[2366] 酒暮れてたどり着く先

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<そんなヤバそうな人は私だけでした>

■映画と夜と音楽と…[363]
 酒暮れてたどり着く先
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![67]
 背徳と耽美の少女たち
 GrowHair


■映画と夜と音楽と…[363]
酒暮れてたどり着く先

十河 進
< https://bn.dgcr.com/archives/20080215140200.html
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●四畳半の部屋に転がり込んできた居候

あれは、就職をした年の春頃のことだったと思う。その年の秋には結婚してしまったので、僕のわずかばかりの独身貴族時代のことである。卒業前の二月半ばから働き始め、四月を過ぎた頃だったろうか。高校は一年後輩だが、僕が一年浪人したため大学時代は同級生になったTは留年を決め、優雅な大学五年めを送っていた。

海外にいった叔母の留守番の名目で、Tは学生時代から国立の団地に住んでいた。2DKの広さがあり、僕もしばらく居候していたことがあるけれど、なぜか、その頃はTが僕の部屋に住み着いていた。僕の部屋は四畳半に炊事場がついただけの部屋で、男ふたりがどうやって暮らしていたのか、今から思えば不思議である。

Tはクラスの仲間がみんな卒業し、自分だけが一年後輩の連中と授業を受けているのがつまらなかったのだろう、僕の部屋をベースにして学校にはあまりいっていなかった。しかし、彼は単位はほとんど取っていて、就職浪人のような形で留年を選んだので、特に問題はなかったようだ。

僕は、朝、ベッドの下の布団の中で寝ているTに「じゃあ、会社へいってくるよ」と声をかけて部屋を出る。昼間、Tが何をしていたのかはわからないが、夜に帰ると食事の用意がしてあることもあった。そんなことが何日も続いていた。その頃の僕が精神的にも落ち着いていたから、Tの居候状態にも寛容だったのだろう。

就職して給料をもらうようになった僕は、急に懐が暖かくなった。ギリギリの仕送りで暮らしていたのが、その三倍ほどの給料をもらうようになったのだ。酒も大して呑まず、映画と本くらいにしか金を使わなかったから、確かに余裕はあった。Tにも、よく奢っていた記憶がある。

そんなある日、帰宅するとTが「『直撃地獄拳・大逆転』見てきたぞ!!」と言った。それからは「直撃地獄拳・大逆転」(1974年)がいかに面白いかを、僕が口を挟む間もなくまくし立てた。Tは気に入った映画があると、よくそういう状態になる。そんなところは、僕と似ていたのかもしれない。

その頃の僕は志穂美悦子主演「女必殺拳シリーズ」(1974〜76年)はけっこう楽しんで見ていたが、正直に言うと「燃えよドラゴン」(1973年)で火が点いたカンフー映画ブームに便乗して、東映が雨後の筍のように送り出す似非カンフー映画には少しうんざりしていた。

それでも、Tはいかに「直撃地獄拳・大逆転」が面白いかを言い募り、その前作である「直撃! 地獄拳」を見にいかなければ…と、ぴあを取り出してどこかで上映していないかとチェックし始めた。「石井輝男だぜ。監督は」とTは言った。しかし、僕は石井輝男監督作品が苦手なのだった。

●八十一歳で亡くなったカルト監督

1924年生まれの石井輝男監督は、2005年に八十一歳で亡くなった。1980年代には一本も映画を撮っていないが、1990年代になって、突然、自らの制作で映画を撮り始める。それもつげ義春のマンガを原作にしたものばかり。七十代の監督は枯れるのではなく、より前衛的になっていた。

「ゲンセンカン主人」が公開されたのが1993年の七月。それ以降、「無頼平野」(1995年)が続き、自らのプロダクションを立ち上げて「ねじ式」(1998年)や「地獄」(1999年)を作る。遺作は「盲獣VS一寸法師」(2001年)である。もちろん江戸川乱歩の世界を描いた作品で、石井監督が好んだエログロの世界の集大成だった。

そうなのだ。僕は石井監督のエログロ趣味とスカトロジー趣味についていけないのである。「徳川女系図」(1968年)あたりはまだよかった。それが「徳川女刑罰史」(1968年)「残酷異常虐待物語 元禄女系図」(1969年)「徳川いれずみ師 責め地獄」(1969年)となると見にいく気が起こらない。

