[3362] 永久に保存されるもの

投稿:  著者:  読了時間:20分(本文:約9,600文字)


《それにしてもこのやっつけ感は何だろう?》

■ユーレカの日々[16]
 永久に保存されるもの
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[322]
 アマゾンのKindleストアが日本でスタートと、読む権利
 吉井 宏




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■ユーレカの日々[16]
永久に保存されるもの

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20121031140200.html >
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仕事のメインマシンであるiMacを、Mountain Lionにバージョンアップした途端、写真をアーカイブしているiPhotoが起動しなくなった。ライブラリに異常が発生したらしい。

タイムマシン機能を使ってデータバックアップしてあるし、ライブラリを読み込めなくても、その中のjpegデータそのものはライブラリから取り出せるので、写真そのものが消失するという最悪な事態にはならないことはわかっているものの、分類などが失われるのはイタイ。

あれこれやってるうちになんとか復旧することが出来たが、かなりひやっとさせられる出来事だった。

●情報を保存する難しさ

デジタルデータは、コピーや送信といったアナログ時代には考えられなかった便利さ、快適さを実現してくれた。そのかわりに、「瞬時に消失」という不安が常につきまとう。

アナログ時代の写真は複製にはコストがかかり、「退色」や「カビ」といった問題はあるものの、日常的に「簡単に消えてなくなる」という心配はなかった。あったとすれば、人に貸し出したあと行方不明になる、というパターン。

デジタルになったおかげで、人に渡した先での紛失の心配はなくなったかわりに、自分の保存は逆に不安定になっている。「今すぐ保存」はものすごく簡単にできるのに、それを長期保存するには不安がつきまとう。何万枚という写真でも、失われるのはたった一瞬。

考えてみれば皮肉なものだ。デジタルというのは、保存が簡単なように見えて、実は長期の保存にはずいぶんと無頓着だ。

ディスクにせよ、半導体にせよ、機械的な故障、データのエラーで「読み出せなくなる」ということは避けられない。さらに、これらのストレージはハード、ソフトともフォーマットがコロコロ変わる。

フロッピーからハードディスク、MO、CD-R、DVDーR...とイレモノはどんどん変わってきた。我が家にある最も古いデジタルストレージは、PC98の8インチフロッピーだ。中には当時のワープロなどで作った書類が入っているはずだが、これを再生するにはどうしたいいのか見当もつかない。

メディアやOS、アプリが変わるたびに、最新のイレモノに移し替えていればいいのだが、そんな手間をかけないと「保存」が保証されない。

クラウドの時代になってメディアからは開放されたように見えるけど、サービスが止まったり、パソコンが変わったりするたびに、ぼくのiPhotoライブラリのように、あれやこれやと手間がかかるのには変わりない。

あたりまえのように日々デジタルデータとつきあっているが、考えてみると、保存、保管ということに対しての考え方そのものが、アナログ時代とデジタル時代で大きく変わっている。

●保存の意味が大きく変わった

その昔、記録には「堅牢性」がとても重要だったはずだ。中世以前、移動にも伝達にも時間がかかる時代では、第三者にその情報を渡す(知らせる)という行為に時間がかかる。だれかがそれを見るのが3分後なのか、30年後なのかわからない。

だから絵画も、書物も、できるかぎり頑丈で、メンテナンスしなくても残せることが重要だった。

その次にやってきた大量生産の時代で、記録は「残して未来へ知らせる」から、「広範囲に瞬時に、知らせる」に大きく方向転換した。印刷、放送が情報を流通させ、マスメディアが大きな力を持つ時代になる。

この時代でもまだ、流通する情報の絶対量は限られ、それゆえに「記録」の必要性は強かった。だからぼくの時代であれば、テレビで放映される映画やアニメをビデオに録りまくっていたのだ。

やがてその時代も終わり、今は、だれでも世界中に瞬時に情報を伝達できる時代だ。デジタル化された情報は瞬時にコピーされ拡散される。

そういう時代では、記録の堅牢性が低くても、ほとんど問題にならない。それは流通している情報の絶対量が圧倒的に大きいからだ。

たとえば、旅行に行って写真を撮る。名所旧跡の写真なんかは、ネットを探せばもう、いくらでも手に入る。写真どころか、映像やストリートビューによる臨場感のある空間も再現される。

