[4485] ルーブリック・言語は思考を変える

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《2018年はちゃんとやろう!》

■ユーレカの日々[64]
 ルーブリック・言語は思考を変える
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[549]
 「クリッピングマスク使えた!」他、小ネタ集
 吉井 宏




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■ユーレカの日々[64]
ルーブリック・言語は思考を変える

まつむらまきお
http://bn.dgcr.com/archives/20180110110200.html
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大学では年に数回、教員の研修(FD)というのがある。先日おこなわれたのは、「どのように学生を評価するか」というテーマだった。

そこでひとつの方法として紹介されたのが「ルーブリック」という手法。その時までルーブリックというものをまったく知らなかったのだが、教育関係で今、かなり流行っているらしい。これがすこぶる、面白い。

●美術の世界ではどう評価しているのか

美術大学では、実習や演習が中心となるが、悩ましいのがその評価方法だ。英語や数学であれば、「正解かどうか」で客観的な評価ができるが、絵やデザインの世界では、そういった客観的な数値化がとても難しい。

たとえばデッサン課題の採点では、「形が正しくとれているか」「モチーフ同士は正しく同一空間に配置されているように描けているか」「立体感を描写できているか」「ディテールをどれだけひろっているか」「質感を描き分けられているか」……など、複数の観点から採点できる。

しかし、これを明確に数値化してきたかといえば、それはなかなか難しい。

「全部できている」「全部できていない」といった、極端な偏差は楽なのだが、AはできているがBはできていない、といった中間層は、採点も難しくなる。複数の提出物を並べて、うーむ、と唸ってしまうことも多い。

教員によっては「えいやっ」とざっくり採点する人もいるが、この方法は当然、公平性に欠ける。美術系以外でも、レポートや論文をどう採点するのかというのは、同じように難しいと思う。

さらに、その結果をどう学生にフィードバックするか。美大では「合評」といって、受講者全員の前で作品を講評していくが、どうしても感覚的、情動的になってしまう(それはそれで、必要なのだが)。

そういった時に使えるのが、ルーブリックという手法だという。

●評価項目で表を作る

ルーブリックは、マトリックスチャート、表の形で表記される「到達目標」だ。Googleで「ルーブリック」と画像検索すると、たくさん例が出て来るので、それを見てもらうのが早いだろう。一見するとなんの変哲もない、表である。

ルーブリックの最初のステップは、この表を作ることからはじまる。ひとつの授業や課題について、縦方向(X軸)には、その内容の項目が表記される。

たとえば

1:足し算ができる
2:引き算ができる
3:掛け算ができる
4:割り算ができる
……といった具合。

これに対し、Y軸方向には到達度が定義される。これを何段階にするかは任意だが、ここでは3段階、不可を含めて4段階(スプレッドシートならA〜D)としよう。たとえば1の足し算という項目であれば、

A:何桁の計算でも正しく行うことができる(間違いがないか確認できる)
B:2桁以上の計算を正しく行うことができる(繰り上がりを理解できている)
C:1桁同士の計算を正しく行うことができる
D:足し算という概念が理解できていない
……という感じ。

これを、「2」の引き算、「3」の掛け算と、それぞれの項目について設定していく。A〜Dにはそれぞれ、素点を設定する。

これだけを見ると、「なにが新しいの?」と思うかもしれない。たとえばアンケートで「ハンバーガーは好きですか?」という設問に対し、1〜5までの5段階評価で答えるのがよくある。

先のデッサンの採点も、細目にわけるまでは同じだが、ルーブリックでは、X軸方向のそれぞれのマスに、具体的に何ができる、と明記されているのがポイントだ。

言われてみればそうだよなぁ。アンケートの1〜5で答えなさい、ってのは結構困る。具体的に「毎日食べてもOKなくらい好き」「週に1回は食べたくなる」など、具体的だと答えやすい。

