[3945] われわれは死ななかった

投稿:  著者:  読了時間:15分(本文:約7,300文字)


《病院以外で亡くなるととても面倒》

■私症説[71]
 われわれは死ななかった
 永吉克之

■晴耕雨読[14]
 父が亡くなった際の事務的覚書
 福間晴耕

■KNNエンパワーメントコラム コレクション
 ゲームは嫌いだけど、つんくさんプロデュースの「リズム天国」だけは
 ハマった! 学校の音楽の教材にすべきだ!
 神田敏晶




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■私症説[71]
われわれは死ななかった

永吉克之
< http://bn.dgcr.com/archives/20150710140300.html >
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日本語には、死ぬことを意味する言葉がたくさんある。

死亡、死去、逝去、絶命、失命、落命、物故、他界、永眠、往生、昇天、入滅、入寂、入定、御陀仏、薨去、崩御、亡くなる、世を去る、鬼籍に入る、神に召される、故人になる、歿する、身罷る、斃れる、くたばる、……etc.

ひょっとしたら、英語にも死を意味する言葉がこのくらいあるのかもしれないが、わしゃ知らん。海外にはまったく興味がのうなってしもうたから、英語なんぞわからんでええ。

そんなことはどうでもいい。

《生死の境をさまよう》などと言うが、その境とは何なのか。何をもって生物の《死》とするかの判断は、学問の分野によってさまざまで、個々人の考え方や立場によっても違うだろう。

臓器移植を稼業にしている人たちは、鮮度を失わない臓器を手に入れたいはずだ。そこで、さあ死んだ、じゃ腎臓もらってっからね、と手っ取り早くコトを進めるためにはいちばん手軽な脳死を人の死と考えたいだろう。

それに対して、脳死者の家族は、脳死と判断されても、まだ心臓は動いてるんだから、父ちゃんは生きてるんだ! 父ちゃんから手を離せ、この臓器泥棒! と反発するだろう。

生と死の境とは、便宜上措定されたものである。ひょっとしたら蘇生するかもしれないから、もう少し待ってと言う遺族の要望をいれて、異臭を放つ遺体をいつまでも保管しておくわけにはいかないので、手頃なところで一刀両断にしたのが脳死だの心停止だのといった基準なのであるからして、そんな境目は自然界にはない。

生と死の境界がないということは、永遠に生きているか、さもなければ生まれる前から死んでいるかのどちらかである。となると、《生》も《死》も意味をなさなくなる。

                 *

《生きる》という表現が当を得ていないのなら《生命活動をする》としよう。

脳死と判定され、自発呼吸をしなくなり、心拍が停止し、瞳孔が開いて、筋肉が電気刺激に反応しなくなっても、生物は活動を止めない。

上のような状態になると、待ってましたとばかりに腐乱が始まるではないか。これは紛れもなく生命活動を続けている証拠である。

もし、真の《死》というものがあるとすれば、それは、あらゆる意味で生命体が活動を停止したときではないのか。死後硬直や腐敗といった現象(“死体現象”というらしい)すらも起きない状態、つまり個体の時間が停止した状態を《死》と呼ぶのであれば腑に落ちる。ちなみにその状態を《停死》(いま思いついた造語)という。

だから、火葬場で舎利になっても、それで死が完成するわけではない。もしそれが死の完成だというのなら、崩壊した遺骨の破片たちは永劫にその形を保ち続けなければならない。

ところが、焼けた骨もそれを構成している物質が、非常に緩慢ながら変化し続けるのだから、じめじめした墓の下に収められた骨壺のなかでもまだ生命活動をしていることになる。

かつて、どなた様かが地中海のシチリア島でお亡くなりになって、その遺体が土に還って養分となる。それを吸収して育った植物を食べた動物が、まるで獣のように所かまわず糞尿をまきちらす。それを養分にして育ったレモンに含まれている栄養の分子が、私がいま飲んでいる《KIRIN 氷結 STRONG シチリア産レモン ALC.9%》のなかに含まれているのだ。

私は自分が、どこの馬の骨ともわからないシチリア人の生命活動によって生かされているのかと思うと、宇宙の本質は愛だという確信がいっそう強くなった。

このように、生物は土に還っても生命活動を続け、みずからを自然のなかで循環させて、世界を支えているのである。

かのチンギス・ハーンの遺体が腐敗・分解して放出された分子が、めぐりめぐ
って、あなたがいま食べている大福餅に含まれているとしたら、冥加に尽きる
というものではないか!

