Otaku ワールドへようこそ![185]なる人、ならない人、普通の人/GrowHair

投稿:  著者:  読了時間:16分(本文:約7,900文字)


♪ ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ
  豆がほしいか そらやらない
  世の中そんなに 甘くない

って、替え歌がありましたね。


●ジャーナリスト志望君

2013年6月23日(日)、横浜で人形を撮影した帰り、夜8時ごろだったか、セーラー服姿でJR新宿駅のプラットホームを歩いていると、若者に声をかけられた。「あのー、すいません、取材させていただけないでしょうか」。いいけど。

写真の専門学校の一年生だそうで。どこがどうというわけでもないが、なんだかチャラい。16番線ホームから一緒に総武線に乗った。シートに腰掛け、中野までの3駅間、少し話をした。

学校の課題で、街で見知らぬ人に声を掛けて、写真と文章でその人物を描写せよ、というのが出されているらしい。自作の絵画を道端に並べて売っている人に声をかけて取材させてもらって提出したのだけれど、「踏み込みが甘い」と、やりなおしを命ぜられたのだとか。

ものの5分も雑談しているだけで、なんというか、人間の底の浅さみたいなもんが露呈してくる。こいつ、ろくに本も読んでないな、というのがバレバレ。理系の私にそう思われちゃうくらいだから、そうとう重症だ。

将来は戦場カメラマンになりたいとのこと。「不肖・宮嶋」と自称するカメラマンを知っているかと聞いたら、知らないという。

「サラリーマン」という言葉自体になんだか「平凡な」「しょぼくれた」「うだつの上がらない」といったイメージが染みついちゃっている感じだが、そんなサラリーマンだって、まっとうに続けていくには、それなりの根性が要る。ジャーナリストはその100倍くらい根性がないと務まらない。

こいつはサラリーマンをやっていくのに必要な根性に比しても、半分にも足りていないとみえる。「平凡」だって見かけほど簡単じゃないから、ジャーナリストうんぬんよりもまず、そこらへんから足固めしたほうがよろしくはないだろうか。

中野で電車を降りると、私の家までついてきて取材したいという。まだ10代という若さであることを斟酌したとしても、精神的に異常に幼く、世の中にはいろんな人がいるんだってことにすらまだ気づいてないようで、他人の人物像にぜんぜん興味が行っていないのが丸見えだ。プライベート領域まで押しかけたことをもって「踏み込んだ取材をしました」と主張なさるおつもりか。

さて、どうやって撃退したもんか。本当は、まっすぐに帰るつもりはなく、一杯飲んで帰ろうかと思ってるとこなんで、もしこっちが興味を惹かれていたなら、一緒にどうかと誘うこともできた。未成年なら烏龍茶でも飲んでてもらえばいい。

しかし、こいつはだめだ。こっちはすでにイライラが募りはじめている。一刻も早く一人になりたい。そうでないと、思わずどなりつけてしまいそうだ。

「実は、メルマガにコラムを書いてましてね。『日刊デジタルクリエイターズ』というメルマガです。そこに自分のことはすでにあらかた書いちゃってます。サイトに行くと、過去記事が読めるようになっているので、まずはそこを全部読んできてくれませんか。その上で、まだ聞きたいことがあったら答えますから、あらためて連絡をください」。

今までにどれだけの分量書いたかは、もちろん明かさない。あの根性のなさから推し量るに、2〜3本も読んだあたりで音を上げるに違いない。ふっふっふ、撃退、成功。

別れ際、名前を名乗り「この名前を覚えていてください」と言った。おお、すごい自信だね。

2か月経っても 3か月経っても、連絡は来なかった。ま、そうでしょうな。

  ♪
  ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ

あ、歌わなくていいか。

ところが、10月22日(火)の夜になってメールが来た。

S :こんばんは、Sです。6月に駅で声をかけた者ですが覚えていますか。
  相談なのですが、学校で写真集を作る授業があるのです。
  GrowHairさんを被写体にして作りたいと思うのですが
  いかがでしょうか。(10月22日(火)10:16pm)

自分の名誉のために断っておくが、私はさほど親しくない人に対しては、いちおう礼儀をわきまえ、ぶっきらぼうなメールは送らない。本来ならば「こんばんは、ご連絡ありがとうございます。はい、覚えております」ぐらいの挨拶から書き出すところではある。けど、こいつは別だ。

G :メルマガコラムは読みましたか?(10月23日(水)1:21am)

返事が来たのはそれから16分後だ。

S :はい、先程読ませて頂きました!(1:37am)

先程! あの日、私の家までついて来て取材したいと言ってたんだから、時間は空いてたはず。すぐに帰って読まなかったの? 先程っていうけど、たった16分で、全部読んできたの?

