[2668] 夫婦はふたつの形に分類できる?

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<そのタイトルを聞くと僕の心は騒ぎ出す>
 
■映画と夜と音楽と…[424]
 夫婦はふたつの形に分類できる?
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![98]
 マイル修行とロケハンを兼ねて四国へ行ってきた
 GrowHair


■映画と夜と音楽と…[424]
夫婦はふたつの形に分類できる?

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20090703140200.html >
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●「風の歌を聴け」の「僕」はペキンパー好き

村上春樹さんの新作「1Q84」を読んだ。「アフターダーク」から5年弱、「海辺のカフカ」からだと7年ぶりの新作になる。日本の作家で、そんなに悠々としたペースの書き下ろし作品だけでやっていける人は他にはいない。マーケットの広い欧米のベストセラー作家並みだ。世界中で翻訳が出ている人だから可能なのだろう。

「海辺のカフカ」は主人公の少年のいきつく先が香川県で、高松駅前で讃岐うどんを食べる場面があった。その後、海辺の図書館が舞台になるのだけれど、僕は松原で有名な津田の海岸あたりをイメージしながら読んだ。おだやかな瀬戸内の砂浜に松林が続く美しい風景を思い出した。

「1Q84」は、ジョージ・オーウェルの「1984年」からインスパイアされた部分もあるし、「エホバの証人」や「オウム真理教」など宗教の問題、ドメスティック・ヴァイオレンスもテーマとして取り込まれている。「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」「アフターダーク」と、次第に色濃く村上ワールドを覆い始めている「根源的な悪」「絶対悪」の存在も顕わになってきた。

「1Q84」については、事前に内容的な情報を一切流さないことにしたそうなので僕も物語については書かないが、村上さんの個人的嗜好があまり変わっていないので何だかホッとした部分もあった。ハードボイルドミステリが好きなのはチャンドラーの翻訳で一般的に知られたけれど、スティーブン・キングなんかも愛読(かつてキング論を文芸誌に発表した)したはずだ。そんな要素もうかがえる。

今回、主要なモチーフとして使われている曲は「シンフォニエッタ」だった。爆発的に売れている本に比例して、レコード会社に問い合わせが増えているらしい。ヤナーチェックが作曲したクラシックである。その他に古いジャズ・レコードも登場し、かなりマニアックな描写がある。その辺は村上さんの趣味だと思う。

村上さんは早稲田の学生だった頃、演劇博物館に入り浸り、所蔵しているシナリオを片っ端から読んだという話だ。卒業論文も映画をテーマしたと聞いている。映画好きなのは本人もエッセイで書いているが、そのせいか、自作の映画化には厳しいのかもしれない。ベトナム人監督よる「ノルウェイの森」の映画化が進んでいるらしいが、非常に珍しいことだ。

「1Q84」の中には、比喩としていくつかの映画が使われている。まず、スタンリー・キューブリックの「突撃」(1957年)。第一次大戦の最前線の塹壕が舞台だが、最初の方に将軍が塹壕を視察するシーンがあり、狭い塹壕の中をカメラが移動撮影する。後の「シャイニング」(1980年)では、キューブリックはまだ珍しかったスティディカムを使った移動撮影で観客を驚かせたが、この塹壕の移動撮影も凄い。どうやって撮ったのだろう。

その他、「スティング」(1973年)も出てくる。村上さんはスティーブ・マックィーンが好きだったのか、「『華麗なる賭け』に出てくるフェイ・ダナウェイのような…」という文章も出てくる。「華麗なる賭け」は1968年、マックィーン全盛期の映画だ。主題歌にも言及されていて、主人公とタクシーの運転手との会話で「ミッシェル・ルグラン」の名前が出てくる。名曲「風のささやき」である。

マックィーンの映画では、もう一本「ゲッタウェイ」(1972年)が登場する。こんな具合だ。

──「ベッドのマットレスのあいだに現ナマを隠しておいて、やばくなるとそれをひっつかんで窓から逃げる」
「そう、それそれ」とあゆみは言って、指をぱちんと鳴らした。「なんだかススティーブ・マックイーンの『ゲッタウェイ』みたい。札束とショットガン。そういうのって好きだな」

村上さんはデビュー作「風の歌を聴け」で、サム・ペキンパーについて記述している。「僕と妻はサム・ペキンパーの映画が来るたびに映画館へ行き、帰りには日比谷公園でビールを二本ずつ飲み、鳩にポップコーンをまいてやる」のである。おそらく、村上さん自身がサム・ペキンパーの映画が好きなのだろうと、昔から僕は思っている。