僕がよく憶えている石井輝男監督作品は「御金蔵破り」(1964年)だろうか。フランス映画「地下室のメロディ」(1963年)がヒットしたため、それをパクって作った時代劇である。ジャン・ギャバンの役は片岡千恵蔵、アラン・ドロンの役は大川橋蔵だった。

江戸城の御金蔵から大金を盗み出す話で、僕はけっこう好きな映画なのだが、盗んだ千両箱を肥桶に隠しおわい舟でお堀から運河伝いに運び出す設定だった。いかにも石井輝男である。どんな作品でも必ず厠のシーンを出すのは、天才と言われた川島雄三監督と石井輝男監督である。加えて「トラック野郎シリーズ」(1974年〜79年)の鈴木則文監督だろうか。

しかし、僕は石井監督の作品とは知らず、子供の頃にずいぶん見ていたのである。宇津井健が新東宝で主演した「スーパー・ジャイアンツ」シリーズだ。これは1957年の「鋼鉄の巨人(スーパー・ジャイアンツ)」から1959年の「続スーパー・ジャイアンツ 毒蛾王国」まで九作が作られている。

その後、今やカルトムービーとなった「黒線地帯」「女体渦巻島」「黄線地帯」「女王蜂と大学の龍」(すべて1960年)などを作り、新東宝から東映に移籍する。安保闘争で日本中が揺れていた頃、石井監督はこういうエログロ映画の制作にいそしんでいたのである。

東映に移籍して作った最初の映画は「花と嵐とギャング」(1961年)だ。僕はこのタイトルが好きで、公開時に見ているはずなのだが、内容はまったく憶えていない。「ギャング・シリーズ」は、鶴田浩二、丹波哲郎、高倉健が主要キャストだった。まだ若くて目線がきつかった高倉健がチンピラっぽい演技をしていた。

「ギャング・シリーズ」を経た石井監督と高倉健の最大のヒットが「網走番外地」(1965年)だった。「手錠のままの脱獄」(1958年)は白人(トニー・カーチス)と黒人(シドニー・ポワチエ)が手錠につながれたまま脱獄し、人種偏見を超えて次第に友情が生まれる話だったが、それをパクった「網走番外地」は凶悪犯と手錠でつながれていたため脱獄に巻き込まれた模範囚の話だった。

●「網走番外地」シリーズで高倉健を大スターにした

  きすひけ きすひけ きすぐれて
  どうせ俺らの行く先は その名も網走番外地 (詞タカオ・カンベ)

大学時代、友人たちは酒を呑むと、よくこう歌った。それは時代の気分だった。ロックアウトされた学生会館に象徴されるように、僕たちは闘う前に敗北していた。正体のわからない不安感が去らなかった。だから「酒ひけ 酒ひけ 酒暮れて」と歌えば呑んだくれる自分たちを正当化できたし、「どうせ俺たちのいき着く先は…」とパセティックな気分になれた。

時代の気分を反映した「網走番外地」シリーズは、1965年から1967年まで十本を数えた。その後、「新網走番外地」シリーズ(1968〜72年)が八本制作されるが、こちらは降旗康男監督が主に担当した。もっとも、高倉健は降旗康男監督と肌があったのだろう。この後、「冬の華」(1978年)「駅 STATION」(19 81年)「居酒屋兆治」(1983年)「夜叉」(1985年)「あ、うん」(1989年)「鉄道員(ぽっぽや)」(1999年)「ホタル」(2001年)でコンビを組む。

確かに年を重ねて落ち着いた大人の役者になった高倉健には、石井輝男監督の過激さは合わないかもしれない。彼は、老成などしない監督だった。しかし、高倉健は律義さで売っている人である。2006年に網走市潮見墓園に石井監督の墓碑が建てられたときの碑文は高倉健によるものだという。

さて、「直撃地獄拳 大逆転」である。僕はTの熱心さにほだされて、翌週の休日に二番館に見にいった。千葉真一、郷英治、佐藤允というひとくせのあるメンバーがチームを組むヘンな映画だった。郷英治(英には金ヘンがつくのだが、パソコンで出ない)は宍戸錠の弟でちあきなおみの夫だった人だが、早死にしてしまった。

