[3015] はかない夢にすぎないけれど...

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《主よ、お怒りの元はこれですか?》

■映画と夜と音楽と...[496]
 はかない夢にすぎないけれど...
 十河 進

■Otakuワールドへようこそ![134]
 イタリアへの道は試練の道
 GrowHair



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■映画と夜と音楽と...[496]
はかない夢にすぎないけれど...

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20110225140200.html >
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〈愛と哀しみの旅路/野獣の青春/夜霧よ今夜も有難う/大幹部・無頼/無頼・殺せ/斬り込み/野良猫ロック・暴走集団'71/直撃!地獄拳〉

●ちなきなおみがカバーしている様々な名曲があった

呑み友だちのIさん(久しぶりの登場です)に「ちあきなおみがアメリカン・スタンダードを歌っているんですが、これがとてもいいですよ」と勧められ、ユーチューブで「ちあきなおみ」を検索してみたら、いろんな曲が次々に出てきてすっかりはまってしまった。まず、日本語で歌う「朝日の当たる家」でノックアウトされ、石原裕次郎や中島みゆきの歌をカバーしているのを聴き、やめられなくなった。

アマゾンでCDを探したらいろいろ出てきたが、ヒット曲集のようなものが中心らしい。今度、新星堂で探してみようと思いながら、またユーチューブで検索していたら彼女の持ち歌の「夜へ急ぐ人」の映像にぶつかった。「おいで、おいで」と上目遣いで歌っている。詞が抽象的で歌唱力が抜群だから、聴いていてゾッとするほど怖かった。鳥肌がたった。ホラー歌謡というジャンルは、この曲くらいしかないだろうなあ。

その他、戦前戦後の昭和のヒット曲もよくて、「雨に咲く花」「船頭小唄」「上海帰りのリル」「雨のブルース」なんかを聴いている。特に「雨に咲く花」がお気に入りで、この歌を聴くとハリウッド映画でこの曲が流れたときの驚きを思い出す。主演はデニス・クエイドだった。メインタイトルに、いきなり日本語の「雨に咲く花」が流れるのである。「音楽映画の巨匠」と僕が呼んでいるアラン・パーカー監督作品だった。

太平洋戦争前のこと。デニス・クエイドは、当時はアメリカでも多く存在したコミュニスト組織に属し、破壊工作までやる活動家である。彼は追われて西海岸にたどりつき、日系人の街にある映画館の映写技師として雇われる。そこで上映されているのは、戦前の日本映画である。デニス・クエイドも変な調子で、当時の日本語のヒット曲を歌ったりする。やがて、映画館の持ち主である日系人一家の長女(タムリン・トミタ)と愛し合う。

しかし、日本が真珠湾を攻撃し、日系人たちは収容所に入れられる。日系人一家の次男(だったと思う)は、監視兵たちへの反発から収容所の中で反米思想に染まり、やがて日本に強制送還される。タムリン・トミタは、子供を育てながら夫との再会を待ち続ける。冒頭のシーンが、戦後、成長した娘を連れて夫に会いにいく設定で、その途中に語られる回想は悲しく、切なく、辛く、そして美しい。アラン・パーカーの職人芸である。

最近は日本映画好きのクエンティン・タランティーノが、自作で梶芽衣子の「修羅の花」や「恨み節」などを流したりするが、20年前、「愛と哀しみの旅路」(1990年)を見に映画館へいき、タイトルが始まると同時に「およばぬことと〜」と流れてきたときは、本当にびっくりした。この歌は耳について離れなくなるメロディラインを持っていて、子供のときから何かを諦めるときには「あきらめ〜ました」と歌っていたので、今もときどき口を衝いて出る。

ちあきなおみバージョンは、あまり感情を込めずに歌っているように聴こえるけれど、情感が胸に切なく響く。感傷的になっているときに聴いたら、ちょっと困るだろうなあ、泣いちゃうかもしれないなあと思う。そのちあきなおみが「ひと目だけでも逢いたいの」と歌ったとき、僕は、瞬間的に郷□治のちょっとはにかんだ顔を浮かべた。それは「大幹部・無頼」(1968年)で、藤川五郎(渡哲也)を駅に迎えたときの彼の顔だった。    □=えい/金ヘンに英

郷□治──。ちあきなおみの歌を変え、生き方を変えたと言われる、彼女が熱烈に愛した夫である。彼女が引退同然に身をひそめ、現在に至るもステージに立たない理由は、夫の死の衝撃から立ち直れないからだとも言われている。数年前、ある雑誌のインタビューで義兄の宍戸錠が、「彼女は二度と人前で歌うことはないだろう」と語っていた。郷□治の死は、それほどの悲しみをちあきなおみにもたらせたのだ。