●「ゲッタウェイ」は1973年3月に公開された

サム・ペキンパーの「ゲッタウェイ」…、そのタイトルを聞くと僕の心は騒ぎ出す。公開されたのは1973年の3月である。その前からスティーブ・マックィーンが派手にショットガンをぶっ放すシーンを中心にテレビスポットが流れ、様々な映画紹介番組で銃撃戦が放映されていた。ペキンパー流のハイスピード撮影。撃たれた人物はスローモーションでゆっくりと倒れていく。

ペキンパー・ファンの僕は、「風の歌を聴け」の「僕」のように結婚前のカミサンと二人で封切りを待ちかねて見にいった。僕はまだ大学二年生で、進級試験がレポート提出だけですむのをいいことに、春休み前からアルバイトに精を出していた。カミサンは数寄屋橋にあるデパートでマネキン(出張販売員)をしていた頃である。いや、体を壊しデパート勤めを辞めた頃だった。

その頃、僕は、トラックの荷台に載せる保冷庫を作る自動車工場にアルバイトに通っていた。近くに環七と中山道が交わる交差点があり、東上線の常盤台という駅が近かった。そこで、僕は鉄骨を箱形に組み、外側に波板のジュラルミン板を張り鋲打ちをした。外側が完成すると、それをトラックの後部に載せ、空気を送るホースが付いた潜水服のようなものを着て、大きな箱の内側にウレタンを吹き付けていく。

吹き付けたウレタンが凸凹のままで垂れ下がると、箱の中はまるで鍾乳洞のようだった。次にワインダーでウレタンを削ってゆく。内側に一定の厚さでウレタンの壁ができると、その上にベニヤ板を張る。その頃になると、社員の人たちが運転席と保冷庫の間に冷凍装置を設置する。内側が完成し冷凍装置が動き出すと、保冷車の完成だった。今でも僕は、高速道路を生鮮食品を積んで走る保冷車を見ると、あの頃を思い出す。

そのアルバイトはペイもよかったけれど、何日も会社の宿泊所に泊まり込んで働くような忙しさで金だけは貯まった。学生アルバイトは数人いたが、結局、僕が最も長く働くことになった。僕をそのアルバイトに誘ったのは高校から一緒だったTなのだが、彼は僕と違って残業は断って帰ったし、僕より一学年上だったので「就職活動もあるから」と3月末で辞めてしまった。そんな頃、僕は久し振りに休みを取って「ゲッタウェイ」を見にいった。

●妻の裏切りから再生する夫婦と怨みを募らせる夫婦

ドク・マッコイは銀行強盗をして逮捕され、刑務所で単調な作業に従事している。仮釈放を申請して却下され、面会にきた妻のキャロル(アリ・マッグロー)に「実力者のベニヨン(ベン・ジョンソン)に助力を頼め」と指示をする。ベニヨンに何かを頼めば、見返りを要求されるのを覚悟した上でのことだった。

ベニヨンの力で仮釈放になったドクが迎えにきたキャロルと公園にいき、戯れるシーンが記憶に残っている。解放感と久しぶりに抱き合う妻への愛情が感じられる爽やかな映像だった。着衣のまま川に飛び込み、濡れた姿で部屋に戻り、ベッドに腰掛けたドクが「ウィスキー、ウィスキー、ウィスキー」と待ちかねたように言う。

ベニヨンがドクに依頼したのは、銀行強盗だった。その銀行の金をベニヨンは使い込んでいた。使途不明金を誤魔化し、さらに大金を得るためにドクに仲間を集めさせて銀行を襲わせる。この辺は犯罪映画の王道の面白さがある。金を奪い、自分を殺そうとした仲間のルディを撃ち殺し、ドクはベニヨンのところに分け前を持っていく。

そのとき、キャロルが銃を構えてドクの背後に立つ。勝ち誇った笑いを浮かべるベニヨン。だが、キャロルが撃ち殺したのはベニヨンだった。その瞬間までキャロルは迷っていたのかもしれない。キャロルはベニヨンに夫の仮釈放を頼みにいき、犯され、ベニヨンに夫を裏切れと命令されていたのだ。

茫然とするドク。だが、ドクは奪った金とキャロルを連れて逃亡する。ベニヨンの部下たちが二人を追う。さらに、防弾チョッキのおかげで死ななかったルディが甦り、ドクを執念で追いかける。

