[3355] 個体単位システムが日本を強くする

投稿:  著者:  読了時間:27分(本文:約13,000文字)


《人が死なないミステリが好き》

■まにまにころころ[12]
 想像力の欠如
 川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

■クリエイター手抜きプロジェクト[331]Illustrator CS3〜6編
 選択した図形の中心から引き出し線を描く
 古籏一浩

■データ・デザインの地平[23]
 個体単位システムが、日本を強くする
 薬師寺 聖

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■まにまにころころ[12]
想像力の欠如

川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito
< http://bn.dgcr.com/archives/20121022140300.html >
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こんにちはー。あっという間に一週間。今週もまた本の話を書こうと思います。前回はインタビュー本だったので、今回は小説の話でも。

◎──想像力の欠如

私はむやみに暴力を振るう人が大嫌いです。肉体的な暴力も、精神的な暴力も。そういう人間は想像力が決定的に欠けている。別に、そんなにも豊かな想像力が求められるわけじゃなく、その行為が相手や周囲にどんな影響を与えるか、どんな思いをさせるか、ほんの少し、イメージするだけでいいのに。

天国なんてないとか、国なんてないとか、そこまでのイマジンは求めない。ただ殴られたら痛いだろうとか、罵倒されたら苦しいだろうとか、そこに居合わせた人や見聞きした人の心の平穏も奪ってしまうだろうとか、その程度のこと。

伊坂幸太郎の小説「重力ピエロ」に葛城という男が出てくる。少し長くなるけど、この葛城の台詞をいくつか並べます。文庫版の216-217ページの部分。

「よく、相手の気持ちを考えて、なんていう奴がいるだろう? 優しさは想像力だ、とかな」

「俺は、想像力の塊だよ。想像力が服を着て歩いているようなものだ。強姦される相手だとか、痛めつけられる相手が、どれくらい苦痛を感じるのか、想像することが出来る」

「俺はさらにその先を考える。その苦痛を受けている被害者は俺ではない、ということを、俺は知っているんだ。俺はそこまで想像できるわけだ。相手の気持ちを想像して、自分の苦しみに感じるなんて、それこそ想像力が足りないんだ。もっと想像力を働かせれば、その苦しんでいるのは自分ではない、ということまで理解できるはずだ。そうだろ」

とんだ詭弁だと思う。相手の気持ちを想像できていれば、苦しんでいるのは自分ではないと理解したところで、苦しいはず。そうでないのは、想像力の欠如だ。と、この葛城に言ったところで話は平行線だろうけれど。

こういう輩はそもそも、自分は正しい自分は悪くないと、自分のことしか頭にないから。程度の差はあれ、私も同類だからよく分かる。

◎──本を読む理由

前置きが長くなってしまいました。しかもちょっと重く。暴力だの、想像力だの、そんな話をしたかったわけではなくて、好きな本を紹介したかっただけ、でして。でもそのための前置きとして、必要だったんです。で、まだ前置きは続きます。

さっきの話の延長じゃないですが、私は人が社会の中で互いに幸福に過ごすには、想像力が不可欠だと思っています。何か少し話が大きいですけど、まあ我慢してください。(笑)

世の中の不幸の、全てではないですが、結構多くが、「ちょっと考えたら分かる」ことが、分からなかったり、考えるのを怠ったりした時に起こっているような、そんな気がします。

何気ない行動にしても、また言葉の選び方ひとつにしても、ちょっと考えたら分かるだろうというような些細な見落としが、周りや、本人を不幸にしてしまう。先日のサッカーにおけるフランスの国営放送での発言しかり、馬鹿発見機と言われるtwitterでのあれこれしかり。

人には想像力を養うことと、その想像力を発揮できる余裕が絶対に必要で、その両方を手軽に与えてくれるもののひとつが読書だと私は思っています。

ま、自分が本を読むのが好きなことを正当化するための詭弁で、さっきの葛城とそういう意味でも大差ないんですけどね。

◎──小説を読む

そんなこんなで本を読むことは大事だと考えている私は、時には無理矢理にでも本を読むようにしています。好きなことを無理矢理、というのは変な話ですけど、本を読むにはそれなりに時間とエネルギーが必要なもので、忙しい時には、つい、後回しにしてしまいがちで。

で、その「後回し」は放っておいたら、いつまでも、順番が回ってこなかったりするものなんですよね。特に、小説は。

実用書とかドキュメンタリーは、必要に迫られて読むこともあるし、忙しい時も、これは必要なんだと言い訳が出来たりもして読みやすいんですが、必要に迫られ小説を読むことは稀ですよね。