●もうひとりの「郷」という名前を持つ男

ごつい顔だった。兄の宍戸錠は日活ニューフェースとして入社し、甘いマスクで売り出したのだが、こけた頬が酷薄そうに見えたためか、頬にシリコンを詰めて妙に愛嬌のある顔になったのに、郷□治は兄弟とは思えないほど似ていなかった。しかし、日活映画の脇に必ず出ていた郷□治という役者が、僕は大好きだった。彼は殺し屋だったり、ヤクザだったり、チンピラだったり、強面の役が多かったが、コメディセンスがよく愛嬌のある役もできたのだ。

ヤクザ組織の幹部役なのに妙におかしみがあったのが、鈴木清順監督の美学が一気に花開いたと言われる宍戸錠主演「野獣の青春」(1963年)である。脚本は後に隆慶一郎となる池田一朗と山崎忠昭(後に乱歩賞を受賞する山崎洋子が奥さんだったはず)である。もっとも、山崎忠昭によれば、池田さんは原作の大藪春彦の「人狩り」という小説を渡しただけで、脚本を書いている間どこかへいったままだったという。

「野獣の青春」は、連れ込み宿の部屋で男女の心中死体が発見されるモノクロームシーンで始まる。刑事が女の遺書を読んでいる。テーブルの上が写ると花瓶の花だけが赤い。初めて見たとき、観客たちがそのシーンの直前から拍手するので驚いたが、清純ファンたちはすでに何度も見ていて、そんな名シーンになると「待ってました」とばかりに拍手をするのだった。

モノクロームからカラーに切り替わった瞬間、大口をあけて笑う若い男女が映る。カットつなぎで驚かす清順さんのやり方である。その後、スピーディーに主人公(宍戸錠)が歓楽街を荒らすカットが続き、ナイトクラブで女たちを侍らせて遊んでいる主人公のシーンになる。しかし、音声が聞こえない。次のカットでそれはナイトクラブの支配人室から、ヤクザたちがマジックミラー越しに見ているとわかる。

ここからは、ふたつのヤクザ組織をひとりの男が画策して両方とも潰してしまうという、ダシール・ハメットが創り出したストーリー・パターンになる。そのパターンでハメットが書いたのは、短編「町の名はコークスクルー」と長編「赤い収穫」である。小林信彦さんは、同じストーリーパターンを持つ黒澤明の「用心棒」(1961年)が参考にしたのは、「町の名はコークスクルー」だろうと推察していた。

主人公は、まず一方のヤクザ組織に自分を売り込む。仕事の手際がよく拳銃の扱いもうまいので主人公は信頼されるのだが、そのヤクザ組織と対立するもう一方のヤクザ組織が主人公を襲いアジトに連れていこうとする。その対立組織の幹部が郷□治だった。そちらの組織のボスは映画館を経営していて、アジトがスクリーン裏にある。だから、ヤクザたちのアクションシーンの背景には、映画が映っているのである。

主人公は両方の組織に取り入り、片方の組織の麻薬取引の情報を流し、対立組織に取引の金を奪わせる。互いに衝突させ、その中から何かを探ろうとしている。映画館側の組織の幹部(郷□治)が金を奪ったことを知ったナイトクラブ側の組織は、彼を拉致するために主人公を派遣する。主人公が郷□治のマンションの部屋を開くと、天井から数多くのプラモデルの飛行機が吊られている。プラモデル好きのヤクザの幹部、というのが斬新で面白かった。

●若き太田雅子とカップルになる栄誉が郷□治に与えられた

昔、写真家のTさんと郷□治の話を熱心にしたことがある。Tさんも熱烈な日活映画ファンで、裕次郎、旭、圭一郎の話を始めたら止まらない。新宿ゴールデン街にあった赤木圭一郎のお姉さんの酒場の常連だった。日活映画ファンの映像作家かわなかのぶひろさんも含めて、三人で日活映画の話で盛り上がったこともある。そのTさんは郷□治と似ていて、そのこともあって親近感を抱いているらしかった。

郷□治が兄の紹介で日活に入社したのは、昭和35年(1960年)のことらしい。安保闘争で騒然としていた頃だ。日本映画にもフランスで始まったゴダールやトリュフォーたちのヌーブェルヴァーグが影響を与え、松竹の大島渚、吉田喜重などが観念的で先鋭的な作品を撮っていた。しかし、日活では小林旭が和製ウェスタンのような「渡り鳥シリーズ」に主演し、無国籍アクションと言われながら荒唐無稽な娯楽映画群が多くの観客を集めていた。

しかし、中平康監督の日活映画「狂った果実」(1956年)はフランスで上映され、カイエ・ド・シネマの同人たちに絶賛された。石原裕次郎の初主演映画「狂った果実」が、後にヌーヴェルヴァーグと呼ばれる映画青年たちに影響を与えたのである。やがてトリュフォーは「大人は判ってくれない」(1959年)を撮り、ゴダールは「勝手にしやがれ」(1959年)を撮り、クロード・シャブロルは「いとこ同志」(1959年)を撮った。映画史的には、日活映画はヌーヴェルヴァーグに先行する。