ドクとキャロルのゲッタウェイが始まる。しかし、ドクは妻の裏切りが許せない。妻を問い詰め、何度も頬を張る。「ベニヨンじゃなく、あなたを選んだのよ」とキャロルは言う。彼らは逃避行の途中で「別れよう」と別行動をとったりするが、結局は元の鞘に収まる。「一緒にいこう」と提案するドクに「ベニヨンとのことは二度と口にしない?」とキャロルは言う。ドクは約束する。

ショットガンが炸裂しパトカーが炎上し…といった派手なアクションシーンが続くが、「ゲッタウェイ」は強盗夫婦の再生物語が核になっているのである。裏切った妻、その妻を許せない夫。だが、ふたりでゲッタウェイ(逃亡)を続けるうちに(夫婦で力を合わせることで)関係は再生するのだ。ふたりは、再び愛し合う夫婦になる。

公開当時、スティーブ・マックイーンとアリ・マッグローは実生活でも夫婦だった。僕は、妻を問い詰めながら何度も平手で頬を打つシーンで妙なリアリティを感じたものだ。1994年にアレック・ボールドウィンとキム・ベイシンガーがリメイクしたが、彼らも実生活でカップルだった。カップルを使うのは「ゲッタウェイ」が夫婦の再生をテーマにしているからだと思う。

「ゲッタウェイ」には、もうひと組の夫婦が登場する。ドクに撃たれたルディは追跡の途中で「獣医」の看板を見付ける。獣医を銃で脅して手当をさせ、ドクに追いつくために獣医夫婦を連れて追跡を始める。頭の弱そうな獣医の妻は、ルディに色目を使う。三人でモーテルに泊まったとき、ルディは妻を抱く。妻は椅子に縛り付けられた夫に見せつけるように腰を振り、声を挙げる。

妻は夫に不満があったのかもしれない。刺激のあるセックスに飢えていたのかもしれない。面白みのないテキサスの田舎町の獣医の妻の生活に倦んでいたのかもしれない。しかし、それほどの残酷な仕打ちを夫に行えるものか? 悲しい目で夫はふたりが獣のように交わるのを見つめる。翌朝、彼はモーテルのトイレで首を吊っている。

ルディと妻は獣医の死体を捨て置いて、ドクを追う。メキシコ国境に近い安ホテルでドクに追いついたルディは、ドクとキャロルを襲う。そこへベニヨンの手下たちもやってきて、一大銃撃戦が始まる。その中を「ルディはどこ?」と叫び声をあげながら走り回る、太股を顕わにした短いスカートの獣医の妻は滑稽でしかないが、そんな女と結婚していた獣医の悲劇が記憶に残る。

黙って見つめる獣医の恨めしそうな目と、大金を抱えてメキシコへ向かうドクとキャロルの笑顔が今も僕の記憶に刻まれている。ずっとずっと後になって、世の中の夫婦は多かれ少なかれ、その二組の夫婦の形に分類できるのではないかと僕は思った。妻に裏切られながら互いに許し合い、さらに理解を深め合えた夫婦と、互いに怨みのようなものを募らせ、何かをきっかけに決定的に修復不能な関係になってしまう夫婦…

1971年、村上春樹さんは学生結婚をした。若くして結婚したことや、その頃の貧しい生活について、村上さんは昔のエッセイでよく書いていた。1973年、村上さんが結婚したのと同じ年頃になった僕がアルバイトに精を出していたのも、デパート勤めを辞めたカミサン(まだそうではなかったけれど)の生活費を稼ぐためでもあった。

彼女は東京へ出た僕の一年後に上京し服飾デザインを学んだ後、洋装店に勤めたが、その後、知り合いに紹介されて数寄屋橋のデパートの派遣販売員をやっていた。しかし、その頃は体を壊し狭く壁の薄いアパートに籠もる日々だった。そのアパートから近いバイト先に僕は勤め、4月に学校が始まっても仕事を続けた。稼いだ金で、彼女をもっといいアパートに移した。

しかし、ある時期から彼女は沈み込むようになり、その年の暮れには荷物をまとめて東京を引き上げた。僕には理由がわからなかった。その頃、彼女に何があったのか、何を思っていたのか、彼女の気持ちが想像できたのは10年近くも後になってからだ。僕は彼女の気持ちを理解しないまま、故郷に帰っていた彼女と2年後に結婚し、34年も結婚生活を続けてきたというわけだ。