                 *

このように、それを本人が意識しているかどうかにかかわらず、生物それ自体は永遠に活動を続けるわけだが、鉱物のような無生物も何らかの変化(風化とか浸食とか原子崩壊とかそういった類いの変化)を続けるという事実を考えてみれば、生物と無生物の境界も曖昧になってくる。

♪ ミミズだって 死体だって 玄武岩だって
♪ みんなみんな 生きているんだ 友だちなんだ

死なんてないんだから「彼は死ぬ直前まで生きていました」なんてジョークはもう無効だよ。

                 *

死は幻想である。人類史上、死んだ人間はいない。その好例が私だ。私はいまだかつて死んだことがない。私の息子(独身だから息子はいない)も死んだことがない。桐山さん(誰か知らない)も死んだことがない。

《KIRIN 氷結 STRONG シチリア産レモン ALC.9%》は、正直なところあまり好きじゃないんだけど、缶チューハイのわりにアルコール度が高いし安いから、お得感があるのでよく飲む。

ああ、しかし弱くなったものだ。三本飲んだらもう目がすわっているのが自覚できる。ちゃんと原稿書けてるんだろうか。明日、原稿を編集部に送るまえに、かなり手を入れにゃいかんだろうな。

それはともかく、私の言っていることがウソだと思うなら、死んだことのある人を私の家に連れてきなさい。大阪府内に限り交通費支給。


【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp
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■晴耕雨読[14]
父が亡くなった際の事務的覚書

福間晴耕
< http://bn.dgcr.com/archives/20150710140200.html >
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先々月に父が亡くなった。個人的な思いは色々あるが、ここでは多くの人に役に立ちそうな、事務的な事について書いてみたい。

まず、以前ネットでも話題になったが、病院以外で亡くなるととても面倒だということだ。

父の場合は、在宅介護中に突然様態が急変して、病院に搬送する途中に亡くなったのだが、その場合は搬送前の状態が判らないので、病院では死亡診断書を書いてくれず、自動的に警察が検死を行うケースになってしまう。

かかりつけ医がいれば死亡診断書を書いてくれるという話も聞くが、少なくとも父の場合では駄目だった。そして、この警察の検死というのがまた面倒なのである。

規則になっているせいだからだと思うが、それこそ家族がその日に何をしていたかから、預金の残高や引き落としの記録まで、口調は丁重ながら実に細かく調べられるのである。

更に司法解剖も必要なので、そのための病院に運ぶ必要があるのだが、監察医
の数が少ない事もあって、場合によってはかなり遠くの病院まで運ばなくては
いけない。

その上に、規則上遺体は個人が勝手に動かしてはいけないので、専門の業者(多くは葬儀屋)に依頼する必要がある。

だがそんな事を突然言われても、心当たりのある葬儀屋が直ぐに出てくる人はそういないと思うので、多くの場合は警察や病院の紹介した葬儀屋にそのまま葬儀まで依頼する事になり、更に遠くの病院に運ぶ場合は、加えて結構な出費を余儀なくされるのだ。

そして、葬儀が終わっても面倒な事は残っている。まず役所などへの事務手続きが必要なのは言うまでもないが、その中でも特に重要なのは故人の口座関係で、銀行は口座本人の死亡が確認されるとあっという間に口座を凍結してしまうので、凍結される前に必要なら直ぐに現金を下ろす必要がある。

ちなみに連絡しなければ大丈夫だろうと思う人もいるかもしれないが、葬儀屋か警察から連絡が入るらしく、速やかに凍結されるので注意が必要だ。

一度凍結されると、再度そこから現金を下ろす為にはかなり面倒な事務手続きをしなくてはならない。

そんな訳で、特に生活に必要な公共料金等のお金が、故人の口座から引き落とされるようになっている場合には、これに続いて引き落とし先の口座変更もしておかないと、ある日突然、電話や電気が止まる事にもなりかねない。