でもさっきの「想像力」や「余裕」を育む読書となると、小説の方が向いてると思っています。なので私は、時に無理矢理にでも小説を読むように心がけています。実用書を買うため書店に行った時も、一冊は小説を買ったり、少なくともその棚には足を運んだり。

◎──ミステリ小説が好き、だけど

やっと、好きな本の話、今回の本題にたどり着きましたが、私は小説の中では、ミステリに分類されるものが好きで、よく手に取ります。割と気楽に読めるし。人によっては探偵さながらに、謎解きをしながらじっくり読まれますが、私は、あまりそういうことはしない性質で。一言で言えば、面倒くさいから、ですが、素直にだまされ、素直に驚く、書き手にしたら手応えのない読者です。

ただ、ミステリには、私にとってひとつ、問題がありまして。それは、とにかくよく人が死ぬこと。しかも大抵は殺されることで。殺人なんて、今回最初に私が大嫌いって書いた暴力の最たるものですよね。

その殺人=暴力が、「むやみ」かどうかはともかく、フィクションであってもあまり好きにはなれない。ミステリの殺人に限らず、人の死そのものを安易に扱うこと全般が嫌いなんですけどね。

そんな私が好きなミステリは、「人が死なないミステリ」です。

◎──人が死なないミステリ

私が一番最初に好きになったのは、北村薫の円紫さんと私シリーズ。「空飛ぶ馬」「夜の蝉」「秋の花」「六の宮の姫君」「朝霧」と続く5作です。主人公の「私」が遭遇する謎を、落語家である円紫さんが、ヒントをくれたり、解決したりするお話で、その謎の多くは主人公の日常の出来事です。

シリーズの中では、番外編ともいえる「六の宮の姫君」が一番好きですが、是非、一作目から順に、一気に読んで欲しいところです。シリーズものは最初から順に読みましょう。原則的に人が死なないミステリですが、自殺者の話が一回だけ。

最近好きなのは、松岡圭祐の万能鑑定士Qのシリーズです。キャッチフレーズから、「面白くて知恵がつく人の死なないミステリ」と、それだけでもう素敵。これは、「万能鑑定士Q」という、変な名前の屋号で鑑定業を営む凜田莉子が、ずば抜けた記憶力と論理力で、様々なジャンルの謎を解決していくお話です。

刊行が超ハイペースで、つい最近の時事ネタも、毎回のように盛り込まれたりと、それも面白さのひとつです。どこまでが本当の話で、どこからがフィクションか分からなかったりするところも魅力で、荒唐無稽な話にもリアリティを感じて、楽しく読めます。

莉子が論理的思考で謎を解くのに対し、姉妹篇として始まった、特等添乗員αのシリーズは、添乗員の浅倉絢奈が、水平思考で謎を解く話。姉妹篇というよりも、合わせてひとつのシリーズだと思うので、是非Qとαでセットものとして刊行順に読んでください。どちらも、他殺はもちろん、自殺も自然死もありません。

せっかくなのでもうひとつ紹介を。鯨統一郎の「邪馬台国はどこですか?」から、「新・世界の七不思議」「新・日本の七不思議」と続く早乙女静香シリーズです。

こちらは歴史の謎を新解釈で解き明かしていく話。軽いノリの語り口ながらその説得力はすごい。歴史の専門家からしたらどうなのかは知りませんけど、歴史の謎が宮田六郎によってさくさくと解かれていくのが気持ちいいです。

ほか、最近アニメ化もされた米澤穂信「氷菓」の古典部シリーズや、本屋大賞に今年ノミネートされてた、三上延のビブリア古書堂の事件手帖シリーズもお薦め。

◎──書を求め、町へ出よう

紹介した作品の中で、鯨統一郎だけは前職の同僚、熊ちゃんにもらったんですが、他の作品は全部、書店でなんとなく手に取ったのがきっかけ。そんな偶然のほか、たまたま書店の棚に目をやったら、誰かがどこかで紹介してた本が目に付いたり、あるいは読んだことのある本の新刊や、気に入った著者の他の作品が並んでたり、色んな偶然が書店には潜んでいます。書を求め、町へ出よう。書店に飛び込もう。

【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表
< https://www.facebook.com/korowan >
< https://www.facebook.com/caputllc >