「ゲッタウェイ」をふたりで見にいった頃、僕は派手な銃撃戦に心を奪われるだけだった。しかし、今、「ゲッタウェイ」を思い出すと二組の夫婦の姿を甦らせる自分に、僕自身が生きてきた長い時間を生々しく感じないではいられない。ドクを演じたスティーブ・マックイーンも遠い昔に死んでしまった。ベン・ジョンソンも今はいない。21歳だった僕も、遙かな昔に死んでしまったのだ。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
417回で書いた「ほっこまい 高松純情シネマ」DVD化記念再上映会があり、見てきました。僕のコラムを読んだどなたかが、ミクシィつながりで監督に知らせてくれたようです。監督自らメールをいただきました。上映後、いろいろと不思議な接点のある方々にお会いでき、貴重な一夜でした。ただ、土曜日の夕方の新宿には出かけるものではないと痛感。なんであんなに人が集まってくるのでしょうね。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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■Otaku ワールドへようこそ![98]
マイル修行とロケハンを兼ねて四国へ行ってきた

GrowHair
< http://bn.dgcr.com/archives/20090703140100.html >
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●マイル修行:効率のパズル

ものごとは、ぎりぎりですり抜けていくのが、最も効率がよい。剣の切っ先だって、ボクシングのパンチだって、ぐわんぐわんよけたりせず、ひょひょっとかわすのが極意とされる。

愛媛に行こうと決めたのは、6月10日(水)のこと。行ったのは、6月13日(土)14日(日)。このフライトで、JALの手持ちが1万マイルを超えたので、それを使って、6月27日(土)には出雲に飛んだ。6月いっぱいで期限切れ失効になりそうだった4,000マイルをぎりぎりで救って活用することができた。

これ以外に解はなかった。パズルのピースがぴっちりとはまったような、気分のよさ。何かの達人になったかのような……ってほどのもんでもないか。

マイルは、クーポン券や電子マネーに移行して、お金として使うこともできる。しかし、それをせず、飛行機に乗って使うのが最もお得な使い方である。たとえば、羽田─出雲間を2人で往復する場合、マイルを使わずにまともに支払うと、「特便割引7」のような割引チケットを使ったとしても、約9万円かかる。

一方、マイルを使って「おともdeマイル割引」を利用すると、1万マイル+約2万円で、2人が往復できてしまう。つまり、1万マイルが7万円分の価値を生むのである。一方、クーポン券などに引き換えると、1万マイルは15,000円程度にしかならない。

ただし、マイルを使って飛ぶには、最低でも1万マイルは必要である。スーパーやネット通販で買い物したときにつく、各店舗に固有のポイントとか、クレジットカードや電子マネーで支払ったときにつくポイントとか、すべてマイルに移行して、何が何でも1万マイルかき集めたい。買い物などでこつこつとマイルを貯めている人を「陸(おか)マイラー」というが、気の遠くなるような地道な難行苦行であるため「マイル修行」という言葉もあるほどである。

たとえば、牛丼を一杯食って、2マイル。滑走路だ。これだけで1万マイル稼ごうと思ったら、5,000杯食わないとならない。陸オンリーのマイル修行、私にゃ、無理。降りた。飛んで貯めるにしても、修験者に言わせると、観光なんかしてるようじゃまだまだ甘く、空港から出ずに、行った飛行機でとんぼ返りしてくる、フライト純度100%な旅行をしてこそ、修行の名に値するんだとか。行きと同じスチュワーデスと帰りも顔を合わせても、気まずさに心の平静がぐらついたりしないよう、精神の鍛錬も必要になってくるのだそうで。

6月に入った時点で、約8,500マイル残っていた。6月末には、4,000マイルが期限切れになる。そうならないうちに、あと1,500マイル稼いで、フライトで消費したい。ところで、2月末には3万マイルが消えることになっていて、出雲往復で1万マイルを使ったけれど、2万マイルはどうしても使い道がなく、3万円分のクーポン券に引き換えてあった。

これに約2万円足せば、愛媛に往復できる。それで700マイル稼げる。JALのクレジットカードを作って500マイル、最初のフライトで1,000マイルもらえる。合わせれば、1万マイル超え。「やりくり」という芸の道で三段の免状をもらえそうな……。すいません、どちらかというとオヤジの道に入ってしまったようで。

