[3716] 知ってちっとも得しないセーラー服おじさんの基礎知識

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,200文字)


《どこへ行ってもまかり通っちゃって》

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 知ってちっとも得しない、セーラー服おじさんの基礎知識
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どこにでもいそうな平凡なサラリーマンが、ほんのちょっとした気まぐれから戯れにセーラー服を着て表を歩いてみたら、思いのほか世間のウケがよくて、ついには各種メディアから取材の申し込みが、次から次へと舞い込むようになったというシンデレラストーリー。

論理的に考えるとどうにもつながりのいい筋書きではないもんで、なんだか現実っぽくなくて、パラレルワールドくささがぷんぷんと漂うが、まるで空想と現実の区別のつかなくなったオタクみたいに言われても心外なので、現実は現実として受け容れることにしよう。

ここ二週間ほどの間に、紙メディアでは、(株)グラフィティの月刊誌『東京グラフィティ』、集英社の月刊誌『セブンティーン』、小学館の週刊誌『女性セブン』から、ウェブメディアでは『ITmedia』、『jagzzi』から取材を受けている。

あちこちから取り上げていただけるのは、まるで時の人になったような気分で、たいへんありがたいことではあるのだが、ひとつだけ困ったことがある。インタビュー内容が似たり寄ったりの繰り返しになってしまうのである。

女子高生としてなら普通であっても、中年のおっさんとしては奇矯な部類に入るであろうなりをして街を闊歩しているわけだから、取材の動機は、その人物はいったい何者であるかを本人から聞き出して、世に知らしめよう、といったところになる。

質問はだいたい決まりきっていて、いつごろ、どんな経緯で始めたのか、人々の反応はどんなだったか、自分はどんな気持ちだったか、これからどうしていきたいか、といった感じになる。

事実が複数あるわけではないので、答えもだいたい同じになる。一通り答えたところで、たいてい時間切れとなり、中国へ行った話など、最近のことを語る間もなく終わってしまう。これでは、去年出た記事も最近出た記事も内容が同じになってしまう。

そこで考えた。いつも聞かれる質問については、あらかじめ問答集を作っておいて、取材に先立って読んでおいてもらえれば効率がよく、実際の取材においては、メディア毎の個別にもっと突っ込んだ話ができるのではなかろうかと。

そういうわけで、今回は、セーラー服おじさんの基礎知識を盛り込んだ一問一答形式のプレスリリースです。

【Q1】基本スペックを教えてください。

【A1】
本名:小林秀章
生年月日:昭和37年(1962年)12月2日
出身地:東京
身長:169cm
体重:75kg、
スリーサイズ:B92W93H94

【Q2】呼び名は?

【A2】
よく「セーラー服おじさん」と呼ばれてますが、その呼称は名古屋のご本家である安穂野香さんのの固有名詞として取っておきたかったんです、ほんとは。

自分では「GrowHair the JK爺」と名乗ってるのですが。
小林 → ケバヤシ → GrowHair です。
ちっとも定着せず。もうあきらめました。「セーラー服おじさん」でいいです。

【Q3】学歴、職歴は?

【A3】
1969年4月〜 1975年3月 東京都杉並区立杉並第八小学校
1975年4月〜 1981年3月 私立桐朋中学・高校
1981年4月〜 1982年3月 駿台予備校市谷校舎
           理工学部志望なのに医学部コースに行ったのは、
            講師に秋山仁氏がいたため
1982年4月〜 1988年3月 早稲田大学理工学部数学科、同修士課程
1988年4月〜 現在   印刷会社に勤務
           画像処理ソフトウェアエンジニアとして

【Q4】セーラー服を着るようになったのはいつごろからですか?

【A4】
段階があります。
第 0 段階:潜在的願望段階
第 1 段階:花見で戯れに
第 2 段階:デザインフェスタで
第 3 段階:ラーメンをタダで食べに

【Q5】潜在的願望はいつからあったのですか?

