[4316] はぐれの「産業革命」はまだ終わってはいない

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,100文字)



《デザイン史の一大分水嶺であった》

■アナログステージ[152]
 探し物が見つかったときの感動
 べちおサマンサ

■はぐれDEATH[25]
 はぐれの「産業革命」はまだ終わってはいない
 藤原ヨウコウ




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■アナログステージ[152]
探し物が見つかったときの感動

べちおサマンサ
http://bn.dgcr.com/archives/20170331110200.html
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コンニチハ。来週から新年度です。毎年、この時期に書いているオイラのコラムネタは、メンタルケアものが多いのですが、変わらず多忙でネタ仕込みもままならない状態。なので、今回もサラっとお届けでご勘弁ください、すんません、すんません。

●脊髄反射でポチってみました

前回配信の後記に、濱村デスクの文中で『バタフライボード』と書いてあったので、バタフライボードの存在を知らなかったオイラは、早速AMAZONで購入。

製品のイメージ画像や、メーカのWEBにあるナビゲーションを見ている限りでは、「オイラの欲しかったのは、こういうものなのだよ、濱村さん!」とニコニコ顔で購入ボタンをポチ。

ウキウキルンルンでポチった後に、『手を乗せたらかすれちゃうしね……。』と書いてあった一文を思い出し、再度メーカWEBを覗いて、バタフライボードの仕組みを見てみた。うん、これは確かに書いたものが擦れてしまいそうだ。

車の座席にポイっと置いたら擦れて消えてしまいそうだし、それを避けるために、中綴じの部分に書いても、ボードとボードで擦れて消えてしまいそうでもあった。

脊髄反射でポチるのをやめておけばよかったかな? と怯んでしまいましたが、高額な買い物でもなかったので、ハズレたら別の用途で使えばいいだけなので、AMAZONからの到着を待つことに。

●カバンの中の最適アイテムになりました

手元に届いたバタフライボードを、さっそく使ってみた。ページいっぱいに落書きをし、書いた面を重ねて閉じてみる。開いてみる。消えてない。再度綴じてみる。開いてみる。消えてない。

今度は落書きの面を下にし、車の座席に放置してみる。たんに座席の上に置いただけであれば、擦れたり消えることはなかったけど、ボードが動いてしまうと、やはり擦れてしまったが、キレイさっぱりと消えてしまったわけではないので、通常であれば支障がない範囲。

ボード自体の表面が、一般的なホワイトボードの表面と違うのか、指で消してもキレイに消えてくれて、ホワイトボード用のマーカー特有な、消しカス(残りカス)がでないので、イレーザーも、イレーザー付きマーカも必要もない。

付属で付いていたマーカー4本も、コンパクトで携帯しやすく、4本のうち1本が、0.5mmのペン先があるので、細かい線や図形を描くときに重宝すること間違いなし。

使用開始から既に二週間くらい経過しますが、トラベラーズノートとともに、仕事で外せないアイテムのひとつとなりました。サイズもA4なので、仕事で使用しているカバンにもピッタリ収納。これで4,000円弱なら大満足なお買い物でした。濱村さん、ありがとう!


【べちおサマンサ】pipelinehot@yokohama.email.ne.jp

NDA拘束員であり、本当の横浜を探しているヒト。ぶら撮り散歩師。愛機はD90とGRD4。最近はiPhone6で写真撮影多し。全国寺社巡りで、過去の懺悔道中をしております。→ついに西国を打ち始めました。結願まで何年掛かるのやら。

・配信日の今日から、また長期出張です。昨年に誕生日プレゼントでいただいた枕が、ものすごく寝心地よく、いまでは、出張先まで持ち込んでいるくらいです(車移動なので、荷物にはならないのがポイントw)。

それまで使っていた枕とは大違いで、睡眠の質がとても良く、起床したときの変な疲労感のようなものもない。やっぱり、ボディ&メンタルケアはケチったらダメですね( ^ω^ )


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■はぐれDEATH[25]
はぐれの「産業革命」はまだ終わってはいない

藤原ヨウコウ
http://bn.dgcr.com/archives/20170331110100.html
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歴史とどう向かい合うかは、その人次第だろう。ボクは歴史を壮大な物語としてとらえている。フィクションだろうがノンフィクションだろうが、どうでもイイ。色々な歴史の流れに接して、自分なりに好きなように解釈している。

