[4613] 日本がふつうの国になる日◇Kindle Paperwhite◇キャラクターとマスコット

投稿:  著者:  読了時間:20分(本文:約9,800文字)



《戦後の日本が最も成功した社会主義国だ》

■ゆずみそ単語帳[22]
 日本がふつうの国になる日
 TOMOZO

■グラフィック薄氷大魔王[574]
 「Kindle Paperwhiteを買ってみた」他、小ネタ集
 吉井 宏




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■ゆずみそ単語帳[22]
日本がふつうの国になる日

TOMOZO
http://bn.dgcr.com/archives/20180725110200.html
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2年ぶりに日本に帰省して、東京と大阪、京都に滞在した。信じられないほど暑かった。

自分でもびっくりだけど今年で在米、21年めになる。もはやほぼインバウンドの観光客みたいなもので、ひさびさの母国にいろいろ感動したり、微妙な違和感を感じたりした。

2年ぶりの日本で感じた一時出戻りの勝手な感想を、今回はダラダラと書いてみます。

◎過剰で繊細なおもてなし

東京や大阪の街を歩いていて毎回圧倒されるのは、ありとあらゆる消費物の種類の多さと、小売形態の豊富さ。とにかく種類が多いし、街中にモノが溢れかえっている。

どの駅の中にももれなくスイーツを売る店があって、ターミナル駅にはお弁当やおみやげの店、カフェ、書店、雑貨店がところ狭しと並んでいる。ホームの自動販売機に並んでいる飲み物の多くは初めて見る新製品。冷たいのだけでなく常温のドリンクもある。

店員さんはおおむねとても親切で有能で、実に細かい気配りをしてくれる。800円のランチを食べに入った店でも、まるで王族のように丁重に扱ってくれるし、小さなものを買っても(菜箸もおろし金も)無料で綺麗な包装紙にきちんと包んでくれる。

なんと気配りの行き届いた繊細なおもてなし精神。でも、そこまでしてくれなくてもいいのになあ、と思うこともしばしばだった。

スーパーのレジ袋はもうだいぶ前から有料になっているけれど、スーパー以外の小売店では、書店でも雑貨店でもパン屋さんでもブティックでも、もれなく店のロゴが入った小奇麗なビニール袋に入れてくれる。これがけっこうかさばる。袋はいらないというと怪訝な顔をされることもあった。

このなんでもかんでもちまちまと包装してくれる繊細さは、懐石料理や和菓子、お弁当の美にも通じる繊細な美意識のたまものだろうと思う。素晴らしい美点ではあるが、たぶんグローバルスタンダードからするとえらく過剰だ。

700円の本にきちんとブックカバーをかけた上に、ビニール袋にいれてくれる書店なんて、たぶん世界中でも日本にしかないんじゃないかと思う。

この人はこれを万引きしたのではないという、わかりやすいマーキングの意味もあるのかもしれないが、買ったものは丁重に扱ってもらうのが当然という客の期待に応えた習慣には違いない。

一方でアメリカの消費の場は、露骨に格差がある。最もお安いウォルマート的な店では、店員になにか聞いてまともな答えが得られれば大変幸運と思って、ありがたがらねばならない。

超高級店では19世紀英国の執事みたいな店員がお客をうやうやしく迎えて、靴下でも歯ブラシでも丁寧に紙でくるんでくれるのかもしれないけど、そういう店には行ったことがないので知らない。

その真ん中へんである大多数の街のショップやレストランの接客は、フレンドリーではあるものの、日本の常識に比べたらずいぶん雑に映ると思う。高めのベーカリーでも、何もいわなければ茶色の紙袋さえ出てこない。

日本の小売店の消費者は、お値段のレベルにかかわらずサービスには最上級の礼節を期待するし、これまではその期待が満たされてきた。

それはやっぱり戦後の高度経済成長のたまもので、社会のほぼ全体にお金がいきわたった稀有な国だったからだろうなあ、と思う。

日本は本当に普通の国なんかじゃなく、むちゃくちゃに恵まれた国だ。戦後の日本が最も成功した社会主義国だというのは本当だなあ、と、アメリカからくるとしみじみ思う。

◎オウム報道で思い出した対立の不在と粘菌感

私が関西に滞在していた時に、オウム真理教の教祖と元幹部7人の死刑が執行された。この時の報道になんだか違和感を持った。

民法のニュースは、号外が出た日に街でつかまえた通行人3人の感想に続いて、被害者の会の代表の「特に感慨はない」というコメントを20秒ほど流し、サリン事件から逮捕にいたる経過を数分間にまとめて、「オウム真理教の事件とは何だったのか、真相はナゾのままです」と結んでいた。

ん? と思ったのは、「真相はナゾのまま」といったような言葉を、その後数日間の報道で何度も見聞きしたからだった。「真相」ってなに? ていうか、事件のどの部分の「真相」がどうわかっていないって言っているんだろう?