●運用方法がすごい

まぁ、ここまでは、なるほどとは思うが、驚くほどのものではない。しかし、その運用方法を聞いて、ぼくは目からウロコがボロボロ落ちてしまった。

step2こうやって作ったルーブリックは、課題とともに、事前に学生に配布する。学生はこの表を見ることで、何を要求されているのかを具体的に把握することができる。

step3学生は完成した課題に、ルーブリックを添付して提出する。教員は提出物を見て、この表のどこに該当するのか、丸をつける。丸をつけるだけだから、採点は非常に早く済む。

ルーブリックそのものに評価項目が明記されているので、他の表などを参照する必要もない。採点基準が明確なので、採点当初は辛めだったのが、だんだん甘くなってしまうといった揺らぎもなくなる。

step4そして、その表は課題といっしょに学生に返却される。学生は採点を見れば、自分の到達度、不足部分を明確に知ることができる。

答案に教員からのコメントを入れるのは、ものすごく大変な作業なのだが、ルーブリックなら教員の負担もなく、1行コメントよりずっと具体的に、自分の問題点がわかる。

これにより、教員は採点が楽になり、学生は何が足りないのかを知ることができ、客観的に公平さが保たれるというのだ。

うーん、すごい! 実に無駄がない。たった一枚の紙がものすごく働いてくれる。感動である。似たような採点基準を作っておきながら、この運用を思いつかなかった自分が悔しい。

この研修を受けた直後のぼくは、マッドマックス怒りのデスロードでウォーボーイたちがかかげる「V8!」状態だった。「ルーブリックを信じよ! ルーブリックを讃えよ!」状態。

もともとは医療関係で用いられてきた方法らしいが、教育関係では、1980年代以降、普及してきたようだ。フィギュアスケートの芸術点採点なんかも、この方法で行われているらしい。

日本ではまだあまり知られていないが、iPhoneのApp Storeで「Rubric」で検索してみると、海外のアプリがかなりたくさんヒットする。欧米ではかなり一般的なものであることがわかる。

●実際にやってみる

研修では実際、自分が担当している授業のルーブリックを作ってみた。これがなかなか難しい。自分では整理できているように思っていても、表を言葉で埋めていくと、実は曖昧な部分も多いのがわかる。

それはすなわち、学生にこちらの意図が伝わっていなかったということだ。課題設定の問題点も見えてくる。実に面白い。

たとえば、この「ユーレカの日々」というコラム執筆をルーブリック化してみよう。実際、ぼくがこのコラムを書く時、それが発表できるクオリティかどうかという基準が自分の中にあるのだが、それをルーブリック化してみる。

Y軸
1:普段気が付かなかった視点を取り上げているか
2:それをわかりやすく客観的に説明できているか
3:個人的な体験をもとに語っているか
4:社会への提案を行っているか

X軸
A1:だれも気が付かなかったであろう、独自の観点
B1:既存の観点だが、新たに自分が発見できたもの
C1:よくある視点だが、それを再評価する
D1:ありがちな視点で、あらたな意味も発見できない

……といった具合。

もうちょっと一般化してみよう。昼ごはんに何を食べるかのルーブリック。「孤独のグルメ」で主人公が「俺は今、何が食べたいんだ……」と悩むが、あの状況を思い浮かべてみてほしい。

Y軸
1:コスト的な満足度
2:味覚的な満足度
3:時間的な満足度
4:珍しさ

X軸
A1:激安!
B1:平均的
C1:ちょっと奮発
D1:かなり高額

A2:毎日でも食べたい!
B2:満足度が欲しい時の定番!
C2:特別美味しいわけではないが不満はない
D2:もう二度と食べたくない

……

どうです? その時の状況によって考えていることが、客観的に記述できるじゃないですか。

●共通認識を持つためのメソッド

こうやっていろいろ作ってみると、これはまさしく、関係者同士が共通認識を持つための手法だということがわかってくる。特に、片方がそのジャンルについて、「詳しくない(全体が見渡せない)」時に有効ということだ。