実際ぼく自身、「あ、これはわざわざここで撮らなくてもあとでネットにいくらでもあるよな」と思うことがある。

それでも撮影するのは、Twitterなどでだれかと「共有」するためだったりする。旅行から戻って家族に見せたりするのも共有。

共有の賞味期限は短い。さしあたって数日共有できれば、あとは残ってなくてもいい。写真を撮る意味が「残してあとで見る」ことから、「今、友だちと共有するツール」に大きく変わってるのだ。

もちろん、特定の人の様子、たとえば子どもの写真などは、取り替えのきかない貴重なものだ。しかし、撮影されている写真の絶対量が大きくなっている今現在、それすらも「だれかが撮っている」もので、ある程度は代替えが効く。Facebookやtwitterのおかげで、知り合いに聞いて回るのに手間がかからない。

そう考えると、日常的な記録の、保存の重要性はどんどん失われてきているように思える。一つや二つ消えてしまってもあまり困らない。そこまで保管に堅牢性を求める必要がない。この100年のメディアの発達は、逆に記録の堅牢性の衰退だったのだ。

●ご祖先様の記録

長期間、保存された情報は、将来なにかの役にたつことがあるのだろうか。

国会図書館では、日本中で出版されているあらゆる書物を収集、保存している。言うまでもなく、文化や文明を保存するためだ。

なにが重要で、なにが重要でないか、それを今、決めることはできない。現在、見向きもされない文献が、100年後大発見に繋がるかもしれないし、今、もてはやされている情報が逆に陳腐化しているかもしれない。

だから、内容を問わず、あらゆるモノを保存する必要がある。モノや人を保存するには限界があるから、せめて書物という情報だけでも。

さて先日、その国会図書館で、思いがけず自分の祖先の記録と出会う機会があった。

そのご先祖様とは、ぼくの曾祖父、父の父の父、3世代前のご先祖様で名を長造という。明治〜大正時代の御方だ。

浮き沈みはあったが、最終的に綿の売買で一山当てたらしい。でも、特に歴史に名前を残すほどのことはしていない。次の代には店を畳み、戦後財産は米軍に接収され、父はもうフツーの勤め人。曾祖父の写真はあるが、どういう人でどういう人生を送ったのか、今となってはほとんどわからない。

そんな曾祖父宛ての感謝状かなにかが出てきたと、父が見せてくれた。感謝状もらうくらいなら、どこかに名前くらい残っているのだろうか、と気まぐれでその曾祖父の名前をGoogleで検索してみた。

すると、国会図書館の近代デジタルライブラリーに、曾祖父が大正14年に出版した書物が見つかったのだ。

その本のタイトルは「戦時戦後の綿業機界:カネ五続篇」といい、自分の店(カネ五が屋号だったらしい)の創立記念に、綿業業界の歴史をまとめた自費出版本のようだ。今から90年前のこの書物、我が家にはおそらく残っておらず、もうだれも覚えていない。

さらに驚いたのは、この90年前の書物がAmazonに登録されていたことだ当然、「この本は現在お取り扱いできません」となっているが、そのページには「この商品を出品する」ボタンがある。

おそらく、マーケットプレイス出品者のために、国会図書館の古書データベースを登録しているのだろう。しかし90年前の業界誌(当然ISBNコードなどない)がAmazonにあるとは。

●国会図書館に納めてもらおう

ご存じの方も多いと思うが、日本には国会図書館法という法律がある。この中に出版物は国会図書館に納入しなくてはならない、という条項があり、それに従い、日本国内の出版社はすべての出版物を国会図書館に納めている。

この法律は昭和に制定されており、曾々祖父の本が出版された大正時代にどういう経緯で国会図書館に収蔵されたのかはわからない。しかし、こうやってちゃんと国会図書館で保存され、さらにデジタル化され、ネットで全文を読むことができる。

