Otaku ワールドへようこそ![117]見ることと見られることと/GrowHair

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写真を撮るためには、まず前提として、ものを見るということがある。よい写真を撮ろうと思うなら、常日頃から、ものをよく見ることに意欲的であらねばならぬと思う。それはそうなのだが、しかし一方では、見るばかりの人生というのもバランスとしてどうなんだろうとも思う。世の中で日々起きているあれこれを、当事者という輪から一歩退いたところに身を置いて、いつも眺めているだけ。傍観者の人生。

撮る者がみなそっちへ引っ張られがち、とは言わないけど、そこにはなんとなく、居心地はいいけど実はあんまり実りをもたらさない甘い水が誘い言葉を送ってきているような感じがする。やはりここはアレだ、思い切って、見られる側に回るというのが重要なんじゃないかと。見られてナンボ、やがて快感、そんな世界を一度通り抜けてみてこそ、撮るほうにも奥行きが出でくるってもんなんじゃないかと。

......というのは、今考えた理屈であって、どうでもいい。なんか運命の見えない糸に導かれるように上がってしまった人生の初舞台、覚悟が甘かったせいか、たくさんの視線が自分に注がれているという状態に、一瞬パニックを起こしかけた。けど、2秒後にはなんとか立ち直り、無事に神父の役をこなすことができた。後で聞くと「よかった」、「落ち着いていた」、「初舞台とは思えない」、「主役を食ってた」と評判は悪くなかったのだが、あの一瞬を思い出すと今でも冷や汗がどっと吹き出る。



●あっ、客席に人がいっぱい

なんかものすごい大それたことをしでかした、とは自分の中の感覚であって、客観的にみれば、ほんのチョイ役である。30分の演目の中で、最後のほうで出てきて、台詞を言うのはほんの30秒。けど、いい役だ。16世紀のネーデルランド、10年ぶりに姫が帰還すると、街は荒廃し、城には誰もいない。姫帰還の噂を聞いて駆けつけ、国がいまどんな状況にあるのかを伝えるために登城する神父という役。教会の一員でありながら、内部の問題に対してどうすることもできない無力な自分に苦悩をあらわにする。

ストーリーとしても、重要なメッセージを伝える役であり、人物としても、あ、いい神父じゃん、とちょっとホロリとさせる役でもある。もしトチったりした日にゃ、主役2人のそれまでの30分間の熱演が台無しになる。台詞は完璧に刷り込んでおこうと思った。たとえ頭が真っ白になったとしても、台詞だけは自動的に口からすらすら出てくるように。すごい早口でも言えるようになった。そうすることで、台詞の全体像が俯瞰でき、どこにどういうふうに強弱・高低・遅速のメリハリをつけたら効果的かが自然に分かってくる。

本チャンは4月18日(日)、池袋のロサ会館地下2階のLIVE INN ROSA。前々日、仕事帰りにどこかでメシを食って帰ろうと、池袋を一人でうろうろしていてロサ会館の前を通ったとき、なんだかドキドキした。飲まれてるぞ、俺。前日、下北沢で、最後の通し稽古。青炎(セイレーン)さんと瓏砂さんの演じっぷりが、それまでにないものすごい緊張感に満ちていて、出番を待つ間に圧倒されかけるが、跳ね返すぞ、と自分に言い聞かせ、役を演じる。台詞をトチることもなく、自然に演じることができた。総合プロデュースの奥井さんからも、格段によくなっているとほめられた。最初に声をかけた時点で期待していた以上だ、と。

すっかり気をよくした単純な私、調子に乗って、要らんことを口走ってしまった。どんな話の流れだったかは忘れたが、「言われれば何でもしますよ」。なんちゅうナマイキな発言! 奥井氏の目がキラリと光った。「じゃあ、こういうのはどうですか」。神父の姿で舞台を降りた後、楽屋から出てくるときにはセーラー服姿で。ほぅ、面白いジョークですね、やるわけないでしょ、とは言えない。言質をとられてる以上。

