データ・デザインの地平[10]データ設計者は、ヒトを知れ、脳を知れ/薬師寺 聖

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●データ・デザインの限界

データベース設計には、ふたつの手順があります。ひとつは、既存データを入れる器を設計する方法、もうひとつは新規データを入れる器をあらかじめ設計しておく方法です。

前者は、既存電子文書のWeb公開や、システム刷新のための旧データの変換などのケースです。既存データという見本があるため、システム構築後に例外的なデータが追加される可能性はまずありません。

後者は、紙媒体のデジタル化に伴う人海戦術によるデータ入力や、Webフォームへの不特定多数のユーザーからの入力を受け付けるケースです。見本となる既存データがないため、タイプミスや入力漏れの防止、セキュリティ面の強化が、重要になります。

そこで、入力フォームのUIデザインを工夫します。入力例を表示し、音声・画像・アニメーションなどを用いて入力手順を案内します。さらに、入力されるデータを検証する機能も実装します。全角半角、大文字小文字、字数の下限上限や桁数などが設計通りでないならば、メッセージを表示して正しい入力を促します。また、特定のドメインのメールアドレスをブロックする機能などを追加することもあります。

しかしながら、これで万全というわけではありません。タイプミスをしがちな人は、往々にして、手順を知る行為を端折るものです。入力例やメッセージは役に立たないこともあります。また、データ型は検証できても、データの意味までチェックすることはできません。深刻なシステム障害を引き起こさず、エンドユーザーにも損害を与えないデータが、すべて正しいデータだとは限りません。

これが小規模案件ならば、誤ったデータを追跡して修正することは不可能ではありません。たとえば、部分一致検索のプリケーションで、今年のヒトのインフルエンザの予防接種について知るために、タイトルに「インフルエンザ」という文字列が含まれる文書を検索したとき、「インフルエンザについて」という結果が得られたとします。その文書の内容が「過去の鳥インフルエンザの学術論文」であったなら、タイトルには「鳥」の脱字の可能性が疑われますので、再確認して訂正することはできます。

しかしながら、膨大なデータを扱う中規模以上の案件では、データの増加に確認作業が追いつかず、原因の特定は困難を極めます。

入力担当者の疲労や錯覚を防ぐトレーニングやチェック体制を設けたとしても、校正なしの不特定多数からの入力においては役に立ちません。



●ヒューマンエラーは、今後ますます増える

さらに、次のふたつの要因が、今後ヒューマンエラーを増やすことは想像に難くありません。

(1)ポジティブ社会の強制が、疲労を隠蔽する

昨今の我が国では、苦闘の中にある人に対し、早く立ち直れ、前を見ろ、というメッセージを発し、常にポジティブな姿勢の維持を推奨します。時間のかかる悲しみの受容や足踏みは、活動の停滞でしかなく、経済面で好ましくないからです。皆と同じであるために、誰もが、沈黙や慟哭を押し殺し、多弁に声高に、空元気を出してふるまうようになります。その結果、病気や介護などの家庭内事情は明かされず、心身の疲労は見過ごされがちになります。

どのように優秀な人でも、良質の睡眠が確保できなければ、理解不能なミスをします。過重労働、単身の病身親による育児、遠距離介護、介護離職しての仕事と介護の両立。人間関係の悩みからではなく、細切れの睡眠から不眠になることもあるでしょう。

筆者のように根っからポジティブな人間ですら、たとえば「介護110番」というWebサイトの情報を見ると、「健康管理は自己責任」という言葉は、努力次第でそれが可能な人生を歩んできた人の主張にすぎないと分かります。

このような状況に端を発するヒューマンエラーは、「こころを支える」といった漠然としたものでは解決できません。何日も食事をとっていない人には、励ましの声をかけるよりも、スポーツ飲料の一本を渡すべきであるのと同じです。根本的な解決策は、誰もが必要十分な良質の睡眠をとることのできるシステムづくりに尽きるのです。

(2)脳の損傷から起こるミスを減らすには、環境が重要

我々は普段何気なくキーを打っているので、「データ入力」は単純作業にすぎないと思いがちです。が、それは、実に驚異的な作業です。原稿を見て、入力する箇所を定め、理解し、内容に間違いがないかをチェックし、キーを打つという、何段階もの処理があります。ヒトの能力は素晴らしいと思いませんか?実に多くの処理を経て、一件のデータは登録されます。データ入力過程の、どの時点でトラブルが発生しやすいかは、人それぞれです。