だから、ボクの書く歴史に関するコトは絶対に真に受けてはいけない。

で、のっけから申し訳ないが、産業革命史そのものについてボクなりの見解を詳細に書くつもりは毛頭ない。年末年始に諸事情があり、近代ヨーロッパの産業革命史をイヤいうほど調べて書いて飽きたからだ。もう一回書くのも邪魔くさいしね。

ヨーロッパの近代史は非常にややこしい。高校時代は世界史を選択していたので、ある程度の流れは把握しているが、ちょっと掘り始めるとディティールが極端に拡大するのだ。

地続きだからドミノ倒しのように素直に繋がってくれればいいのだが、地続きだからこそそうならないのが、人の営みのややこしさでもあり面白さでもある。これがあるから歴史をひもとくのは楽しい。

実を言うと、ボクはフランス革命が大の苦手である。内乱、戦争、そして大流血。一言でフランス革命と書いてしまったが、ここではバスティーユ襲撃から第三共和制発足までを指す。一般的には違うので気をつけるように(諸説ある)。ちゃんと自分で調べましょう。

ボクのフランス革命の印象は上記したが、もっと端的に感想を言えば「目も当てられない血なまぐさ」である。ボクの中では、フランス革命はスプラッタ・ホラーと大差ないのだ。

ボクが知っている史実通りなら、映画より質が悪い。話半分でも大概である。だから怖いが大の苦手なボクが、フランス革命を嬉々として調べるなどあり得ない。

とにかく、政権が変わったかと思うといきなり死刑のオンパレードで、これが延々と続く。ギロチンが大活躍したのは言うまでもあるまい。ナポレオン・ポナバルトが失脚したときは、二回とも遠島になっているのでパリ市民もさすがに懲りたのだろう。いや、飽きたのかもしれない。冗談ではなく。

実際に文献やら何やらに当たって調べたワケではないので、おおよその人数も把握していないが、相当数がギロチン台で命を落としているはずである。一々公開処刑にするので見る方だって飽きるだろう。

こんな書き方をすれば「非人道的で不道徳にも程がある」とお叱りを受けるかもしれないが、残念ながら婉曲な書き方が思い浮かばない。それぐらいボクにとってはキョーレツなのだ。

ナポレオンついでに。ナポレオンはパリ市街戦で、市民に向かって散弾を詰めた大砲をぶっ放している(本当かどうかは知らん)。これで内乱の鎮圧に成功して国内軍副司令官に進級(?)、さらに国内軍司令官になっているのだから権力側につくというのは恐ろしい。

現代人から見れば信じられないような大虐殺だが、今だって似たようなコトは世界の各地で起こっている。日本だって戦中には国内外で色々やらかしている。

権力者の交代で起こる逮捕や死刑のオンパレードと言えば、「粛正」で知られる旧ソ連(現ロシアも粛正とは言わないが色々やってると思う)、中国、北朝鮮を想起するが、別に社会主義・共産主義国家だけのお家芸ではない。人類の歴史をざっと見渡しただけでも、世界中で行われている。

上記したことは建前上はそれぞれの国内の話で、国外への武力行使となると戦争になる。もっとも現代の事情はかなり微妙ではあるが。

戦争は本来「外交」の延長線上にあるはずだが(話し合いで折り合いがつけば戦争にはならないという理屈だ)、まぁ武力外交はある意味分かりやすいし、手っ取り早いので国家の規模が小さい時代にはじゃんじゃんやっていただろう。

国家がそれなりの大きさを持ち、巨大な軍隊を持って領土を広げたのは古代ローマ帝国が嚆矢だろうが、近代以降の国家間紛争は規模も従軍者数も戦死者も、巻き添えを食らった民間人(ワケの分からない言いがかりで亡くなった人々も含む)の数も桁違いどころの話ではない。

兵器そのものがまるで違うという、分かりきったことを述べるつもりはない。敢えて言うなら「技術の進歩の速度に社会の良心がついていけなかった」ぐらいか? この辺は色々意見があると思うので参考程度に流していただきたい。

話が逸れた。以前の稿でも散々記したがボクは怖いが大の苦手である。でも歴史好きでもある。この矛盾が極端に表れるのがフランス革命なのだ。

そこで困ったのが、近代ヨーロッパの産業革命の時期と被ったりする。ボクとしては厄介極まりない。フランス革命について高校の教科書レベルであえてストップしていたのは、「掘ると怖いネタがじゃんじゃん出てくる」とビビったからだ。