だが、郷□治は観念的な芸術映画とは無縁だった。ひたすら、アクション映画の脇を固めた。あるときは小林旭にナイトクラブのホールで投げ飛ばされるチンピラであり、あるときは渡哲也に目をつぶされる殺し屋であり、あるときは善玉のヤクザの親分に匕首を突きたてる刺客だった。彼は、登場すると殴られ、蹴られ、多くの場合、命を失った。あまりに何度も殺されたので、彼自身にもどれがどの役だったかわからなくなったことだろう。

彼は、ほとんどの映画で女性と結ばれることはなかった。情婦がいる役はあったけれど、大半は女性とからむ設定はなかったし、あったとしても振られることに決まっているような役だった。珍しく女性に好かれる役もあったが、その映画では彼は顔を黒塗りにした黒人とのハーフの役で、名前はビルだった。彼は、ヨコハマのナイトクラブでボーイをしながらジムに通う、有望な若手ボクサー役である。だが、あの映画の頃、彼は既に30を超えていたのではなかっただろうか。

そのナイトクラブのオーナーは、まるで「カサブランカ」(1942年)に登場するリック(ハンフリー・ボガート)だった。4年前、自分の前から突然姿を消した恋人の面影が忘れられないのだ。その女が東南アジア某国の革命指導者の妻としてナイトクラブに現れ、彼は女への未練と裏切られた心の痛みに苛まれる。彼は「今さら何を聞けというんだ。俺はもう真珠のような涙も、美しい唇から出る言葉も...信じないことにしてきた。4年だ。ひと言で4年と言えば短いが...」と女を責める。

そんなオーナーを暖かく見守っているのは、ナイトクラブの老コックであり、そのコックの娘である溌剌としたウェイトレス、それにフロアボーイをつとめるハーフの新人ボクサーだった。コックの娘はオーナーに恋心を抱いている。しかし、彼の心は昔の女にしかない。だから「夜霧よ今夜も有難う」(1967年)では、浅丘ルリ子の面影を忘れられない石原裕次郎を諦めた、若き太田雅子(後の梶芽衣子)とカップルになる栄誉が郷□治に与えられた。だが、それはひどく稀なことだった。

●ちあきなおみは郷□治の棺にすがりついて号泣したという

経営が傾き、労組が経営に参画するようになった日活は、いつ倒産してもいい状態になった。やはり経営危機に陥った大映と組んで、ダイニチ映配という形で系列館への作品提供を始めた日活だったが、大映は倒産し日活は一般映画から撤退した。1971年、秋、「日活ロマンポルノ」(後に「にっかつ」と改名)の始まりである。しかし、そうなる数年前から、日活は「ニューアクション」と呼ばれる溌剌とした作品群を大量に制作した。それらは消滅する運命の直前に、あだ花のように咲いた作品群だった。

その始まりは1968年であると、僕は勝手に決めている。その年、あの「無頼シリーズ」が始まったのだ。その年だけで5本の「無頼シリーズ」が公開され、翌年の春、最終作「無頼・殺せ」(「バラせ」と読んでください)が公開された。その映画の郷□治が僕には忘れられない。彼が演じたのは、若き鉄砲玉たちのリーダーである。彼は関西にある上部組織の命令で関東に進出するため、関東のヤクザ組織の縄張りのまっただ中に数人で組の事務所を構える。

彼は、人斬り五郎こと藤川五郎を「兄貴」と慕うムショ仲間である。しかし、五郎が「ヤクザなんてみんな虫ケラだ。あんまり組を信じない方がいい」と忠告すると、ムキになって「仁義」や「忠誠」を口にし、「五郎さん、見損なったぜ」と言う。しかし、上部組織は彼らを犠牲にして、関東の組と戦争を起こす口実にするつもりなのだ。彼ら数人は、文字通り鉄砲玉なのである。殺されることを前提にした、事務所の設置だった。

関東の組が殴り込みをかけるのがわかった夜、上部組織に見捨てられた郷□治は五郎に電話をかけ、「五郎さん、あんたの言ってたことが、ようやくわかったよ」とさみしそうな顔で語りかける。いかつい顔が、泣きそうに見えた。彼は、死を覚悟している。だが、彼を「兄貴」と慕う若いチンピラたちを死なせるのは忍びない。彼は忠誠を誓った組織に裏切られ、自分の存在理由さえ失った。悔い、覚悟、憐憫、闘志...そんな気持ちが交錯したのだろう。あのシーンの郷□治の泣き顔を、僕は今も忘れることができないのだ。

そんな郷□治が率いた鉄砲玉たちのようなグループが、その後の日活ニューアクションの主人公になった。それは石原裕次郎や小林旭といった大スターの出演作がなくなった日活で、若手俳優たちを使って作品を作るしかなかったからだ。藤竜也、梶芽衣子といった日活育ちの新人に加え、原田芳雄、地井武男など新劇育ちの俳優たちも招かれた。そんな群像劇では、もう若くはなかったけれど郷□治もチンピラのひとりとして登場した。それが、沢田幸弘監督のデビュー作「斬り込み」(1970年)である。