タイトルはカンフー映画らしくつけている。クェンティン・タランティーノがシナリオを書いた「トゥルー・ロマンス」(1993年)の冒頭で、映画好きの主人公が「ソニー・チバはナンバーワン・カンフー役者だ」と言うシーンがあるが、タランティーノが千葉真一主演カンフー映画のファンだったのはよく知られている。

しかし、カンフー映画を期待すると裏切られる。「直撃地獄拳 大逆転」は、どちらかといえば犯罪映画である。「地下室のメロディー」のように周到な計画の元、あるビルの厳重に警護された金庫に忍び込む話だ。そのセットのチープさには目をつむるとして、アホらしく喜劇的なシーンとサスペンスがほどよく交錯する。

もっとも、セットを始めとしたチープさそのものがB級映画のテイストを醸し出していて、なかなかに味わい深いものがある。これを大金をかけたセットでシリアスに展開すると、トム・クルーズの「ミッション・インポシブル」シリーズになる。しかし、それではハリウッド的見せ物映画にしかならない。

「直撃地獄拳 大逆転」のラストシーンは、「網走番外地」の冒頭シーンのパロディだ。千葉真一、佐藤允、郷の三人が逮捕されて網走番外地に送られてくる。彼らはバスから降り正門で寒さに震え上がる。そのとき、刑務所の中から声をかけるのは老囚人「八人殺しの鬼寅」である。「網走番外地」に登場して有名になったキャラクターだ。もちろん、嵐寛寿郎が演じた。

先ほど僕はヘンな映画と言ったけれど、「直撃地獄拳 大逆転」は公開当時から一部では評判で、ある評論家は「キネマ旬報」で大絶賛していた。元々、石井監督には熱心なファンがいたのだが、そういう石井ファンにとってはたまらないのだろう。楽屋落ちも多く、そういうところが受けていた。

しかし、石井監督は助監督時代に成瀬巳喜男監督についている。「銀座化粧」(1951年)と「おかあさん」(1952年)である。僕は成瀬作品はすべて好きだが、とりわけ「おかあさん」は素晴らしい作品だと思う。その脚本を書いたのは水木洋子だった。

その水木洋子作品の仕事を石井輝男監督は渇望したという。徹底的にB級映画にこだわり、高倉健を大スターにした功労者なのに敢えてエログロ作品を作り続け、十数年のブランクの後につげ義春の前衛的作品を映画化した石井輝男という監督の本質が、その話からうかがえるような気が僕にはする。水木作品は優しい視線で描かれた格調高い文芸作品ばかりだった。

ちなみに、僕の部屋に居続けていたTに僕は「おまえ、帰れ」と言ったらしい。まったく記憶にないのだが、十数年後にTがそう証言した。僕は「俺をひとりにしてくれ!」とキレたそうである。その話は、僕の「鷹揚で許容力のある男」というセルフイメージを大きく裏切るものだが、Tがそう記憶しているなら事実かもしれない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雪が続いて寒いので、休日はスエットの上下にちゃんちゃんこを羽織って家から一歩も出ない。カミサンが車を使っているので、足がないということもある。それに、下手に車で出かけて雪に降られると面倒だ。ということで、ますます籠もりがち。運動不足です。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1
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■Otaku ワールドへようこそ![67]
背徳と耽美の少女たち

GrowHair
< https://bn.dgcr.com/archives/20080215140100.html
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「どんな形の性行為も変態ということはない。唯一の変態行為とは禁欲である」とは、ジョージ・バーナード・ショウの言葉だとずっと思い込んでいた。今、検索をかけてみたが、ちっともヒットしないところを見ると、大きな勘違いだったらしい。じゃ、誰が言ったの? オスカー・ワイルド? いやいや、有名な人の言葉ではなかったらしい。

特にそっちの方面を深く追求すべく意思を固めたというわけではなく、その時その時に面白そうだと思ったものを何でもかんでも見に行ってみるという、物見遊山の心に変わりはないつもりなのだが、最近の自分の足取りを振り返ると、あたかも街灯に呼び寄せられる蛾のごとく、ふらふらとそっち方面へ寄っていっているように見えなくもない。最近見てきたものを三つレポートします。吉祥寺、横浜、秋葉原。