1848年革命でウィーン体制が崩壊し、統一イタリアや統一ドイツなどが生まれ、ヨーロッパは大きな転機をむかえるのだが、これだって産業革命が契機になったと言っても大きな間違いではないだろう。

そして、総仕上げが第一次世界大戦だ。これはこれで後に禍根を残すヘマをしでかしているのだが、取り敢えずさっさと飛ばす。それぞれの事件やら何やらについては自分で調べなさい。一々解説するのは面倒くさいので、いつも通りじゃんじゃん端折る。

近代産業革命の影響はヨーロッパだけに留まらない。植民地支配、強化、拡張による帝国主義の台頭である。中東、アジア、アフリカ、南アメリカなどはある意味とばっちりを受けたわけだが、現在進行中のテロ騒ぎだって、ある意味この植民地支配がもたらした負の遺産と言ってもいいと思う。

「日本はヨーロッパの植民地支配を受けなかった数少ない国」とよく言われるが、その日本が東アジアでしでかしたことは、当時のヨーロッパの諸国家とそれ程変わっているわけではない。むしろお手本にしている。

「富国強兵」はヨーロッパ近代産業革命の産物を根こそぎ輸入し、我がものとして帝国主義国家へ歩むためのスローガンにすぎない。時代の要請とも言えるが、その結果はご存じの通りである。

このように産業革命は技術の変遷だけでなく、世界規模で大きな影響を与えながら進行していくワケだ。お気楽に書けるようなネタではないことはご理解いただけると思う。年末年始に書いた産業革命史を、近代ヨーロッパに限定したのはこういう理由もあった。それでも書ききれたワケではない。

そこで書いた産業革命史はそれなりのダイジェスト版にしたつもりなのだが、中途半端にディティールを入れたので、ただでさえ分かりづらいボクの作文が理解不能なものになったのは簡単に予測できるだろう。これなら素直に高校の教科書の、産業革命の部分だけ抜き写した方がマシだった。

ただ、技術史の面だけから見た産業革命は、個人的には非常に好ましいのだ。軽工業から重工業へと変遷していく過程と発明の数々は、職人さん・工場ファンのボクとしてはネタの宝庫である。

もちろん暗黒面もあるのだが(これは何でもそうだ)仕方がない。世の中そういうものなのである。だからと言ってボクの場合、好奇心の抑止力にはあまりならない。例外中の例外が、上記したフランス革命であることは再度白状しておく。

話を戻そう。産業革命期は発明につぐ発明の連鎖である。「短期間でよくもまぁこれだけ」と呆れるぐらい技術は飛躍的に進歩していく。

製鉄業は最たるもので、その末端にボクの父方は曾祖父(明治)から父まで製鉄業に従事しているので、興味を抱くなと言う方が無茶である。ボクはある程度完成された製鉄工場を見学しているが(父が勤めていた会社の工場であることは言うまでもあるまい)、その規模、設備に驚嘆し大喜びした。

ボクの工場好きの発端はここにある。父は父でやっぱり工場見学が契機になって、製鉄業を志したのだから血は争えない。もっともボクは製鉄業には行かなかったけど。

また話が逸れた。製鉄というのは素材の生産である。この後、様々な加工を経て色んな製品になるわけだ。造船は言うに及ばず、内燃機関や鉄道、列車、自動車等々。時計などの精密機器に及ぶこともある。

ただ、製鉄を行うための原材料は鉱業によって賄われる。石炭はもちろんコークス(石炭を高熱処理して炭素部分を増やした燃料)、鉄鋼石の採掘などはモロにそうだ。

労働者階級とブルジョア階級の格差が露骨に現れるのも、産業革命の特徴の一つとも言える。こうした社会構造の変化の中で、カール・マルクスは『資本論』を執筆している。

ちなみに、この後『共産主義宣言』を経て10月革命に言及することはない。脱線にも程があるし、そこに行き着くゆとりもボクにはない。だからさっさと話を戻す。

いきなり話が前後するが、農業革命に端を発し、繊維産業から産業革命は始まった事になってるらしい。この辺はイギリスを中心に教科書では記述されてたと記憶する。

今はどうか知らないが、娘曰く「労働運動やら繊維業やらから産業革命が始まったのは常識」らしいので、それ程大きなズレはないと思う。とはいえ、ボクの娘である。ズレている可能性をボクは完全に排除できない。あの子はあの子で変わりもんやからなぁ……。