G :今までに183本書いているのですが、そのうち何本読みましたか。(1:57am)
S :すみません、まだひとつしか見させて頂いてないです。(8:15am)

どれを読んだとも書いてなく、感想もない。

G :残念ながら多忙につき、このお話は辞退させていただきます。(8:49am)

S :わかりました、お忙しい中すみませんでした。(8:53am)

いやぁ、すごいね。一本も読んでないだろ? せめて2〜3本は読んでからめげるだろうと思った私の読みが甘かった。よく連絡してこられたね。神経の太さは第一級だ。セーラー服を着て街なかを平気で歩ける私でも、こういう態度は恥ずかしくてとてもできないよ。

指導している教官は、こいつが将来ジャーナリストになれる可能性なんて万にひとつもないことを分かっているに違いない。けど、そのことに関して、私は写真の専門学校に対して苦情を申し立てるつもりはない。学費さえ払ってくれてれば、お客さんだもんね。世の中そんなもんだ。

友達だったらどうだろう。本当に親身になって人のことを考えてくれる真の友人だったら、将来を心配して一言、言ってやりたくなるだろう。

「夢を追いかけるのもいいけど、ジャーナリストっていうのはね、ちょいとばかりゴール設定が高すぎるような気がするのだよ。今の君の心がけじゃあ、一生かかってもたぶんおぼつかないだろうね。悪いことは言わない、今すぐ根本から態度を改め、がむしゃらにがんばってみるか、そうでないなら、確実に食っていく手立てを考えてみるのがいいと思うんだけどな」。

まあ、そんないい友人に恵まれたらいいけどね。「人の夢を壊すな!」と逆ギレされても困るので、当たり障りなく適当に話を合わせとくって人が多いんじゃないかな。心の中では「だめだこいつ」と蔑みつつ。で、お互いに楽しくなく、徐々に疎遠になっていく、と。あるいは、似たようなタイプの人たちが共感しあってつるむようになるのかな?

ものごとを甘く考え、人を舐めた態度をとっている人は、将来、自然なメカニズムにしたがって社会から疎外されていくものだ。自分の住める世界をみずから狭めていっている。

就職口を探す段になって、どうなるか目に見えている。出版界からはことごとく門前払いを食らい、仕方がないから当面の食い扶持にと普通の事務職みたいなのに応募したら、そっちも全敗、ぐらいか。

痛い挫折で実力不足を思い知り、努力が足りなかったのだと反省するのであれば、まだ救いが感じられる。おそらく、オレ様な態度が改まり、以降はもう少しものが見えるようになっていくことであろう。そうであれば、まだなんとか世を渡っていけるようになるかもしれない。

しかし、もしそこでも目が開かなかったら? 「なんだか俺ばっかり疎外されてる気がする」と世を恨み、不運をのろって生きていく? 犯罪でも起こさなきゃいいが。

今は、限りなくゼロに近い可能性を夢と呼び換え、目標地点へ一歩でも近づこうとする努力を怠る駄目さ加減を自分で許し、それをナルシシズムに転化することに成功してしまっているようにみえる。私の一番嫌いなタイプだが、こういうのを同属嫌悪って呼ぶんだっけ?

S君、安心したまえ、私が今までに出会ってきた人たちの中で、君が一番の駄目人間というわけではないから。まあ、二番目だけど。まあ、この際、自分のことは棚に上げとく。

●碁打ち

もう15年以上前になるが、夜、仕事の帰りがけに英会話学校のNovaによく行っていたころがある。そこで、やはり英会話を習いに来ていたプロの碁打ちのK氏にお目にかかったことがある。日本棋院からは微妙に近いような遠いような場所であったが。K氏は当時七段、今は八段である。

私は碁にはぜんぜん馴染みがないが、将棋なら少し分かる。まあ、大甘の自己見立てでアマチュア初段程度であるが。将棋の場合、アマチュアの段位級位と奨励会〜プロのそれとは完全に別システムで、アマチュア四〜五段が奨励会の六級ぐらいに相当する。

奨励会には通称「地獄の三段リーグ」というのがあり、これを抜けると四段となり、それをもってプロの資格を得る。とても大変な道であることは、私でもなんとなく理解している。故・米長邦雄永世棋聖は、3人の兄が東大に行っているが、「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」と言ったらしい。

碁のプロだってきっと似たような難関であるに違いない。プロの碁打ちとお話しできることなんて、そうそうあるものではないので、ぶしつけを承知で聞いてみた。そしたら、まったく意外な答えであった。

「知ってました」。なんでも、幼いころ、上のほうからご託宣を賜ったということのようで。「そなたは大きくなったら碁を打って暮らすのじゃ。よろしくたのんだぞよ」。「はい、かしこまりました」。こんな感じだったのだろうか。

