだろうか?)。

高校の授業では、もうひとつ記憶に残ったことがある。美術は苦手だった。いや、美しいものが嫌いというわけではないのだが、自分で何かが作れるかとなるとからっきし駄目で、小学校時代にはすでに自分の才能に見切りをつけていた。こういう科目はないほうが悩みが少なくていいんだがなぁ、といつも思っていた。あるときの課題は薄い真鍮板を糸ノコで抜いて、何か形を作れというもの。醜いものを作ったら「美」術になるかという逆説を思いついて妙に得意になってしまい、蛾を作ることにした。図鑑を写した下書きを先生に見せたら、これがこっぴどく叱られた。

「ちゃんと見てるのか」と。先生は昆虫の研究家だった。蝶の羽の輪郭が丸っこくて力が抜けているのに対し、蛾の羽はシャープで緊張感があり、それはそれは美しいのだという。そこが表現できていない、と。言われてよくよく見れば、なるほどそのとおりだ。長く見ていると、刷り込まれていたイメージのフィルタが薄れてきて、造形そのものと直接対峙できるようになってくる。そうすると美しいという感じも何となくわかってくる。参照したのが図鑑では、平面図のような生気のないものになったが、羽の輪郭線だけは何とか形になった。

以来、蛾が好きになった。大学時代、那須に行ったとき、たまたま大きなオオミズアオを見かけた。あまりの美しさにすっかり魅了され、いつまでも目を離すことができなかった。

その弐●んで? 平成のオタク男子はどうなんだい?

深澤真紀の「平成男子図鑑」を読む。んもー、かんべんしてよ。これ、俺を笑わす狙いで書いたんかいっ、て言いたくなるほどツボにはまった。電車ん中で笑いをこらえるのが大変だったぞ。始めのほうはいいのである。編集の仕事を通じて、おそらく非常に多くの人と会ってきたであろう経験を生かし、今の若者はおやじ世代からは想像もつかないくらい、ものの考え方やライフスタイルが変わってきてますぞ、と世に訴えている。

興味の射程距離が短く、地元志向、家族志向、友達志向。自分と自分のまわりを全肯定。自分最高! 友達最高! 世の中のいろいろな分野の第一人者を「尊敬」するのではなく、身近な人の「選ぶ古着のセンスがすげえ!」というようなことを「リスペクト」する。女の子なみにおしゃれや買い物や占いが大好きで、泣き虫だったりもする。人の話に上手にツッコミを入れて場の空気を盛り上げるのが得意。物を所有することにも、人と競争することにも、女の子とHすることにも、がつがつしていない。草食男子。情報源は、見る読む鑑賞するではなく、何でもかんでもとりあえず「チェック」。

これって、生まれたときからずっと豊かで安定した社会の中で暮らしてきて、兄弟でおやつの取り合いなんかあんまりしてこなかったとか、ものごころついてからずっと膨大な情報の洪水の中に置かれているという環境によるところが大きいんでしょうかねぇ、という調子で、ぬる〜く、ゆる〜く論じている。

若い世代にだってオタクはいるはずなのに、いっこうに登場しないのがだんだんじれったくなってくる。「平成男子図鑑」と言ったって、あらゆるタイプを網羅するのではなく、自分がつきあってもいいかなと思える、ある水準よりも上の、興味を惹かれた男子のことだけにしか目を向けてないんじゃないのー?偏ってませんかー? しょせんオタクなんて、存在することすら認識されていない、完全な透明人間、インヴィジブルなんだよなー、どうせどうせ……。

ところが最後に大どんでん返し。特にオタクっぽくない一般の男子だって、ガンダムからはけっこう影響を受けてますよー、という「ガンダム男子」の話になったあたりから論じる調子が一変して、ぐわーっと一気に温度急上昇。ガンダムがいかにそれまでのアニメと一線を画するものであるかを言うために、ガンダム以前の「マジンガーZ」や、以降の「新世紀エヴァンゲリオン」を引き合いに出してきて、状況設定やら世界観やら登場人物やら筋書きやら、語る語る語る。