最後にまたイベントのご案内。

・【大阪】10月26日(金)
おおさか地域創造ファンド コンテンツ企業「Osaka ブランド形成」事業
「ソーシャルメディア時代のコミュニケーションデザイン」
あの佐藤尚之さんが講師です!
< http://dcc-net.biz/event/ >

・【大阪】11月3日(土)
WordCamp Osaka 2012「めっちゃ気になるWordPress」開催!
世界最大シェアのCMSであるWordPressのユーザーイベントです。
< http://2012.osaka.wordcamp.org/ >

・【大阪】11月9日(金)・10日(土)
「関西オープンソース2012」と「関西コミュニティ大決戦2012」の2つでひとつ、合わせてKOF2012です。懇親会の受付も始まり、内容も続々公開されています。
< http://2012.k-of.jp/ >

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■クリエイター手抜きプロジェクト[331]Illustrator CS3〜6編
選択した図形の中心から引き出し線を描く

古籏一浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20121022140200.html >
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今回は、図形の中心から引き出し線を描画するスクリプトです。以下は選択した図形の中心から引き出し線を描画するものです。

// 選択した図形の中心から引き出し線を描く
(function(){
  var lineWidth = 40;  // 40pt。横の引き出し線の長さ
  var lineHeight = 20;  // 20pt。縦の引き出し線の長さ
  var lineType = 0;  // 引き出し線の種類
  // 選択された図形の座標を取得して線を描画
  var selObj = app.activeDocument.selection;
  for(var i=0; i< selObj.length; i++){
    var rect = selObj[i].geometricBounds;
    var x1 = rect[0];
    var y1 = rect[1];
    var x2 = rect[2];
    var y2 = rect[3];
    var cx = x1 + (x2-x1)/2;  // 中心X座標
    var cy = y1 + (y2-y1) / 2; // 中心Y座標
    var w = x2-x1;
    var h = Math.abs(y2-y1);
    switch(lineType){
      case 0:
        drawLine(cx, cy, cx+w/2+lineWidth, cy);
        drawLine(cx, cy, cx, cy+h/2+lineHeight);
        break;
      case 1:
        drawLine(cx-w/2-lineWidth, cy, cx+w/2+lineWidth, cy);
        drawLine(cx, cy-h/2-lineHeight, cx, cy+h/2+lineHeight);
        break;
    }
  }
})();
function drawLine(ax1, ay1, ax2, ay2){
  var lineObj = app.activeDocument.pathItems.add();
  lineObj.setEntirePath([[ax1, ay1],[ax2, ay2]]);
  lineObj.stroked = true;
  lineObj.strokeWidth = 1;  // 1ptの線
  lineObj.strokeColor = setColor(0, 0, 255, 100,100,0,0);   // 青色の線
}
function setColor(r, g, b, c, m, y, k){
  var dcs = app.activeDocument.documentColorSpace;
  if (dcs == DocumentColorSpace.RGB){
    var RGB = new RGBColor();
    RGB.red = r;
    RGB.green = g;
    RGB.blue = b;
    return RGB;
  }
  if (dcs == DocumentColorSpace.CMYK){
    var CMYK = new CMYKColor();
    CMYK.cyan = c;
    CMYK.magenta = m;
    CMYK.yellow = y;
    CMYK.black = k;
    return CMYK;
  }
}


引き出し線の長さは縦と横を別々指定できます。長さは以下の2行にある40、20の値を変更してください。

var lineWidth = 40;  // 40pt。横の引き出し線の長さ
var lineHeight = 20;  // 20pt。縦の引き出し線の長さ

また、中心線をどこから描画するかは以下の数値を変更してください。0または1を指定することができます。

var lineType = 0;


【古籏一浩】openspc@alpha.ocn.ne.jp
< http://www.openspc2.org/ >

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・クリエイター手抜きプロジェクト
< http://www.openspc2.org/projectX/ >

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< http://www.openspc2.org/book/PDF/Adobe_Illustrator_CS3_JavaScript_Book/ >
吉田印刷所の「印刷の泉」でも購入できるようになりました。

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■データ・デザインの地平[23]
個体単位システムが、日本を強くする

薬師寺 聖
< http://bn.dgcr.com/archives/20121022140100.html >
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●関係性を考慮しない絆礼賛は、他者の人生を捻じ曲げる

「絆」という一文字に、皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか。愛や友情といったポジティブなイメージのみを持つ人は幸いです。持ちつ持たれつの関係は有難いものです。