夜、スネ毛を剃って、準備にあたる。けっこう大変なんだこれが。当日、声の出をよくするために、ヒトカラで1時間半ばかり歌ってから、いったん帰り、セーラー服持参でロサ会館へ。もし舞台で失敗したりなんかしたら、そんなジョークやってる場合じゃないので、棚上げにするつもり。セーラー服のためにもがんばるぞ。って、なんか方向性違ってないかい? しかも、そっちに合わせて、下着も、もにょもにょ......。なんか変な神父だぞ。あ、ナイショでよろしく。

リハーサル。全部を通す時間はなく、断片だけだが、自分の台詞のところは全部演じさせてもらえるよう、配慮してもらった。スタッフがちらほらいるだけで、当然のことながら客席はがらんとしているので、特に臆することもなく、のびのびと大きな声で演じられた。

見知った面々としては、劇団MONT★SUCHTのみなさん。後で出演し、そのときは私は撮る役。物販コーナーにはピアノ&ヴォーカルの永井幽蘭さん。開場すると、人形の橘明さんと、映像の寺嶋真里さんがいらして下さった。私が寺嶋さんの上映を見に行くならアタリマエだが、逆ってなんかとんでもない感じで恐縮。ありがとうございます。

VANQUISHは初っ端の出演。始まると、私は舞台の袖の黒い幕の陰で出番を待つ。その間にも小声でぶつぶつと台詞の練習。腕時計と眼鏡と誓いの薔薇の指輪は外してある。この舞台を終えて引っ込むとき、自分は違うものに生まれ変わるんじゃないか、そんな妄想さえ沸き起こった。さなぎの背中がぱっかと割れて蝶が出てくるように。

曲が変わり、出番が来た。割と落ち着いて出て行くことができた。衣装の裾を踏まないように、少し伸び上がって歩く。人影に驚いて振り向く姫にゆっくりと目礼して、「あなたは?」の問いかけに「この街で神父をしておりますグスタフと申します」。ここまでは落ち着いて、威厳たっぷりに言えたと思う。声のトーンは低く、しかし声量は大きく。

客席は真っ暗。眼鏡を外していてよく見えないこともあり、照らされている舞台だけが、空間のすべてのような感じ。客席には人があまりいないようだ。10時まで続くイベントの最初の演目で、まだ6時も回っていない。これから徐々に混んでくるのだ。これならガチガチに緊張するまでもない。リハーサルのときとまったく同じく、スカスカの客席に向かって、大きな声でのびのびと演じればよいのだ。そう思いながら、ここまで台詞を言い終えたところで、ぱっと照明が変わった。客席も明るく照らし出される。

あっ! 人がぎっしり! 3段重ねぐらいで顔、顔、顔。そのすべての目がこっちを凝視している。しかも、すごい至近距離ではないか。なんか、すぐ目の前にいる人たちに向かって大声出してたよ、俺。ここで軽くパニック。自分がなぜここにいて、何をしているのか、まるで分からなくなりかけた。現実、拒否。頭、真っ白。台詞、蒸発。「この国でいったい何が起きているのですか」の姫の問いかけに、「いま、この国を含む大陸全土で」と言わなくてはならないところ、あれほど練習して、寝言でも自動的に出てきそうなほど刷り込まれていた台詞が、出てこない。

けど、必死で思い出そうとがんばったら、なんとか出てきたのは幸いだった。ここのフレーズだけ、著しくスローダウンした。後で、青炎さんと瓏砂さんに「一瞬ヒヤッとしなかった?」と聞いたら、特に気がついていなかったとのこと。奥井さんは、気をもたせるために、わざとゆっくりしゃべったのかと思い、いい効果だと思っていたとのこと。そんなもん? 内心の動揺は、表面にはほとんど現れていなかったようだ。

同じ文の後半に入ったら、なぜか完全に立ち直っていた。というか、上から降りてきた何かに憑依された感じ。自分が自分でない感じ。なんの作為も図らずとも、勝手に手足からだが動き、自分の中からの言葉として台詞が出てくる。「私にはどうすることもできず」で頭を抱えてうずくまり、神父の台詞は終了。割とちゃんとできた感じ。イタダキかな。