「少年ジャンプ男子」の話になると、男子を論じるなんてテーマはどっかへそっちのけで、歴代のヒット作品がいかにすごいかをこれでもかってくらい次から次へと……。キャプテン翼、ドラゴンボール、SLAM DUNK、DEATH NOTE……。その語りの熱さは、調べて論じるなんて調子ではなく、もう好きで好きでたまらないと言わんばかり。ププッ、自身、オタクなんじゃん。好きなことを語り始めたら止まらないという、セオリーどおりのオタク丸出し。あのー、暴走してますけどー。

その参●社会を俯瞰的に論じてみる

世の中で起きているさまざまな問題に関して、現実的に解決策を講じていこうとするならば、ひとつひとつの問題に対して個別に取り組み、それぞれの状況を詳細に調べていかなくてはならないだろう。だが、一方、個々のひっからまった事情からはいったん距離を置き、俯瞰的な視点に立ってものごとを広く眺め渡し、抽象的に論じてみるというアプローチはどうだろう。それによって、多くの問題に共通して底流をなす根本原因を探り当てることができれば、ものごとの見通しがよくなり、問題解決の方向性を見定めやすくなるのではあるまいか。

人間の本性が善か悪かと問われれば、根本的には、それほど悪いものではないと思いたい。しかし、我々に備わっている自意識のありようは、それ自体が悪だと言うほどのものではないにせよ、放っておけば人間関係のごたごたを誘発しかねない要因ともなりうるのではあるまいか。それは、矯正しなくてはいけないというほどのものではなく、我々はそういうふうに出来ているのだということに自覚的であれば、十分なのだと思う。

多くの問題の底流をなす、その根本原因とは何か。大きく括って抽象的にまとめれば、次のように言えるのではあるまいか。「自分のこいた屁は臭くない」。自分の屁の臭さを自覚するには、想像力が要る。他人が自分なら自分は他人、自分が他人なら他人は自分という、自他の対称性。他人の屁が自分にとって臭く感じられるということをもって、自分の屁もひょっとしたら他人にとって臭く感じられるのではなかろうかと想像できること。これがすなわち「教養」の根っこの部分をなすのではないかと思う。

人はなぜ、カラオケで歌うことが可能であるか。自分のこいた屁は臭くないから。ここに気がついちゃうと、どうにもこうにも歌えなくなるね。声楽の学校にでも通って臭くない屁が出せるようにならない限り、とうてい人前でなんか歌えたもんじゃない。ただし、これには簡単な抜け道がある。酒をしこたま摂取しておくと、屁は適度に香りがよくなる。

自分だけは特別に幸運の女神に見守られているのではないかと期待しちゃうのも、自分の屁だけは臭くないの原理に無関係ではないような気がする。相場や賭け事に深入りしすぎて家財を失ったなんて話は昔からいやというほど聞くが、自分だけは破滅のリスクから免除されているはずだ、きっと儲かるはずだ。やはり例外ではなかったと思い知らされたときは、相当痛い目にあってるわけで、この種の教訓はなかなか次の世代へと生かされない。

世の中にうまくいっていない夫婦が山といるのを見てはきているが、それでも自分だけはなんとなく幸せな結婚ができるような気がするもののようで。私には人を見る目があるから、慎重に相手を選んだから、と。それでうまくいくなら、みんなもっと幸せになっとるはずではないかなー? これもやっぱり屁の原理か。

ひところ、外資系の会社に勤めることがカッコいいというのをよく聞いた。ぬるま湯的な年功序列をよしとせず、個人の能力がものを言う競争原理の風土を生き抜くことが、戦士っぽくていいらしい。そりゃ、厳しい環境に身を置いて鍛え抜かれることは、能力と収入という形で本人に還元されるわけだから、いいでしょう。だけど、そういう環境にいさえすれば、自分は「勝ち」の側に生き残れるはずだ、と訳もなく信じることができるとしたら、そこにもやはり屁の臭いが……。