だからプロになった瞬間の気持ちは、「努力が実って、ついに難関を突破できた。ばんざーい!」ではなくて、きわめて冷静に「はい、知ってました」みたいな感じだったようで。

もちろん努力なしにすんなりなれた、ってことではあるまい。自分の歩むべき道が始めから分かっており、そういうものだと受け入れていたので、努力することがちっとも苦痛にならなかったということだったのではなかろうか。

何かになる人って、みんなそんな感じなのでしょうか。私のとこには特に上からのメッセージは来てなかったのですが。おかげさまで、勝手気ままに生きておりまする。

●普通の人

17世紀のフランスの数学者・物理学者・哲学者であるブレーズ・パスカルは遺稿集『パンセ』の中で「人間は自然の中で最も弱い一本の葦にすぎない。しかし、それは考える葦である」と言った。この言葉は、人間という存在を偉大なものと卑小なものとの中間に位置づけたもの、と解釈されている。

もっとも私は『パンセ』を読んでなくて、倫理・社会の教科書だったかにそう書いてあったような、おぼろげな記憶があるだけであるが。

世の中の大多数の人々は、先ほどのK氏とS君との中間帯のどのあたりかで生きているのではないでしょうか。これを読んでいるあなたも、これを書いている私も。あ、「いっしょくたにするな!」とお叱りを受けそうですね。

さて、中間帯の人々は、どう生きるべきか。幸いなことに、この位置にいる大多数の人々は、自分よりも低レベルの人間を必ず見つけることができる。そいつらの生態を眺めて、侮蔑し、嘲笑し、優越感に浸っていると、大変愉快に生きることができる。

どの道、普通の人たちは、チンケなプライドを松葉杖に、ふらつきながらも、なんとか前進していけている。犯罪者や駄目人間に対して、「私の自尊心を下支えしていたただきましてありがとうございます」の感謝の心を忘れてはならない。

蟻の社会は人間社会と似ているところと異なるところがある。まず、似ているのは、やっぱり怠け者がいるという点。巣のまわりを忙しげに出入りする蟻たちにいちおう同調するふりをしていながら、実はそのへんをうろうろしているだけで、ちっとも働いていないやつらがいる。

面白いことに、どの村にも、一定割合で怠け者がいる。あっちこっちの村から勤勉な蟻だけをスカウトしてきて精鋭社会を築き上げようとするとどうなるか。さっきまでせっせと働いていた感心な者たちのうちの一部が、これ幸いとばかりにサボり始めるのである。

一方、サボってばかりいる者たちだけを集めたらどんなダメダメ社会になるかと試してみると、そのうちの一部がしぶしぶ働き始めるのである。結局、働き者集団も怠け者集団も、同じような社会へと落ち着くのである。

蟻社会が人間社会と異なる点は、働き者が怠け者に意外と寛容で、ネットの掲示板に「糞ニートうざい」とか「生ポ受給者タヒね」とか書き込んだりしないことである。

思うに、これは、蟻社会にはまだコンピュータネットワークが発達してないからなのではなかろうか。言う手段がないから言わないだけであって、心の中では実は思っているのかもしれない。

社会は、何らかの形で貢献するメンバーだけで構成されるほうが合理的なように思われる。他人が取ってきた食糧を食うだけ食って何もしないやつは、社会にとって不必要な感じがする。しかし、働き者だけを集めて社会を構成しようとしても怠け者が出てきてしまうということは、やつらにも存在すべき何らかの合理的な理由があるのであろうか。

そこは、どうやらまだ解明されていない、謎のようである。私の仮説だが、怠け者は、働き者の自尊心を下支えするという重要な任務を負っているのではなかろうか。

人間社会には、怠け者ばかりでなく、セーラー服を着たおっさんなんて者までいる。なんの必要があってこれが存在するのか、いまだに解明されていないが、噂では、会うと幸せになると言われている。普通の格好のときに会ってもちっとも幸せになれないことは実証済みである。

どんな駄目人間であっても、よく解明されていない形で、案外、社会に貢献しているのかもしれない。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
< http://www.growhair-jk.com/ >

行きつけの飲み屋がひとつ増えた。新井薬師前の「樽平」。11月9日(土)の昼間、通りすがりに見つけた。この店名に見覚えがあるぞ。25年以上前、学生時代に、一度だけ、新宿店に行っている。山形の酒と郷土料理を出すお店だ。下界の喧騒が嘘のような静寂空間だったのが印象に残っている。後で行ってみよう。

夜中過ぎに行くと、他のお客さんたちが帰った後で、店のご主人一人だった。私のセーラー服姿にビビったようだが、すぐに打ち解けた。入口には蘭の花が飾ってあったが、江古田から移ってきたばかりだそうで。