【A5】
生まれつきだと思います。小学校一年のとき、女の子のパンツが大好きで大好きで。当時は女の子は全員スカートを穿いてましたから、学校に行くとまず、クラスじゅうの女の子のスカートをめくってどんなパンツを穿いてるか確認するのが日課となってました。どの子が何枚ぐらい持ってて、どうローテーションしてるかとか、だいたい把握してました。

今でも、当時のクラスメイトを思い出すときは、パンツで思い出します。医者の娘で秀才だった清水ゆきこは、一人だけすべすべなシルキー素材の白いのを穿いてたなぁ、とか。もしかするとホントに絹素材だったのかもしれません。

鈴木道子先生は割とご年配で、たいへんやさしい先生でしたが、そんな私の将来を案じてくれまして。みんなの前で恥ずかしい思いをさせれば懲りてやむに違いないと考えたのでしょうね。「今度やったら赤いスカート穿かせるからね」と警告してきました。内心「それ、いいなぁ」と思ってた私は、当然、聞かぬふりです。三回目ぐらいに「本当にやるからね」と。

ある日、クラスの朝礼で、みんなの前に立たされました。鈴木先生は小倉ひろみちゃんを前に呼びました。ひろみちゃんは、アマンドピンクのスカートを穿いていました。肩からのつり紐は前が平行で後ろがばってん、スカートはややフレアーになってて、ひざ上丈ぐらいでした。私が選んだわけではないのに、一番穿きたかった感じのでした。わくわくしました。

先生は、クラスのみんなに見えないように、ひろみちゃんを教卓の陰に立たせ、スカートを脱がせました。私の位置からは丸見えで、クリーム色の毛糸のパンツを穿いていました。まるで昨日のことのように思い出します。

で、そのスカートを私に穿かせてくれたわけです。みんなの前に立つと、もう、やんやの喝采、大ウケでした。なんか、なんかめっちゃ気分いいぞ。かくして小林少年は、齢7歳にして、女装すると大ウケすることを学習し、味をしめてしまったのでした。

鈴木先生、それ、ちっとも罰になってませんでした。むしろご褒美でした。教育の失敗ってやつですね。

【Q6】花見のときはどんな感じだったのでしょう?

【A6】
2008年4月6日(日)でした。私は本業とは別に、写真家として、創作人形の写真を撮ってまして。アート作品として創作人形を制作する人形作家さんの知り合いが当時3人いまして、その方たちと花見をやろうって話になりまして、青山墓地に行ったわけです。

そのとき、人形作家さんたちからのリクエストに応えて、セーラー服を着てみました。よくオヤジが宴会でやる余興みたいなもんです。その場で着替えて、写真を2、3枚撮ってもらって、すぐに元に、って感じで。

少し離れたところに別のグループがいて、ちらちらこっちを見てましたけど、まあ、宴会にありがちな光景ってことで、そんなにリアクションはなく、笑ってたぐらいです。

写真は mixiに上げましたが、仲間内でちょっとウケた程度で、特にどうってことはなかったです。

【Q7】デザインフェスタではどんな感じだったのでしょう?

【A7】
初めて大勢の人の前に出たのは、2010年5月16日(日)、デザインフェスタというイベントでのことでした。

デザインフェスタは、東京ビッグサイトの西ホールの1階と4階を全部使って、5月と11月の土日に2日ずつ開催されるアートのイベントで、出展者はプロ・アマを問わず、自分で制作したものであれば、基本的に何でも展示できます。私は撮影した創作人形の写真を2009年の秋から展示していました。

2010年の春、キャンディ・ミルキィさんが、お知り合いのブースへ手伝いに行くついでに、私のブースにも立ち寄ると事前に予告してくださっていました。

キャンディ・ミルキィさんは、真っ赤なひらひらのワンピースドレスを着てランドセルを背負っている姿が日本全国津々浦々で目撃されているおじさんです。女装雑誌「ひまわり」の編集長をされていて、押しも押されもせぬ女装界の大御所です。

私は、2000年ごろ、原宿の神宮橋でヴィジュアル系のコスをした方々を撮らせてもらっていて、そこでよくキャンディさんをお見かけしていました。通りすがりに「テレビ見ましたよ」と言っていく人がよくいる、有名人です。