自分の屁の臭さに自覚的であるためには想像力が要る、と書いたが、この想像力には二つある。サンタクロースについて、詳細に思い描くことができるのは、ひとつの想像力だ。だけど、もしかするとサンタクロースって実在しないんじゃないか、と気づくことができるのもまた、もうひとつの想像力だ。

宝くじを買うと、もし当たったらあんないいことやこんないいことがある、と想像してわくわくするであろう。だからこそ買うわけで、それはそれでいいのだが、実際に当たった人がどうなったかという実例には、幸福とはほど遠いのがけっこうある。つきあっていた恋人から高額の訴訟を起こされたとか。建てた別荘が、直しても直しても何者かによって破壊され続けたとか。飲み食いが過ぎて、結局寿命を縮めたとか。お客さんたちとは友達レベルのつきあいをしてきたと思っていたお寿司屋さん、宝くじに当たったと知れるやいなや、客足はぱったりと途絶え。自殺してしまった。

友達どうしで軽くおしゃべりするときなど、最近は場の空気というものが最重要視されるものらしい。それはそれで結構なことだが、場に好まれない話は避けなさいと暗に言われているようでもある。重い話や暗い話を持ち出すと、一瞬の気まずい沈黙が訪れた後、すぐに誰かが違う話題を切り出して、きれいに掃除されちゃう。何となく、空気様が一番偉くて、個人個人の心の深いところはお互いに立ち入り禁止になっている感じ。

「王様の耳はロバの耳」じゃないけど、そういう場で言えなかったことを匿名のブログなどで吐き出す人も、けっこういるようだ。本当の自分というものが誰からも理解されていないことに寂しさを覚えるもののようで。それは分かる。ただ、それが高じると、「みんな私にだけ注目して〜」という、いわゆる「かまってちゃん」という方向に行きかねない。「自分だけは特別に、人々から関心をもってもらえるはずだ」と期待するのは屁の原理と相通ずるものが感じられる。自他の対称性に自覚的であれば、流れを変えることができるのではあるまいか。まず、自分が先に、他人を深く知ろうと努めてみてはいかがだろう。

自分のこいた屁を、臭くないと言い張って他人に強制的にかがせることを「自由」と称して積極的に推進している国がある。アメリカである。日本は太平洋戦争に負けて以来60年間、アメリカの臭い屁をかがされ続けてきた。だけど、その日本も、腹いせにアジア方面に尻を向けて、相当臭いやつをぶっ放してはいないだろうか。

まあ、屁理屈だけど。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
屁理屈商人。もの書く人は二度死ぬ。書いたものがついに誰にも読まれなくなるときが二度目の死だ。だけど、ネット上の膨大な文章のほとんどは蜻蛉ほどの寿命もなかったりする。毎日数百点もの新刊が出ると言われる書籍も、ほとんどは短命に終わるらしい。百年生きる文章ってどんなものだろう。そんなことを考えて、カントの「純粋理性批判」(1787年)の最初のほうをちょこっと読んでみた。経験から得た一切の知識をいったん忘れ去ったと仮定するとき、純粋理性の力だけで、いったいどれだけの真理に到達しうるかを論じている。純粋理性のなしうることとなしえないこととをはっきりと区別し、数学や物理学と同等の確実さをもって形而上学の基礎を築きたいと望んでいる。ところが、カント以降も数学や物理学が進歩したおかげで、彼の論のかなりの部分がもはや無効になっているように感じられる。読まれてはいても、内容が死にかけているのだ。恐ろしいことだ。今書かれて百年後も生きている文章って、あるのだろうか。願わくは、百年間臭い続ける屁をぶっ放して、世間をうわっと言わせることができたなら。

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■編集後記(12/21)