これならセーラー服やれる。着替えて客席へ。奥井さんからは「どの回の練習よりも、本番がいちばんよかった」と言っていただけた。幽蘭さんからは、しみじみ「よかった」と。橘さんからは「低い声がよかった」と。寺嶋さんからは「初舞台とは思えないほど落ち着いてた」と。うーん、評判、上々。セーラー服の評判も割とよく。

去年の5月30日(土)に秋葉原の「パセラ」でカラオケやったときは、幽蘭さんから「意外と違和感ないわね」というコメントがあったが、今回は「似合ってる」とのこと。セーラー服の似合うおじさん。自分では意識していなかったが、幽蘭さんによると、やせたらしい。それで、動きがなめらかになっている、と。思い当たるのは、酒断ちしかない。2月26日(金)に話を持ちかけられたのは飲み会の席でだったので飲んでいたけど、翌日からは飲んでいない。やせれば女装の幅も広がるし。ずっと酒抜きでいこうかしら。

それはともかく、今回の舞台の経験は、人生でも最大級のいい思い出になった。舞台に立ったこと自体もさることながら、稽古も含めて、一緒に舞台を作ってきた過程全部が。私などはたったの30秒でひぃひぃ言っていたのに、青炎さんと瓏砂さんは30分にわたる大量の言葉を頭に叩き込んでいて、きれいに演じている。稽古や連絡のやりとりを通じて演じること、演出することへの真摯な情熱が伝わってきたし、人としても尊敬できるすばらしいアーティストたちだと思えた。仲間に入れてもらえたことで得たものは大きかった。
< http://picasaweb.google.com/Kebayashi/ClassicAlamodeNo3# > 写真

●人形撮影で脳内モルヒネ

6月のパラボリカ・ビスでの人形展示のメンバーで、5月1日(土)に新宿で打合せ。赤色メトロさんから、「森の写真を撮ってきて」と頼まれる。合点。とは言え、どこ行こうか。その日の夜、中野にあるバーに一人で入る。初めて行く店。前々から行きたいと思っていたけど、なかなか機会がなく。カウンターと小さなテーブルがひとつあるだけの、こぢんまりしたお店。店内は写真ギャラリーになっていて、約3週間ごとに、展示作品が入れ替わる。店名は「tokinon 50/1,4」という。デジクリの姉妹誌「写真を楽しむ生活」で知った。注文したのは、もちろんウーロン茶。
< http://tokinon.cool.ne.jp/index.html >

さて、そんな店だから、筋金入りの写真好きとカメラ好き(←微妙に異なる)が集まる。テーブル席は、相席が基本。私の向かいは、近所の中古カメラ店の店長さんだった。ポッケのいっぱいついた、網網のダークグリーンのベストを着ている。うーんいかにも。「撮る人」のコスプレですかぃ? そうか、カメコがカメコのコスプレをしてコスプレイヤーを撮るって、いいかも。

そういう人ならいいロケ地をご存知なんではないかと思い、「森のいいとこ知りませんか」と聞いてみた。そしたら、気前よく教えてくれた(すいません、伏せさせてください。分かっちゃうかもしれないけど)。ちょっと遠い。けど、「すごくいいから」と力説する。じゃ、行ってみましょうかね。「バス、あることはあるけど、運転間隔がまばらだから、車ないと無理だよ」。ない。

調べてみると、運行頻度は1週間に2往復。土日しか走らない。連休中は5日続けて走るが、翌週の土日は運休。2日後の5月3日(月)に行ってみる。6時台東京発の新幹線に乗り、降りた駅からバスに乗る。乗客は私ひとりだった。途中のローカル線の駅から3人乗ってきたけど。川沿いの国道を走ってきたバスはその駅で別れ、山道をずんずん登っていく。約2時間乗り、11時前に峠の手前のバス停で降りる。

あ、れ? 予想していた景色とちょっと違う。雪景色。森の写真って、これでいいのかな? ま、来ちゃったもんは仕方がない。車の道は脇に高さ50センチほどの雪の壁が続いていて、道自体は露出していたが、バス停から横へ伸びる山道に入っていくと、道は完全に雪に覆われている。雪山をひとり黙々と登っていく硬派な俺。