沢田監督は続けて「反逆のメロディー」(1970年)を作る。「反逆のメロディー」は原田芳雄、地井武男、藤竜也、梶芽衣子に佐藤蛾次郎という新鮮なメンバーだった。組織に刃向かうチンピラ群像を主人公にしたから、日活ニューアクションと呼ばれる一群の映画は若者たちに絶対的な支持を得た。やがて「野良猫ロック・シリーズ」が作られる。そして、シリーズ最終作「野良猫ロック・暴走集団'71」で、郷□治は体制に飼われる暴力装置のリーダーとして登場した。彼は、もう反逆者をやれるほど若くはなかったのだ。

地方都市の右翼的な権力者の息子(地井武男)がぐれて新宿でフーテンをやっていたが、父親の私兵であるオートバイ軍団に連れ戻され暴力的に鍛え直される。その私兵のリーダーを郷□治がやっていた。彼は権力者の懐刀である兄(戸浦六宏)の命令で動いている権力の手先である。しかし、最後に彼は権力者の命令に逆らい、日和って反逆を貫けなかった権力者の息子を射殺し、フーテンたちのリーダー(原田芳雄)と壮烈な爆死を遂げる。

それらの映画群は、僕の17歳から20歳にかけて公開されたものばかりだ。やがて日活はロマンポルノ専門の映画会社になり、郷□治は日活を離れる。その後、東映作品に出演したり、テレビに出たりし始めた。そんなある日、僕は彼の主演作に出会う。石井輝男監督の「直撃!地獄拳」(1974年)である。千葉真一、佐藤允と組んでの主演だが、彼のコメディ演技が生かされた傑作だった。

その4年後、ちあきなおみの結婚相手が郷□治だと知って僕は驚いたものだった。悪役専門のようになっていた郷□治と、名曲「喝采」で歌姫(ディーバ)と呼ぶにふさわしい日本を代表する女性歌手になったちあきなおみに、一体どういう共通項があったのか、僕には不思議だった。その後、ふたりの仲むつまじさが報じられるのと重なるように、次第に郷□治の出演作品は少なくなり、いつの間に姿を見ることがなくなった。ときたま古い日活映画を見て、「郷□治は何をやってるんだろう」と思っていた。

1992年、郷□治は55歳で亡くなった。ウィキペディアによると、ちあきなおみは夫が荼毘にふされるとき、棺にすがって「私も一緒に焼いて!」と号泣したという。彼女は、夫の死を境にほとんど人前から姿を消した。羨ましいほどの強い絆だ。だから、「ひと目だけでも逢いたいの」と歌うちあきなおみの声が、僕に郷□治を思い出させる。はかない夢だとわかっていても、彼女の心の中には夫との再会を強く強く望む気持ちが存在する。そんなことを想像させる、情感に充ちた歌姫の声に今夜もまたひたっている...。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

ツイッターで二日酔いだの泥酔したの...とばかり書いていたら、フォロワーの方に心配されてしまった。確かに、一年前に泥酔して右目の下をメガネフレームでざっくり切ったりしたので、自分を信用していないところはある。そのときの傷は治ったが傷跡に脂肪の塊ができて、この原稿を送った後、病院で切開手術をする予定だ。酒代より治療代の方がかかっているかも(そんなわけないですね)。

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■Otakuワールドへようこそ![134]
イタリアへの道は試練の道

GrowHair
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「神は、乗り越えられない試練を与えない」というから、これも「乗り越えて来なはれ」というメッセージなのかもしれないが、イタリアに送った荷物が行方不明になっている。発送したのは1月22日(土)であるから、かれこれ1ヶ月経っていて、本来ならばとっくに着いているころである。中身は、イベントで上映する予定になっている寺嶋真里さんの映像作品のDVDと、日本から参加する作家さんや作品に関する情報を主催者へ伝えるための資料である。

DVDは焼きなおして持っていくことができるし、資料は冊子以外のテキストや画像はデータですでに送ってあり、それでなんとか間に合っているので、荷物が出てこなかったとしても、いちおうは乗り切れる。けど、いま、あと3つ発送してあって、到着の知らせを待っている。そっちには清水真理さんの人形など、展示予定の作品が入っているので、もし紛失したら、すごくマズいことになる。

イベントが開かれるのは4月3日(日)の予定だが、その前に、3月6日(日)にプレス向けのプレ展示を予定しており、それまでにぜひ届いてほしい。場所は、ブレーシア(Brescia)にある教会の敷地内の美術館 "Museo Diocesano di Brescia" である。なので、荷物のお届け先は神様とも言える。

人間48年も生きていれば、乙女のように清い体というわけにはいかず、ところどころに穢れというものをこびりつけて、多少薄汚れてきている。あんなことやこんなことが主の怒りに触れたのでは、と思うと居ても立ってもいられない。罪を洗いざらい告白して悔い改めると誓い、お赦しを乞うべきなのだろうか。