●デジクリは明日から2008年1月7日まで冬季メンテナンス休暇に入ります。例によって、休み中に臨時に発行することもあるかもしれません。

・2007年はどんな年だったのか、編集後記をチェックしていたら、ずいぶん時間を要してしまった。いま思うと恥ずかしい、削除したい内容だらけだが仕方がない。では、簡単に振り返る2007年。気象:異常に暑かった夏、冬より寒い春、台風通過で荒川大増水。デジクリ筆者関係:十河さんが第二十五回日本冒険小説協会最優秀映画コラム賞受賞、神田さんが参院選立候補11,222票で当選ならず。デジクリ失敗:通巻号数を二度も間違える、タイトルを「刊デジクリ」としたこと一回。「写真を楽しむ生活」:1200号を達成。個人的イベント:GWにJR「大回り」を決行。仕事環境:プリンター・キーボード・モニターを新しくする、OSを猛虎化、この休みでレオパルド武装化の予定。Entourage絶不調でMailに乗り換え。家庭:孫二人がアデノウイルス感染症、インフルエンザにかかる。本について書いた後記が多かったが、これは一番ネタにしやすいからで、書けなくて投げ出したした本も多数ある。その中からベスト3を選ぶのはむずかしいので放棄、とくにおもしろかった本は、三田完「俳風三麗花」米原万里「発明マニア」佐々木敏著「天使の軍隊」桜庭一樹「青年のための読書クラブ」大村彦次郎「万太郎 松太郎 正太郎」嵐山光三郎「よろしく」「人妻魂」有川浩「塩の街」勢古浩爾「目にあまる英語バカ」吾妻ひでお「逃亡日記」といったところか。一番ひどい本だと思ったのはアメーバ・ブックスの五木寛之「風の王国」全3巻で,無惨な横組みスカスカ本。といったところで、みなさん、今年もご愛読ありがとうございました。よいお年をお迎え下さい。(柴田)

・今年のことなんて覚えてねぇ!/2008年。さいとりにゅーある。いべんと。しんねんかい。らいぶ。かんげき。おいのせいちょうをみる。あいさつ。せいりせいとん。おそうじ。おせんたく。にちじょうしっかり、たいせつに。ものをへらす。はやねはやおき。あさひをあびる。かんき。すいみんじかんじゅうぶんに。しょくじわすれず。てきどなうんどう。あそぶ。まなぶ。じゃんぷ。いきぬき。のうにえいよう。こころゆたかに。わくわくどきどき。ないてわらって。ちょっとはおしゃれする。いろけないのはしゃーない、ほかのなにか。せすじをのばす。こつばんたてる。たいちょうかんり。じこかんり。じかんかんり。ふっとわーくかるく。ひととあう。ひとをつなぐ。わすれものをなくす。みすをへらす。れんらくをみつにはやく。よゆうをもって。だいじなことはさいしょに。ねんにはねん。しゅうちゅう。もくひょうをもつ。じかんよそくのくせとめもとしゅうけい。ぱたーんかんりとぶんせき。くぎる。まとめる。けつだんすぴーどあっぷ。しょりのうりょくあっぷ。わーくふろーみなおし。ばっくあっぷ。じつようとでざいん。おしごとすきるあっぷ。とくいぶんや。はずかしがらずぴーあーる。むねをはる。じしんをもつ。しやをひろげる。ほりさげる。ひとのたちばにたって。ゆうきをもつ。まいなすよりぷらす。なみがあってあたりまえ。いいものはいいの。いいこと、いいことばにせっする。できることをする。まいぺーす。せんさばんべつ。きたえる。みがく。じゅうなん。かめら。まっく。れぱーど。えっくすぴー。しーえすすりー。ぺんじれんしゅう。ばれえ。よくばってるな、ちょっとへらすか。かずよりしつ。かだいかんりょう。あたますっきり。からだすっきり。こころすっきり。ハマムラ2.05さくせん。/バージョンアップして、もっといろんなことをお届けできればと思います。気になる点、アイデア、ぜひご意見や情報をお寄せください。今年もありがとうございました。よいお年を!(hammer.mule)