1●吉祥寺編:死にゆく少女たちの散歩

2月2日(土)、吉祥寺のバウスシアターにて、少女の死がテーマの映画が三本、オールナイトで秘密上映された。
  -「ヴァージン・スーサイズ」1999年/アメリカ/98分
  -「エコール」2004年/ベルギー・フランス・イギリス/121分
  -「小さな悪の華」1970年/フランス/103分
この三本立てにつけられたタイトルが「死にゆく少女たちの散歩」。

どれも、ロリコンなら必見の映画。ロリコンでなくても、見ればロリコンになれる映画。特に私の関心領域というわけではなく、しかも、アニメではなく実写なのに、なぜか「おまえが見に行かんでどうするよ?」という天の声が聞こえ、「神様、なぜですか?」と聞いても答えてくれなかったので、とにかく見に行く。いや〜、よかったよ。神様、ありがとう。

「ヴァージン・スーサイズ」は、裕福で円満な家庭に育つ5人の美少女姉妹の13歳の末っ子が手首を切って自殺を図り、そこから家族が崩壊していく話。なんとかしようと焦る母親の強権発動は、ことごとく空回り。不吉な予感が高まる。結局5人とも死んじゃう。

「エコール」は、高い塀で外界から遮断された深い森の奥の寄宿学校にさらわれてきて、ダンスを習わされる6歳から12歳までの少女たちの日々を描く。暗い森の静かな湖に、白い下着の少女たちが浸かって無邪気に水遊びする姿は天使さながら。

「小さな悪の華」は、フランスの全寮制の修道院学校で仲良しの15歳の美しい少女二人が、ボードレールの「悪の華」に耽溺し、悪の魅惑にとりつかれて数々の所業を働き、そのエスカレートぶりと破綻を描く。二人はそれぞれ立派なお屋敷に住み、何不自由ないスーパーリッチな家庭に育っているが、両親から心から愛されてはいないと感じている。二人を強く結びつけている絆は、悪魔に魂を売り渡す背徳の心。

牧師をひそかに馬鹿にし、嘘の懺悔をする。老いた庭師の部屋に忍び込んで、大事に飼っていた鳥を毒殺し、庭師が悲しむ姿を陰から眺めてくすくす笑う。互いの血をなめ合い、悪魔に身も心も捧げる誓いの儀式を執り行う。そして、ついには人殺し……。刑事に追い詰められた二人は、晴れの舞台で背徳の詩を見事に朗読して美のクライマックスを見せ、拍手喝采の中、みずからの体に火をかける。1970年当時、あまりの反宗教的反道徳的内容により、フランス本国では全面的に上映禁止、イタリアやイギリスには輸出禁止、公開されたのは日本とアメリカだけだったという、妖しくも美しい禁断の少女映画。

……と、まあ、かなりイケナイ香りのする三本。秘密上映と言っても、全く秘密では誰も見に来られないから、映画館のウェブサイトでは告知されていた。が、映画館には何も掲げられておらず、並んで待つ人の列を通りすがりに見ても、何の列だか分らないようになっている。

11:00PM少し前、30人ほどの列ができた。ほとんどが、一人で来ている20〜30代の男性。あまりきれいそうではない身なり、目は焦点が定まらず宙を浮遊、宮崎勤の同類が集まったかと思えてくる。このまま一網打尽にして取調室に連行して尋問すれば、何か出てくるんじゃねーの?
……ごめんなさい、嘘です。そんなヤバそうな人は、私だけでした。

200席ほどのうち、約100席が埋まり、7割方が20代前半くらいの女性。一人で来ているコもいれば、2〜3人で連れ立って来ているコもいる。普段着のコもいれば、ロリ服のコもいる。みんな、かわいい。非現実的なまでに、かわいい。以前、宝野アリカさんと恋月姫さんのトークショーに行ったときの来場者たちと同じ空気を感じる。ロリ服は正装(?)みたいな。