なお、イベントの趣旨や、参加までの経緯については、前回のこの欄に書いているのでご参照くださいませ。

●しょせんアートの国イタリアだから

またですかぃ。まあ、アートの国イタリアであるからして、この種の事務処理の迅速さと確実さにおいては、世界のトップクラスというわけにはいかないのかもしれない。

5年前、'06年5月にやはりブレーシアでコスプレ写真を展示させてもらったときも、似たような目にあった。4月29日(土)からの展示に向けて、写真を15点、「四つ切ワイド」というサイズにプリントしたのをヨドバシカメラで受取り、発送したのが4月13日(木)。

なかなか着かなくて、こっちが焦り始めても、Barbaraさんは「あわてない、あわてない」と笑っていたが、さすがに展示の数日前になっても届かないとあっては事態のまずさを認識しないわけにはいかず、眉をつり上げ声を荒らげ、郵便局で聞いたり税関に問い合わせたりしてくれたようだが、荷物はいっこうに出てくる気配なし。

4月28日(金)出発の3日ぐらい前になって、いよいよこれは駄目そうだとなったときには、打つ手は非常に限られていた。プリントしなおすにしても、ポジフィルムから大きなサイズに焼くには、中3日かかるので、間に合わない。4月26日(水)、仕事から帰ってから明け方まで、ウチにあるフィルムスキャナでスキャンしてデジタルデータに落とし、翌日、ヨドバシカメラでプリントしてもらう。これなら1時間で仕上がる。フィルムからのダイレクトプリントに比べて品質は落ちるが、仕方がない。会社は大遅刻で昼から。重要な会議をすっぽかし。

そのプリントを持って、翌日成田を発ち、なんとか展示に穴を開けるという事態だけは避けることができた。行方不明だった荷物は、5月10日(水)、何の前触れもなく、ひょっこり返送されてきた。なんでも、送り主の住所氏名を、本来英語で書くべきところ、日本語で書いたために、税関を通過できなかったとのこと。げ、他国宛のは今までずっとそうしてきて、引っかかったことなど一度もなかったのに。

不備は不備としても、もっと迅速に返送するとか、理由を知らせてくるとか、荷物がどこで引っかかってるのかはっきりさせるとか、何とかならないものか。

さて、5年経った今も、アートの国が事務処理の国に鞍替え、なんてことにはなってないわけで。キュレータのChristian Gancitano氏が、我々の展示に対して全面的な協力を申し出てくれていて、彼が2月2日(水)に日本領事館を訪問して副領事に会い、展示について説明してくれることになっている。そのための資料を送ってください、とのことで、1月22日(土)に清水さんのアトリエと寺嶋さんのご自宅を訪問して受取り、同じ日の夜に新宿からEMS(国際スピード郵便)で発送した。

EMSは、控えの伝票に13桁の英数字のアイテム番号が印字されており、ウェブサイトへ行って入力すると、追跡情報が取得できるようになっている。1月23日(日)に日本を発ち、26日(水)12:14にマルペンサ空港に到着し、28日(金)10:33にローカル局に向けて発送され、31日(月)に19番局に到着している。順調。あとは配達されるだけ。

その前後、Barbaraさんは、仕事の関係で1週間ほど別の町に行っていて、メールのやりとりも途切れていた。戻ってきてからローカル局に問い合わせると、そんな荷物は届いていないという。家に荷物が届けられたときに不在だった場合は、不在伝票を残して、ローカル局へ持ち帰られることになっているが、そのような伝票もなかったという。また、家にはメイドさんがいて、留守にすることはないというが、メイドさんも誰も来てはいないという。

最寄りのローカル局は19番ではないという。で、最寄の局で19番局の電話番号を聞き、電話してみたが(局の人が、ではなく、Barbaraさんが)、19番局にも届いてないという。税関にも問い合わせてみたが、そもそもその荷物はイタリアに到着していないという。おいおい、おかしいやんけ。

日本側からも、調査依頼票を提出した。しかし、局の人によると、たいてい梨のつぶてか、非常に時間がかかった挙句に「不明」という簡潔極まりない情報が返されるだけだという。うん、ほぼ絶望的だ。

寺嶋さんの映像に関する小冊子や雑誌「夜想」は現物を送る以外に仕方がないとして、テキストや写真の資料はメールに添付してBarbaraさん宛に送ってある。Christian氏の領事館訪問は、それで間に合わせ、上々だったという。

まあ、この程度の試練は想定の範囲内とも言えるのだが、あと3つについては、できればプレ展示までに、最悪でもイベント当日には届いていないと、非常にマズい。

●写真家2人が急遽参加

さて、懺悔は最後にするとして、その前に、その後の進行状況をご報告しておきましょう。

寺嶋さんの映像に関連して、資料として展示しておけるような写真がほしい、と主催者からのリクエストが来た。1月ごろだったか。『アリスが落ちた穴の中』の収録の際、写真家の中村キョウ(漢字では[走喬])氏がマメ山田さんやパフォーマンスグループであるRose de Reficul et Guigglesさんや清水真理さんの人形を撮影し、写真作品として発表している。中村氏に写真提供をお願いすることにした。