●ロケハン:行き当たりばったりの風来坊

屋外で人形を撮るための、ロケ地のレパートリーを増やしたい。山はずいぶん撮ったので、今度は海。……というのが、もうひとつの目的。

2月には、三浦半島の先っちょのあたりで撮ってきた。それなりにきれいには撮れたんだけど、ロケ地としては十分に満足のいくものではなかった。なんだか、砂浜でも磯浜でもなく、粘土浜って感じで。黒っぽくて。地層の線がぐにゃぐにゃとダイナミックにうねってて。粘っこそうな様相を保ったまま、カチンと固まっている。景色として眺める分にはそれなりに面白いんだけど、純真無垢なイメージの洋装の少女人形には、いまひとつ合わんのじゃ。

・湘南で撮った人形の写真
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Seaside090207/ >

白のドレスを着た少女人形には、白い砂がよさそう。海は穏やかで、小さな波がさぷさぷと砂をくすぐる。砂浜の後ろのほうは、徐々に丘陵へとつながり、背の低い植物が砂地にしがみついていて、そんな中に月見草がひときわ高くすうっと伸びている。寂寥感がただよう。そんなイメージを描いている。ね、ね、いいでしょ、いいでしょ?

で、そんな浜がどこにあるのか。そういうイメージを描けたということは、どっかでは見たことがあるってことなはずなんだけど。海なんて、そんなに行かないからなぁ。高校生のときにみんなで、といっても男子校だったので野郎ばっかで、行った神津島だったか。修士課程の1年の夏休みに一人で9日間かけて東京から青森までチャリンコで走ったときの、新潟県から山形県のあたりの海岸だったか?

白い砂というと、和歌山県の白浜が思い浮かぶ。行ったことはないけど。あと、小笠原諸島とか。佐渡島もきれいだと聞く。高知の桂浜はどうだろう。行きやすさも考慮して、和歌山に狙いをつけていた。

ロケハンは、ガイドブックが頼りにならない世界。有名な観光地を自分の目で見ておこうって話じゃないし、温泉に浸かったり美味いものを食ったりして、ゆったりとしたくつろぎのひとときを過ごそうって話でもない。誰もわざわざ行こうなんて思わないような、何でもないところがいいのである。

こういうのは、人に聞くのがいちばんいい。山のときだって、私が気に入って勝手に「スピリチュアルの森」と名前をつけて何度も撮りにいっているところは、人に聞いて知ったのである。適当にあたりをつけて山道を歩いているときに、許可なく魚を釣る人を取り締まるレンジャーのおじさんがたまたまいて、聞いたら詳しく教えてくれた。行ってみると、思い描いていたイメージによく合致していて、いい場所だった。

海のロケ地についても、いろんな人に聞いた。職場で斜め前の席に座っているH野氏は愛媛県高松の出身だ。聞くと御荘(みしょう)というところを教えてくれた。松山から特急列車で宇和島へ行き、そこから宿毛(すくも。ちぢれけではない)行きのバスに乗り、御荘より手前、鳥越トンネルを抜けたすぐのところ、由良半島の付け根にある小さな砂浜が、寂寥感ただよって、いいという。

聞いた感じが、「観光地でもなんでもない」感いっぱいで、いい。よし、行く。すぐ決めた。いいんだ別に、たとえ空振りに終わったって。人が薦めたってだけで、聞いたこともない場所へふらっと行ってみるという、この風来坊感覚。それがいいんじゃ。

無茶な詰め込みスケジュールを組むようなせかせかしたやつとか、買い物でいちいちポイントの損得勘定をするようなちまちましたやつには、理解しがたい感覚かもしれないが。

●よそ者がめずらしがられる

鳥越トンネルを抜けてバスを降りると、あまりのなんでもなさに、思わず一人笑ってしまった。国道はそれなりの交通量で、まったくののどかな田舎の風景というわけでもないんだけど。この地点を目的地として来る人ってまずいないだろうな、っていう以外、描写のしようもないくらいのなんでもなさ。

天気がよく、暑い。バス停のところで、由良半島のほうに行く道が右に分かれている。その先の国道は、はるか遠くまで、同じ傾斜の下りがすぅぅぅっと続く。右手が海。安全に浜に降りられるようにと、誰かが小道をつけてくれてたのには大いに感謝するけれど、カメラバッグを肩から提げて、2本のロープにつかまりながら急な岩を降りるというのは、なかなかスリリングだったぞ。