実際、線でつなぐことができる。恋月姫さん制作のビスクドールは、渋谷の「マリアの心臓」に展示されている。2月1日(金)〜2月24日(日)は「囚われし少女の嘆き」というタイトルで人形と絵画を展示していて、これが「小さな悪の華」公開記念展という企画なのである。行くと、映画のチラシが渡され、中では映画から抜粋したプロモーション映像が流しっぱなしになっている。両方に行った人は、私以外にも案外いたりするかも。

さて、その三本立てを見ての感想だが、まず「ヴァージン・スーサイズ」、5人の少女たちはそれぞれに魅力いっぱいだったし、映像には意欲的な工夫が随所にみられ、面白かったけど。ただ、文化的な背景があまりにもかけ離れていて、想像力で補おうとしても届かないところがあった。裕福で平和な家庭なのだが、父、母、娘たちの間で表面的な会話しか成り立っていない、疎遠家族。マスコミは社会がバーチャル化してどーちゃらこーちゃらみたいな浅薄な理屈をまことしやかに述べ、精神科医は「校外での人づきあいを必要としている」といういいかげんな処方を述べ、互いの気持ちを分かり合うという本質には決して向かっていかない。

私はこういうのをついつい対岸の火事として見てしまう。アメリカって進歩的な国に見えて、思想の深まりだけはちょっとなー、と冷めた見方が強化されて終わった。

「エコール」。特にはっきりしたストーリーがあるわけではなく、幽閉された少女たちの日々のエピソードから、彼女らの置かれている状況が徐々に明らかになっていく。脱走を試みても自然の中では生き延びられない、とか。これは、映像で見せる映画。話の筋よりアソコの筋。裸で棺に入れられて、どこかからさらわれてきた少女、森で無邪気に遊ぶ少女、純白のシンプルなレオタードでダンスの稽古をする少女。少女、少女、少女……。その映像がとてつもなく美しい。

もし誰かから「どんなセットでも用意しちゃるけん、撮りたいシーンを言うてみぃ」と言われたら、たいていの男性ならこういうのを思い浮かべるのではなかろうか。理想の映像がすべて撮られてしまい、人類は映像の分野でもうやることが何も残ってないではないか、ああ、絶望した、って感じ。

「小さな悪の華」。道徳的な立場から見れば、「悪は最後には滅びる」というメッセージにもなっているのが、かろうじての救いか。だけど、破滅に至るまでに放つ美、特に散り際の美はどうだ。その美に重心を移してみると、悪は美を育てる栄養だったのか、とさえ思えてくる。「美」というものは、ほんわかとした心地よい感じ、といった漠然としたものではなく、ナイフエッジのように鋭利なものなんだと思い知らされる。ところで、牛追いの牧童を色気で挑発してからかううちに、襲われてレイプされそうになるシーンはめちゃエロチック、すごい。

少女の美は絶対的・普遍的であるのに対し、それを愛でることを背徳的とする社会通念は、長い歴史の中でみればごく最近沸き起こった皮相な観念。たまに起きる、凶悪犯罪に対するオーバーリアクションと言えよう。自分だけは100%善良で、他人の心の中は邪悪さで満たされているように見えるとしたら、それは自他の対称性を見落とした、ありがちな錯覚。

世の道徳家たちが、ぎゃーぎゃーとヒステリックに叫んでこういうのを禁じ、社会浄化運動を強力に推進しようとしても、敵対的態度と人間相互不信が前面に押し出されたバッシング社会しか生み出さない。結局、とってつけたような薄皮は30年ももたずにぽろりと剥がれ落ち、主流の価値観はまた自然と反転していくことだろう。その反転は少女たち自身から起きる。道徳家たちの喧騒は、庇護されるはずの少女たち自身から、静かに見放されていく。

三本立ての上映は一回限りだったが「小さな悪の華」は二週間上映、今日の9:00PMからのが最終。急げっ!
< http://www.baustheater.com/
>
< http://www.mariacuore.com/web2/exhibition.html
>

2●横浜編:現代美術におけるゴスとは?