そんな方が私の展示ブースに立ち寄ってくださるなら、こちらもそれなりの格好でお迎えしたい、と思い立ったわけで。2日目に来るというので、1日目に、まわりにこんなこと考えてるんだけど、と言ってみたら、「いいね、いいね、やりなよ」とみんなノリノリで、誰もとめてくれないんですね。

2日目、やりました。セーラー服を持っていって、トイレで着替えました。人がいっぱいいる会場内を歩いたときが、今まででいちばん精神的にコタエましたね。

短いスカートが頼りなくてすーすーするってだけじゃなくて、気持ちがすーっと寒くなったというか。なんかとんでもないことをしでかしているオレ、なんか変な扉を開けちゃって、違う世界に行っちゃったオレ、みたいな。

けど、意外とウケがよくて。「かわいい」とまで言ってくれる人もいました。キャンディ・ミルキィさんもほめてくれました。「私の40年はいったいなんだったんでしょ」って、口が上手い。

デザフェスはすっかり居心地のいい場所となり、その年の秋と次の年の春は、キャンディ・ミルキィさんが来るわけでないのに、セーラー服で過ごしました。

ウケがいいのは、アーティストたちの集まりという閉じた空間内に限定されたことであって、外に出ていったらそうはいかないだろうと思っていました。

【Q8】花見以外で、最初に外に出たのは?

【A8】デザフェスに3回続けてセーラー服姿で出展参加した後の2011年6月11日(土)のことで、きっかけはラーメンです。

神奈川県の鶴見にラーメン屋がありまして。正式名称はないのですが、通称「ラーメンショップ高梨」と呼ばれています。そこの店主のおっちゃんが「30歳以上でセーラー服を着て来店したら、ラーメン一杯タダ」という企画をぶち上げたんです。

最初の一か月ぐらいは誰も行かなかったみたいですけど。デザフェスで私の姿をよく見ていた人形作家の美少女さんが、ツイッターでこの企画のことを教えてくれて「行ったら?」と。

じゃ、行ってみようかな、と。結局、自分への言い訳が必要だったんだと思います。ラーメンを食べに行く目的があってのことなんだ、と。人に聞かれたら、ちゃんと答えが用意してあるんだ、と。必死に自分を説得してる。

どうなるかまったく予測がついてなかったもんで。人が集まってきて騒ぎになったら、ケツまくって韋駄天走りで逃げよう、とか、職質されたら正直に事情を話せば許してくれるだろうか、とか、頭の中でいろいろシミュレーションして臨みました。

けど、実際にやってみると、何も起きないんですね。都会のスルー力。最寄駅の改札口を通るとき、駅員に何か言われるかと思ったら、何もなく。電車に乗っても、みんな普通にしてて、何の波風も立たない。これはいけるぞ、と。

結局、企画に乗った一番手になることができ、タダでゴチになってきました。そのときに撮った写真を、翌週、お店に置きに行ったら、二番手さんが食べてるとこでした。

結局4回行って、4回ともタダでゴチになってます。店はちょっと変だけど、ラーメンは非常に美味いんです。セーラー服で行った人、今までに15人くらいいるみたいです。

あまりにも何も起きないので、どこまでまかり通るか試してみようという気が起きまして、それ以来、あっちこっち行ってみたのですが。どこへ行ってもまかり通っちゃって、会社以外、たいていのところに行きました。

【Q9】どんなところに行きましたか?

【A9】2012年7月にフランスに行ってきました。ウチを出てからウチに帰るまで、全行程、セーラー服でした。出国審査も、飛行機も、ぜんぶ。念のためにと普通の服も持って行ったのですが、着ずじまい。

2013年1月26日(土)、友人の結婚式の二次会で、赤坂のホテルニューオータニに行きました。本人は気がつかなかったけど、ホテルの人が後をつけてて、不審者扱いでした。詳しくはこちら。
< http://bn.dgcr.com/archives/20130201140100.html >

2013年2月25日(月)、東京地方裁判所で痴漢の刑事裁判を傍聴してきました。知り合いの女子高生が痴漢にあいまして。示談交渉を蹴って法廷に。鉢巻は外すように言われましたが、セーラー服自体は何の問題もなく。