うーん、砂利浜。砂浜じゃないじゃん。ま、いっか。海辺に一人ぼっちでいるのって、身にしみるほどの寂寥感。四国に足を踏み入れること自体初めてなのに、道後温泉には目もくれず、3日前までは聞いたこともなかった海岸に一人たたずむ俺。いったい何してるんだろ、俺。

海はまったく波がなく、湖のようだ。浜を右のほうへ歩いていくと、大きな岩が海へ突き出している。それを乗り越えると、向こう側にも浜が続いているようだ。岩にはとげとげした植物が、網をかけたようにへばりついている。登りきってみると、その大岩は、幅1メートルほどの溝で分断されていて、向こう側へ行けない。高さは2メートルほどなので、ぶら下がってから飛び降りられないこともなさそうだが、両側の壁はほぼ垂直で、スパイダーマンでもなければ二度と登ってこられなくなりそう。溝の中は、砂浜。変な地形。中に降りて写真撮ったらおもしろそうだけど、あきらめざるをえない。

さっきのロープの小道から国道に戻り、バス停を経て、半島のほうへ行く道を少し歩き、そっちから海辺に降りる。こっちの道は、車も通れる、まっとうな道だ。ちょっとした集落がある。バスからの眺めでも気になっていたのだが、この辺には非常に立派な造りの家が多い。しかも、新しい。それなのに、町全体としては、そんなに活気のあるような感じがしない。どういうわけだ?

旅には、人それぞれ、いろんな楽しみ方があっていいが、私の場合、そこに長く住んでいる人と話ができたとき、旅の実感がわく。なんでもないところで、なんでもない人となんでもない話をする。そうすると、その土地との距離感が一気に縮まって、好きになる。来てよかったなぁと思える。思い出がいつまでも残る。

さて、誰かいないかな。ステテコ姿で庭いじりをしているおっちゃんがいる。「こんにちはー」と声をかける。「この辺に景色のきれいな砂浜はありませんか」。「よそからやって来た人は景色がどうとかっていうけどねー、住んでると、なーにがいいんだか、さっぱり分かんないねー」。「わははー、そんなもんですか」。

由良半島にも、砂浜はあるという。そっちに行くバスの路線もあるというし。よし、行ってみよう。私の職場には、以前、土佐清水出身の人がいたのだが、このおっちゃんは、そのY崎氏に雰囲気がそっくり。気さくで話し好きでやさしそうなんだけど、いちおうそれなりに人生の荒波はくぐりぬけてきたぞ、って感じのしっかりしたところがあって、頼りがいがありそう。

Y崎氏は実家が漁師だと言っていた。このおっちゃんも海の人だろうか。聞いてみると、真珠をやっているという。真珠がよかったころもあったけど、10年くらい前からは、値段が下がるし、売れなくなるし、で、ぜんぜんだめらしい。生かしてあるだけだ、という。「みかんは?」と聞けば、山はあるけど、真珠をやるようになってからは放ったらかしだという。

由良半島は、マンデルブロ集合か悪魔の尻尾のようにぎざぎざしながら、細く突き出ている。尾根近くを道が走る。須下(すげ)峠から右岸の須下に降りると、5〜6人いた乗客はみんな降りちゃって、そこから先は一人で貸切状態。どこで降りてもいいよ、という。

教えてもらっていた浜は、はるか下に見える。降りていく道は、あるにはあるが、門がついていて施錠されている。横を通り抜けて行けないこともなさそうだけど、「まむしが出るし、一人ではいかないほうがいい」と運転手さん。あきらめて、その先の魚神山(ながみやま)で降りる。漁港だ。バスは終点まで行ったら1時間足らずで戻ってくるので、どこで拾ってもいいよ、という。

道を歩いていると、おばさんが、私をずーっと目で追っている。反応に困り、黙って前を通り過ぎようとしたとき、たまりかねたように話しかけてきた。「どっから来たの?」。「東京です」と言えば、堰を切ったように、身の上話が始まった。娘さんが築地に嫁いだとか、旦那さんは魚河岸で働いているとか。

もうロケハンはいいや。聞こうじゃないの。こっちへ嫁いで来てからは、ずっとどこへも行かせてもらえなかったけれど、娘が東京へ嫁いだことで、自分もたまに行くようになったとか、築地の魚は四国にいないのも集まるので、それはそれで美味かったとか、話しながら、近所を案内してくれた。

