[3809] ぼくはロードショー運が悪い

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,100文字)


《香港のクリスマスディスプレイに吉井作品》

■ユーレカの日々[38]
 ぼくはロードショー運が悪い
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[413]
 「トキワ荘の最重要ポイント」「本当は誰の動画?」他、小ネタ集
 吉井 宏




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■ユーレカの日々[38]
ぼくはロードショー運が悪い

まつむらまきお
< http://bn.dgcr.com/archives/20141126140200.html >
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ぼくはロードショー運が悪い。もともと、ケチな性分なので、1,000円以上出して見るロードショーには慎重な方だ。外食や買い物全般も同様なのだが、「特別いいものを得たい」という気持ちよりも「絶対に損はしたくない」気持ちが強い。いいものを見るために損失を厭わない、とは考えることができず、「失敗はないだろう」という選択で劇場に脚を運ぶ。

先日も、SF映画のロードショーを見に行った。あるレビューで絶賛していたので期待して見に行ったのだが、これがぼくとしては近来まれに見るほど大ハズレで、見ている途中から完全に興味を失ってしまった。そういえば前回劇場で見たものもハズレだった。その前も大ハズレ。あれ、最後にアタリだったのはいつだったっけ......?

劇場で映画を見るというのは、ロードショー料金を賭けた大バクチだ。そしてぼくはこのバクチにめちゃくちゃ弱い。ほとんど勝ったことがないのだ。星の数ほど映画はあるのに、どうも劇場で見るのに面白くないものを選んでしまう。なぜこんなにロードショー運が悪いのか。興味を失った映画の画面をぼーっと眺めながら考えてしまった。

●テレビだとなぜアタリが多くなるのか

テレビやビデオで見た映画の方がアタリが多いのは確かだ。まず、数が圧倒的に多い。テレビでは月に100本は映画が放映されているし、無料なのだからとりあえず録画しておく。

次にいつでも止めることができる。劇場だとお金を払った以上、最後まで見ちゃうのだが、テレビならちょっと見てつまらなければ、見るのを止めてしまう。レンタルでも、途中で興味を失って、返却してしまうこともある。

そういった映画は、そもそも記憶に残らない。ハズレには違いないのだが、思い出すこともないのでダメージが少ない。なので自ずと記憶の中でのアタリが多くなる。

そういえば昔、アナログレコードの時代。レンタルが登場する以前は、アルバムの曲を聞くことなく買うのが普通だった。ラジオやテレビで聞いたシングル曲がよかったからとか、前のアルバムがよかったからということで新譜を買う。考えてみればこの頃から、自分で買うのはハズレ、というケースが多かった。

同じアーティストのアルバムでも、友だちから借りたものはアタリで、自分で買うと外れる。どうやらこの頃から運が悪かったように思える。

買ったLPがハズレなのは本当に辛い。物質として手元に残るのが辛い。そのレコードを棚で見かける度に、自分の失敗を突きつけられるような気がして心が痛む。時間が経てば印象が変わるかも、とたまに聴いても、ハズしたという記憶が蘇り、なんともやるせない気持ちになってしまう。

今は音楽もDVDも、レンタルやネットでの試聴があるので、そういったことは少なくなった。レンタルで借りて、本当に気に入ったら特典付きの市販品を手に入れる。じゃあ、映画もテレビやレンタルで見るだけでいいと割り切れればシアワセなのだが、そんなことができればこんな原稿は書いていない。だってやっぱり劇場で見たいではないか。

特に3DやIMAXはロードショー価格も高価だ。高価ゆえに期待値も高いわ、外せば落胆も大きいわというジレンマを抱えている。IMAXなんかは一年遅れくらいのアンコール上映をもっと積極的にやってくれればいいのに。

●面白さとは期待値なのか

そもそも映画が面白いかどうかは、人の好みによる。いくら大ヒットした映画でも、まったく面白く感じられないというケースもあれば、逆にマイナーで評価されていなくても自分にとって最高の映画というケースもある。だから、自分の趣味に合いそうなジャンル、監督の映画を選ぶわけだが、それなのになぜかロードショーではハズレを引いてしまう。