23年間この事件を追ってきたジャーナリストや学者もいて、そこにはとてつもない情報量があるのだが。

「なぜ教団が凶暴化したのか」という問いに対してだけでも、何層にもなった相反する真相があるはずなのに、誰にでも2分で事件のすべてを手軽に納得できる真相があるはずだったといわんばかりの物言いに、強烈な違和感を感じたのだった。

もちろん、そんな簡単な答えがあると本気で思っている人はそんなにいないと思うけれど、なぜテレビの人がそんな意味のない呪文のようなことを言って話を締めくくろうとするのかわからない。

探し求めるべきは、あるはずのない「真相」じゃなくて、「されこれから何を問うべきなのか」という問いじゃないのかな。

それからもうひとつ、とても不思議だったのは、なぜ今、幹部7人の死刑をまとめて執行したのか? という点に、見た限りだけど、メインストリームのニュースがまったく触れていなかったこと。

もちろんネットでは、執行の是非についての議論もあって陰謀論みたいなことをいう人もたくさんいるのだけれど、9時のニュースで法務省の見解を分析したり、大量の同時執行を批判したりする言説がまったく見られなかったのは、ちょっと衝撃的だった。

執行は自然現象ではなくて権力を持つ政治家の判断なのに、なぜそれについてニュースアンカーがコメントしたり、コメントを求めないんだろう? アンカーが死刑執行を批判すべきだというのではなく、その判断についての議論がニュース番組のまな板に乗ってないことに不自然さを感じた。

アメリカの主要「リベラル」メディア数社は今、現政権との間で全面戦争を継続中だ。CNNもワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも、現職大統領から「フェイクニュース」呼ばわりされながら論陣を張っている。

それは見ていてとても疲れる不毛な戦いに見えるが、とりあえず世の中に立場がいろいろあって、それぞれ戦っていることの証明ではある(それがうまく機能しているかどうかは別にして)。

アメリカは20世紀になってからずっと、共和党と民主党が代表する二項対立に慣れていて(中身はコロコロ変わるし、立場が入れ替わったりもしているが)、対立する相手があってこそ自分の立場が明確になる的な、体育会系弁証法みたいなところがある。

それはそれで思考停止になっていたり、議論は空回りするばかりであったりすることも多いけど、社会の中に自分とは相容れない他者がいることを、アメリカ人は常に意識して暮らしている。

でも日本ではそうではなかったんだった。日本では、ほとんどの人が、社会の中に対立する他者はいないといいな、とうっすら望みながら生活しているようなところがある。

みんなを不安にさせるほど突出して違うことをいう他者は、みんなの意識から排除されてしまうか、粘菌のような何か柔らかいものにからめとられて一見同質なカバーを着せられていく。

これは一般的な生活感覚とメディアでの話で、もちろん、プロフェッショナルな世界ではまともな議論がかわされているはず、だと思うけど。

日本のニュースって、コメントを言う人はいっぱい出てくるのだけど、すべてがぺったりした粘菌的なトーンの下にあって、期待に沿った予定の域をはみ出たことを言う人はあまりいないように見える。

80年代後半には麻原彰晃もバラエティ番組に出演して、その予定域の中で嬉しそうにいじられる、ちょっとヘンな教祖を演じていたのだ。

そのときのメディアの不見識を責めるのは、まったくの見当違いだと思う。問い直すなら、なぜそれが面白いと思ったか、の方だ。

何が期待されている予定域なのかは不文律で、理屈じゃなくある種の(いってみれば)美意識に基づいているのだと思う。

私が見ている範囲が狭すぎるのかもしれないけど、現在は20年前に比べてその予定域がますます狭まってて、はみだすものに対する感情的な反応が激しくなっているような気がして不気味だ。気のせいだと良いのだけど。

マツコ・デラックスさんに人気があるのは、その予定域を完璧に把握しながら、絶妙に少しだけ外した発言をするからなんだろうなと思う。

◎内向きの洗練

包装や料理やスイーツに限らず、日本のサービスも工芸も、マンガやアニメや文学といったコンテンツも、すべてが繊細で洗練されている。

なんだかここ10年ほどの日本はすごく内向きで、ますます繊細さを増しているように見える。

1年半ほど前にシアトルから東京に移住した友人夫婦がいた。40代はじめの旦那さんはアメリカ中西部出身で、シアトルの某大手IT企業に10年ほど勤めたあとで日本の某大手IT企業に転職したのだけど、2年とたたずに戻ってきてしまった。