変態に傍聴されてる被告もいやな気分だったでしょうね。「あいつはいいのか」みたいな。しかし、みんな大人なので、変な傍聴人のことなど意にも介さないようすで、粛々と進行していきました。詳しくはこちら。
< http://bn.dgcr.com/archives/20130301140100.html >

2013年10月14日(月・祝)、大阪に行ってきたのですが。ちょっとした通報騒ぎがありまして、帰ってみたらネットが大炎上してて、たいへんでした。非難の矢面に立たされたのはこっちではなく、通報した(とされる)人なんですが。詳しくはこちら。
< http://bn.dgcr.com/archives/20131022140000.html >

2014年3月15日(土) には、別の友人の結婚式の披露宴に呼ばれました。

ゴールデンウィークには、中国に行ってきました。今度はどうせ着ない普通の服など持っていかず。ネットを介してかなり多くの人にすでに知られており、写真撮影やサインを求められて、まるでスター気分でした。詳しくはこちら。
< http://bn.dgcr.com/archives/20140513140000.html >

【Q10】セーラー服は何着持っているのですか?

【A10】
夏服3着と冬服2着。クリーニングに出しながらローテーションしてます。

【Q11】どこで入手するのですか?

【A11】
セーラー服は、秋葉原にある「コスメイトプラス」というお店で買いました。女性の衣服や下着やアクセサリーなどがひと揃い入手できます。お客さんはほとんどが男性で、大きなサイズのも取り揃えています。このお店、10年以上やってるってことは、それなりに需要があるってことでしょうね。こそこそやってないで、出てくれば楽しいのに。

下着類は、ネット通販をよく使ってたのですが、品揃えに飽きてきて、最近は街のランジェリーショップに行きます。「いらっしゃいませ」と言ってくれたら、もうこっちのもんです。

靴下、スカーフ、セーター、スクールバッグなどは、中野にある制服のお店「コード」で買っています。この前、行ったら、店員さんから「どんどん有名になっていきますね」と。

【Q12】いつもその格好なのですか?

【A12】
休みの日は、ほぼいつもセーラー服を着て出歩いています。いつ、どこに出没するかは決まっておらず、そのときそのときの予定や気分で行き先が決まります。中野、新宿、渋谷、池袋、秋葉原で比較的多く目撃されます。

平日は、普通の格好して会社に行きます。職場ではやるなと釘をさされてるもんで。けど、仕事帰りに飲み会があるときなどは、みんなより一足早く仕事を上がって、カラオケ屋などで着替えてから合流することがあります。

【Q13】セーラー服以外は?

【A13】
持ってないこともないんですが、着て出るのはほぼいつもセーラー服です。

2012年の夏、コスプレイヤーのひよ子さんがロリ浴衣を作ってくれまして。すごーく気に入ってたもんで、その夏はよく着てました。中央本線の特急あずさに乗って、山梨県にある「ハイジの村」に行ったりもしました。子供にじろじろ見られるのはちょっと恥ずかしかったですが。写真はこちら。
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/Park120817 >

【Q14】結婚は?

【A14】
左手の薬指に指輪をしてますけど、相手は二次元です。『ローゼンメイデン』という漫画・アニメ作品の真紅という人形キャラです。

三次元とも一緒になったことはあるのですが、28歳で結婚して、1年2か月しかもたず、29歳のときに別れました。

【Q15】会うと幸せになれると言われているようですが。

【A15】
ネットの掲示板で誰かがおそらく冗談でつぶやいたのを、テレビ東京の『特報!B級ニュースSHOW』が取り上げてくれまして、定着しちゃった感じです。私の姿を見るとみなさん喜んでくれるので、私にとってもラッキーです。

【Q16】笑顔やポーズがかわいいと言われているようですが。

【A16】
最初はまるでぎこちなくて、リアル女子たちからあきれられてたほどなんですが、だんだんなってきました。

専門用語で「ピグマリオン効果」といいます。人は周囲の期待したとおりのものに、だんだんなっていくという。デザフェスに一日いると、100回以上は「かわいい」と声がかかりますからね。

みなさんもかわいくなりたかったら、まわりの人から「かわいい」って言ってもらえばいいんじゃないかと。

【Q17】足がきれいだと言われているようですが、手入れしているのですか?