話を戻す。曾祖父は曾祖父の、祖父は祖父の、父は父の「産業革命」を体験することになった。詳細は例によって例の如く、じゃんじゃん飛ばすがそれぞれの時代の「産業革命」は実在すると思う。

こと製鉄に限って言えば、ボクの中にはほんの少しのノンフィクションが存在する。そういう家の子供に生まれたのだ。

そしてボクはボクで、印刷業界という場所でデジタル化という名の産業革命に直面した。初めてMacintoshでAdobe Illustrator88に触れた時、新しいツールの可能性とそれまで気がつかなかったビジョンが、目の前に一気に広がった。

だが、それはぬか喜びだったのだ。ボクの大好きな現場の職人さん達のお仕事が、こいつらに乗っ取られる。

そう思った瞬間、ケルン会議のアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデとワルター・グロピウスの立場をふと思いだした。何が何だかさっぱり分からないだろうが、デザイン史の一大分水嶺であるということだけは断言しておく。

正直、デジタルの可能性とアナログの衰退を予感した時、ボクはこの二つの対立のどちらのポジションにも立てなかった。新しい技術は時代の要請である。だからと言って、合理主義者として冷徹にアナログの技術を完全に否定することはできなかった。

だが、会社員として現実は直視しないといけない。時代に取り残されるわけにはいかないのだ。それが会社員としてのボクの判断で、まさかそのことでボクが辞職するとは想像もしていなかった。

後のことは以前にも書いているのでさくっと飛ばす。ボクはデジタル化が進んでいく製版・刷版の現場を見なかった。挿絵画家としての自分をどうにかしようともがいていた時だ。よそ見はできない。

ただ、Macintoshで原稿を作りどう入稿するか、ということだけは知っていたのでそれで困ることはなかったし、入稿面でできるだけ出版社さんに余計な心配をかけないような判断はできたと思う。実際、編集さん達がどう思っていたかは知らない。

反射原稿からMO、そしてメール。一連の移行期を無事(?)に乗り切って「呱呱プロジェクト」に参加することになった。印刷業界からすれば決して本流ではないこのプロジェクトに参加するのは、会社員時代の宿題を片付けるためでもある。もちろん声をかけてもらった、というのも事実としてはあるのだが。

そういう意味では、ボクの産業革命はまだ終わってはいない。もちろんエカキとしての立場もある。我ながらややこしいコトになってるなぁ、とは思うのだが成り行きというのは恐ろしいものでなるようにしかならないのだ、呵々♪

この作文はこれでお終いだが、最後に一言つけくわえておく。文中ではあえて正確な年代表記をしなかった。1848年革命はそれ自体が名称なので仕方がなかったのだが、推敲の過程でそれまで記述していた年代表記は全て削除した。

あくまでもここの作文は、徒然なるままの状態で留めたいのだ。ボクのわがままなのだが、ご容赦願いたい。まぁ、それほど大層なことは書いていないので(笑)


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com/
http://blog.livedoor.jp/yowkow_yoshimi/

装画・挿絵で口に糊するエカキ。お仕事常時募集中。というか、くれっ!


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編集後記(03/31)

●久坂部羊「老乱」を読んだ(2016/朝日新聞出版)。読み始めてすぐに、嗚呼いやなテーマだと思う。しかしやめられない、とまらない。なんというリアルな“認知症小説”なんだ。二晩かけて読破したが、正直、この小説はエンターテインメントではない。読んでいて落ち込む。しかし救いがあるお話だ。

基本的に二つの視点から物語が描写される。五十川幸造は78歳で大阪市旭区の築44年の持ち家に住む。4年前に妻に先立たれて一人暮らし、食事は宅配弁当と自炊で、身の回りのことは一応できる。老化の自覚はあるが、生活はほぼ問題がない。頑固でプライドが高い。毎日日記をつけ、漢字の書き取りをする。

大阪市淀川区のマンションに住む息子の知之、妻・雅美、息子は高2、娘は中3。あまり真剣に将来を考えない夫に対し、危機管理能力に長けたというか、今後が心配でならない雅美。私立の学費、家のローン、リフォーム、子供の将来のための資金、義父の介護費用だっていくらかかるかわからない。不安が増す。