東京生活は面白かったけれど、今後のキャリア展開を考えると、ずっと日本に居続けるのが不安になった、というのが主な理由だという。

ビジネスの進め方でも技術面でも日本はやっぱり特殊なので、あまり長くいすぎるとその後外に出るのが難しくなると考えたそうだ。待遇は悪くはなかったが、これから10年間の収入を考えるとアメリカで仕事をする方が有利と判断したというのもあるようだ。

エンジニアやデザイナーについていえば、日本の給与水準は欧米だけでなくてアジアに比べても格段に安いんだ、と、これはまた別の、東京のコンテンツ制作会社で人事の仕事も手がけている友人が言っていた。うーんそうなのか、と軽くショックだった。

日本経済の尾ひれにしがみついてご飯を食べさせて頂いている身としては、日本の経済が縮小してしまうのはたいへん困るのだけど、日本が豊かな「社会主義国」であった時代にはもう幕が降りているのだし、それは誰がどう何を頑張っても取り戻せないのだなあ、と今回はまたひしひしと実感したのだった。

日本がどんどん普通の国になっていってしまうとしたら、2年後、5年後、10年後にも、まだ駅ナカにスイーツが溢れ、お店のロゴの袋も、エコノミーなお店での王族を迎えるようなおもてなしも健在なのだろうか。それとも富裕層向けのハイエンドだけに、かつてのおもてなし精神が生き残っていくのだろうか。

粘菌のような同調圧力のほうは、経済が傾くと同時にますます分厚く不透明になっていきそうな気がしないでもない。


東京の中野で、セーラー服おじさんGrowHairさんにお会いしました。魔境に続くような中野の飲み屋街のディープな懐に感心するとともに、お忙しいのに「A面」で登場してくださったキュートなハイソックス姿に、同行の友人マダムともども感激。

道行く人に何度も呼び止められていて、わたしもちょっと誇らしかった。


【TOMOZO】yuzuwords11@gmail.com

米国シアトル在住の英日翻訳者。在米そろそろ20年。マーケティングや広告、雑誌記事などの翻訳を主にやってます。

http://livinginnw.blogspot.jp/
http://www.yuzuwords.com/


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■グラフィック薄氷大魔王[574]
「Kindle Paperwhiteを買ってみた」他、小ネタ集

吉井 宏
http://bn.dgcr.com/archives/20180725110100.html
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●Kindle Paperwhiteを買ってみた

外出中にスマホのバッテリーを気にしつつ、Kindle本を読むのが不安。それで、以前から迷ってたKindle Paperwhiteなのだが、Amazon Prime Dayのセールでようやく購入。メモリーが32GBのマンガモデル(通常は4GB)、広告が出ないバージョン。

届いてセッティングしててびっくり。Wi-Fi設定したとたんに、自分のライブラリが画面に出てきたのだ。まだログインもしてないのに??? と思ったら、Amazonで購入したアカウントにセッティングされて送られてくるらしい。検索して納得。「自分でログインしたことを忘れた」かと思ってかなり焦ったw

Kindle Paperwhiteの操作は、iPadなどのKindleアプリとほぼ同じ。ただし、E-Inkの書き換えが遅いので、それほど快適とは言えない。

ザッピング的にあちこち読むとか、いくつかの本をつまみ食いする的な読み方には向かないかも。一冊の本を通して読むならぜんぜん大丈夫。

バックライトで画面の明るさを調整できるし、明るい場所ならバックライトなしでも大丈夫。コントラストはある程度以上にはならず、マンガの絵的には物足りない。文字の本は読みやすい。iPad等でもちょっと淡いセピア表示にしてるし。
http://www.yoshii.com/dgcr/kindle_paperwhite_dgcr.jpg

PDFをパソコンからUSBで転送して読めるとのことで、自炊書籍を入れるために32GBにしたのでした(本や少々のマンガを読むだけなら4GBで十分)。実際に何冊か入れてみた。ページをめくるときに反転して黒くなって画面が乱れるけど、一応読める。

ボタンを押してスリープにしても、画面が点いたまま。なんで画面が消えないんだ? と思ったら、それで正常。E-Inkは書き換え時以外は電気が必要ないのだ。センスのいいスリープ画面が、何枚か内蔵されてる。

スペック上は205gだけど、ズッシリ重く感じる。もっと軽いと思った。スリープ対応のフタのケースをつけたら、さらに重くなるな。

外出時に何度か地下鉄で使ってみた。昨年秋に待望のKindle版が出て、すぐ購入したのに忘れてた、スティーブン・キング「IT」をどんどん読んでる最中。読みやすい! はかどる!