この文献がだれかの役にたつのかどうかはさっぱりわからないが、90年後に曾孫が見る機会があっただけでも、保存されていた意味はあるだろう。

そういえば、はじめて自分の本が商業出版されたとき「これで自分の名前は国会図書館に永久保存されるんだ」なんてちょっと特別な事になった気分になったものだ。

その後、国会図書館では商業出版に限らず、自費出版物でも直接送りつければ受け付けてくれると知った。しかし今のようにネットでなんでも調べられる時代でもなく、国会図書館を直接利用することがないので、実感もない。そういうことはすっかり忘れてしまっていた。

今回、曾祖父の本が自費出版だったのをきっかけにそんなことを思い出し、改めてネットで調べてみると、自費出版本の国会図書館への納入は「権利」ではなく、「過料(罰金)」まで規程された「義務」だそうだ。

さらに、本は寄贈しなくてはならないのではなく、定価の半額で買い取ってくれるらしい(その場合は手続きが必要。寄贈なら送るだけでOK)。
< http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/deposit_01qa05.html >

サイトでは「頒布を目的として相当部数作成されたすべての出版物 ただしホチキス留めなど簡易綴じのものはNG」とある。ぼくも昨年と今年、自主制作で描いていたマンガをまとめて自費出版本にしたのだが、「相当部数」「簡易綴じ」あたりがあいまいだったので、電話で問い合わせてみた。

100ページ程度、200部のマンガ本と伝えるとOKとのこと。また、奥付に住所ではなく、メールアドレスとサイトアドレスしか載せていないのも大丈夫とのことだった。

法律では「納入は出版後30日以内」と規程されており、もうこの時点で法律違反確定なのだが、聞いてみると30日以上たっているものでも受け付けてもらえるとのこと。

過料については聞かなかったし、電話でも注意もされなかったが、もし本を納入したあとで請求が来ちゃったらどうしよう...とも思うが、永久保存の代金と思えば格安だと思うことにした。

よく「MOMA永久保存」なんて宣伝文句を目にするが、永久保存というのは実はわりとハードルが低いものだったのだ。

Webやtwitterも、様々な機関によって収集、保存活動がなされているが、さて、Webやクラウドにある、ぼくの作ったデータと、国会図書館の本。遠い未来まで残るのはどちらだろうか。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

講談社の児童書新ブランド「ことり文庫」第一弾として「りんちゃんともちもち星人」(作:令丈ヒロ子 絵:まつむらまきお)が11/15発売になります。ちっちゃな宇宙人が小学生の女の子のところにやってくる愉快なおはなし。数年前に毎日新聞に連載した「おなかいっぱい毎日」を、内容、絵とも全面改訂しました。お子さんや甥っ子、姪っ子へのお正月プレゼントとしてぜひ。

あと、18日にビッグサイトで開催されるコミティア102に出ます。スペースA26。もちもち星人も販売予定。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062179997/dgcrcom-22/ >

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■グラフィック薄氷大魔王[322]
アマゾンのKindleストアが日本でスタートと、読む権利

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20121031140100.html >
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Kindleストア、ついに始まりましたね。否応なく電子書籍の普及は進むんだろうな。もう待ったなし。Kindleストア見てみたけど、値段けっこう高いのね。紙の本より少し安めなだけ。

従来の日本の電子書籍の高めな値段設定に、アマゾンがお墨付きを与えちゃったって形だなあ。値段は日本の出版社が決めてるらしいけど。どっちにしても、電子書籍は安い流れには行かなそう。

紙の書籍映像でも本でも何でもデジタルになって「所有」って概念が曖昧になっちゃってるんだから、「書籍を購入」じゃなく、レンタルでもなく、「見る権利」的な扱いになるべきだよなあ。......と思ったら、WIRED.jpに「Kinldeは書籍を販売するビジネスではなく、その利用を認めるライセンスを販売している」という記事があった。
< http://bitly.com/S7qL2U >

「紙の本を所有する」が「紙とインクのシミを所有」ってことだとしたら、そんなもん当然いらん。読む権利といつでも読める環境だけ売ってくれればOK。iTunesの音楽だって、「電磁データ」そのものを買ってるんじゃなく、聴く権利を買ってるんだもん。

音楽を所有っても著作権を買ってるわけじゃないから、自分のものだからと勝手に使ったらもちろん怒られる。本だって同じと認識してましたよ、もともと。アマゾンがKindle書籍は物体ではなく読む権利だけを売ってると自覚してるんなら、もうちょっと安くしてよね〜。