鮮やかな色の貝殻がぐわしゃっと積み上げてある。ホタテを小さくしたような貝だが、赤やオレンジや黄色や紫と、いろんな色のやつがいる。混ぜこぜに積んであると、ほんっとにきれい。ヒオウギ貝というのだそうだ。

写真を撮っていると、仲間のおばさんがもう二人、出てきていた。ヒオウギ貝の電気スタンドがあるので、見ていったら、という。家の前まで案内され、中からふたつ、持ってきてくれた。四角いのと、丸いのと。丸いのは、球形の上に同色の4つずつを組にして貼り付けてある。この貝は、そういう細工をしたくなる、って感じがよく分かる。

バスが見えてきた。そのお家の前で合図して停める。あー、楽しかったぁ。おばちゃんたちに見送られながら、乗る。空っぽ。鳥越トンネルまで、誰も乗って来なかった。半島の尾根道の途中、視界の開けたところで停めてくれた。写真を撮ってくるといいと薦められる。瀬戸内海は高いところからの遠景がほんとうにきれいだ。静かな海、傾きかけた陽が、きらきらと反射してまぶしい。地形が複雑に入り組んでいるので、海の向こうに山があり、その向こうがまた海、と何層にも積層している。

須下は、レスリングで北京オリンピックに出た松本慎吾選手の出身地なんだそうだ。200人ぐらい入れそうな立派な小学校があるが、今は生徒数が5人になってるとか。先生も同数ぐらいだという。遠くに魚神山の小学校が見えて、そっちのほうがいっそう大きくて立派な造りなんだけど、去年から廃校になっているという。

もしかして、真珠景気が後退しちゃったせい? 全盛のころは、ほんとにすごかったらしい。運転手さんの娘さんは核入れの作業をしていたが、一日で一ヶ月の家賃分ぐらい稼いじゃったそうだ。真珠は、二級品、三級品でも、一斗缶に詰め込んで、800万円〜900万円の値段がついたそうだし。まず神戸に送られアメリカに輸出されていったらしい。

みんな、家を建てかえてからは使い道もなく、その景気がずっと続くもんだと思っていたので蓄えておこうなんて気もなく、酒盛りで一晩に20万円〜30万円使っちゃったときもあったそうで。今は、家しか残ってねぇや、なんて言ってる人があっちこっちにいるらしい。そう言われてみると、高級そうなレストランなどが廃墟になってたりする。

そのうち、みかんがバイオ燃料として脚光を浴びて、好景気がもう一山くる、なんて展開になったりは、……しないかなぁ、やっぱり。御荘でバスを降りる。これだけ話が聞けると、地域の特徴がよく分かり、面白いところに来たなぁ、と旅の醍醐味をたっぷり味わえた気分になれる。運転手さん、それとステテコのおっちゃん、港のおばちゃんたち、どうもありがとう。

御荘のホテルにチェックインしてからは、ふつうのガイドブック的なくつろぎタイム。地酒、ヒオウギ貝、びやびやかつお、ジャコ天。どれも美味かった〜。いちおう温泉(といっても、実は鉱泉)なんだけど、大浴場に入りに行く勇気がなかった〜。

この前、会社の宴会でセーラー服を着たとき、前もってスネ毛を剃っちゃってたんだ。ヒゲぼうぼうのやつが、足はつるつるって、どうよ? 宴会芸ならいいけど、見知らぬ人に急に見られるのは、無理無理無理〜。

・愛媛で撮った写真
< http://www.geocities.jp/layerphotos/Seaside090612/ >

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

6月27日(土)は、出雲。2月と同様、行きつけのメイドバーのkちゃんと。鳥取の中華庭園でのイベントで知り合った橋本龍さんと会いに。前回は廃墟とカラオケだったけど、今回は、出雲大社と松江。出雲大社前の「八雲」のそばと、松江の「清松庵たちばな」のお茶がめっさ美味かったー。お茶どころといえば、静岡と宇治が有名だけど島根もだったんだね。/ちょいラッキーなことがよくある。赤羽の部署に移ったY崎氏に用事があって、赤羽駅を出て向かう途中、ノートを買っていくつもりだったことを思い出した。すでに駅前の商業地域は切れて、住宅や小さな町工場が立ち並ぶエリア。駅まで引き返さなくては、と思ったら、すぐ目の前が文房具屋だった。ラッキー。店の名前は「ラッキィ堂」。以前に後記で柴田さんが絶賛していた、立川談春「赤めだか」を読む。面白かったぁ。赤めだかのくだり、なぜか知ってるぞ。思い出した。深夜に「航海屋」でラーメン食ってるとき、ラジオでかかってたんだ。話し手は著者だったに違いない。/Suicaで西瓜が買えたりするのかな? 西瓜の底にこっそりSuicaを仕込んでおいて、西瓜で改札口を通ったりしたら、ウケるかな?