「わかっていない側」にしてみれば、そもそも何をすべきかがわからない。「わかっている側」は、相手がわかっていないポイントを見落としがちだ。だから、自分自身が何をしたいのか、ということを整理するのにも使える。

教育分野以外でも、このルーブリックはめちゃ使えそうだ。大学の課題というのは、仕様があり、納期があり、そのなかでクオリティを高めることが求められる。

ということは、これは「仕事の依頼」となんら変わらないわけで、一般的な仕事でも使えるはずだ。研修後、非常勤の先生に授業を依頼する機会があり、こちらの要求をルーブリックにしてみた。自分が何を依頼しているのか、自分の考えを整理し、明確に説明することができる。これは使える!!

ルーブリックでは、X軸、Y軸をどう設定するかは、個人の主観による。それが第三者にはさっぱりわからん、という場合もあるだろう。

そこで、ルーブリックは、ルーブリックを作成する時点で、学生と教員が話し合うことも提案している。これを仕事で応用するなら、事前にクライアントと、ルーブリックを共同で作成するという事になる。

デザインやイラストの依頼人が、アマチュアの場合。たとえば住宅設計なんかがその代表で、依頼人は建築についてまったくの素人。個人店舗のロゴやWebデザイン、イラストを頼まれるなんてこともあるだろう。

そういった依頼人たちは、編集者や代理店とは違い、自分が望んでいるイメージを具体的に依頼することが出来ない。だから依頼された側は、カタログやテンプレートを提示して、相手の好みや条件を探ることになる。

しかし、相手は素人。きらびやかなカタログを見ると、目移りしてしまい、自分の求めるものが何だったのかがかえってわからなくなる。はては納品時に「違う」とか言い出されて……という経験は、クリエイティブの仕事をしている人なら、必ず経験しているだろう。

クライアントといっしょに、発注時にルーブリックを作成しておけば、そういったトラブルはかなり避けられそうだ。

複数のスタッフが集まるプロジェクト、映画やゲームを作る場合、ディレクターはしばしば、スタッフから上がってきた成果物が、イメージが違うといってNGを出す。

スタッフ側は、「だったら最初から言ってよ」と、ディレクターへの不信感を感じる。そういったケースでもルーブリックは使えるはずだ。

さらに、政治や行政はどうだろう? たとえば、オリンピックや万博をなぜ、開催するのか。築地はなぜ移転するのか。何をもってそのプロジェクトの成否を判定するのか。

到達目標が曖昧なまま開催されるから、評価も曖昧なまま。だから、たとえ大赤字を出したとしても、「試合では負けたけど気持ちでは勝ってます」「がんばったよね」などという精神論で、みんななんとなく納得してしまう。

これらの世界での共通認識は「忖度」という、テレパシーのような特殊能力が必要とされるようだが、そんなものを持ち合わせていない外部から見れば、「もっとちゃんと説明してよ!」ということになる。

企業での仕事でも、「うまくやっといて」「なんとかしました」なんて言葉がよく交わされる。対外的には仕様書をしっかり作る業種でも、社内での伝達はいい加減な場合が多い。

「それ、そんなに手間かけなくていいから」とか、後から言われて憤慨したことはないだろうか。ルーブリックがあれば、もっとうまくいくんじゃないだろうか。

●言語化能力が低いからこそ

ルーブリックのような手法を見ると、こういうことは日本人には思いつかないんだよなぁ、と思ってしまう。日本人は「システム作り」「交渉ごと」「マネジメント」が下手とよく言われるが、ルーブリックは、まさにこの三つのための手法で、日本人に思いつかないやり方だと感心する。

「システム作り」「交渉ごと」「マネジメント」。この三つはどれも、立場が違う人同士が、共通認識を持つために、ルールに沿って説明を行う、ということだ。

その中心にあるのは言語化だ。やることを整理するのも、条件を検討するのも、言語化が必要。それが苦手ということは、つまり、日本人は世界的に見て言語化が苦手、言語化能力が低いということだろう。