たとえば昔、ティム・バートンにはまった。ビデオですべての作品を見た上で、劇場ではじめて見たのが「PLANET OF THE APES/猿の惑星」だった。よりによって、である。

好きという方もおられるだろうが、あれがバートン映画の上位にあるという方はほとんどおられないだろう。これに凝りて次回作は劇場スルーしたのだが、それが傑作「ビッグフィッシュ」だったりする。やはり運が悪いのか。

逆に今まで見た映画で最高の部類に入るものを振り返ってみると、そのほとんどはテレビで偶然見たものが多い。そういった作品は期待も予想も全くしていなかったのだから、波長が合えば印象は倍増する。同じ500円という現金でも、1,000円もらえると思っていたら500円だった時と、道端で500円拾った時では、ありがたみがまったく異なるのと同じだ。

期待せずに見たものが当たれば、ものすごく得した気分になる。反面、期待しすぎれば、落胆度がはげしい。期待というのは個人の勝手な妄想だから、そのようにならないのが世の常である。実にやっかいなモノだ。

●映画がつまらなかった時の楽しみ方

だからぼくは、ロードショーで見ると決めた映画は、事前情報をなるべく入れず見るようにしているのだが、それでも今回のようにハズレる時はハズレる。そんな時はどうするのか。なぜ面白くなかったのか、色々と考えるのが結構好きだ。

個人の制作物ならともかく、映画のように予算がかかったコンテンツは、そもそも面白くなりそうな企画しか世に出ない。面白くなりそうだから投資も集められるし、スタッフも工夫する。

結果がどんなにハズレでも、ネタは面白くなりそうな要素だらけなのだ。なので、あそこをああすればよかった、こうすればよかったと考えるのは結構楽しい。自分ならどう判断したのか、と想像することで、映画制作を追体験できる。

極端な話、作品がツマラナイ、と感じるということは、「自分の想像力は、この監督をはるかに超えていた」と思えばいい。そうだ、その映画が面白くないのは、自分が勝ってるということなのだ。

●中二病的評論

うーん、しかしそれはそれで、自分で書いていて、なんだかものすごく負け惜しみのような、中二病的な考えに思えてきた。

よく、映画評論家やレビューなどで、あの映画はこうすればよかった、あの監督はここがダメなんて事が書かれる。制作側はそれを見て、自分で作りもしないで言うのは簡単だよな、と言う。

たしかにあれこれ、アラを指摘するのは簡単だ。失敗したアイデアに、どうすればよかったというのも簡単だ。しかし、実際に作り手側に立てばそう簡単にはいかないのも事実だ。

実習で学生のマンガや絵本を見ているが、学生同士の意見交換での「ああした方がいい」という意見のほとんどは、表面的な部分にとどまる。モノの見方が浅く、その意見を採用すれば、他の部分が成り立たなくなることに気がつかないからだ。

映画でも、レビューサイトでの意見のほとんどはそのレベルであり、そこをその意見に合わせて改良すれば全体が面白くなるかといえば、まったくそうではない。消費者としてはそれでいいのだが、偉そうに指摘した気分になると、よろしくない。

考えてみれば今の世の中、他人を非難することばかりにみんなが夢中になっている。政治にしろ、経済にしろ、とにかく非難だらけ。ひとつは裏切られた感。自分が勝手に期待しておいて、そうではなかったことに不満をに思う。しかし、勝手に期待していただけで、結果が思い通りにならなかったからといってわめくのは子どもと同じだ。

もうひとつは非難することで、自分が優位に立っている感情が得られるからだろう。どちらにせよ、非難が横行すれば、萎縮する。何かをすることを避けるようになる。これはよろしくない。世の中がどんどんツマラナイものばかりになってしまう。

「映画がつまらなかったのは、自分の勝ち」という考え方はやはり単なる中二病なのか。考え方はキライじゃないが、それを世の中にまき散らすのは、あまりよろしくなさそうだ。