踏切がないからと、フェンスを乗り越え線路内に侵入した幸造は、警察に保護される。ボケた父親が線路内で電車にはねられ死んだが、責任を問われた子供が数百万の賠償金をとられたという報道に震え上がる雅美。義父は既に認知症が始まっている。自分たちの生活の真ん中に、介護問題が根を下ろし始めた。

「もし義父の認知症が悪化して、独り暮らしができなくなったらどうするのか、マンションに引き取るのは物理的に無理だし、経費を考えると施設も避けたい。介護保険を使うにしても、利用するサービスが増えればそれだけ自己負担が増える。子供達はまだまだ教育費がいるし、生活費、自分たちの老後の費用、子供達の結婚資金まで考えると、とても経済的な余裕などない……」。

これは女の本能だ。家庭を守りたい、家族を守りたい、自分を守りたい、だが日常はあっというまに崩れる。誰もそれを止めてはくれない。一方で、幸造も考える。認知症が始まったらどうなるのだろう(既にまだらボケだ)、自分がまったくわからなくなるのか、生ける屍のようになってぼーっと時間を過ごすようになるのか、そんなふうになるなら死んだ方がましだと悶々とする。

幸造の視点、雅美の視点、両方ともよくわかる。傍観者であるわたしは、幸造の認知症が進んで、介護の負担で家庭が崩壊するのを見なくてはならないのか。いやな小説である。やがて幸造は脳ドックに行くことを了承する。自覚症状があるからだ。検査の結果、すでに認知症の中期だった。最悪の事態が迫る。

ケアプランセンターの所長が言う(脅す)。独り暮らしがぎりぎりの状態だ。いつ問題がおきてもおかしくない。一番怖いのが火の不始末、自身の命の危険もあるし、近隣への補償も問題になる。行方不明や交通事故、他家への不法侵入、器物破損、万引き、無銭飲食、痴漢、もちろん本人に悪意はないが、被害が出れば対応が必要になる。恐れた幸造は精神科病院に入院するのだが……。

認知症の専門医の講演会で和気という医師が断言する。「さあ、ここなんです、認知症介護のいちばんの問題は。いいですか。介護がうまくいかない最大の原因は、ご家族が『認知症を治したいと思うこと』なんです」。……詳しくは本誌で、なんちて。高齢者読むべし、高齢者を抱える家族読むべし。 (柴田)

久坂部羊「老乱」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022514310/dgcrcom-22/


●バタフライボード、そんなにいいのか……。書く時に小指や掌の横側(名称不明)を置いてしまうから、擦れて消えちゃうんじゃないかなぁと思ったのであった。消しカス出ないのいいなぁ。私にとって4,000円は大きい〜(涙) 紙があるしって思っちゃうと余計に。

/歴史は大の苦手。ましてや世界史なんて全然ダメ。なのにフランス革命の年号まで覚えちゃってるわ。

フランス革命は、宝塚歌劇でしょっちゅう出てくる時代だ。マリーアントワネットの調香師まで題材よ。ルパン三世でもフランス革命を絡めちゃったり。今は「紅はこべ」やってるし、年末には「ロベスピエール」よ。夏には、ちょっと時代を遡っての「三銃士と太陽王」もやるわよ。

あっ、太陽王は、東京でスタートした「王妃の館」にも出てくるわ。関係ないけど「王妃の館」と言えば、てるみくらぶを連想するわ。宝塚にとってのフランス革命は、幕末や織田らの戦国時代みたいなもん? いや、その辺りもしょっちゅう上演されてはいるけど。

ミュージカル「1789」では、ルイ16世がギロチンの模型を持って出てくるよ。刃が水平だったのを斜めにするように助言をしたり、ギロチンを「一瞬で首をはねられる」「苦痛が少ない」「人道的な発明」だと感嘆していたわ。ご本人はそれで処刑されてしまうわけで、皮肉というか何というか……。

/そういや「アレッポの石鹸」はどうなったんだろうと検索したら、普通に売っていた。以前、アレッポの人たちが石鹸を作れなくなったと訴えかけていたのだが。 (hammer.mule)

アレッポの石鹸
http://aleppo.jp/

戦慄の写真が物語る、シリア・アレッポの荒廃と破壊(ビフォーアフター)
http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/15/aleppo_n_13645488.html
2016年12月15日の記事