ここで言う言語化とは、理屈のことだ。言葉を使って、ロジカルに記述するという意味。

英語だと主語や単数・複数は非常に重要。多民族で多言語な国や地域では自然と、言葉も図も、明確なものに淘汰されてきたのだろう。

ところが日本は地理的に孤立し、単一民族、単一言語なので、説明がおろそかになっていく。たとえば、日本語では主語や、数がしばしば省略される。否定か肯定かは、文末で述べる。

なので、何を言っているのか、最後まで注意深く聞かないとわからない。結果は後回しという言語だ。

それがどんどんすすんで、言葉も絵も、あいまいな部分を残しておくのが美徳、文化にまで高まっていった。その結果、説明をする、言語化するということを苦手どころか、軽視してしまう傾向が強くなったのだと思う。

なんせ一国の総理大臣が国会で堂々と、「そもそも」など、言葉の意味を勝手に解釈したり、再定義してしまう国だ。言葉を信じない社会である方が、政治的に都合がいいということだろう。つくづくこの国は理屈を曲げることを平気で行う。

ぼくは親にも理屈っぽいと言われる人間だが、理屈っぽいというのはよいことだと思っていた。しかし、最近気がついたのだが、どうやら日本人は理屈っぽいのがキライで、理屈という言葉をネガティブに使うケースが多いようだ。

そういえば「屈」の字は曲がる、という意味で、ことわり(理)が曲がる、ということになる。いやいやその逆では、と思って調べてみたら、本来は洞窟の窟で、ことわりが集まる場所、ということだそうだ。だれだ、曲げたのは。それくらい理屈は嫌われているのか。軽視されているのか。

さて、ルーブリックも、「そんな言葉で説明なんかできないよ」なんてことを言って拒否反応を示す人も多いそうだ。そりゃそうだろう、言語化能力が低い人には、ルーブリックを作ることも困難だろうし、言語化能力が低ければ、理屈も理解できない。なぜそれが有益なのかも理解できない。

言語化が苦手な人間が教育者になっているのも変だが、そこが日本的だとも思う。日本人はシステム化や交渉は下手だが、マネやものづくりが得意だという。

それはつまり、言語化して伝えるのではなく、見よう見まねでやっていく、というやり方を長年、続けてきたということだ。仕事は見て覚えるものだ、とか、そんなことをいちいち聞くな、とか。

考えてみれば、これらはすべて、言語化能力が低い、ということだ。20世紀はそれで通用してきたのだが、その結果「システム作り」「交渉ごと」「マネジメント」が苦手な国になってしまった。

日本人は言語化能力が低い。だからこそ、ルーブリックのような手法に慣れ親しむことが必要だと思う。

●言語は思考を変える

昨年公開され、「ばかうけ」みたいな宇宙船で話題になった映画「メッセージ」は、言語をテーマとしたSFだった。異星人の文字「ヘプタポッドB」は、筆で墨で描いたような円形。

これは人間の言葉のような逐次的でなく、面的な拡がりと、フラクタル的な階層構造を持つ。表で定義するルーブリックと、どこか似ている。

異星人がもたらしたこの言語を理解することで、地球人はそれまで知ることができなかった新しい知覚を得る。異星人からのプレゼントにより、人間が大きく進化する。

異星語でなくても、外国語を学んでいてもそういう感覚はたしかに得られる。英語の活用がなぜ必要なのかを知った時、プログラム言語で条件分岐のelseの有無の意味を知った時、世界が違って見えてくる。言語は思考を大きく変化させるのだ。

ルーブリックはそういった可能性に満ちているように思えるのだ。


【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
twitter: https://twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/
mailto:makio@makion.net

森 巧尚さんの「作って学ぶ iPhoneアプリの教科書 【Swift4&Xcode 9対応】」
イラストを担当しました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839964904/dgcrcom-22/