一方で、束縛や不自由といったネガティブなイメージを持つ人もいるでしょう。このネガティブな絆は、一方的な支援を助長させ、支援者ひいては社会を疲弊さる恐れがあります。

どちらも「絆」には違いありませんが、ポジティブな絆は「協力関係」の上に、ネガティブな絆は「依存関係」の上に築かれます。

両者の区別をつけない絆礼賛は、要支援者と支援者が依存関係にある場合、支援者に自己犠牲を強いる空気をつくりだしてしまいます。

その空気は、うつ病患者に対する「がんばれ」と同じ鞭です。「あなたしかいないのだから」「産んでくれたのだから」「血を分けたきょうだいでしょう」などと言われれば、支援者は「大丈夫」「がんばります」という答えを返す以外にないでしょう。

その結果が悲惨なものとなっても、第三者は「大丈夫、がんばります、と言っていたので、まさかこんなことになるとは...」と言うのです。

第三者と支援者が多対一の関係にあるとき、何気ない一言は積み重なって、時に、支援者の人生を捻じ曲げます。支援を優先した結果、「この少子化時代に」という非難を浴びながら、結婚せず、子を成さず、人生を終える支援者が増えていくでしょう。支援者が生を受けるまでに、何世紀もにわたって生命をつないできた膨大な数の祖先の人生の苦闘は、ないがしろにされてしまうでしょう。

絆の関係性が協力であれ依存であれ、これが昭和初期であれば、社会には受容するだけの器がありました。

なにしろ子供の数が多く縁戚や地域のつながりもあり、複数の支援者が、経済面・生活面(家事)・精神面(話し相手など)を分担して支援できたからです。仮に両親が病気になったとしても、長男が経済を、長女が家事を担うことが可能でした。

ところが今は、少子化と核家族化が進み、縁戚や地域のつながりも薄れ、経済面・生活面・精神面のすべてを一人の支援者が担うケースも少なくありません。電化製品やネット通販があるとはいっても、支援者の人生の時間が一日24時間であることは、昔も今も同じです。

支援を要する人々の存在が問題なのではありません。誰でも、出生前、出生後にかかわらず、不慮の事故や病気に見舞われる可能性はあります。支援のかたちが問題なのでもありません(*1)。

問題は、絆の美名のもと、特定の個人に対して無期限無償の支援を暗黙のうちになかば強制している社会と、それに適合するように構築されているシステムです。

●社会的弱者の定義を見直す必要性

絆の関係性を明確にするには、「社会的弱者」という言葉を再定義する必要があります。はたして社会的弱者とは、所得のデータの値の小さい人のことなのでしょうか?

命題の逆は必ずしも真ではありません。「AならばB」が真であっても、「BならばA」とは限りません。「社会的弱者は、所得の少ない人である」が真であっても、「所得の少ない人は、社会的弱者である」とは限りません。

たとえば、昨今増えている虐待で亡くなった子供の報道を思い出してください。彼らが、なんとか死を免れ成人して、働き始めたとします。一方、親は年老いて、生活費にこと欠くようになったとします。社会が子に対して「許して支援すること」をもとめると、改心していない親は「絆」を、依存を正当化する綱として使うとは考えられないでしょうか。

所得が少ない親は、データ上では経済的弱者でしょう。が、支援者たる子の人心を掌握して動かすという、特殊で高度なスキルを持つ社会的強者かもしれません。

一方、良心と罪悪感のために言動を支配されている支援者は、多くのヒトが持ち合わせているはずの「精神的な支配から逃れるスキル」を獲得できていない社会的弱者かもしれません。

どちらを社会的弱者と定義するのが妥当なのか......誰が明確な答えを持っているというのでしょう?

●リアルと法とシステムの不整合

さらに、社会的弱者の定義を複雑化する問題があります。それは昨今増えている、再構築される縁戚関係です。

リアルの現象が想定外の変化をすると、法と、その法に基づいて構築されるシステムが追い付いていかず、システムに蓄積されるデータは、リアルを表現するものではなくなってしまいます。

具体例をあげて説明します(説明用のフィクションです)。たとえば、二つのステップファミリーの世帯があるものとします。

世帯Aの構成員は、A子さん、A子さんと元夫B男さんとの子のA太さん、再婚相手のA男さんです。

世帯Bの構成員は、A子さんの元夫B男さん、再婚相手のB子さん、B子さんの子のB菜さんです。

世帯Aが困窮し、A太が実父B男に支援をもとめたとき、世帯Bは、どのような支援をすべきでしょうか? また、どのような支援が社会的に望ましいでしょうか?