【A17】
スネ毛はカミソリで剃っています。それ以外は何も。昔、よく自転車に乗っていて筋肉がついていました。今はそれに皮下脂肪が乗って、ほどよい曲線になっているのではないかと。

境界がはっきりしないもんで、調子に乗って上のほうまで剃ってて、気がついたらパイパンになってました。あ、それほど重要な情報じゃないですかそうですか。

【Q18】今後は?

【A18】
特に野望はないです。人々が飽きてきて、「あのじいさん、いつまでやってんだよ」とか言われても、平然と続けてる、と。そしたらもう、いつも見る日常の光景になっちゃって、誰も気にしなくなる。それでも飄々と。それでいいんじゃないかと。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
< http://www.growhair-jk.com/ >

去年の4月29日(月・祝)、VICEメディアの動画収録で、入間川の河川敷に行った。人形作家の清水真理さんから作品をお借りして、撮影しているところを収録してもらっている。

洋館など、メルヘンチックな場所が似合う清水さんの人形だが、私は趣向にあえて変化をつけて、ホームレスのおウチで撮ってみたかったのである。汚いようでいて、私はその場所に美しさを見ていたので。撮影用に場所を使わせてもらったことのある人が、そのエリアに二人いる。

一人は橋の下に住んでいる。以前のこのコラムでは谷川鰤さんという仮名をつけて呼んだ。ブリタニカの百科事典がどどどんと積み上げてあったので。本名は名乗らなかったが、通称ゆうじろうさんと呼ばれていた。

寒いことで知られるという栃木県日光市土呂部出身なので、橋の下の暮らしでも、寒いのなんか平っちゃらだと言っていた。私と同じ寅年だが、私よりも一回り上。当時62歳だ。

橋の下には何人かの人が住んでいて、犬を飼ってる人もいて、ちょっとした集落になっていた。が、塗り替えるとかなんとかで、立ち退きを求められて、次々にアパートなどに入れられていく中、ゆうじろう氏はずっと抵抗を続けていた。そしたら、もう言ってこなくなって、改修もないという。橋の下で、一人だけになっていた。

その場所で死んだ者もいたという。しばらく姿を見ないけど、「出稼ぎに行ってくる」とか言ってたんで、てっきり行ったんだなと思ってたら、2か月ぐらい経ってから、元の場所で死んでるのが発見されたんだとか。

もう一人の知り合いは、ちょっと離れたところ、車の中で暮らしている上田友浩氏(仮名)。彼も60歳を過ぎている。勤め人だったが、奥さんとも別れ、職場の人間関係も嫌になり、自分の車で旅をして、戻ってきて、もうここでいいやと河川敷でそのまま車に住むようになって、10年ほど。猫がいっぱい同居している。

たまに福祉の車が巡回してきて、「いよいよ困ったらここに電話してください」と紙を置いていく。しばらく取ってあったが、捨てたという。「いつ死んでもいいやと思ってると、なかなか死なないもんだなぁ」。

今年、4月12日(土)にまたその場所に行った。冬、めっちゃ寒くて大雪が降ったりしたけど、二人はちゃんと乗り切ってるだろうか。橋の下、ゆうじろう氏の車はあったが、まわりにあったいろんなものがすっかりなくなって、少しばかりのごみが散らかってるだけ。呼んでも返事がない。

上田氏のところに行ってみると、相変わらず車の中で暮らしていて、開口一番「ゆうじろうさん、死んだんだよ」。去年の夏のことだという。ってことは、収録からほどないころではないか。あのときはすごく元気だったのに。

第一発見者は上田氏だったという。10日ばかり橋の下に行ってなくて、行ってみたときには車の中で死んでいたという。肌身離さず持っていた所持金はまだじゅうぶんにあり、食い物に困ってたわけではなさそう。急病だろうか。