横浜美術館で開催中の「ゴス展」に、2月9日(土)に行ってきた。「現代美術におけるゴス/ゴシックとは何か」をテーマに掲げ、5名のアーティストによる立体、絵画、映像、写真作品、約250点が展示されている。

私は以前、原宿の「橋」でヴィジュアル系のバンドのメンバーのコスをする、いわゆるバンギャを撮っていたころもあり、ゴス方面にも興味あり。知り合いにも手首をざっくざっく切るやつが何人もいて、困ったもんだ。10:00AMの開館ちょい過ぎに着く。すいてる〜。でもすぐ混んでくる。

入口に掲げられた大パネルの館長あいさつによれば、ゴシックとはもともと12世紀半ばに北フランスで始まった建築様式を指す。言葉の由来は、古代ローマ帝国を滅ぼしたゴート族から。破壊的で野蛮な人たちという意味合いをこめての呼称。19世紀、イギリスでゴシック・リバイバルという動きが起きた。現代では、自己の肉体あるいは生理に根ざす徹底した「私」への固執がゴスの心ということのようである。

抽象的な表現だが、私なりのゴス観と多少重なり合う部分もある。現代は、個よりもシステムが優先され、よほど何かの分野の最先端にいる人でもない限り、自分が世の中をどうにかしているという実感が持ちづらい。自分という存在は社会システムを維持するための代替可能な消耗品に過ぎず、自分が生きたという証を何も残せず、生きているという実感すらあやふやになってくる。

そこで、生の感覚を取り戻すためには、あえて死を意識してみたり、自傷や肉体改造によって、普段のぬるま湯生活では奥に眠っていた、我々の内に本来備わっている生きたいという本能を呼び覚まし、主体的な存在としての自己を回復する儀式が必要になってくる、その辺にゴスの心があるのではないかと、漠然と思ってきた。

実際、作品を見て回ると、死、退廃、精神的荒廃といったネガティブ要素とよく向き合ってみよう、というテーマの作品が多いように感じられた。作品のクオリティは高いし、悪くはなかったんだけど、ただ、私の思うゴスとのズレを感じることもしばしばであった。そのズレとは何かと分析してみるに、どうもこの展示では、破壊、反抗、グロ、不協和音、死といったネガティブな想念に力点が置かれ、それを突き抜けて生じる耽美の領域にいまひとつ衝撃や広がりが感じられなかったせいではないかと思えてくる。荒廃、死への指向といった暗い泥沼の中に、あっと驚くようなとてつもない美しさが立ち上がってくるのが、私の思うゴスの世界なので。

私の中のゴス的キーワード:
古い洋館、棺、薔薇、十字架、血、死、骸骨、髑髏、ろうそく、ナイフ、ガラス片、首輪、鎖、包帯、眼帯、注射針、睡眠薬、タトゥー、ボディーピアス、スプリット・タン、蜘蛛、蠍、黒猫、黒魔術………

だけど、これらを並べておどろおどろしさを出しただけでは、ただのエログロ。それで終わるんじゃなくて、もっと先鋭化され、洗練された美、それがないと。

ピュ〜ぴる氏の作品群を貫くテーマには、興味を惹かれた。作品群の入り口にあるパネルの説明を見落としていて、最初に見たときは、テーマをまったく理解できていなかった。

皮をかぶった男性器の写真、膨らみかけた少女の乳房の写真、毛のない女性器の写真、これらを無関連なものとしてバラバラに見ていた。女性器の割れ目の上端がぷっつりと止まってなくて、徐々にフェードアウトして平らになっていくのがちょっと不自然だなーとは思ったんだけど。見終わって、ロビーに出てから、掲示板にこの展示に関する新聞記事などがべたべたと貼ってあるのを読んで、やっと合点がいった。ビフォーとアフターだったんだね。写真は全部同一人物のもの、つまりは作者のもので。

あ、そういうことだったか、というわけで、入り口でチケットを見せて、再入場させてもらう。そうしてあらためて見直してみたウェディングドレスは、なるほど美しい。

コレクション展も見て、滞在時間は一時間半ぐらい。秋葉原へ。

「ゴス展」は3月26日(水)まで。
< http://www.jiu.ac.jp/yma/goth/
>

3●秋葉原編:悩ましいメイド喫茶

メイドさんのいる店にはたいがい行き尽して、刺激の方向性に斬新さが欲しくなったから、というわけでは決してないのだが、ちょっと変り種のメイド喫茶があることを知り、面白そうなので行ってみた。

雲雀亭。男性が女装してメイドさんになっているお店。そんじょそこいらの女の子より断然カワイイってとこが、いろんな意味で悩ましい。ご主人様とメイドさんとの道ならぬ関係なんかを妄想するにしても、……道ならなすぎるぞっ!