この本のカバーイラスト描くために、iPhoneをXにしました(笑)。
5sからの機種変だったので、まるで宇宙人からの贈り物のようです。


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■グラフィック薄氷大魔王[549]
「クリッピングマスク使えた!」他、小ネタ集

吉井 宏
http://bn.dgcr.com/archives/20180110110100.html
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●ワコムさんの正式回答

『ペンタブレットの替え芯に「パスタ」や「爪楊枝」 ワコムさんにリスクを聞いてみた』http://otakei.otakuma.net/archives/2017122105.html

↑だそうです。ペンは比較的壊れやすい消耗品と考えれば、何でも試して合うものを見つければいいと思う。直径1.7mmなら樹脂でも金属でも。

僕も金属芯は何本か手に入れて、ときたま使ってる。パスタや爪楊枝は取れ出せなくなるキケンはあるけど、知った上でやるならどうぞw

パスタは1.7mmのものを使うんだろうけど、湿度で太くなったり細くなったりするかも。抜けなくなったりスコスコだったりw ダニが発生するって話はネタかなあ……。

そういえば、液タブ上でペンの摩擦をできるだけ上げようと、先端をヤスリで削って鋭く尖らせたことがある。芯抜きが引っかからず、抜けないのは盲点だった! ハサミで注意深く挟んで抜いたのだった。

考えたら、芯の横にカッターかヤスリで凹みを作っておけば、爪で抜けて便利かも。

摩擦調整に敷くものは、基本的に1992年からLIONカッティングマット。裏側が最高。ただし、新品は摩擦が大きすぎて描きにくい。しばらく使ってると最適な摩擦になる。早くエージング(?)するために、金属の棒で表面をこすったりもする。

しばらく使ってると滑らかになりすぎるので、粗いサンドペーパーでガリガリに毛羽立ててみたことあるけど、具合良くなかった。テカった表面だけ削れば元の感触に戻るかと中目で削ってみたが、今度はスルスルすぎてダメだった。

まあ、これもどんどん新調すればいい。90cmくらいの大きなカッティングマットを買って必要なサイズに切って使ってる。

ただ、最近は描画面に直接描くのも悪くないと感じてて、たまにカッティングマットを外して描いてる。摩擦がないとペンを動かすのに力を入れなくてよく、細かい部分が描きやすくて新鮮だったりする。

Intuos Proの換えシートはスムーズを使用。粗いのは黒板を引っ掻くような摩擦で気持ち悪い。

●クリッピングマスク使えた!

Adobe Illustratorのクリッピングマスクの使い方を初めて理解したぞ〜〜〜!
http://www.yoshii.com/dgcr/clippingmask.jpg

Illustratorを使い始めて四半世紀、クリッピングマスクはなんかめんどくさいし思い通りにならないからと、ずっと避けてた。なあんだ、一番上のオブジェクトがクリッピングマスクになり、切り抜き範囲内に入れたいものはその下に入れるだけだったのか〜〜。

今まで、どうしてもクリッピングマスク的に切り抜きたいものは、手動で切ったりパスファインダーで抜いてた。今回、キャラクターの服に模様を入れようと、しかたなくクリッピングマスクをいじったら、意外に簡単に出来ちゃった。

AIはいやいや使ってるから、機能とか探索しなくて知らずに来ちゃう。

●Illustrator表示の崩れ

上のクリッピングファイルのAIファイルの表示がおかしい。ズームに応じて動的に崩れる(右図)。http://www.yoshii.com/dgcr/AI_GPU.jpg