私は、中村氏とは去年の2月に初めてお会いしている。パラボリカ・ビスで清水さんの個展が開かれていて、同時にカフェスペースには中村氏の写真が展示されていて、週末イベントとして、寺嶋さんの映像の上映があり、Rose de Reficul et Guigglesさんの無言劇があり、トークショウがあったのであった。そのとき、戯れに、Roseさんと私の2ショを中村氏がご自分のカメラで撮ってくれたのであった。これ。
< https://picasaweb.google.com/Kebayashi/xUfqJL#5444452837829321058 >

イタリアでの展示に関しては、資料としてよりも作品として展示したく、また、39点セットで展示したいとご希望され、主催者からOKが得られた。つまりは、出展者が一人増えた、ってことである。

2月6日(日)には「人形語りの夜」というトークショーがあり、私は写真家の田中流(ながれ)氏と初めてお会いした。田中氏は、清水さんがまだ学生で、人形を作り始める前に映像を撮っていたころからのお知り合いで、10年来、清水さんの人形を撮っている。清水さんのアトリエで撮ったときは、完全に人形の世界に引き込まれ、撮り終えるタイミングを逸し、10時間も撮り続けたそうである。
< http://tanakanagare.deca.jp/ >

カフェスペースには田中氏の写真が展示されていて、たいへん幻想的に加工が施してある。できるだけ、写実性から遠ざけるようにしたかった、とのことである。それを見ていると、これをもしイタリアで展示したら、そうとうのインパクトをもって見てもらえるだろうな、と思えてくる。

イタリアの展示は、1年前から話を進めていて、9月には参加者を確定し、11月には美術館から承認が得られているので、今は、もはや参加者を追加なんて話をする時期ではない。けど、中村氏の例だってあるのだから、ダメ元で聞いてみよう。すると「壁はいくらでもあるのでお好きなだけ」との返事。中村氏のご希望により、5点、展示することになった。

●エネルギーを吸い尽くされた撮影

2月4日(金)には、千葉の「風薫る丘ハーブガーデン」にて、清水さんの人形を2体、撮らせていただいた。朝、東京駅で待ち合わせして、京葉線・外房線特急わかしおに乗る。私がこの前ディズニーランドに行ったときは、まだこの線は作ってる最中で、地下鉄東西線の駅からバスで行ったと自慢したら、清水さんはまだ一度も行ったことがないとのことで、なんだか負けた気分だった。じゃあ、今度一緒に行きましょう、とは、どちらからも言い出さなかった。興味がないらしい。

私は1月29日(土)に下見に行っており、企画書の提出、撮影許可の取得、使用料の交渉を済ましてある。すべてにわたって、園のスタッフの方々から非常に親切に対応していただけた。撮影当日も、ホテルのスイートルームを開けていただいたり、レフ板を持っていただいたりした。スタッフの方も、清水さんの人形にはすっかり引き込まれ「情が移って、別れがたい気持ちになる」とおっしゃっていた。

私はすべてのエネルギーを吸い尽くされ、帰りの電車では爆睡だった。ふと目を覚ますと、思い切り清水さんの肩を借りていたが、清水さんも爆睡中だったので、まあヨシ。私は「もう、あかん」って感じでよろよろと家路に着いたが、清水さんは錦糸町で乗り換えてパラボリカ・ビスに向かった。恐るべき元気!

Barbaraさんからは、植物の中に置いて撮った2枚が特に好評であった。じゃ、それは展示することにしよう。
< https://picasaweb.google.com/Kebayashi/uhmuwE# >

●懺悔:主よ、お怒りの元はこれですか?

例えばですよ、愛がまだそれほど深まらないうちに、その先の道程(アルファベットで言えばIのひとつ手前)を急ぎ、その時間短縮分を特急料金的なものをもって埋め合わせるというような恋愛形態を神様はお喜びにならないであろうか。

これは何年も前の話だが、オタク文化がどういうものであるかを広く知ることが自分の務めであると感じており、情報収集のソースに偏りがあってはいけないと思ったことから、気は進まなかったが、使命感に駆られて、その方面のビジネスにリサーチの目を向けたことがある。私はまったく詳しくないのだが、その方面といっても種々の業態があるようで、たまたまターゲットに選んだのは、一種のミュージカルのような興行であった。

すると、直感したとおり、その業界といえどもオタク文化の浸透を免れるということはなく、「ベリーメロン」(←アニソンですな)に合わせて踊りつつ薄着になっていかれたダンサーさんに遭遇した。まごう余地もなくオタク。ネットで評判になっていないだろうかと思い、源氏名を手帳に控えて帰った。その名を「栗鳥巣」という。なんと、mixiに彼女のアカウントがあり、すでに私のマイミクのマイミクであった。

どうもナンですな、ひょっとすると神様はお喜びにならないんじゃないかという、ちょっと後ろ暗いことを企てたときに限って、世間というもののスケールが急激に狭まってくるという現象は、私だけに降りかかってくる、特有のものであろうか。