雲雀亭は、秋葉原に四つある協力店舗のどれかを間借りして、不定期に出現する。去年の夏にオープンし、だいたい月二回のペースで開いてきた。今回は2月9日(土)、「呑み処ウッド」にて。

1:00PMの開店時には、13人の列が出来ていた。うち8人は女性。何かの取材が
長引いたとかで開店が少し遅れ、中からメイドさんが出てきて「もう少し待って下さいね〜(にっこり)」。その笑顔がめっちゃ可愛くて、みんな目がハートになってた。ロリ服に白エプロン、すらっと長身、絶対領域が美しい。女の子たちから歓声。「かわいい〜♪」、「足、細っ!」。女装が似合う男の子はモテる。これは本当だ。世の男性諸君、がんばろうじゃないか。「かわいいは正義」だっ!(出典: 「苺ましまろ」)

この長身のメイドさんは、茶漬けさん(雲雀亭での呼び名は燕さんなんだけど、定着していない)。ALI PROJECT の「聖少女領域」のPV(プロモーション・ビデオ)に、背徳のシスター役で出ているそうで。え? そのPV、例の、宝野アリカさんと恋月姫さんのトークショーで見てるけど。シスターの中身は男性だったとは……。

開店すると、20席ほどの店はすぐに満杯になる。メイドさんは6人。この日は、少し早いバレンタインデー企画ということで、チョコがもらえた。嬉しいぞっ。
以下、その場で書いたmixi日記より。

[13:52] 雲雀亭から実況だぴょ。

メイドたん、みんなきれい〜♪
ひらひら、ろりろり、かぁえ〜♪
あんよ、すら〜り、うっとり〜♪

すごい人気〜。20席ぐらいあるけど、ほぼ満杯。

名物「精神的ブラクラパフェ」、おもしろーい。
(パフェグラスの中身はカレーライス)
わが内なるブラウザは見事にクラッシュしましたぁ〜。

みんなもくるといいぉ

[14:30]1時間もいてしまった〜。心地え〜。開店待ちで並んで入った
人たちがだいたい帰って、少しすいてきた。

[14:31]金魚茶屋(女性しか入れないカフェ)にパスしたって… ワロター。

[14:34]A4に引き伸ばした写真の入ったクリアファイル、見してもらった。
 めっちゃ、きれい〜。いい写真〜。
 こんなに引き伸ばしても破綻してないってとこがすげっ。

[14:35]あははー、コーヒーおかわりしちまったぜぃ。何時間居る気だ>俺

[14:40]お店のノートにも、やっぱほめてるコメントがいぱ〜い。
 かわいい、とか、足きれい、とか。
 クリスマスイブに男2人連れで来たとかって…。ロマンチック… だなー。
 くぁあえ〜挿絵もいっぱい。

[14:42]また店、満杯になった。なんかにぎやか〜。

[14:45]メイドたんは6人。みんなまぢでかわいい。

[14:48]でも、一番人気のひばりちゃんは、今日お休みなんだとか。

[14:50]でも、茶づけたんも、めっさかわいいのだー。

[14:52]と言ってたら、ひばりちゃん、お出まし〜。遊びに来たんだとか。
 いやいや、ほんっとかわえ〜。粘っててよかった〜。

[14:54]実況、以上。店、あいかわらず満杯。さて、そろそろ行こ。
 渋谷寄って帰る。(「マリアの心臓」へ。)

次回の雲雀亭は2月24日(日)、三店舗同時開催!
< http://www.hibari-tei.com/
>

実は、その後、自分も何かしたくなって、矢も楯もたまらず、秋月電子の上の「コスメイト plus」へ。
< http://www.cosplus.jp/
>

だけど、結局買ったのはパンティー二枚だけ。なんか、部屋じゅうパンティーの山で、埋もれて暮らすようだぞぃ。(← さすがにこれは大げさ。50%増量)