同じ人間であっても、ヒトの脳の働きかたは、千差万別です。再発防止のために強く注意を促しても、再度同じミスが繰り返されるかもしれません。ミスをした人に対して、「なぜ間違えたのか」「なぜ間違えた時の状況を憶えていないのか」と詰め寄ったとしても、原因を特定できないこともあるでしょう。なぜなら、ミスをした人は、自由意志に基づいて、意識して行動した結果として、ミスを引き起こしたのではないかもしれないからです。

ベンジャミン・リベットの有名な実験があります(「マインド・タイム 脳と意識の時間」ベンジャミン・リベット、下篠伸輔訳、岩波書店)。それによれば、「自由で自発的な運動に至る準備の起動は脳内で無意識に始まっており」「自由意志は意識プロセスを起動しません」が、「意志プロセスを積極的に拒否し、行為そのものを中断したり、行為を実行させる(または誘因となる)ことで、その結果を制御することができます」

ミスの原因となる行動が、意識する前に準備されていたのだとしたら、問い詰めたところで原因は分からないでしょう。反省すら、無意識に始まるものなのかもしれません。また、反省しても、ミスを制御する脳の部位が機能しにくければ、改善されることはないかもしれません。厳しい追及や叱責や罰則は再発防止につながりません。

我々の置かれている環境は、日々悪化しています。繊細で高度な我々の脳の部分が、損傷あるいは委縮するリスクは高まる一方です。このような状況に端を発するヒューマンエラーの根本的な解決策は、脳のバグを減らすような生活環境の整備しかありません。

●人物は知らずとも、ヒトを知れ

根本的な解決ができないのですから、データ設計者は無力感にさいなまれるかもしれません。そうであっても、できるだけミスを減らすよう努力しなければなりません。

そのためにもデータ設計者は、ヒトを知る必要があります。ここでいう「ヒトを知る」という行為は、従来の、飲んだり食べたり娯楽を共にして、個々のプロフィールや趣味嗜好や価値観を探って記憶する行為のことではありません。ヒトというものが、通常我々が考えている以上に多様であることを体感し、それぞれの人の脳の違いを受容するということです。

そしてもし、自らが設計を手掛ける場合はもちろん、他の上流工程担当者が設計する場合はコンサルタントとして、設計者の陥る罠に注意しなければなりません。

たとえば、XMLでいえば、タグの整合性がとれている整形式の構造を考えることは非常に簡単です。そこで、XMLには詳しくない上流工程担当者が文書を作成し、システム化を進めることがあります。そこでよく見受けられるのは、入力担当者のスキルを無視した設計です。

データの内容が専門的である場合、設計者は、自分の回りにいる同じ専門性を持つ同僚たちを平均的日本人として捉え、専門知識を社会常識だと勘違いしてしまいます。誰もがデータの内容に関する知識をそこそこ持っており、データの内容を理解して、ミスなく作業するはずと信じてしまうのです。その結果、デザインされるのは、専門的な略語を名前とする要素や属性が氾濫した、複雑怪奇な構造です。

設計者は、個々の入力担当者の脳の働きを想像しなければなりません。想定されるスキルとバックグラウンドを持つ入力担当者が、多少の指導により、ミスなく作業を遂行できるような構造を考えなければなりません。XMLでいえば整形式であることは必要条件であって、十分条件ではないのです。

もちろん、入力担当者も、それが仕事であれば、データの内容について学ぶ必要はあります。しかし、その学習は、効率よく行えば、睡眠時間を削らない程度で済むものでなければなりません。システムであれ、それ以外であれ、モノ作りの発案者や設計者は、自分の作業の後は野となれ山となれ、などと思ってはいけません。作られたモノを維持管理する人々のQOLについても考え、決して先走ってはなりません。

誰もが必死で、自身も他者も鞭打ち、常にポジティブに前進しなければ維持できないような社会では、皆が疲弊し、いずれ破たんします。

良いデータ設計をするためには、技術研鑽だけではなく、ヒトを知り、社会を見据える透徹した目を獲得することが必要ではないでしょうか。


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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードを扱う、四国の個人事業主。科学技術や医療・福祉分野のXML案件の企画デザインに実績があり、コラボレーションユニットPROJECT KySS名義で、XML、RIA、.NETに関する書籍や記事、多数。
Microsoft MVP for Development Platforms - Client App Dev
(Oct 2003-Sep 2011)