一般論からすると、人と人とのつながりの線は、秩序とランダムとの中間的な体をなして引かれているもののようである。それが、情報伝達には都合がいいらしい。たとえば、100人の人がいたとして、この100人を一列に整列させて隣から隣へと情報伝達の線でつないだとすると、それはひとつの秩序であるが、端から端まで情報が伝達されるまでに、99回の伝令が必要で、効率が悪い。では、100人を正百角形に配置して、辺および対角線を全部つないだとすると、それはそれでまたひとつの秩序であり、今度は、一人の人が一回だけものを言えば、一度に99人に伝わるので効率はいい。しかし、聞くほうは、99人からいっぺんにわっと言われるのでたまったものではない。ランダムにつなげばいいかというと、これも情報の粗密に偏りが出やすく、都合が悪い。

実際の友達の輪のようなネットワークは、秩序とランダムの中間ぐらいの、絶妙の張り巡らされ方をしているもののようである。そのようなネットワークにおいては、知り合いの知り合いの...と、間6人挟むと、全世界のほぼ全員とつながっているらしい。こういうネットワークのことを "small world" と呼び、つまりは「世間は狭い」ということである。なので、間6人を介在させてつながっているというのは、当たり前なのであるが、間にマイミク1人というのは、すごい奇遇であるか、なんらかの必然性を帯びているか、どちらかのような気もする。

さて、去年の夏のことである。同じ特急ビジネスにおいても別の業態にも目を向けるべきではないかとの使命感を帯び、これまた気の進まないながらも狙いを定めたるは平安時代より伝わるという古式ゆかしき逢瀬形態、御簾(みす)の陰にひそみたる姫君どもの不完全なる陰影のみからこれと思う者を見定め、「逢瀬の暁には互いにこれこれの役を演じて夢想の旅をともにしませう」などとしたためた短い恋文をものし、仲介の者に託す、その返答よろしければ、さっそくに別室へと移り、互いに役になりきっての即興劇に興じる、という優雅きわまりなきもの。

なんか、正直に白状している割には、閻魔様がヤットコ持って舌を引っこ抜きにやって来そうな予感がしてならないが。漢字で書くと「意目蔵」。ただの誤変換だけど。これで検索かけるとちゃんとカタカナに戻されてヒットしてくるあたり、ぐーぐる先生って、どんだけ物知りなんでしょ? そうとう遊んでるとみた。

その店は、客層としてオタクにターゲットを絞ろうとしているような趣向は特に見当たらなかったにもかかわらず、ほぼ偶然の作用による逢瀬の相手は、なんの因果か、オタクであった。そのときは、きっとそのとき限りであろうと思っていたのだが、これまたなんの因果か、大つごもり、つまりは12月31日(金)、東京ビッグサイトにて、つまりはコミケ会場にて、偶然の再会。

1日に15万人が訪れるというあの大混雑の中で、知り合いを見つけるというのは奇跡に近い。いや、こういう文脈で「奇跡」という言葉を使うのが適当かどうか...。とにかく、相手から発見されて、「覚えてますか」と声をかけられたのだが、これは決して私が薄情だからということではなく、検索している領域が違うとヒットしないもので、なかなか思い出せなかった。やっと思い出せてみると、あのロールプレイイングの場面が脳内に蘇ってきて、いや〜、ハズカシイ。相手も、私を見つけてすごくびっくりしたと言っていた。これまた、世間が異様に縮小される瞬間。

なんでもあの店は今は形ばかりの在籍で、実際は別の店に移って、昔の名前で出ています、という。そう言われて行かないのでは男が廃るというものだ。ということで、年明け早々。こっちの店は、オタク狙い全開。「マリア様みてる」のリリアン女学園の制服でロールプレイイング。あ、これはけっこう罪深いですか。すいませんすいませんすいません。そういうことしてるから荷物が届かないんですね。告白して悔い改めましたけど、赦していただけますでしょうか。飛行機落ちたりしないよね?

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

カメコ。上原ゼンジさん、ウェブギャラリー作成と、デジクリコラムでの解説、ありがとうございます。たぶん社会的に抑圧されてるだけで、キュートでありたい願望ってけっこうみんなあるんじゃないかと。今はまだ目になじみがないけど、核反応みたく、臨界点を超えた瞬間、街にわっとあふれ返ったりして。セーラー服やロリ服の中年男性が。その時代が到来してから振り返ってみれば、走りはコミケだったなぁ、なんて。
< http://bitgallery.info/ > 上原ゼンジさんの bitgallery

パラボリカ・ビスで「夜想ベルメール展」のパート3「ベルメールと日本の球体関節人形」展が2月14日(月)より始まった。吉田良氏が長年の沈黙を破って新作人形を発表。ベルメールへのオマージュ作品。吉田氏のもともとの持ち味である超絶な精巧さからくる存在の緊張感と、ベルメール的な奇想天外なデフォルメからくる抽象性とが、アウフヘーベンをみた、すごみのある作品シリーズだと思いました。最近まで事務所だった2階の左手奥には、PEACH-PITさんの作品が展示されている。「ローゼンメイデン」のジュンになって「nのフィールド」にいるような気分に浸ることができる。3月14日(月)まで。