次に面倒なのが、いわゆる相続関係の手続きである。自分には相続するようなものはないと思っていても、故人名義の家や車をそのままにしておくわけにはいかないので、結局は避けては通れない。そしてこれがまた面倒なのである。

よくロールプレイングゲームにありがちな、Aというアイテムを手に入れるためにまずBというアイテムを手に入れて、それをCさんにあげてDというアイテムに替えてもらい、それを交換してようやくAをゲットするというクエストではないが……

相続権がある全員の署名とハンコを集めたり、印鑑証明や戸籍抄本などの様々な書類を集める必要があるのだが、これを関係者全員分集めるのは相当難易度が高いといえるだろう。

幸い自分の場合は、関係者は家族だけでしかも近所に住んでいたから良いものの、親族が沢山いて、しかも全国各地にいて、更に揉めていたらと思うと気が遠くなってしまう。

そんなこともあり、当初、忌引がこんなにあってもやることがないと思っていたが、実際のところ全然足りず、いまでも残務処理に追われている。


【福間晴耕/デザイナー】
フリーランスのCG及びテクニカルライター/フォトグラファー/Webデザイナー
< http://fukuma.way-nifty.com/ >

HOBBY:Computerによるアニメーションと絵描き、写真(主にモノクローム)を撮ることと見ること(あと暗室作業も好きです)。おいしい酒(主に日本酒)を飲みおいしい食事をすること。もう仕事ではなくなったのでインテリアを見たりするのも好きかもしれない。


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■KNNエンパワーメントコラム コレクション
ゲームは嫌いだけど、つんくさんプロデュースの「リズム天国」だけは
ハマった! 学校の音楽の教材にすべきだ!

神田敏晶
< http://bn.dgcr.com/archives/20150710140100.html >
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< http://4knn.tv/rhythm-tengoku/ >

任天堂 リズム天国
< http://www.nintendo.co.jp/wii/somj/index.html >

つんくさんのこんなインタビューがまた聞ける機会がきそうだ。

つんく♂ 声帯全摘出発表から3カ月…猛練習で「声が出た!」
(女性自身)
< http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150708-00010000-jisin-ent >

つんく♂ いやいや、よろしくお願いします。ぼくは前作と同じくプロデューサーとしてゲームの総合プロデュースをさせていただきまして、曲の大半の作曲を担当しました。あとは“リズムゲームの楽しさ”という線から外れないように旗を振ってきた、という感じです。

岩田 『リズム天国』はもともと、「日本人のリズム感を変えるんだ!」というつんく♂さんの使命感から始まったプロジェクトですから、そのエネルギーは今回も健在ですよね。
< http://www.nintendo.co.jp/wii/interview/somj/vol1/index.html >

「日本人のリズム感を変えるんだ!」

日本人のリズム感。これは現在の40歳代中頃くらいから大きく別れる。

1970年以降生まれから、リズムが大きく変化してくる。

それは、ウラ乗りのリズムだ。

ンカ、ンカ、ンカ、ンカの跳ねるリズムを感じられるかどうかだ。

ウラのリズムでの心地よさで踊れる50代は少ない。

黒人の70歳、以上でもウラで踊れる。

ワンコードで延々とリズムだけで踊れるブラックミュージック。

リズムが中心だ。

日本はリズムというよりも、演歌も歌謡曲もメロディーが中心だったからだ。

ファンクやブルースの浸透で、ウラノリやウラリズムが浸透する。

J-Popもすでに聞くことはできても、いざ、唱うとウラのリズムが取れていないと、微妙に変だ。

そんな意味でも、このリズム天国は、ウラのリズムを正確に判断してくれるはじめての教材だといえる。

音楽の授業でもぜひ、このゲーム、いやこの教材を使うべきだろう。それだけで、リズムの感覚は相当アップする。

あと50才以上は、まったく反応できない人がほとんどなので、がんばってボケ防止をかねてやるべきだろう。


【かんだ・としあき】
KandaNewsNetwork,Inc.CEO
< http://4knn.tv/ >


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編集後記(07/10)