まあ、作品を所有ってことでいえば、「映画を所有」はビデオで誰にも可能になったけど、演劇は所有できないですね。あと、映画を所有してもたいてい一回しか見ないけど、音楽は何度も繰り返して聴くことになるのを期待して購入する。一回しか聞かなかった曲は「失敗/ハズレ」相当。

あと、「鑑賞する権利」ってことなら、「レコード→CD→iTunes」って、それぞれ著作権料払ったのに〜〜!! って僕的問題が書籍にも出てくるかも。

とか言いつつ、iPadでKindleを試してみた。とりあえず無料の宮沢賢治「風野又三郎」を「購入」してみた(風の又三郎じゃないのね)。Kindleアプリに飛ぶリンクがあって、ダウンロードされていきなり読める。こりゃ、確実に本を買うとか読むとかのスタイル変わるわ。

とりあえず、スマホやタブレットを持ってる人は、Kindleのハードウェアは買う必要ないわけだ。Kindle Fireは動画とかも楽しめる普通のタブレットだから、iPadなどとかぶる。Kindle Paperwhiteは「字の本」のハードユーザーならタブレットと別に持ってていいかも。

Kindleストアのアートカテゴリに気になってた本「バッファローベル公式フォトブック ベルがいっぱい」があったw 紙の本はさすがに買う抵抗あったけど電子本ならいいかも。紙よりずいぶん安いし。
< http://bitly.com/Sfun2J >

MacのKindleストアで購入してみた。購入した本はiPadのKindleアプリのリストに入ってて、ダウンロード次第すぐ読める。なるほどこりゃカンタン! どんどん買っちゃいそうだ。

ところがこの「ベルがいっぱい」Kindle版、非常に、ひじょ〜〜〜〜によくない。っていうか最悪レベル(怒)!! なか見検索で紙の本のページが確認できるのだが、その紙版のページを切り貼りしたようなレイアウト。なんだこれ??? 少なくともデザイナーがレイアウトしたんじゃないと断言できるわ。

Kindleの電子書籍は、ePubみたいに文字の拡大縮小に対応したダイナミックなレイアウトだそうなので、自在にレイアウトできるわけではなさそうですが、それにしてもこのやっつけ感は何だろう?

Wordかなんかに元の本をスキャンした画像を切り貼りしたような感じ。写真が小さい上に、ディザ処理された256色のPNGかGIF画像。なんだよおい〜!! 他の間に合わせKindle版書籍がこういったものでないことを祈りたい。

いきなり食らいましたが、他にもMac版のKindleにアマゾンアカウントの登録ができなかったり、Kindleストアには雑誌が売ってないらしいなど、よくわからないこと山積。また書きます。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

ぜんぜん知らないところでTDWが話題になってて、何?? と思ったら、The Daily Workではなく「東京デザイナーズウイーク」だった......。

ところで、過去に写真集・作品集で憤慨した最悪のケースといえば、落田洋子っていう画家のCD-ROM作品集。濃厚な油絵で、女性的な軟らかいタッチのグラデーションやマチエールが特長の作風なのだが、そのCD-ROM作品集では、それらの作品のすべてにきついアンシャープマスクがかけられており、まったくの台無しだった。

「ベルがいっぱい」も最悪だけど、救いは「電子書籍」だってこと。もしかしたら、まともなレイアウトと写真に変更されたアップデート版が用意されるかもしれない......。

●iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」ver.2.0がリリースされました。
「長押しロール」のオン・オフ切り替えスイッチを追加しました。
「オフ」ではレスポンスが速くなるので、素早い演奏が可能になりました。
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV >
●「ヤンス!ガンス!」DVD発売中
amazonのDVD詳細 < http://amzn.to/bsTAcb >

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編集後記(10/31)

●来年1月までは衆議院の解散はない、と断言するのは田原総一朗である。ときどき変な見立てもするオッサンだが、相手に遠慮なく突っ込むところが好きだねえ。日経BPnet/10月26日の記事で、民主党の妖怪幹事長が小沢一郎と手を組んだ戦略について語る。内閣不信任決議案が可決されないように、つまり小沢を賛成に回らせないために、輿石は「来年1月までは解散しない」と密約したというのだ。