帰りのバスまで約4時間。真っ白な池のまわりを一周できる。カメラ屋の店長さんが力をこめて薦めただけあって、すんごくいい景色。苔に覆われた倒木が一部分だけ雪に覆われてるのとか。う、ここで人形撮りたいな。池の周回路から分岐する道を湿地帯のほうへ行くと、木道になっているのだが、これがひどい。尾瀬みたいに2本になってなくて、1本なのだが、これがまっすぐにつながっていない。ひとつの板が終わると、1歩分ぐらいの長さで隣接して次の板が始まる。右に左に右に左にと踏み換えて渡っていく。たぶん、継ぎ目のとこですれ違えるようにってことなんだろうけど。

これが丸ごと、深い雪に覆われているのだ。板が終わってもうっかりまっすぐ歩いていくと、ひざの上、というかほぼ股のとこまで片足がズボッと雪にもぐるのだ。先に誰かが空けてくれた穴があれば避ければいいのだが、ないと自分が空ける羽目にあう。8個ばかり空けてきたんで、後の人、感謝しろよ。

池を一周して、さっき見た山小屋に戻る。ここで分岐する道を戻ればバス停だ。あ、違った。だいぶ行き過ぎてた。戻らなきゃ。道に迷ってる暇はないぞ。少しあせってきた。来たときは気温8℃とぽかぽか暖かかったが、3時を過ぎると夕方の景色で、風がびゅうと吹くと、おそろしく冷たい。遭難したら朝までもたんぞ。実際この山の名前はそういうニュースでよく耳にするのだ。

池とバス停の間の道は登って下る。その下り道の途中、実際にはバス停まであと10分のところで、バスの時間までは30分以上あるのだから、ゆっくり歩けばよかったのだ。けど、あせっていた。疲れてもいた。ずるっとすべった瞬間、右足は斜面をすべっていき、左足は雪にずぶっともぐる。その足首にひねりが加わって、ぐぎっとやってしまった。ピキピキピキっと、何かが3つぐらい切れる感触がする。ああ、やばい、やっちまった。俺がニュースか。死んでもカメラを離しませんでしたとか。

まあ、歩けなくなるほどでなかったのは幸いで、バス停まで自力で降りることができた。駅の階段とか、痛くて泣きそうだったが、とにかく帰ってきた。足の指は自力で動かせるので、骨には異常なかったはず。こういうのは、薬をつけたからって治りが促進されるってもんでもないんだろ、と思い、自然治癒にまかせる。翌々日、5月5日(水)は人形撮影のダブルヘッダー。都内2箇所のスタジオで、それぞれ赤色メトロさんと美登利さんの人形を撮影。

あぐらをかいて撮り、高さが足りないと思えば正座に組み替える。あれ、できてるじゃん。朝までは痛くて正座などとてもできなかったのに。治ってきたのかな、と思ったが、帰ってみるとやっぱりできない。人形を撮っている間、脳内モルヒネがドバドバと分泌されているに違いないということが、よーく分かった。痛み止めの効果のある人形。それもなんかすごいぞ。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

カメコ。今週末、5月15日(土)16(日)はデザインフェスタ。通路を挟む12ブースを「妖怪横丁」が占め、そのうちの3ブース(C-676〜678)で人形と写真を展示します。人形作家は、美登利さん、成沢知子さん、八裕沙さん、赤色メトロさん。フライヤーにはまたセーラー服姿、載せちまったぃ。
< http://picasaweb.google.com/Kebayashi/DesignFestaVol31105# >
DM とフライヤー

今回の原稿は、そっちの準備で忙しくて書いてる暇がどうしても作れなかったので、永吉さんちの9官鳥にお願いして書いてもらいました。器用な9官鳥で、俺の文体をよく真似てくれてるけど、そこは俺だったらそうは書かんぞ、って箇所もちらほらと。ままいいや、その程度ならきっとバレない。できれば次回もよろしく。