役所の人の言うことを聞いて、福祉の世話になりながらアパート暮らししてりゃ、もうちょっと長生きできたかもしれないのに、なんてことは言ってもしょうがないことだ。頑として拒否してきたわけだし。それに、あのときのあの空間に身を置いたとき、なんだかすごく居心地がよくて、ちょっとうらやましくさえあった。

そのとき撮った写真
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/Field130429 >

2012年に撮った写真
< https://picasaweb.google.com/107971446412217280378/PhotosForDesignFesta201205 >

VICE メディアの映像。ゆうじろう氏、元気だ。
< >


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編集後記(06/20)

●福田和代「バベル」を読む(文藝春秋、2014)。バイオクライシスノベルというジャンルだという。舞台は新型ウイルス「バベル」が蔓延する近未来の日本。バベルに感染すると、高い確率で言語障害が発症する。言葉が奪われる。他人の言葉を理解出来なくなる。筆記能力が喪失する。発症以前の知識や経験をすべて失ったわけではないが、それを人に伝える術を失ってしまう。コミュニケーションの手段を奪う恐るべきウイルスに対し、日本人はどう戦ったのか。ウイルスに国境はないはずだが、なぜか日本だけに蔓延し、鎖国せざるを得ず海外とは遮断という、無茶というか都合のいい設定だ。

ウイルスは、インフルエンザ同様の飛沫感染、接触感染、および血液を通じて感染するルートがある。感染力の高さは異常で、封じ込めの速度が追いつかず、人口の14%、1800万人が言葉を失ない、さらに増加を続けている。政府は感染者と非感染者を隔離するため、非感染のコロニーを政令指定都市を中心に建設することを決定、東京は23区のうち山手線を内側にとりこんで、高さ10数メートルの二段構えのコンクリート塀、長城を建設する。という大体の構図は、読み始めてしばらく経過しないとわからない。

物語は〈あのこと〉の前(Before)と後(After)に別れて記される。〈あのこと〉とは具体的に何を指すのか。長城の建設をいうのだろうか。書かれていたかもしれないが、読み進めるうちにわからなくなった。Afterの章とBeforeの章は交互に出て来る。文章上のテクニックであるが、読者にとってはふたつの現在を意識しなければならず、実にめんどうくさい。普通に、時系列に沿って物語が展開してくれたらどんなに理解しやすいか。どんなに乗れることか。うんざりしながら読み進めるしかない。正直、投げ出したかった。最後にはAnotherまで現れて、SFのようなエンディングだ。

実質的に感染者の侵入を防止するための長城、未感染の優秀な子供を隔離して育てる高さ250メートルのタワーという(ビジュアルとしては面白いが)無理筋の政策には疑問があるし、パンサーと呼ばれる感染者の反政府組織が長城内への侵入を企んでいるのも狙いがよくわからない。結局、言語を失わせるウイルスとの対決というアイデアは面白かったが、収拾がつかなくなったようなこの小説、空想的で実現不可能な計画を比喩的に「バベルの塔」というが、まさしく「名(タイトル)は体をあらわ」したといえる。投げ出さずに読んでよかった、とは思うが。言語がなくても意志が通じる、というのが結婚40年を超えた我が家である。妻の機嫌の悪い時はとくに。(柴田)

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「バベル」


●肘の痛み続き。言われた通りの診療室番号の前に並んだ椅子に座る。モニタ画面には診療中の番号と、続く3番号が表示されていた。整形外科の診療室は2部屋。20番台が診療中だった。番号にはなぜか抜けがあって、一見ランダムに見えた。

こりゃまだまだだなぁと諦めて本を取り出す。頭の中は診察と肘の痛みでいっぱいのため、何度も同じページを読み返すが頭に入ってこない。あくびばかりが出る。睡眠不足なので、待ち時間に寝たいと思うがそうもいかない。

30番台になって、そろそろかなと思っていたら、20番台の人が続いたりする。何これ? 同じように思った男性がいて、ずって待っているんですけど番号が戻っていて、間違いじゃないですか? と看護師さんに詰め寄っていた。番号だけで待ち時間ははかれないようだ。続く。(hammer.mule)