●佐野洋子「私の息子はサルだった」を読んだ(新潮社、2015)。2011年6月の「死ぬ気まんまん」が最後の本だったはずだが(ご本人は2010年11月5日に亡くなった)、その後、手書きの原稿が発見されて、これが本当の最後の本になる。126ページに18本のエッセイ(いや、最後の一編を除いてこれは小説だろう)に、文中でケンとして登場する息子の広瀬弦(絵本作家)が「あとがきのかわり」を書いている。短いからすぐ読み終わる。それでもう一度最初から読んで、それで気に入ったところをもう一度読んで、一粒で何度でもオイシイ本なのだ。会話部分で誰のセリフかすぐ分からないところも面白い。

この小説は、息子のケンが三歳のときから思春期に至るまでの、母親から見た「一方的な」成長記録でもある。小説「以前」ともいえる。好きな女の子タニバタさんを家に招待しても、男子たち(恋敵なのに「同じ人好きなんだから仲間という感覚)はウッフォー、ウッフォー、キーッ、キーッと叫びながら走り回るだけだ。たしかにサルみたいだが、この本の絶妙なタイトルは本文中にない。ケンとウワヤとよっちゃんの「親友同盟」はひみつ基地をつくる。三人の関係は、14歳になった彼らが、軽井沢の佐野の家で過ごすところまで記される。「スタンド・バイ・ミー」みたいな感じだ。男だったらじわっと来る。

息子には「何でもやってくれと思う。子供時代を充分子供として過ごしてくれたらそれでいい。悲しいこともうれしいことも人をうらむことも、意地の悪いことも充分やってほしい。そして大人になった時、愛する者に、君は何を見ているのだと他者の心に寄り添ってやって欲しいと思う」と考える佐野は、息子を観察し記録する。佐野の作品に息子はよく登場した。彼は十代の終わり頃、頼むからもう自分のことは書かないでくれと怒り、佐野は渋々それを受け入れた。その後しばらく、佐野の書くものに彼は出てこなくなった。もしかしたら、このケンの話はその頃に書き溜めていたのかもしれない、と彼はいう。

「今もし、この話の続きを書いていたらと思うとゾッとする。より一層、大袈裟と嘘を巧みに使いわけ(略)怖い。怖い」。だが、佐野の中ではすべて真実なのかもしれない。同じ時間、同じ場所で彼が見ていたものと、佐野が見ていたものとは違うものだったかもしれない。「この話は佐野洋子が一方的に書いた僕の記録だ。(だが)彼女の目には、僕があの頃こう映っていたのだ」と気づき「もう好き勝手に書けばいい」と突き放す。だが、もうその人はいない。広瀬弦のカバー絵は間違いなくネズミだ。どこにもサルはいない。本文中にも彼の挿画が何点か、うーん、落書きにしか見えないんだけど……。 (柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103068426/dgcrcom-22/ >
「私の息子はサルだった」


●福間さんのお父様のご冥福をお祈りいたします。

マラソン続き。最後の10kmはずっと「まだ?」とつぶやいていたように思う。1km1kmが長く感じるのと、走ることに飽きてるから。この時に「やれるの?」とか(沿道の通りすがりの人に)「頑張れ」と言われたら、ちょっとだけムカッとしたと思う(笑)。

わかってます、リタイヤする気ありません、頑張ってます、練習不足なのはわかってて出場しました、そして「だってしょうがないじゃない」なのだ。もうプラカードはほとんどなかったけれど、見ると少しだけイラッとした(笑)。

ありがたかったのは、ボランティアの人たちの「あと何キロ」「やれるよ」「ゴールは近い」「頑張れ(この人たちに言われるのは嬉しい)」「(歩かず)走ろう」と、コースまで出てきてくれてのハイタッチ。沿道に寄る元気なんてないのだ。

走っていても飽きるこの時間を、ずっと立ち続けてくれているのにも感動する。私が通過した後だって立ち続けて、後始末までしなきゃいけない。ごめんね遅速で……この7時間制限のおかげで申し込む気持ちになったんだよ。ありがとう。続く。 (hammer.mule)