「なぜ1月か。それは政党助成金(政党交付金)の金額が1月1日を基準にして決められるからである。(略)助成金の半分は1月1日を基準にして政党の所属議員数の割合に応じて配分される。残り半分は国政選挙の得票率に応じて配分される。1月1日以後に解散・総選挙ということになれば、現有議席数分の政党助成金がもらえることになる。

ところが、もしその前に選挙をすれば小沢さんの『生活』の議席は3分の1以下に減ると見られているだけに、もらえる政党助成金は大幅に減ってしまう。小沢さんにしてみれば、何としてもこれは防ぎたい。」

なるほどねえと感心した。でもこれは田原の卓見というわけでもない。植草一秀が自分のサイトで「野田佳彦氏の解散先送り工作は政党交付金目当て」と書いている(10月20日)。「解散を先送りしようとしているのは、来年支給される政党交付金を一年でも多く確保するためであると思われる。(略)総選挙を実施すればいまの民主党はほぼ壊滅的な影響を受ける。その場合、民主党が受け取る政党交付金は激減する。このカネ欲しさに総選挙を先送りすることが画策されている。」

総務省の「政治資金」のページを読んだが、よくわからない。交付金の50%はその年の1月1日時点における国会議員の占有率から算出されるが、それが一年間有効なのか? 残り50%については、直近の衆院選の得票率と過去2回の参院選の得票率で算出する。国政選挙が行われれば、支給額は再算定となるのだが、1月1日時点における国会議員の占有率についても再算定なのか? よくわからないが、いずれにしろ1月1日時点の党員数がポイントだ。

交付金の問題点は、使途に制限がない上に公開が不十分なことだ。政党にとって使い勝手のよい金である。解散先送り工作は政党交付金目当てである。この説は説得力がある。民主党は自身の「明日への安心」のため、あと2ヶ月ぬるぬると逃げ回る公算が大きい。あさましい人たちである。(柴田)

●「共有の賞味期限は短い。」そうですね。「自費出版本の国会図書館への納入が義務」に驚いた。デジクリ本は納入したっけ? 汗/「鑑賞する権利」。そうなんですよね。テープ、レコード、CDやビデオ、レーザーディスク、DVD、Blu-rayと買い直ししまくり。

友人(女)から写メが届く。鍋料理の写真。メインは真ん中のお豆腐。その名も『鍋用!! ズゴック豆腐』。爆笑した。なぜなら私も買っていたから。速攻、私の鍋料理写真(火にかける前)を送る。「バニラのんはまずいからオススメできない〜」とも書いておいた。「さすが同年代(笑)」との返事が来た。

彼女は「バニラも食べたよ(^_^;) バニラやるならイチゴ味のシャアザクにして欲しかった......まずそうだけど」と。バニラのは『ザクとうふ デザート仕様 typeD』という商品。もう少し甘ければ杏仁豆腐的に食べられたかもしれない。一瞬バニラ、あとから普通のお豆腐の味。甘さがあるため、あとのお豆腐の味がしないというか、するけど微かで食感が勝つというか。説明が難しいな。残してしまったよ。お醤油をかける味じゃないと思ってそのまま食べたんだけど、何をかけたらおいしくなったんだろう......。(hammer.mule)

< http://sagamiya-kk.co.jp/zgok/ >
相模屋公式
< http://puyopuyo.boo.jp/?p=3881 >
クラッカーか......
< http://matome.naver.jp/odai/2134927801586719801 >
カヤスガさんという方のコメント、そのまんまだった!! びっくりした。
< http://o.tabelog.com/otrdtl/24023/ >
ズゴック豆腐
< http://o.tabelog.com/otrdtlrvw/22682/ >
枝豆風味のもあるんだね
< http://blog.esuteru.com/archives/6651246.html >
なぜガンダムではなく「ザクとうふ」なのかが明らかに!
< http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20120926/237302/ >
"量産型"の逆襲/「ザクとうふ」「ズゴックとうふ」を生んだ相模屋の真実
< http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121030/238761/ >
"ザクとうふ"の相模屋は、なぜ年商以上の融資を受けられたのか?