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
新春女流棋士フェスタの指導対局で苦吟する私の姿が、「将棋世界」3月号の
カラーページに紛れ込んでる〜。対局室全体が写ってる中に豆粒ほどなので、そんなに見苦しくはないかと。/将棋ニュースプラスの「ご主人様、王手です」は2月8日(金)が最終回だった。三人のメイドさん、三級合格、おめでとう。番組でも「無謀な企画」って言ってたけど、私も秋ごろには正直、見込み薄になってきたなーと思ってた。許して。それだけ、三人の追い込みがすごかったのだ。よくがんばった。これから将棋を始めようという人へのいい励みになると思う。/マイナビ女子オープンは、2月7日(木)の準決勝戦から、各対局に対して個人スポンサーを募集している。同僚の雨続君がさっそく名乗りをあげた。その体験はお金に換算しがたい貴重なものだと思うぞ。「週刊将棋」2/13号に名前と写真載ってるし。/自尊心 つっかい棒する チョコの数

将棋ニュースプラス
< http://broadband.biglobe.ne.jp/sitemap/index_shougi.html
>
マイナビ女子オープン < http://mynavi-open.jp/
>
雨続君のブログ(目次)
< http://ametsugu.net/shogi/index.shtml
>

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■編集後記(2/15)

・読売新聞が3月31日から、現在の文字に比べて横約7%、縦約16%も拡大し、線も太くした「メガ文字」で組むという告知があった。新聞を読む時は裸眼で、いまでも充分読みやすいと思っているが、現行文字とメガ文字、それぞれで組まれた紙面を見比べると、さすがにメガ文字は読みやすい。縦が拡大されて正方形に近くなった。扁平で独特な味わいのある新聞明朝体とはかなり違って見える。新聞明朝体ファンとしてはちょっと残念な気もするが、一目瞭然、圧倒的に読みやすくなってるのだからよしとする。1行12字詰めは継続したので、段数を12に減らしているが、情報量は減らないようにするという。文字の大きさの変遷を見ると、なんと1951年当時の文字との面積比100対225.6である。その100の時代の文字組みでは、さすがに今のわたしでは目を近づけないと読みにくい。本当にこんな大きさだったのかと感慨深い。かつては小さな文字がぎっしり詰まった状態を好んでいたが、このごろは大きな文字のゆったり組みのほうが読むのに楽になった。あたりまえか。テキストを書く時、つい半年前くらいまでは12ポイントで楽々だったが、いまは18ポイントである。はじめは大きな文字に抵抗があったが、もう元に戻れない。もちろん今でも12ポイントのほうが美しいと思うけど。デジクリは、いままで掲載容量を制限してきたが、最近はそれを取払い、やたら重量級になる日もある。そう、今日は「メガデジクリ」です。(柴田)
< http://www.yomiuri.co.jp/info/info20080215.htm
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・代替機は古いものだが、私の使っていたものよりは新しく、微妙に新機能がついている。新しい電化製品類を触るのは探検しているみたいで楽しい。帰宅の電車の中でいじり倒していて、乗り過ごすところであった。これで遊べるだけでもいっかー、と納得させようとしていたら、二日後に電話が。「予約機種入荷しました。修理はキャンセルいたしましょうか?」ラッキー! お姉さんたちの機転が嬉しい。実はいた場所に一番近いショップに行ったものの、ちょっと気になることがあって、五分歩いたところにある別のショップに行ったのよ。そこは店員さんたちの年齢層は高めで、プロな丁寧な対応をしてくれて満足していたのさ。液晶がいったん復帰してデータ吸い上げできたのはラッキーで、再度の故障時にはデータ吸い上げは不可だったし(CD-ROMから戻してもらった)、たまたま外出していてすぐにお店に入れたのも、店が開いている時間だったのも、安い機種への機種変更を思い出さなかったのも、古い機種をいったん取りに帰らずに済んだのもラッキー。欲しい機種の在庫がなかったことは忘れることにする。ま、携帯が壊れたら仕事がストップするのを思い知らされたので、少しでも故障の傾向があればさっさと修理に出しなさいと叱られた気がするわ。 (hammer.mule)