両世帯の構成員のリアルでの面識や行き来、子の年齢、養子縁組の状況、職業も含めたさまざまなケースについて、それぞれの人物の心情を考えるのではなく、リアル、法、データにおけるつながりを考えてみてください。

もし、A太がA男さんと養子縁組をしていないならば、民法では、「直系血族及び兄弟姉妹は、互に扶養する義務がある。(民法第八七七条)」ため、実父B男はA太を支援します。

その結果、世帯Bの家計が苦しくなれば、「夫婦は同居し、互に協力し扶助しなければならない。(民法第七五二条)」ため、B子はB男を支援します。

が、B子にはA太の扶養義務はありません。また、世帯Bの構成員が、世帯Aの構成員A男を扶養または扶助する義務はありません。間接的には支援した形となったとしても。法の上での絆は、曖昧です。

では、システムにおける絆はどうかといえば、データ上では、B子の戸籍謄本の筆頭者はB男で、その謄本にはA太が含まれ、B子からA太を容易にたどることができます。

さいきんしばしば、DVあるいはモラルハラスメントにある夫婦の、被害者側の転居先情報の漏えい事件が発生しているのは、担当者の職務意識だけでなく、このようなリアルと法とデータにおける関係性の曖昧さに原因があるように思われてなりません。

現行の民法は、旧来の、死別しない限りは添い遂げる家族構成の上に成立しています。が、それは、現代日本の人間関係には必ずしも当てはまりません。

特定のヒトを支援者と定める方法は、もはや限界でしょう。絆の範囲の検討や絆の解除のために失われる膨大な時間とエネルギーを、生産的な活動に振り向けられるようなシステムに変えなければ、社会は疲弊する一方でしょう。

●世帯単位から個体単位のシステムへ

先に述べたように、社会的弱者が誰なのかという判断は、難しいものがあります。ならばいっそ、現在では一意なものとは、"常識的な意味での"ひとつの個体とされているのですから(*2)、一個体をひとつの単位とするシステムに変えていく方が妥当なのではないでしょうか。

たとえば、支援の義務の範囲を狭めて、同一世帯内での親と未成年の実子に限定し、成人になれば、親子であろうと兄弟であろうと社会を構成する一個体として扱い、困窮時には社会全体で支えるようにするなどです。

縁戚に要支援者がいないヒトにとっては、社会で支えるとなると、突然不利益が降りかかってくるように感じるかもしれません。が、長い目でみれば、支援者の良心と義務感に頼ったシステムでは、社会的な損失は増えるだけでしょう。

なぜなら、支援者が自分の人生を後回しにしたがための損失は、世代を追うごとに膨らんでいくからです。他者を支援しようとする良心を持つ者が子孫を遺さないことは、社会的な損失ではありませんか。もちろん少子化にもつながります。

もし、万が一我が国をリードするような優れた研究者候補の学生が、縁戚の経済支援のために、専門とは無関係な報酬のみ目当ての仕事に長年従事する状況になったなら、その損失ははかりしれないでしょう。

さらに、要支援者と支援者の二人で一人分の人生を生きたのでは、アクティブな人口は実際の人口より少なくなり、税収が減るのではないでしょうか。要支援者と支援者の関係は一対一ではなく、(生活面や精神面の支援についてはロボットの開発などを積極的に推し進めて)多対一にしなければ、経済は立ち行かなくなるのではないでしょうか。

社会のインフラを担うシステムの構造を、世帯単位のトップダウン型から一個体単位に変更し、各個体ノードが独立して成立するシステムに変更する必要があると考えます。

もっとも、そのようなシステム下にあっても、我々の多くは、ほんとうに困っている人を見過ごすことができません。支援の義務がなくなったからといって、我々が「助けたい、なんとか力になってあげたい」と思う心を失くすことはないでしょうから、ポジティブな意味での絆が失われる心配はないはずです。

絆の美名「のみ」を強調するのではなく、絆のプラスの面は強化し、マイナスの面は断ち切って社会全体で支え合う、個体単位のうえに成立するシステムが、いま必要とされているのではないでしょうか。

*1:幼い子供が親に甘える子供時代を送らず、親の生活面と精神面の支援をする「親子逆転」の形は、しばしば問題視されます。が、筆者は、個人にとっては必ずしも全てのケースでその形が問題となるわけではないと思っています。