●Procreateに「ゆがみ」搭載!

しばらくぶりにProcreateを起動したら、アップデート新機能の紹介画面に「ゆがみ、ワープ変形」が搭載された、と! 使ってみると、Photoshopの「ゆがみ」に遜色ないぞ。

スケッチやドローイングにPhotoshopの「ゆがみ」を多用する僕には、待望の機能だったのだ。形の補正とか誇張に使うと、線を描き直すより100倍速い。これでiPadとMacを往復しなくても、スケッチを完成まで持って行ける!

あとは「グリッド」さえあれば完璧なんだけどなあと、あらためて確認してみたら、「描画ガイド」にグリッドがあるじゃないか〜!

これも今回のアップデートの目玉らしい。様々なガイドにスナップすることもできるし、シンメトリー描画などもできる。充実してきてるなあ!
http://www.yoshii.com/dgcr/Procreate_IMG_0046.jpg

●キャラクターとマスコット

僕は基本イラストレーターなんだけど、2005年頃に3DCGで作るようになってからキャラクターデザインを志向している。名刺やプロフィールにも「キャラクターデザイン、イラストレーション」と記載してきた。

最近、「マスコット」を追加して「マスコット/キャラクターデザイン、イラストレーション」と変えた。

近年、「キャラクターデザイン」という語に違和感があるのだ。必要な場合は「キャラクター」を「マスコット」と言い換えるようにしてる。

Googleで「キャラクターデザイン」を検索して出てくる大半は、ゲームやアニメーションなどのコンテンツのキャラ。専門学校や大学の「キャラクターデザイン」コースのページを見れば、世間の「キャラクターデザイナーは何をしている人か?」のイメージがわかる。

一方、「マスコットデザイン」で検索すると、ゆるキャラや五輪マスコットをはじめ二頭身のカワイイものが並ぶ。僕がやってるのはこちらの傾向のものが多く、コンテンツ絡みではない。「character=性格・性質」を作るのとはちがうかも。

あと、職種としての「キャラクターデザイナー」は検索すればいくらでも出てくるのに、「マスコットデザイナー」は見事に「五輪マスコット関連の記事」のみ。そもそも「マスコット+デザイナー」の「マスコットデザイナー」という語が、メジャーに存在しないのだw

企業やイベントのシンボルキャラクターや、キャンペーンキャラクター等は本来はマスコット。定義はともかく「ゆるキャラ」と呼ばれるもの。キャラクターの中にマスコットは含まれるんだろう。

とはいえ、シンボルとしてのマスコットも、動いたり活躍するうちにコンテンツが充実していくと「キャラクター」と呼べるようになるイメージ。「ひつじのしつじくん」がそうかも。

・本来の「コンテンツ向けのキャラクターデザイン」も「ヤンス!ガンス!」以外に実はいろいろやってるのだが、企画段階はもちろんパイロット版まで行ってても公開できないので残念……。

・日本で一般的にマスコットといえば、クルマのフロントガラスにぶら下がってるやつかな。英語のMascotだとスポーツチームなどの着ぐるみのイメージらしい。


【吉井 宏/イラストレーター】
http://www.yoshii.com
http://yoshii-blog.blogspot.com/

「IT」は91年に日本語訳のハードカバー上下巻を買ったものの、通勤電車に乗らなくなっていたため本をまったく読めず、10年前に古書店に売っちゃったのでした。

7月後半まで梅雨が続くつもりで予定を組んだので、炎天下をあちこち出かけるはめに。本来なら梅雨が始まる前に一通り終わらせるはずだったのだが、しくじった。猛暑は続く。

不思議なのが、テレビのニュースなどで「特に急用があるように見えない種類の人たち」が摂氏38度の中、なぜわざわざ街や観光地で「溶けそうです」とかのんきにレポーターに答えてるんだ? 休日に家にいたら負けとかあるわけ?