私は、Kotoiさんをお誘いして、初日に行った。Kotoiさんとは、'05年4月30日(土)に新宿ロフトプラスワンで開かれた「ローゼンメイデン決起集会」で知り合っている。今回もロリ服で来てくれた、ボークスの幼SD雛苺を連れて。「ローゼンメイデン」の単行本の装丁を手がけていらっしゃるミルキィ・イソベさんとたっぷりお話しする機会が得られてKotoiさんともども感激でした。

寺嶋真里さんの映像最新作『アリスが落ちた穴の中』の ART ALBUM+DVD制作が進行しています。装丁はミルキィ・イソベさん。3月19日(土)よりパラボリカ・ビスにて先行販売。中村キョウ氏の写真展「メランコリアの楽園」の開催に合わせて。19日(土)、20日(日)のイベントでは、記念上映、Rose de Reficul et Guiggles とマメ山田氏のショウ、トークなど。
< http://www.yaso-peyotl.com/archives/2011/02/post_803.html >

2月22日(火)、ドイツからメール。デザイン学校の女子学生で、私のウェブサイトを見たという。「人形の写真が、ほんっと素敵! 特に美登利さんのには意識がぶっ飛んだワ」。ありがと。「二日後に東京に行くんだけど、見どころ教えて」。いいけど。「観光名所なんてクソはどうでもいいから、奇妙で暗鬱なアートが見たい」。ほう。「絵はマーク・ライデン(MarkRyden)が好き。スプラッタの大ファンで、特に三池崇史とロブ・ゾンビ(Rob Zombie)が好き」。

パラボリカ・ビスの人形展と、ヴァニラ画廊の少女主義的水彩画家たまさんの個展と、マリアの心臓を薦めておこう。美登利さんとも会って人形見せてもらえる話に。「キャー、うれしいっ! 会ったとき分かるような特徴は?」。セーラー服着てる写真を送っておこう。「キャハハハ...。日本一のベストドレッサーだわ」。このキャラ...、えーっと...、惣流・アスカ・ラングレー。さしずめ俺は碇シンジか。逃げちゃだめだ。

< http://www.vanilla-gallery.com/vanilla-gahou/topics/2011/02/epitaph.html >
たまさん個展「epitaph 〜少女主義的水彩画展〜」

2月23日(水)1:27AMにBarbaraさんから「奇跡です!」というタイトルのメールが来る。行方不明になってた荷物、届いたそうで。中村キョウさんからのと同時に。神のお赦し、でしょうか? 24日(木)20:16のメールでは、田中流さんからのも届いたそうで。おお! あとは清水さんの。清水さんは神に祝福されてないわけがないから、だいじょうぶでしょう、きっと。

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■編集後記(2/25)

・神戸屋から食パンの新製品「匠の逸品 もちふわ」が出た。独自開発の「新・湯種製法」により「もっちり」していて「ふんわり」やわらかな食感があり、またイーストフード・乳化剤無添加で小麦本来の味わいがじっくり堪能できるという。我が集合住宅のすぐそばに神戸屋の新工場があるから親しみを感じているので、これはぜひ食べてみなければなるまい。たしかにトーストしても耳までやわらかく、なかなかいい味を出している。しかし、わが家が猛烈支持するフジパン「本仕込」には及ばない。両者は明らかに違う。目隠しテストしてもわかる、とわたしは言う。格が違う、とまで妻は言う。「なにを熱く語りあっているの?」と娘はあきれている。トーストしたパンの味の差が分からない人がいる。おやつはヤマザキの「薄皮こしあんぱん」が最高、ショートケーキより好きだな。高エネルギー・高たんぱく・低脂肪なので補給食に最適。自転車乗りの定番アイテムだという。わたしは強烈こしあん派である。(柴田)
< http://www.kobeya.co.jp/products/index_mochifuwa.html > もちふわ
< http://www.yamazakipan.co.jp/brand/02_02.html > こしあんがない?

・ニンテンドー3DSが明日とうとう発売ですね。/うーネタない。仕込めない。途中までしか見ていないんだが、「収納上手もココまで来た、実用性と収納性を兼ね備えた近代家具たち」が面白かった。本棚がベッドになったり、ローテーブルの足が伸びて通常のテーブルになったり。壁の棚や机の上のものは片付けなくても良く、変形に力はさほどいらなそう。片付けなくて良いといっても、高さ制限はあるけどね。(hammer.mule)
< http://www.kami-douga.com/inside/omoshiro/3885000210.html >
収納上手もココまで来た、実用性と収納性を兼ね備えた近代家具たち
< http://www.kami-douga.com/inside/waza/3899000217.html >
1人で国歌を歌う少女にハプニング、その時観客の取った行動は・・・