MacBook Pro 13で作業してたのだが、もしかして! と環境設定の「GPUパフォーマンス」をオフにしてみたら正常に表示された。

先日のPhotoshopと同じく、GPUがないマシンでGPUを使う設定だと不具合出るんだ。やっぱGPUって大切なのね……。

●Thunderbolt3接続の外付けGPU

MacBook Pro 13とLGの21インチ4Kディスプレイの組み合わせは最高の使い勝手なんだけど、表示が重いことがある。

MBP13含めGPU無し(というかインテルプロセッサ内蔵GPU)のパソコンは何台も使ってきたけど、3DCGでも重いと感じたことはなかったのでGPUに興味わかなかった(ただし、表示が重いと感じるのは主にPhotoshopだけど)。

Thunderbolt3接続の外付けGPUが話題になってたのは知ってるけど、秋葉館のサイトを見たらすでにいろいろ出てるのね。GPU込みでもずいぶん安い。
http://www.akibakan.com/thunderbolt/thunderbolt-egpu/

ただ、ディスプレイの電源を使いケーブル一本で繋がってる究極のシンプル接続が、こんなボックスつけたらケーブルうじゃうじゃになって、台なしになるのは明らかだがw

先日も書いたけど、3DCGやPhotoshopそのものの作業ではなく、4K表示自体が重いのは確認済み。なので、GPU追加は有効なはず。でもまあ、シンプル構成を壊すのはもったいない。来年にでも15インチMBPを新調してLG4Kに繋ぐほうが現実的かな。

調べたら、MacBook Pro 13に搭載の内蔵GPU「Intel Iris 550」ってそこそこ性能いいらしい。「ローエンドGPU並み」だそう。いくつかのグラフでも飛び抜けた性能、GeForce 940MXを凌駕してるグラフもある。それでも4Kで重いのは確かなんだから気休めにならないけどwhttp://chimolog.co/2017/11/bto-intel-gpu.html

あ、AppleがGPU内蔵のディスプレイを出すって話もあったな。
次期Mac Proといっしょに出てくる?


【吉井 宏/イラストレーター】
HP http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/

ニュースなんかで「年末年始10連休の方もいらっしゃると思いますが」と聞いて「そんなやついねえよ!」とか言ってたけど、身近に10連休の人がいることが判明。しっかりした会社だったり、業種によってはそれほど珍しくもないらしい……。

まあ、僕なんかきつい締切がないかぎり、毎日が日曜日というか週休7日だけどねw

で、僕的にもクリスマス以降は10連休に匹敵する長さで、比較的自由な時間をゆったり過ごせるはずだったのだが、イマイチそういう気分でもない。

世間が休みの間に、誰も追いつけない遙か彼方へ到達してやろうと、計画を立てたり、延び延びになってる件に着手したのに、休みが終わってみると大した成果は上がってない。毎年こうだw

昨年はなんか年始の決意とか目標って書いたっけ? 2017年1月10日号には特に書いてなかった。2006年分まで確認してみたけど具体的には何も書いてないやw 2017年前半のバタバタに紛れてすっかり忘れてたいろいろを、2018年はちゃんとやろう! くらいかな。

・スワロフスキー干支モチーフの「ZODIAC」
https://www.fashion-press.net/news/33277

・スワロフスキーのLovlotsシリーズ「Hoot the Owl」
http://bit.ly/2ruVM9x

・パリの老舗百貨店Printemps 150周年記念マスコット「ROSEちゃん」
http://departmentstoreparis.printemps.com/news/w/150ans-41500

・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii


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編集後記(01/10)

●短編でよかった。こういう純文学とやらがかなり苦手だ。一番近い(徒歩で5分)図書館の棚にあった「文藝春秋」9月号、特集は「安倍総理でいいのか」である。いつの間にかこの雑誌は、極端に左旋回してとんでもない偏向特集ばかりなので、全然読まなくなったのだが、芥川賞発表だからそこだけ読んだ。

沼田真佑「影裏」。語り手の主人公(今野)は、二年前に盛岡市に赴任した、釣り好きの30代前半男性。二年前に別れた同性の恋人がいる。感情の起伏が抑えめなのがよい。かなりマイナスともいえる事態に淡々と対応している。というか、そのへんに踏み込まない。同僚の日浅とは同性・同世代で独身同士、共に酒好きで釣り好き。すぐに親密になって、余暇の殆どを連れ立って過ごす。