なぜなら、時間が過去から未来へ流れているわけではないという観点では、親が子を世話することも、子が親を世話することも同じだからです。ただし、それが原因で子が孫を持たない場合、社会的には少子化問題につながるでしょう。

*2:技術進化によりヒト自身がデバイスとなった暁には、一意なものの定義はゆらぎます。
(本連載を参照)
第2回「そのデータは誰のもの?」
< http://bn.dgcr.com/archives/20110124140300.html >
第3回「子ノード化する脳」
< http://bn.dgcr.com/archives/20110214140400.html >
第4回「多重CRUDの脅威」
< http://bn.dgcr.com/archives/20110314140200.html >)。
いずれは、存在(sein、読みは"ザイン"、ドイツ語で存在)の属性を定義するための世界標準仕様が必要になります。

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< http://www.microsoft.com/japan/athome/umall/win8event/default.aspx >

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【薬師寺聖/個人事業所 セイザインデザイン】
個人事業所 < http://www.seindesign.net/ >
< infosei@seindesign.net >

絵・音・詩・文・コードを扱うフリーのクリエーター、思索家。エンジニアリング会社を経てデザイン事務所に勤務後、XML1.0勧告翌月に退職して開業。科学技術や医療・福祉分野のXML案件を手がけながら、書籍や記事を多数執筆(PROJECT KySS名義)。現在は、受託業務から独自開発にシフト中。
Microsoft MVP for Development Platforms - Client App Dev (Oct 2003-Sep 2013)

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編集後記(10/22)

●運動をした"数日後"に体の節々が痛くなるのが老人である。そんな経験は度々あるが、風邪でもそうだったなんて。木曜日の夕方、急げば自転車で片道10分の図書館に向かった。借りた本の返却日だ。絶対に行かねばならぬ。家を出た時はポツポツ降り始めていたが甘く見ていた。5分後には本降りになった。本は濡らすことなく無事に返し、再び本降りの中に突入。

キャップをかぶっていたので頭髪が無様に濡れるのは防げたが、トレーナーもGパンもびしょびしょで、とにかく寒くてたまらない。あたりは暗くなって来て、歩道の中央に立つポールを見損ない、前輪が触れて転倒した。家に帰ってすぐに風呂に飛び込んで人心地ついたが、手と足の二カ所からかなり出血していた。

金曜日はなにも変化なし。土曜日の朝、喉が痛くて目が覚めた。なんとなく寒い。これはいつもの風邪の症状である。土砂降りの中の15分間がいまになってきいてきたのだ。結局、土日はほとんど布団の中にいた。この2日間はじつにいい気候で、自転車散歩など最適だったのにこのザマである。両肩をはじめ体のあちこちが筋肉痛みたいだ。これは転倒したときのとっさの反応で体が運動したからだろう。食欲はないし、なによりもビールが不味いのには一番困った。今日はだいぶよくなった。でもコーヒーの味がしない。昼寝しちゃう。(柴田)

●続き。脱帽は当然で、盛った髪型、ボリュームを出した髪型もマナーとしてやらない。背もたれに背中をつけることと重なるのだが、着物の場合では角出しや貝の口結びにする。昔の映画に出てくるような光景に出会ったことがある。袴にステッキという高齢の男性が、両手に華(言葉通り。腰のあたりに手をまわして来場)での観劇で、初心者らしき華らに観劇マナーのレクチャーをなさっていて粋だったわ。携帯電話の電波遮断システムを導入していた劇場はあったが、東日本大地震以降は、警報受信のため遮断しなくなった。

オペラグラスや音声補助イヤホンは大抵の劇場サービスにある。宝塚大劇場や気の利いた劇場・劇団では、託児所、膝掛けやチャイルドクッションまである。観劇できる年齢、小学生らがおとなしくマナーを守って観ていて意外だった。子供たちが騒ぐのは、舞台が見られないため退屈することが原因の大多数を占めるようだ。クッションで座高を変えると静か。座席が座高に合わせて上下するシステムを企画・導入してくれる劇場ができないものだろうか。座高の高い人が前に座ると千鳥配置(互い違いになっている)でも見えにくくなるんだよなぁ。(hammer.mule)
< http://kageki.hankyu.co.jp/theater/child.html >
チャイルドルーム
< http://kageki.hankyu.co.jp/theater/service.html >
以前は英語解説の補助イヤホンがあった