●評論には二種類ある

考えて見れば映画でもなんでも、評論やレビューには二種類あることに気がつく。ひとつは単なる愚痴、表面的な非難、自分の方が偉いやろ、という自慢。作品や人をバカにしたような書き方のほとんどがこれだ。こういった意見は何の役にも立たない。公の場で垂れ流すのは遠慮いただきたい類。

もうひとつは、対象となる作品の良し悪しとはまったく関係なく、論者の考え方や語り方が面白い、というパターンだ。こういった論者にとって、そのモチーフは素材に過ぎない。

それを通して語られる論者の意見そのものが、ひとつのエンタティメント、作品として成立する。とりあげられている作品が面白いかどうかという過程はどっちでもよくて、その人の評論、紹介の仕方が面白いということだ。

よく、非難否定するなら対案、次善策を出すべき、といわれるが、映画などの感想はそういうことではない。社会的、仕事としての課題ではないのだから、改良案を提案する必要は全然ない。作品を非難して優位に立とうとせず、その論者が、自分の映画体験を自分の言葉で語ってくれれば、それはとても面白く、有益な評論になる。

逆にそういった論を、作品の評価として見るとおかしくなる。浜村淳の映画紹介が面白いのは、映画が面白いのではなく浜村淳が面白いのだ。映画のCMがよかったのに本編がハズレだったのは、CMがよかったのであって、作品がダメでもCMの評価は下げるべきではない。

なによりも、すぐれた評論が面白いのは、その論者が物事の楽しみ方を存分に知っているのがわかるからだ。いいものも、悪いものも楽しんでいる様子が伝わってくるのだ。

●期待している時が一番楽しい

ああ、そうか、そうなのだ。ずっと避けてきたので、うっかり忘れていた。映画そのものには、たしかに当たり外れがあるのだが、事前に「期待して、あれこれ想像している時」も楽しいではないか。それも映画体験の一部ではないか。

予告を見たり、宣伝に触れたりして、その映画に興味を持つ。大作であればあるほど、事前に様々な情報が流れてくる。それに触れるたびに、期待が膨らむ。その過程が楽しくないかといえば、ひょっとしたらこれが一番楽しい時だ。旅行なんかも、行く前に色々調べることが旅の始まりである、というが、あれと同じだ。

マンガや小説でも、読者は話の結末が気になって、先を読み進める。話の展開から色々と先を想像して、話を楽しむ。じゃあ、話の結末だけわかれば読まなくていいのか、というとそうではない。そこに至る過程を楽しむことが、物語を楽しむ、ということだ。

オチがはっきりしなくても、面白い物語はたくさんある。オチが明らかな、たとえば主人公が勝つとわかっていても、面白いものは面白い。

そうかなるほど、ぼくはロードショー映画の見方を根本的に間違えていたのかもしれない。期待の方法を取り違えていたのかもしれない。

映画を楽しむには、なるべく前情報を得ず、偶然見た方がいい。そう考えて、見ようと思った映画の予告や宣伝はなるべく見ないようにしてきた。しかし、それは話のオチが気にいるかどうかだけを、バクチしているのと同じだ。事前情報なしに見ても、つまらないものはつまらない。

逆にこう考えてみてはどうだろう? 気になるロードショーであれば、事前情報にどっぷりと浸かる。その監督の前作などもチェックし、想像を極限まで高める。その過程は間違いなく楽しい至福の時間である。この時間を存分に楽しむのだ。そうすれば、映画そのものが面白くなくても、楽しい映画体験をしたと言えないだろうか。

作品という結果ばかりに目をやって、その過程全体を避けてきた。当たり外れでしか考えられなくなって、自分のロードショー運を嘆いていたのだ。

●まるごと楽しもう

というわけで、ぼくのロードショー運の悪さだが、そんなに悲観的になる必要がないように思えてきた。過去数々の駄作を見てきたわけだが、その分、自分の物を見る眼や、創造力がレベルアップしてきたはずだ。期待値が大きすぎてがっかり、という場合も、事前に十分に楽しんでいたのだ。

世の中には映画でもマンガでも小説でも、ダメなコンテンツが山のようにある。じゃあダメなモノがなくなればいいのか、というとそうではない。いい作品しかなければ、想像力は刺激されない。見て満足するだけだ。