「同性の恋人」という時点で、そういう人なのかと思うが、この物語では深い記述はない。全体に曖昧で、リアル感がないのだが、それはそれなりの味がある。「そもそもこの日浅という男は、それがどういう種類のものごとであれ、何か大きなものの崩壊に脆く感動しやすくできていた」という記述が重なる。

日常生活に見聞きする喪失の諸形態に、日浅はすんなり反応し、いちいち感じ入る。大規模な林野火災など強い反応を示す。ここまでの記述から、きっとあの大震災が出てくる、そう予想するのは容易である。果たして、休みをとってわざわざ釜石まで出かけ、あの時刻にあの海岸で、日浅は迫り来る大津波を見ながら動けずに立ち尽くす。この神の目線の記述が妙だが、まあいいでしょう。

「釣に興味がない人が途中で読むのをやめないように、迫力というか、ちょっと丁寧に描いた」という釣のシーンは、釣にまったく興味のないわたしでも理解できる。性的マイノリティのことをさらりと書くのは、「別に異常なことじゃないよ」と言いたいだけだという。違和感あるけど、まあいいでしょう。

大震災から三か月後、主人公は日浅の実家を訪ね、日浅を行方不明者のリストに載せるよう、父親を説得しようとする。ところが、父親は「あのばか者のためにどなたの手も、わたしは煩わせる気は起こらんですよ」と激しく拒否する。彼は次男とは縁を切ったと言う。信じる者を裏切った、そんな不実なあの男を、真っ当な生活者の方々と同じリストに載せるなんておこがましい、と言う。

聞けば日浅は親も騙した大嘘つきだといい、証拠も見せる。日浅の釣りのスタイルや自然に関する知識の豊富さから、岩手でただ一人心を許せる友人だと思っていた(と思い込んでいた)主人公は驚くのだが、父親は「息子なら死んではいません」「何らかの事件であの男の名前は新聞に出ますよ」と断言する。

なにもかも曖昧なまま物語は終わる。タイトル「影裏」は禅の世界の言葉「春風影裏春風を斬る」という言葉に由来するというが、その詳しい説明はない。主人公の他者との微妙な距離の取り方は筆者そのものらしい。まわりくどい、そのくせ曖昧、さすがは純文学である。断じてエンタメではない。(柴田)

沼田真佑「影裏」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163907289/dgcrcom-22/


●ルーブリックすごい。「手間かけなくていいから」の度合いも、人によって曖昧だが、具体的に段階が提示できるなら想像しやすい。

だいたい依頼する側は、それとは言わずに「叩き台作ってね」なことが多い。依頼側に想定イメージがないので、絞り込むための具体的な質問をしたって正しい回答なんて返ってこない。後からひっくり返されたり、追加されたり。

回答やもらったラフとは違うけど、こっちの方が良さげよねと提案した方が通ったり。何回かやり取りするからと見積に上乗せしておいたら、高いと言われて断られることも多々。でも実際そのぐらいはかかるのよ〜。

担当者と決裁権のある人、代理店担当者とのズレもある。代理店で蹴られたアイデアが決裁者に受け入れられることだってあって、「それ、最初に入れておきましたよね……」という言葉を飲み込む。

制作する上で、知っておきたい情報と、特に必要でない情報があって、聞いても教えてくれないことや、食い下がっても濁されて終わることがある。全体金額すら教えてくれなくて、それが後で「手間かけなくて良かったのに」に繋がるのだが、忖度するための情報すらないのに、どうやれば良かったのかと。

先に項目をルーブリックで出せたらお互いやりやすいはず。もしくは、それすら必要のない「型」にするか。つまりこちらのやり方がまずかったわけだな。うむ。(hammer.mule)