最近は季節が一か月早いようなので、8月前半には涼しい秋が来るんじゃないかと期待。

・スワロフスキー「招き猫」と「HOOT HAPPY BIRTHDAY」も出ました。
https://bit.ly/2qWbmZh

・rinkakインタビュー『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』
https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii


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編集後記(07/25)

●高橋洋一「『文系バカ』が日本をダメにする なれど“数学バカ”が国難を救うか」を読んだ(ワック/2018)。筆者は大蔵省に入省して3年目、まだネットのない時代に、省内LANを構築した。金融工学を用いて金利計算を修正した。文系大蔵官僚たちは金利リスクの根本を分かっていなかった。筆者は郵政民営化の最初から最後まで関わる。この本で郵政民営化の意味を初めて理解した。

財政投融資(財投)改革も筆者のお手柄だ。当時の大蔵省は400兆円くらいを運用していたので、少しの金利変動でも大穴を空ける危険性があった。リスク管理を強化するためにALM(資産・負債の総合管理)の導入が必要と考え、異動時に金利リスクの論文を提出した。数か月後、大きなリスクのがあることを知った理財局に呼び戻され、ALMプロジェクトの全権を任されることになった。

ALMのシステムを外注すると、2〜3年で10〜20億かかるし、極秘なので内部で進めた。システム原型を遊び半分で作ってあったので、3か月という驚異的スピードでシステムを作り上げた。筆者は大蔵省をリスクから救った人間とみなされ、「中興の祖」とまで言われて持ち上げられた。と、自分で書いている。まあ、他人の成功は誰も書いてくれないだろうから、こうするしかないが。

数学を専門にしてきたから、コンピュータ・プログラミングやAIには詳しい。SFのような話ではなく、現実のAIについて考えるべきだ、と筆者は言う。AIが人間を超えることは当面ないが、人間の仕事の一部を奪うことは十分にあり得る。コンピュータの優れている点は計算能力である。それを生かしやすいのが定型的作業、ルーティンの作業だ。自動車の運転などはプログラム化できる。

弁護士、公認会計士、税理士などは国家試験で合格しないとなれないので、専門職と思われているが、やっている仕事の多くは定型的業務であり、プログラム化できる。裁判官の仕事もかなりAI化できる。資格制度に守られてきた「士業」はいずれ崩れていく。医者の世界でも、画像診断はすでにAIの方が人間の能力を上回り、支援ロボットの技術が進化して、手術の形態も変わっている。

世の中の多くの仕事はAIに代替させることができるが、ポイントはプログラム化できるかどうかだ。曖昧な仕事はプログラム化できないが、仕事の中身を定義可能なものはできる。公務員の仕事はAI化に向いている。AIのほうが恣意的な要素を入れずに、誰に対しても同じ計算をするので、人間がやるより公平になる。許認可に関わる仕事はAIにやらせれば、公務員を大幅に減らせる。

「日銀の仕事はAI化できますか」と聞かれるが、もちろんできる。日銀の仕事を定義すると、失業率とインフレ率の関係を一番いい状態にする、それだけだ。ベーシック・インカム、仮想通貨についてもわかりやすい解説があって、まったく経済を知らないわたしにも理解できた。この本はやはり本人以外が書いていると思う。文系バカが文系バカ向きに、ちょっと下世話にまとめている。

筆者はしばしば新聞記事の批判をしているが、財務省時代も内閣参事官時代も含め、もう30年ほど新聞を読んでいない。新聞をとっていない。原稿を書くのに必要なときには、大学のデータベースで新聞記事を検索し必要なところだけ目を通す。左派の文系バカが書いているから、新聞記事は役に立たない。イデオロギーで考える文系バカは、スポーツなどを担当するがいい(笑)。(柴田)

高橋洋一「『文系バカ』が日本をダメにする なれど“数学バカ”が国難を救うか」
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/489831774X/dgcrcom-22/


●太陽はもう秋に近くなってきたなぁと。明るくなるのが遅い。夜にスーパーに出かけたら、風も違ってた。ピークは過ぎたように思う。

/キャスターやコメンテーターが過激なことを言うと、苦情が来て面倒くさいんだろうなぁとは思う。もう次から呼ばないだろうし、自然と過激なことを言う人は出てこなくなる。マツコは、そのさじ加減がほんと上手いと思う。

「そこまで言って委員会NP(たかじんのそこまで言って委員会)」は、固定スポンサーをつけず(つかず?)、関東で放送しないことによって、過激な発言をバラエティ番組として放送できている。最初の頃、「それ言っていいの?」と観ているこっちが心配になった。

たかじんさんがご存命の頃は面白かったんだけど、パネリストの方々が亡くなられたり替わられたりで、今は見ていない。また面白くなったかなぁ。視聴率は、日曜お昼の番組なのに10%を越えるんだよね。 (hammer.mule)

そこまで言って委員会NP
http://www.ytv.co.jp/iinkai/

見逃し配信
https://www.ytv.co.jp/mydo/iinkai/
「○○が消える日」と題された本の著者を招いて、徹底検証、徹底討論。