それよりも、駄作も良作も、もっと楽しもう。事前の期待も、見終わってからの感想も含めて、コンテンツを楽しむということだ。映画と自分、どっちが勝ったかではなく、だれが優れた作者だからではなく、どれだけ楽しめているかを競おう。

今回見た映画は本当につまらなかった。でも、そのおかげでこの原稿が上がったのでよしとしよう。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

ユーレカ、前回も36で今回38。実は数えてみたら数があわなくて、34回めが2回ありました。すんません。しかし38回かぁ。我ながらよく続いている。続けていられるのは、今回の映画の話と同じく、書くこと自体を楽しんでいるからなのだけれど、ちょっとは結果も欲しくなる。感想とか、出版とか、コラム原稿依頼とか、ください(笑)

さて、今回の原稿で今年はおしまい。今年も色々めんどくさい話に付き合ってくださってありがとうございました。来年もめんどくさい話を楽しんで書きたいと思ってます。皆様よいお年を。

・34回めが2回あるのはわたしのしわざです。すんません。回数間違えはほかでもやってます。サイトの更新も遅れに遅れてすんません。(柴田)


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■グラフィック薄氷大魔王[413]
「トキワ荘の最重要ポイント」「本当は誰の動画?」他、小ネタ集

吉井 宏
< http://bn.dgcr.com/archives/20141126140100.html >
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●香港のクリスマスディスプレイに吉井作品

香港のクリスマスの習慣で、ショッピングモールなどに大がかりなディスプレイがあちこちに作られます(「hongkong Christmas mall」で画像検索すると様子がわかります)。
< http://bit.ly/1znbX2A >

Popcornというショッピングモールに僕のキャラクターが登場してます。野外展示と屋内展示、「30周年記念ギャラリー」w など5〜6箇所あります。20数個のキャラクターの立体は、人より大きいものもあり、かなり大規模です。
< https://www.facebook.com/PopCornTKO >

写真など入手できたらあらためて書きます。

●トキワ荘の最重要ポイント

漫画家になれるのは300人に1人!?「現代版トキワ荘」に行ってみた
< http://www.chintai.net/news/2014/11/21/2565/ >

最重要ポイントが抜けてる気がする......。

トキワ荘には最初に業界最高峰の手塚治虫や寺田ヒロオがいて、かつ、最高峰の編集者がうようよ出入りしてたってこと。新人漫画家たちもいたから、仕事を頼める環境セットがトキワ荘にあった。編集者にとって「圧倒的に便利だった」わけだよね。マンガ雑誌制作のポータルサイト的なw

「漫画家志望の仲間が集まって切磋琢磨したから、みんな立派に一流プロになれた」は、トキワ荘の「機能」のごく一部にすぎないんじゃないかと。現代ではネットがその役割をするんだろうな。

とはいえ、ノウハウはネットでいくらでも手に入るとしたら、「仲間と切磋琢磨」の部分はリアルでやってもいい気もするけど、よほどの人格者が揃わない限り、悲惨なことになるような気が。いや、それでも楽しそう! な気がするんだよなあ。やはりあこがれ。

あとWikipediaを見ると、トキワ荘への入居はメンバーたちによる厳格な事前審査があったそう。入居できた時点ですでに「ある程度の実績があり、突然の穴埋め原稿提供に対応でき、アシスタントも務まる」をクリアした、「選び抜かれた漫画エリートたち」。だから「彼らの多くが成功したのは必然」だそう。

このプロジェクト、入居期間に3年の期限があるのはいい方針だと思う。

僕が漫画家志望高校生だった70年代後半にはすでに聖地化してたトキワ荘だけど、さすがに手垢にまみれてしまってる印象。これからは「アオイホノオ」プロジェクトでw

●「わが青春のトキワ荘 〜現代マンガ家立志伝〜」

1981年の放送を見て戦慄したドキュメンタリーがYouTubeにあった!
< >

トキワ荘から脱落した森安なおや(詳しくはWikipediaで)。このドキュメンタリーの時点でたぶん47歳だけど、19歳の僕から見たらおじいさんに見えた。まだマンガを描こうとしていたのだが、編集者には古すぎると言われ......。