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■編集後記(7/3)

●「まぐまぐ」がメンテナンスで7月1日(水)から3日間、配信が停止しました。「まぐまぐ」の告知を勘違いしていて、6月30日(火)にお知らせできませんでした。もうしわけありません。7月4日(土)に3日分をまとめて配信させていただきます。

・GrowHairさんに、紀行文には写真がつきものでしょうが〜、と強要してサイトに写真を掲載してもらいました。無理矢理です。「帰ってきてから撮像素子がゴミだらけだったことに気がついたのですが、フォトショで修正してる余裕がないんで、もう開き直りです」とご本人は言ってました。すみませんね。/河合克敏「とめはねっ! 鈴里高校書道部」を読んでいる。前から気になっていたマンガ(小学館YSコミック)で、先日レンタルショップでようやく見つけ、いま夢中になって読んでいる。主人公は帰国子女の気弱な男生徒、ヒロインは勝ち気な柔道部員、ふたりは書道部の先輩の策略で入部させられてしまう。ともに書道は初めてだが、その奥深い魅力に引かれ次第に書の腕を上げて行く。書道をテーマにした学園青春スポ根ストーリーという趣きだ。ふたりのキャラクターも、先輩の美少女3人のキャラクターもきっちり描き分けられていて、とてもわかりやすい。いわゆる「マンガの王道」を行く展開だ。絵もうまいし、作品中に出て来る書は専門家によるものだから、当然うまい。クオリティが高いな。書道の基本やうんちくも無理なく出てくる。書道監修は武田双雲だ。うーん、激しく刺激されるな。時々わたしも、新聞広告にある筆文字やフォントの隷書体などを、パイロットの筆ペンで真似して書いたりしている。自己流の筆文字は明朝体と隷書を合わせたような奇怪なスタイルだ。やはり本格的な書道をやってみたいと思う。以前からそう考えてはいたのだが。書道マンガが成功しているなら、組版マンガはどうだ。「日本語の文字と組版を考える会」運営に参加していた頃、冗談半分で考えたことがある。さて、いかにも映像向きなこのマンガ、NHKで来年ドラマ放送されるという。私は知らない朝倉あき、池松壮亮のふたりの名前が発表されたそうだが、キャラが立った先輩の3人をだれが演ずるのかとても楽しみだ。いや、へたなタレントがやるのは危険、アニメ化したほうが絶対いいと思う。(柴田)
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アマゾンで見る(レビュー1件)

・フライト純度100%! 何年か前、マイルが9600ぐらいの時があった。400ぐらいなら、陸マイラーやってみれば良かった。ホテルあたりで「マイレージカードお持ちじゃありませんか?」って聞いてくれたら楽なんだが。/ロケハンより家族の話、というところがいいなぁ。/「マックでDS」してきたよ。甥を連れて近くのマクドに。ポケモンおもちゃつきハッピーセットを待つ間に、コーナーに行ってアクセス。半径1mぐらいしかアクセス可能範囲はなかった。「マックでDS」スタート画面や、クーポンがDSで表示できたりするんだけど、これは帰宅してから立ち上げても見られなかったので、アクセスしているだけだったようだ。甥に操作させ「ジラーチ」ゲット! 開始二日目ということもあっただろうけど、「マックでDS」コーナーには、甥の同級生らも……。そうかい、皆そんなに欲しかったのかい。/甥は、映画前売券でもらえる「ピカチュウカラーのピチュー」も貰ったさ。このピチューを次に出る「ハートゴールド」「ソウルシルバー」に連れていくとギザみみピチューに会えるってことで、きっと買うことになるだろう。当然映画館にはDSを持った子どもたちで満員になるだろう。で、皆で「アルセウス」ゲット。このポケモン商法にはまりまくり。/実は「プラチナ」を買う時に、中古と新品とで悩んだ。大きなお友達が売ったものならいいが、そうでなければマニュアルはぼろぼろだろうと考え、新品にした。与えて30分もしないうちにぼろぼろに。今や無惨な状態。中古でも十分だったわ……。(hammer.mule)