郷土料理の「樽平」は神楽坂が始まりで、昭和3年に開店したそうだ。作家たちのたまり場となり、著名な面々も出入りしていたそうだ。「樽平酒造」という蔵元があり、以前は「井上酒造」といった。蔵元も郷土料理の店もみな、井上氏一族が運営している。作家・井上ひさし氏の親戚だそうだ。

世界を駆けずり回って野生動物や土着の人々の写真を撮ってくる井上氏の話が非常に面白い。ハリケーン・カトリーナがコスタリカを襲ったとき、そこにいたそうだ。

その日から13日(火)まで4日間、続けざまに行った。私が行くのはいつも夜中過ぎなので、他のお客さんと会うことはめったになかったが、ご主人は、来る客、来る客に、私のことを話していたようで。

11日(月)に樽平に行ったのは、午前3時だった。お客さんがいなければ2時ごろ店を閉めちゃうと言っていたので、開いてなければあきらめるつもりで立ち寄ってみたのである。

そしたら、ちゃんと開いていた。お客さんがふたりいた。同じ職場だという40代くらいの男性と20代くらいの女性。帰りがけにたまたま会って、軽く飲もうと来たが、ついついこんな時間までいてしまったそうだ。

その女性は、以前に私のセーラー服姿を見たという。中野の居酒屋「ももや」の一階で飲んでいたとき、私がセーラー服姿の女の子と一緒に店に入ってきて、目の前を通って二階に上がっていったそうで。

あ、その子は豊田冴香。サエ。中学3年生のアイドルだ。私たちが店に入ってくるのも、店の人が「いらっしゃいませ」と迎えるのも、あまりに自然だったので驚いたという。まあ、何回も行ってるからねー。

樽平の井上さんが私のことを話したら、「あ、知ってる知ってる、見たことあるー」と、それで盛り上がってたところだったそうで。で、ついついそんな時間まで居てしまったと。

つまりはアレだ、その場にいない私が、お客さんを引き止めて、店を閉めさせなかったというわけだ。おかげで入れたわけだ。それでまた盛り上がって、4時過ぎまで飲んでたなぁ。

ネットでよく話題になっている「トウモロコシおじさん」こと長沼真彦氏と最初に会ったのは、9月7日(土)のこと。彼の出身校である埼玉県立所沢高校の学園祭「所高祭」にサエと一緒に会いに行っている。

そのつながりで、ニコ生の番組に出演させてもらった。身長109cmの西晃平氏がMCを務める『にしくんの、発浸!日本を変える奇変人』という番組。トウモロコシおじさんは以前に出演している。

私は11月6日(水)に出演させてもらった。ゲストの「奇変人」として、アーティストのいけぶん氏とミュージシャンのミック入来氏と。発信場所は代々木上原にある「オカオカハウス」という多目的スペース。漫画家でタレントの浜田ブリトニーさんが経営するお店だ。

浜田さんは、その日、出かけていて、お会いできなかった。浜田さんも私に会えないのを残念がっていたとのこと。25日(月)に、あらためて呼んでもらえた。西さんとトウモロコシおじさんも呼ばれていて、再会。みんなで「うにゃっ♪」。
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/House131125 >

浜田さんから、「木曜にも来ませんか」と言われ、なんだかよく分からないままに行ってみると、「オカオカ学園女子DJ部」というのが発足して、7人ほどの女子DJたちがコスプレ姿で、ジャンルを問わず思い思いの曲をかける会であった。ニコ生放送には2000人を超える視聴者が集まった。
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/House131128 >

トウモロコシおじさんとは、その前にも一度、偶然会っている。原宿の竹下通りで。トウモロコシおじさんが、その日はたわしを散歩させていると、行く手に人だかりができていて、芸能人でも来てるのかと見てみると、私がいたそうだ。11月16日(土)のこと。

その日は、裏モノ・キワモノ系雑誌『実話ナックルズ』から取材を受けて、渋谷から原宿を散歩していたのだ。写真撮影はいつも撮っていただいているプロの写真家・岩切等氏にお願いした。

自分で言うのもなんだけど、モテモテだった。帰ってから適当なキーワードでツイッター内検索して画像を拾い集めてみたら、60枚以上あった。
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/Town131116 >

トウモロコシおじさんと会ってから、一緒にニコ生の本社に行き、その場のノリで、放送してきた。

『実話ナックルズ』2014年1月号は11月30日(土)に発売され、本屋やコンビニに置いてあるのを見つけることができた。巻頭カラーページに載っている。「渋谷センター街の怪人セーラー服おじさんつかまえた!」とか「キモカワ女装オヤジはこうして都市伝説になった」とか。それ、なんと実話!