当時、輝けるトキワ荘の面々の影にこういう人もいるのかと愕然とした。ある意味、僕の心の支えになってくれてたような気がする。これと、86年のNHK「手塚治虫 創作の秘密」は、僕の中の鉄骨のようなもの。
< >

●Penultimateの同期

Evernoteの中を見てたら、iPadのPenultimateのラクガキノートが同期されてるのを久しぶりに発見。ちょっとPenultimateをいじりたくなって描いてみたけど、拡大表示と消しゴムがもうちょっと良ければなあ。と、他のノートアプリに移ってラクガキ。

他のアプリでのラクガキにも飽きて、机のMacに戻ってふとEvernoteを見たら、さっきのPenultimateのラクガキが同期されてMacのEvernoteに入ってる。いいじゃんこれ!

Penultimate、Mac側のEvernoteの描画ツールで描き込んだり新しく保存することはできるけど、同じノートに反映されるわけじゃないのが残念。それでもiPadのラクガキが自動的にEvernoteの入ってるのは確かに便利。

< https://itunes.apple.com/jp/app/penultimate/id354098826?mt=8 >

●元々は誰の動画なんだ?

おじさんと猫が一本のトウモロコシを仲良く食べてる動画。
< >

トウモロコシ食べる猫ってカワイイw
< >

上と同じ動画。文字入ってないからオリジナルかと思ったら、アップ日は後なのか!
< >

じゃあ、誰の動画なんだ? YouTubeとかで人の動画を丸ごとそのまま自分とこに流してる人多いけど、アクセス稼いで小遣い稼ぎって何でもやっていいのか? 面白いと思ったものを何本も繋いでまとめて見せるなら多少の利便性あるから理由にもなるだろうけど、そのままってのはなあ。

「ネットを徘徊して面白い動画や記事を見つけて自分とこにアップする」→「面白いものをまとめて見れる」。それがネットの特性で面白い部分でもあるんだけど、それを商売にしてるところが多すぎるし目立ちすぎ。せめて節度を持ってやってほしい、とかムリだなあw

●コメント無しのシェアやリツイート

FacebookでシェアしたりTwitterでリツイートも「こんな面白いものがあったよ!」って友達に知らせたり、集めてまとめて見れるようにしてるわけですよね? そういうのを「キュレーション」とか呼ぶらしいけどw

それはぜんぜん問題ないんだけど、どういう意味でシェア/リツイートしたのかまったく触れてないものが多いのがつまらない。「おもしろい!」と思ったのか「くだらない!」なのか、賛成なのか反対なのかくらい添えておいてくれたらと思う。

Tumblrはコメントつけないのが標準なのね。ネタをぐるぐる回しあってるだけみたいな。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com >
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/ >

ココリア多摩センターでも、昨年に続いて僕のキャラクターによるクリスマスディスプレイが出てます。
< http://www.cocolia-tamacenter.com/ >

・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
< https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii >
・ハイウェイ島の大冒険 < http://kids.e-nexco.co.jp >
・INTER-CULTUREさんの3Dプリント作品販売
< http://inter-culture.jp/Buy/products/list.php?category_id=63 >


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編集後記(11/26)

●長谷川豊って人、全然知らなかった。フジテレビの看板アナウンサーを長く務めて、いまはフリーのアナウンサーで、ブログのPVが記録的なことが自慢の人。なんかの拍子でこの人のブログ「本気論 本音論」に行き着いたら、うまい、おもしろい、おみごと、正しい。たちまちファンになってしまった。なるほど、そういう見方があるのか、そういう表現があるのか。くだけた文体ながら、言いたいことをビシーっと言って、説得力満点である。ソフトな語りかけで油断させて、要点をガツンと押さえた文章ってのもいいものだ。基礎がしっかりしてるから書ける文章だ。とても勉強になります。

先日読んだのが「日本の景気は20年は絶対に回復しません!」というタイトル。まことに身も蓋もない。「回復はしません(断言)。少なくとも、あと20年ほどは絶対に無理なんです。そんなもん、普通に生きてる日本国民の方が良く分かってるはず。なのに、永田町の声ばっかデカいアホな人たちやスッカラカンマスコミのキャスターは平然と言い放っているんですが......」。日本の景気は回復していないじゃないか! 多くの日本人に景気回復の実感がわいてないぞ! アベノミクスは失敗だ! なんてたぐい。たしかにアホバカだ。でも、普通に生きてるわたしは、景気が回復しないという理屈がわからない。ところが経済の話じゃなかった。「簡単に言うと、ジジーとババーが多くなって子供がいないでしょって話から紐解けばいいってことです」って、なんとまあ。

「人口ボーナス」と「人口オーナス」という言葉がある。前者は労働人口が子供や年寄りよりもずっと多くなる時期をいう。社会的にかかるお金が少ないのにみんなガンガン働くから、何をやっても、どんな政治でも間違いなく景気が上向く。日本にもそんな時期が確かにあった。後者はボーナスの反対、働き手よりも働かないのに金だけかかる連中が多くなっている時期をいう。日本はその真っ只中にあるから、誰が総理をやろうが、あと最低で20年以上は回復しない。「経済の問題は経済的視点から見たら、何にも解決しないんです。そんなの、世界中で常識なんです。経済対策ってのは、少子化対策のことを言うんです。世界では」「日本はあまりにも『少子高齢化対策』......要は『人口オーナス化』に対する対策をしてきてなさすぎなんです」

フランスを見よ。日本では考えられない規模の予算を投入し、時間をかけて少子化対策を進め、合計特殊出生率が2.0を超えている(日本は1.43)。「選挙が終わったら、国会議員も専門家もみんなで、とにかくしっかりと少子化対策に取組んだ方がいいです。大急ぎで取り組んで、懸命に予算を組んで。そうすりゃ、あと20年後くらいに、多少マシになるんじゃないですか? 日本は」。日本の少子化の要因のひとつが「男女共同参画社会」というフェミファシズムだとわたしは思うが......。

「僕は安倍さんの政策はこのどうしようもない状況の中では、間違った方向には進んでいないので、支持します。と、言うか、他、どこの政党に入れるんだよ? むしろそっちの方が聞きたいくらい。本気で民主党になんぞ入れる気か? 正気ですか? と問いたい」と長谷川氏。まったくその通りだよ! (柴田)

< http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/41419173.html >
日本の景気は20年は絶対に回復しません!(最低で)


●プログラマーさんからコンタクトが! ベテランの方で恐縮。でもとても嬉しい。

サイトの更新が遅れに遅れていてすみません......。

宝塚歌劇に行くのは、作品が駄作でも、ショーが良かったり、気に入った場面があったり、若手が成長してたり、スターさんの仕草が良かったり、豪華で目の保養になったり、生ものゆえの違いがあったりするからなんだろうな。本当にダメダメだろうと想像できる作品は避ける。行きたくともチケットがとれなかったら行けないから、諦観だって学ぶぞ(笑)。想像力はそうしょっちょう刺激されない。痩せたいな〜とは思う(笑)。

いいなぁ、自分の作品が海外でディスプレイされるなんて。さすが吉井さんだなぁ。/トキワ荘の動画、あとで見る〜。

元々は〜のところ、本当に思う。Twitterでも、人のをさも自分の言葉のように発言する人はいるらしい。人の手柄を横取りするのって恥ずかしいと思うんだけど、やったもん勝ちみたい。

そのうちオリジナルが何かっていうアルゴリズムが出てきて(既にある?)、YouTubeでも排除されるか、オリジナルへのリンクが出現しそう。拡散されるのはいいことだから、オリジナルの主張さえ作者ができればいいなと。

20年って。景気が上向く頃には引退してそうなんだが......。老後が安泰ってことでいいのかな......。バブルに乗れず、老後の収入のない頃に世間はバブルってて、まわりだけがいい目をしているってことか。谷間の人生だったか〜。甥らが不景気に苦しまなくていいならいいか。 (hammer.mule)